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祈りの幕が下りる時 [ミステリ(日本)]


祈りの幕が下りる時 (講談社文庫)

祈りの幕が下りる時 (講談社文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/09/15
  • メディア: 文庫



 ミステリー小説を読んでいて、面白いなと思うポイントはなんだろう?

 一つ目は「謎」。人は謎に惹かれるものだ。謎めいた出来事に遭遇すると、真相はどうなっているのかとつい気になってしまう。ミステリー小説でも、不可解であればあるほど、難問であればあるほど、わくわくするし、結末を知りたくなる。

 二つ目は「ロジック」。謎を単なる勘で解いてしまうのではつまらない。あちこちに隠された手がかりを元に、論理的に結論を導いていくところが見所。些細な手がかりから犯人を絞り込んでいったり、犯人のたくらみを見破ったりするところが面白い。

 三つ目は「トリック(ミスディレクション)」。AがBを殺したという真相があったときに、いかにこの真相から目をそらすかということ。いかにカムフラージュして真相を隠すかという、犯人側の知恵を楽しむということである。うまいものを読むとすっかりミスリードされてしまい、結末で全てがひっくり返ったような感覚になる。

 と、ここまでは普通だが、四つ目が大事だと思うのである。それは「動機」である。犯人がなぜ犯行に及ぶに至ったのかという背景事情。真相に思わぬドラマが待っていたりすると、単なるパズラーではない、より深みを持った作品に感じられるものだ。動機がうまく描かれているミステリーは、文学たりうるんじゃないか。

 犯行の背景や動機の部分を描くのがうまい作家に、東野圭吾がいる。東野圭吾は「謎」「ロジック」「トリック」のどれもうまいが、「動機」のドラマをこんなにうまく書ける作家はなかなかいない。なにしろ、読んでいて泣けてくるのである。犯人が生まれた境遇、育った環境、様々な人間関係がある中で、罪を犯さなければならなくなるというところまで追い詰められる。そのやるせなさに泣けてしまうのである。

 「祈りの幕が下りる時」も泣ける小説である。よく考えると無関係の人まで殺していて、犯人は相当極悪なんじゃないかとは思うし、これで泣くのもどうかとは思う。それでも泣けてくるのは東野圭吾の筆力のなせる技だろう。とにかく「謎」「ロジック」「トリック」「動機」というミステリーの四大要素を全て兼ね備えた傑作だった。
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義経 [歴史小説(日本)]


新装版 義経 (上) (文春文庫)

新装版 義経 (上) (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/02/10
  • メディア: 文庫



 「義経」は司馬遼太郎が源義経の生涯を描いた歴史小説。

 源氏と平氏の戦いというと、一ノ谷とか壇ノ浦とか、戦いがいくつかあって最終的に源氏が平氏に勝ったというのが歴史教科書にあるような通史的記述。これだけだと何の面白みもないわけだが、個々の戦いをさらに具体的に見ていくと、とても劇的なエピソードが多いことが分かって実に面白いことが分かる。

 義経が現れた頃は、平氏全盛の時代だった。「平氏でなければ人ではない」というくらい栄華を極めていて、日本の半分以上が平氏の持領となり、朝廷とのつながりも深めて貴族化していた。

 義経はこの圧倒的な権力を誇る平氏に挑もうとするのである。その動機は、父親である義朝を殺され、源氏が敗北させられたことへの復讐心。

 しかし、そもそも義経は何の権力も持たない若者にすぎない。どうやって難攻不落の平氏の勢力を崩していくのかが見ものなのだ。

 戦いというと、物量で決まるんじゃないかと単純に思ってしまうけれども、それだけではないことが源平の戦いを見ると分かる。義経と頼朝は、数の上では負けてしまうはずのところを、知恵を使って乗り越えていく。

 好例が一ノ谷の戦いだろう。数で言えば、平氏が2千騎に対して源氏はわずが2百騎。このくらいの圧倒的な兵力差がある中で、復讐に燃える義経は戦いを挑む。周りからもかなり反対されたらしい。だが、奇策を使うことでこれを乗り切ろうとする。敵の背後の切り立った崖から急襲して一気に討つという戦術だ。

