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ゴールデンボーイ [ミステリ(外国)]





 「ゴールデンボーイ」は、スティーヴン・キングの恐怖の四季シリーズの一遍。

 主人公の高校生トッド・ボウデンは、第二次大戦中の古い写真を手がかりに、同じ町に住む老人がナチの戦犯であると見抜く。戦争秘話に目がないトッドは、老人に近づいて無理矢理昔話を聞き出すが、次第にトッドと老人の間に奇妙な関係が築き上げられる。そして、トッドの人生は思いもよらない方向へとねじ曲がっていく……。

 「転落の夏」という副題がついている通り、主人公が真っ逆さまに転落していくダークな話だった。主人公の転落っぷりがひどすぎて、読んでいて辛くなるような話。

 前に一度読んだことがあったのだが、どんな筋だったかすっかり忘れていて、善玉の少年が悪玉の元ナチの老人にだんだんと追い詰められていくサスペンスのようなものだったかなあと勝手に思い込んでいた。でも、実際に読み返してみたら、そんなに単純な話ではなかった。

 むしろ、主人公の少年自体がナチの老人に感化されたのか、もともと素質があったのか、どんどん怪物みたいなものに変貌していくという話なのである。ナチの老人も凶暴さを取り戻していって、お互い似たもの同士みたいになっていく。

 キングが書いているので、とにかく話が面白くて読ませる。ナチの戦犯を追い詰める調査員が登場してスリリングだし、お互いに敵視している老人と少年が、自分たちの身を守るために外部に対して奇妙な共同戦線を張らなければならなくなるというのも皮肉が効いている。

 とはいえ、こんなにおぞましい話はないし、主人公の少年にはなにひとつ共感できないのは残念だった。正直なところ、キング作品の中ではあまり好きな話ではない。

 話がダークなのはいいのだけれど、主人公に感情移入できないと面白さが半減するなあ。そういう意味では、「春は希望の泉」と銘打たれた、同時併録の「刑務所のリタ・ヘイワ―ス」のほうがすがすがしくてよかった。

サム・ホーソーンの事件簿 [ミステリ(外国)]


サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)




 本屋に行くと、文芸コーナーに大量の推理小説が並んでいる。古今東西の名作がずらり。本好きには見慣れた光景であろう。

 推理小説が山ほど並んでいる光景を見て、ふと疑問が浮かぶ。これだけ長い年月をかけて、たくさんの推理小説が書かれているのだから、トリックは使い尽くされているはずである。なぜいまだにネタ切れにならないのか? 

 トリックというものが有限のものだとしたら、だんだん書くことがなくなって先細りにならなければおかしい。にもかかわらず、書かれている数はいっこうに減る様子がない。むしろ盛り上がっているようにも見える。これこそがミステリーといえる。

 実はすでにトリックは使い尽くされたと考えてはどうだろう。実際にミステリーのトリックにはそんなにたくさん原理があるわけではない。例えば密室ものを見ても、不可能犯罪の大家ジョン・ディクスン・カーの密室講義に出てくるトリックでほとんどのパターンがカバーされている。アリバイものにしても、クリスティーがあらゆるパターンを出してしまった。

 つまるところ、ミステリー作家たちは、同じ原理を使って手を変え品を変えて書いているだけなのではないか。それが悪いということを言っているのではない。むしろそこにこそミステリーの面白さの秘密があるように思えるのだ。

 ミステリーで大事なのはトリックだと長らく思い込んでいたが、そうではなくて、ミステリーというのは「トリック ✕ シチュエーション」なのだと思う。トリックの原理自体は有限だけれども、そこにいろいろなシチュエーションをかけ合わせることで無限の可能性が広がる。大事なのは、原理ではなくて見せ方のほう。

 こんなことを考えたのも、ホックの「サム・ホーソーンの事件簿」を読んだからに他ならない。密室とか人間消失とか、不可能犯罪ばかりを集めた短編小説集なのだが、読んでみるとトリックに前例のある作品ばかりなのである。にもかかわらず全く古びた感じがなく、非常に新鮮で度肝を抜かれてしまう。

 その理由は、どれもこれもシチュエーションに工夫がされているから。パラシュートで飛行機から飛び降りた男が落下途中で首を絞められていたとか、何年も昔に埋められたタイムカプセルの中から死後間もない遺体が出てくるとか、サーカスのピエロが衆人環視の下で消失してしまうとか、とびきりの謎が用意されている。

 トリックだけ取り出せばよくあるネタなのだが、シチュエーションと組み合わさることで、新鮮さが生まれる。こんなシチュエーションよく考えるなあと驚くばかりだ。

 ミステリーもマジックと同じで演出が大事なんだと思う。使い古された手でも、見せ方によっては現代性のある作品になる。ホックはそのことを教えてくれる作家だ。

百万ドルをとり返せ! [ミステリ(外国)]


百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)

百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)




 詐欺師が出てくる話が大好きである。

 コンゲームものの映画小説があると、つい手が出てしまう。騙し騙されの虚々実々の世界の面白さ。

 詐欺は犯罪で悪いことなのに、「うまく騙してみせてくれよ」と、いつの間にか詐欺師の主人公をつい応援してしまっている自分がいる。知略をかけた戦いにわくわくしてしまう。

 本書「百万ドルをとり返せ!」はそうしたコンゲームの傑作として知られた古典的作品だ。

 物話は、ハーヴェイ・メトカーフという大富豪が株価操作を行うところから始まる。北海油田の開発を業とする会社を設立したハーヴェイは、いかにも開発が成功するかのような宣伝をし、それらしい地質調査報告書まででっちあげる。