 策を練ったはいいが、実行するとなるとかなり難航したらしい。敵の背後にたどり着くまでには鬱蒼とした山々を通り抜けなければならない。一ノ谷の崖も想像以上の断崖絶壁で、弁慶も絶句するほどだったらしいのである。読んでいくと、これ大丈夫なんだろうかとハラハラする。

 圧倒的兵力差への挑戦という意味では、頼朝が武士たちの不満を利用したという心理戦も大事だったのだろう。

 当時の武士たちは荘園という形で土地を私有していたが、本来は律令体制のもとでは土地は公有のもの。土地の私有は完全には認められず、権力者にゴリ押しして庇護してもらい、なんとか認めてもらうという形をとっていた。武士たちは平家の保護を受けようと平家の傘下に入ったが、徐々に平家は保護者の自覚を失っていき、奢りにふけり、武士を圧迫するようにさえなったという。これへの不満を利用することで、平家を内部から崩していこうという戦法である。

 数の上では負けていた源氏が、義経の天才的な戦術と頼朝の政略によって状況を変えていく様子が生き生きと描かれている。歴史というのは、細かく見ていくとダイナミックで面白いものなんだというのがよく分かる本だった。
タグ:司馬遼太郎
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項羽と劉邦 [歴史小説(外国)]


項羽と劉邦(上) (新潮文庫)

項羽と劉邦(上) (新潮文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1984/09/27
  • メディア: 文庫



 映画「キングダム」が面白かったので、最近中国史にハマっている。

 「キングダム」の時代のあと、中国はどうなるんだろうと気になって、読んでみたのが司馬遼太郎の「項羽と劉邦」である。

 時代は秦の始皇帝が7つの国をまとめて、中国を統一した直後。

 それまでの時代を振り返ると、各国に王はいたものの、国内の各地域は諸侯による自治が認められていた。諸侯は自分たちで制度を決めたり、税金をとったりすることができた。あらゆる地位が血縁により受け継がれる身分社会だった。

 秦の始皇帝はこうした古い制度を廃止して、厳格な法律による統治というものを始めた。

 地方分権的な封建制度をやめて、中央集権国家を作り上げる。統一的な法律を作り、各地域に中央から官僚を派遣する郡県制を行った。身分制度も廃止し、諸侯と血縁関係があっても、戦場で手柄をとらなければ公族の地位は剥奪された。

 農民には重税を課した。未納付があれば、万里の長城や生前墓の土木工事にかり出された。

 このような法律による統治を強化するため、思想の合わない儒教は撲滅した。焚書坑儒といって、儒教などの書物を焼き払い、これに反対する学者を生き埋めにした。

 しかし、こうした始皇帝のやり方はあまりにも厳格すぎた。数々の圧政に各地で不満が噴出。反乱が次々に起こるようになった。ここで現れるのが項羽と劉邦である。

 単純に強くて戦に勝てばいいというものではなくて、人心をつかむことが大事ということか。秦の始皇帝は法律で厳しく統制すればいいだろうと考えたが、うまくいかず、わずか15年で滅んでしまった。

 人心をつかめなかったという意味では、項羽にも同じようなことが言える。強大な秦に立ち向かって、項羽は次々に勝利を収めていった。このまま新たな王になる勢いもあったが、劉邦によって道を阻まれる。

 項羽は戦に勝利しても、自分の身内以外には褒美の身分や土地などを与えようとしなかった。また、項羽は秦の始皇帝に似て、恐怖による支配を好んだ。人を穴に埋めるのが好きで、反対勢力は次々に埋めた。こうしたやり方は武将や民衆の反感を招くことになる。 

 結局、項羽は人心をまとめ上げることができず、なぜか人心をつかむのがうまかった劉邦に敗北する。

 戦争でも政治でも人間心理をおさえることが大事なんだなあということがよく分かる本だった。古代中国に限らず、現代にも通じる話なのではないか。

 物語としては、戦略エピソードが満載なところがよかった。韓信という策士が出てきて、トリッキーな手を次々に使うのである。有名な四面楚歌のエピソードもある。このあたりもなかなか読み応えのある本だった。
タグ:司馬遼太郎
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地面師 [犯罪]


地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団

地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団

  • 作者: 森 功
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: 単行本



 積水ハウスの事件でニュースにもなったけれど、地面師詐欺というのが横行しているらしい。

 地面師というのは他人の不動産を、あたかも自分の所有物のように偽って第三者に売却したり、担保を設定して融資を受けたりする詐欺師のことだ。

 「地面師」という本を読むとその詐欺の手口が詳しく書かれている。他人の不動産なのにどうやって自分のもののように見せかけられるかというと、土地所有者本人になりすました替玉を用意して、パスポート、印鑑証明、権利証といった登記に必要な書類も偽造するのである。

 買い手からすると、本人らしい人がいて書類も本物に見えるので、つい騙されてしまうという寸法。実際に不動産のプロや公証役場、司法書士までもが騙される巧妙な手口だ。

 問題はどうやって本人とにせものを区別できるのかということだろう。これについては、決定的な対策はまだないようである。

 社会保障番号やマイナンバーといった番号で区別するやり方がひとつ。しかし、番号などは簡単に盗まれて悪用されてしまう。アメリカでも、他人の社会保障番号などの個人情報を盗んだ詐欺師が、にせの身分証を入手して、勝手に融資を組んだり、他人名義のクレジットカードを作ったりといった事例が後を絶たないと聞く。

 カードに偽造防止のICチップを埋め込んで、個人データを集約するという案も考案されて、世界中で実践された。ある程度は有効なようだが、万能ではなかったようだ。カードを盗まれるリスクがあるし、結局は偽造品が次々に現れたという。

 印刷技術や3Dプリンターといったテクノロジーの進歩によって、身分証を偽造する技術も日々巧妙化しているのだ。偽造対策のホログラムまで偽造するやつまでいるという。こうなると身分証や印鑑になんの意味があるのかという気もしてくる。

 いっそのこと身分証の代わりに、指紋や顔認証、音声認識といった生体認証を身分確認に導入したらどうか。番号やカードと違って盗まれるリスクが下がるだろう。

 しかし、これさえも上回る新手の詐欺が次々に現れるにちがいない。しかも、生体情報を国が管理することになれば、超監視社会の実現のおそれもある。どこに行ってもたやすく身元を把握されてしまう。プライバシーの侵害ではないかという問題も出てくる。

 結局は万能な対策はなくて、複数の手段で本人確認をするとか、信用できる人間としか取引しないとか、昔ながらの手を打っていくしかなさそうだ。テクノロジーが進歩して社会が豊かになった反面、犯罪まで巧妙化してしまって、なかなか単純にはいかないようである。
タグ:森功
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あやかしの裏通り [ミステリ(外国)]


あやかしの裏通り (名探偵オーウェン・バーンズ)

あやかしの裏通り (名探偵オーウェン・バーンズ)

  • 作者: ポール アルテ
  • 出版社/メーカー: 行舟文化
  • 発売日: 2018/09/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 ミステリー小説というのは、さまざまな不思議現象を扱うジャンルだけれども、なかでも人間消失ほど不思議なものはないんじゃないだろうか? 目の前から人が消えてしまうあり得なさ。度肝を抜かれるという意味では、これほど不可能性に満ちた魅力的なテーマはない。
 
 だから、あらゆるミステリー作家たちがこぞってこのテーマに挑戦している。コナン・ドイルも、アガサ・クリスティーも、エラリー・クイーンも、ジョン・ディクスン・カーも、エドワード・D・ホックもみんな人間消失テーマの作品を書いている。

 最近現れたフランスの作家にポール・アルテという人がいる。本格ミステリーの黄金時代はとうに過ぎたと思っていたのに、ジョン・ディクスン・カーばりの不可能犯罪ばかりに挑戦し続けている希有な作家だ。

 このポール・アルテという人も、何回書くんだというくらい人間消失ものをたくさん書いている。昨年翻訳が出た「あやかしの裏通り」も人間消失もののバリエーションで、人間どころか人間たちの大勢いた裏通りがまるごと消失してしまうという大がかりな謎に挑戦している。

 「あやかしの裏通り」を読んでいて、人間消失についてふと考えてみたのだが、ひとくちに人間消失と言っても、そのしかけにはいろいろなバリエーションがあるんじゃないか。大きく分けると、だいたい次の5つくらいに分類てきるのではないだろうかと思った。

①死角に隠れているもの  
 消失したように見せかけて、実は死角に入っていて見えないというパターン。マジックの世界ではこれが多い。人や虎が消失するマジックがあるけれども、たいていは箱にしかけがあって、わずかなすき間に隠れ場所があったり、鏡の後ろに隠れていたりする。

 ミステリーでもときどき死角を利用したものが出てくる。一番単純なのは、扉の後ろに隠れるというものだが、もっと凝ったしかけもときどき見かける。

②抜け穴があるもの
 監視役が見ていた部屋に抜け穴があって、消えたように見えるというもの。映画ではこれが多い。主人公が警官や悪漢に追いかけられて、部屋に逃げ込むシーン。包囲されて絶体絶命と見せかけて、実は抜け穴があって見事脱出。こんなオチを何度見たことか。

③変装・ダミー
 変装やダミーを使って本人がいるように見せかけるもの。例えば、監視役が見張っていたのは、変装した別人。一瞬のスキを突いて変装を解くと、本人が消えたように見える。いわゆる早変わりというやつだ。

 変装の代わりにダミー人形を使うケース、映像や鏡を使うケース、腹話術やマイクを使って室内に本人がいると見せかけるケース、人間ではなく自動車のダミーを使うケースもある。

④部屋をすり替えるもの
 部屋にいる人間が消えたのではなく、見張っていた部屋そのものが別の部屋にすり替えられていたというもの。部屋の目印を細工することで、いつの間にか別の部屋を見張っていたという錯覚が生じるというケースがあるし、部屋の代わりに箱を使うケースもある。

⑤監視役の見ている位置や角度が変わるもの
 人間が消えたのではなく、監視役の見ている位置がいつの間にか動いたために、見えなくなったように見えるもの。巨大な建造物を消失させるステージマジックで、一時的にカーテンで建造物を隠している間に、観客の座っているステージが少しずつ回転。カーテンを開けると建造物が消えていたというトリックがあった。

 これと同じように、ミステリーでも監視役の見る角度や位置関係が変わることで、物や人が消えたように見えるというケースはよく見かける。 

 ということで、単純に5つに分類してみたけれども、分類の中に収まっていても、さらにかなりいろんなバリエーションがあるところが面白い。ミステリー作家たちは、あの手この手で新機軸を出してくるから本当に驚かされることが多い。今度はどの手で来るんだろうと、ミステリー作家と知恵比べをしているような気になってくる。

 ポール・アルテの「あやかしの裏通り」も、謎の大がかりさもさることながら、そのしかけも見事に練られていたと思う。読んでいて、完全に騙されてしまっていた。自分の読みたいミステリーってこういうのなんだよなあと、あらためてミステリーの醍醐味を教えてくれる本だった。
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死体は今日も泣いている [医学]


死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

  • 作者: 岩瀬 博太郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2014/12/11
  • メディア: 新書



 最近見て面白かったドラマは「アンナチュラル」である。石原さとみ主演の、法医の世界を舞台にしたミステリーだ。

 ドラマではUDIラボという架空の研究機関が出てきて、研究所の職員たちが死因不明の死体の解剖をする。解剖をすることで、思いもよらない真実が明らかになるというストーリー。

 解剖をしてみないと死因が分からないというのはドラマに限ったことではなくて、現実の法医の世界でも当てはまるそうだ。「死体は今日も泣いている」という本を読むと、そのことが詳しく書かれている。

 「一酸化炭素中毒で死ぬと皮膚が鮮紅色になる」とか、「青酸カリを飲まされるとアーモンドの香りがする」とかいう言い方をすることがあるけど、見た目の色や匂いといった外表検査だけで死因を特定するのは難しい。CT検査をしたとても、死因が分かるのは4分の1くらい。解剖をして体内を目で見ないと、骨折や皮下出血などを見逃してしまい、死因を間違えてしまうことも多いのだ。

 じゃあ解剖すればいいじゃないかと思うけれど、日本は解剖率が極端に低い。死因が不明の異状死体が発見された場合、警察がまず外表検査をして、犯罪性の有無を判断する。犯罪性があると判断すれば解剖し、そうでなければ死体は遺族に返し解剖には回さない。

 解剖も血液検査もしないので、死因があやふやになる。そうすると、事故や自殺に見せかけた犯罪があったとしても、見過ごすことになってしまう。解剖の記録も血液検査の記録も残らないので、冤罪を産む危険もある。実際に警察が恣意的に事件性がないと判断した結果、真相を見逃してしまった「パロマガス湯沸かし器事件」や「時津風部屋力士暴行死事件」などといった事件が頻発していて、問題になっている。

 先進諸国では、明らかな病死とは言えないような、死因の分からない不自然死(アンナチュラル・デス)については、解剖や薬物検査を実施しているという。日本の制度は解剖に回すかを警察が恣意的に判断できてしまうところに問題があるのだ。

 最近、警察の捜査についていろいろと調べてみたのだが、調べれば調べるほどにかなりテキトーなんだなということが見えてくるようになった。捜査が面倒だからということで、解剖もせず、証拠も集めない。じゃあ何をするかといえば、事件性はないと判断してあっさり処理してしまうか、被疑者を捕まえて自白に追い込むというのが常套手段になってしまっている。

 仮説を組み立てるには十分なデータが必要である。不十分なデータだけから組み立てた仮説は、不正確なものにならざるをえない。科学捜査というくらいだから、警察もこんなことは当然の前提で捜査しているのかと思ったらそうでもないのだから、恐ろしい話だなと思う。

 死因究明制度については、改善をしていこうという話し合いが、かなり前から内閣を中心に進められてきたようだが、停滞が続いているようだ。こういう制度こそ迅速に改善すべきなんじゃないか。でないと、犯罪の見逃しや冤罪の発生が増え続けてしまうし、亡くなった人も浮かばれないだろう。
タグ:岩瀬博太郎
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警察捜査の正体 [法律]


警察捜査の正体 (講談社現代新書)

警察捜査の正体 (講談社現代新書)

  • 作者: 原田 宏二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/01/20
  • メディア: 新書



 日本の刑事司法の問題点が叫ばれて久しいけれど、いまだに改善する兆しはなさそう。

 「警察捜査の正体」という本を読んでますますそう思えてきた。この本は北海道警察の元警視長が警察の捜査の実態を赤裸々に書いたもので、これを読むと警察捜査の横暴ぶりがよく分かる。

 カルロス・ゴーンの逮捕で海外からも注目が集まっていて、日本の刑事司法は「まるで宗教裁判だ」とか「異様だ」とか言われているけれど、たしかにその通りとしか思えない。世界的な水準からみたら、人権意識が相当欠落しているだろう。

 何が問題かというと、日本では自白が偏重されているということだ。自白は「証拠の王」などと呼ばれていて、とにかく警察は自白を引き出そうとする。自白を引き出せない取調官は無能との評価を受けるので、捜査官も必死である。

 そのため、警察は被疑者の身柄を長時間拘束して、連日にわたり長時間の取り調べをする。自白しなければ身柄は解放しない。悪名高い「人質司法」と呼ばれるものだ。長期間、密室に閉じ込められたままで、外部との交流も限られれば、誰だって精神的に追い込まれてやがて根負けしてしまう。身柄を解放されたいあまりに、やってないことまで自白してしまうことだってある。

 自白を偏重するあまりに、他の客観的な証拠固めがおろそかになることにもつながるし、他の証拠の解釈も自白に合わせた形でゆがめられてしまう。

 問題は警察だけではない。検察も自白を偏重していて、自白がなければ起訴はしないという言い方をする。裁判所もまるで歯止めになっていなくて、勾留請求を簡単に認めてしまうし、めったに取り消さない。裁判段階で否認に転じていても、裁判官は取調べ段階の自白した供述調書を重視するので、有罪判決が出てしまう。

 そんなこんなで、冤罪問題が後を絶たないということになる。これだけ冤罪を生み出す要素が多いと、被疑者の自白も警察が無理やり言わせたんじゃないかと思えてくるし、刑事裁判も信用できるわけもない。

 何が根本的な問題かというと、自白偏重や人質司法が当然のようになってしまっている、警察・検察・裁判所のマインドにあるんだろう。もっと世論やマスコミが外部からガンガン言わないと、何も変わらないのではないだろうか。

 そのためには、多くの人が刑事司法の問題点を認識することが大事だし、こういう本が問題点を明らかにしてくれているのはとてもいいことだと思うのである。
タグ:原田宏二
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イヴァナ・チャバックの演技術 [映画]


イヴァナ・チャバックの演技術:俳優力で勝つための12段階式メソッド

イヴァナ・チャバックの演技術:俳優力で勝つための12段階式メソッド

  • 作者: イヴァナ・チャバック
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2015/09/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 「イヴァナ・チャバックの演技術」という本を読む。著者はハリウッドの演技指導者で、ブラッド・ピット、ハル・ベリー、ジム・キャリーなど、多数のスターたちの指導をしてきた人だ。

 映画を観るのが好きな割には、俳優がどのように演技をしているのか何一つ知らなかったので読んでみたのである。演技のイロハがかなり具体的に書かれていて興味深い。「なるほどそうだったのか」という驚きがたくさんあった。

 うまい演技というと、台詞をリアルに話せるとか、いつでも涙を出せるとか、そんなことなのかなと安易に思っていた。著者に言わせると、それは演技の本質ではないと。

 俳優にとって一番大事なことは、演じるキャラクターが「人生で何を欲しているのか」をつかむことだという。何を欲しているのかというのは、台本に書かれたプロットの目的のことではない。もっと根源的な原動力・動機といったものを把握することが何よりも重要だという。

 これは何のことを言っているのかと自分なりに解釈しようとしたときに思い出したのは、「エイリアン2」である。エイリアンのいる惑星にたどりついた主人公の話で、「エイリアンに勝って、惑星から脱出する」というのがプロットの目的だ。だが、主人公にはもっと根源的な動機があって、それは「子供を守りたい」というものだ。単にエイリアンと戦うだけではなくて、子供への愛情という要素が出てくることで、主人公の行動に切迫感が生まれる。

 俳優はこうした根源的な動機をつかむことで、キャラクターに命を吹き込むことができる。子供を守りたい人なんだということが分かれば、子供に対して攻撃がされれば怒りを感じるようになるし、子供が傷つけられれば悲しみが生まれる。一見すると無謀に見える行動をとってしまうのも、子供を守りたいがため。動機が分かれば、キャラクターがその場その場でどのように感じるのかが分かるようになる。

 この本を読むと、映画というのは、単に台本に書かれている台詞だけが大事なのではないことが見えてくる。むしろ台詞に書かれていない、人物の感情の流れが一番大事なのだ。台詞というのは、表面に現れた氷山の一角、感情を表現するための手段という位置づけになるんじゃないか。

 難易度の高そうな「サイコキラーを演じる」みたいなケースメソッドも書かれていて面白かった。サイコキラーの気持ちなんか普通に暮らしていると分からないと思うけれど、「過去に虐待を受けていた」とか「殺人を繰り返すことで、失った力を取り戻したように感じる」とか、心理を掘り下げていく。よい俳優というのは、心理学者のようなものなのかもしれない。

 俳優がどのようなプロセスで演じているのかが分かって、非常に面白い。長年疑問だったことがこの本を読んで腑に落ちた。
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最後の将軍 [歴史小説(日本)]


最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)

最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1997/07/10
  • メディア: Kindle版



 将軍などというと、誰でもなりたがるような羨むべき地位のようにも思えるが、徳川慶喜の心境は複雑なものだったらしい。司馬遼太郎の「最後の将軍」を読むと、慶喜の苦難がよく分かる。

 そもそも慶喜は将軍家に生まれていない。御三家の水戸の生まれだった。そして、水戸は幕府から嫌われていた。代々、尊王思想を唱え、京都朝廷を尊び、武家政権を蔑んだからだ。幕府にとっては、いわば危険思想というべきものだった。

 幕末の動乱期にあって、外国勢力は「開国か、戦闘か」という選択を迫ってきた。断固戦うぞという攘夷派と、不利な条約であっても譲歩しようという開国派との間で衝突が起こる。攘夷派にしてみれば、水戸出身の慶喜はいわば救世主とも言えた。慶喜が将軍になれば、旧弊な幕藩を改革し、外国勢力に強い態度で臨んでくれるに違いない。慶喜擁立派の勢いは止まらなくなる。

 ところが皮肉なことに、担ぎ上げられた当の本人である慶喜は開国派だった。いったん結んだ条約を一方的に破棄することは信義に反するし、列強から攻撃されてたいへんな被害を被る。そんなふうに考えていた。

 攘夷派の過大な期待を受け続けて、とうとう将軍になってしまった慶喜は、この難局に立ち向かわざるを得なくなる。安易に攘夷に反対すれば、大混乱を招く。慶喜は一世一代の大芝居を打つことに……。

 この本を読むと、慶喜がたいした役者だったことがよく分かる。家康にも負けない豪胆さ。誰もが予想もしないような行動を次々にとって、周囲の度肝を抜く。そんな人だったらしい。慶喜が難局をどうやって乗り切ろうとしたのかが本書最大の見もの。読んでいて、なんちゅう面白い人だと何回思ったことか。

 明治維新も慶喜あってこそだろう。慶喜が将軍でなかったら、日本史は全く違う進み方をして、もっと大勢の犠牲者が出ていたんじゃないだろうか。慶喜がむやみに抗うことをしなかったことが功を奏したのではないか。

 最後の将軍になった慶喜だったが、不思議と悲壮感がない。列強諸国が圧力を強める中で、未だに古い体制を続けていた江戸幕府の体制に無理があるということを、一番よく分かっていたのが慶喜だったのだろう。幕府が倒れても、慶喜にとっては負けではなかったのかもしれない。
タグ:司馬遼太郎
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カササギ殺人事件 [ミステリ(外国)]


カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

  • 作者: アンソニー・ホロヴィッツ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/09/28
  • メディア: 文庫



 「カササギ殺人事件」はアンソニー・ホロヴィッツがアガサ・クリスティーにオマージュを捧げたミステリー。

 ホロヴィッツはテレビドラマ「名探偵ポワロ」の脚本を書いていただけあって、クリスティーを随分研究したのだろう。「カササギ殺人事件」もいかにもクリスティーが書きそうな作品に仕上がっている。

 読み始めると、タイトルの「カササギ殺人事件」というのは、作中に登場するミステリーの原稿であることが分かる。作中作「カササギ殺人事件」とその原稿をめぐる謎という、入れ子構造になっているのだ。作中作といっても簡略化したものではなくて、これ自体独立したミステリーになっている。そして、この作中作がクリスティーらしい特徴に溢れているのだ。

 作中作の舞台となるのは戦後のイギリスの村で、いわくありげな人物たちが大勢登場する。その村の屋敷で、准男爵が殺害される事件が起こる。クローズドサークル(閉鎖空間)で起こるミステリーというわけだ。

 クリスティーの小説というのは群像劇になっていて、それぞれの登場人物たちにドラマがあるところが魅力だ。メインの殺人事件の謎だけでなく、そこに人物たちのいろいろな思惑が絡んできて、もつれた糸のように複雑化する。人物たちの織りなす人間模様が、殺人事件の真相から注意をそらすためのミスディレクションにもなっている。

 「カササギ殺人事件」もそのことをよく心得ていて、登場人物たちの思いが入り乱れる。それぞれの人物たちが何らかの秘密を持っているので、一筋縄ではいかない。名探偵がこのもつれた事件をどう解きほぐしていくのかが見もの。

 伏線がたくさんあるところも、クリスティーを彷彿とさせる。メインの殺人の謎以外にも、あちこちに小さな謎がちりばめられていて、読者の好奇心をくすぐる。たとえば、屋敷から持ち出された肖像画とか、牧師の謎のふるまいとか、被害者の部屋で見つかった手書きのメモとか……。「これは事件とどう関係するんだろう? それとも、全く関係ないんだろうか?」とむくむくと興味が沸いてくる。

 この作中作だけでもクリスティーへのオマージュ作品として完成度が高いのに、ホロヴィッツは「カササギ殺人事件」の原稿をめぐるミステリーという形でさらに驚かせてくる。こちらの方も凝ったしかけが用意されていて、こういう趣向のものは読んだことがなかったので斬新だった。

 というわけで、作中作と原稿の謎という2度おいしい作品になっているところが贅沢。海外ミステリーでは最近こういうしゃれた感じの作品が少ないので、久しぶりにミステリーの醍醐味を味わった気がして嬉しかった。
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