 有望な株だと見込んだ人々はこの会社の株をこぞって買い、株価がどんどんあがっていく。だが、実際には、油田の開発など真っ赤な嘘で、会社の実体すらなかった。ハーヴェイは株価が上昇した段階で、自分の保有している株を売り払い、雲隠れしてしまう。会社は全く稼働していないから、その後、株価は大暴落。多くの人々が大損をすることになった。

 その中に、全財産を賭けて無一文になってしまった4人の男たちがいた。数学者、医者、画商、貴族の4人。彼らは、自分たちがハーヴェイに騙されたことを知るや、お互いに計画を立てる。それぞれの持ち味を生かして、ハーヴェイから百万ドルをとり返すという計画を……。

 4人の男が考える4つの詐欺の手口。どれも鮮やかな手口でまるで手品みたい。最後の最後には、思わぬどんでん返しも待っていて、なんとおしゃれな作品なんだろうと。

 詐欺、手品、芝居……。よく考えたら、これらはどれも似たようなものではないだろうか? 実際にはありもしないことを、あたかも本当のことのように観客に信じ込ませてしまう点において。詐欺の場合には、さらにお金が絡んでくる。詐欺師はカモが思わずお金を払ってしまうような、巧みな偽のシチュエーションをでっちあげてしまう。

 嘘は悪いというけれど、巧みな嘘は人を魅了する強い力があると思う。本書に出てくる嘘はまさにそんな珠玉の嘘。最初から最後まで、大いに楽しませてくれた。

白い僧院の殺人 [ミステリ(外国)]


白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)




 離れ家に女性の死体が横たわっている。

 頭を鈍器で殴られていて、他殺であるのは明らか。ところが、離れ家は降り積もった雪に囲まれていた。雪の上には発見者の足跡しか残されていない……。

 典型的な「雪の密室」というやつである。犯人は雪の上に足跡を残さずにどうやって現場に近づき、逃げることができたのか? 不可能犯罪の巨匠が「雪の密室」に取り組んだ注目すべき作品だ。

 「雪の密室」ものはたくさんのミステリー作家が書いている。やはり謎解きに挑戦したくなるのだろう。

 ただ、いくつかの作品を読んだが、正直なところあまり面白いと思ったことがない。不可能性には興味をそそられるけれども、なんだかアクロバティックで、結末でがっかりすることが多いのである。

 だから、この作品もあまり期待していなかったのだが、意外に面白かった。というか、かなりの傑作である。

 話を読み進めていくと、「雪の密室」の不可能状況を説明するための仮説が3つ出てくる。最初の1つは、まずまずの解決法。2つ目の解決法は、もうこれで解決でよいのではないかと思えるようなスマートな内容。3つ目になって、思いがけない逆転の発想が出てきて驚かされる。

 仮説そのものも無理のない説明でよかったのであるが、なによりも、与えられた状況から「こんな推理もあんな推理もできます」というような、ロジックの楽しさがあるところがよかったのである。単にトリックが面白いというのとはちがって、手がかりと推理と解決方法が緊密に結びついている感じ。現場に散らばったマッチ、割れたグラス、残された灰といった些細な手がかりから様々な論理を構築していくところが面白かった。

 この作品はジョン・ディクスン・カーの作品の中でも最高傑作といえるのではないだろうか? 手がかりと推理、トリックの斬新さ、人物の心理面の描写などが絶妙に組み合わされていると感じた。

 あらゆる本格ミステリーの中でも10指に入る作品といえるだろう。未読だったので、思いもよらず圧倒された。かなり完成度の高い作品だと思う。

オシリスの眼 [ミステリ(外国)]


オシリスの眼 (ちくま文庫)

オシリスの眼 (ちくま文庫)




 推理小説の面白さにもいろいろあるけれど、やはり推理小説というからには推理が見所なのは言うまでもない。

 ところが、推理小説と呼ばれているものでも、必ずしも華麗な推理を見せてくれる作品ばかりではない。結構適当に犯人が明かされたりする作品もちらほらあったりするのだ。そんな作品を読むと、単なる当て推量じゃないのかと言いたくなってくる。

 よい推理にはどのような要素が必要だろう?

 ①推理の材料の信頼性
  推理をするにも、確固たる手がかりに基づいていることが必要である。
  人間は嘘をつくけれども、物は嘘をつかない。物証に基づくことが大事だろう。
  人物の証言でも、複数名の証言が一致している場合は、より強固な手がかりとなる。

 ②観察力
  ごく些細な手がかりが重要な事実を示していることがある。
  細かい手がかりを見逃さない観察力が重要となる。

 ③仮説構築力
  ひとつの結論に飛びつくのではなく、手がかりから考え得るあらゆる仮説を立てる。
  探偵の想像力が試される場面。

 ④絞り込み
  得られた仮説の中で、あらゆる手がかりを矛盾なく説明できるものはどれか?
  どの仮説が最も可能性が高そうなのか?
  仮説に優先順位をつけていく作業。
  
 オースチン・フリーマンの「オシリスの眼」という本は、まさにこの4つの点を踏まえて書かれていて、ロジックの面では群を抜いている。

 エジプト学者が失踪した事件を法医学者のソーンダイク博士が解明するという話なのだが、推理の過程が実に緻密。博士はなぜ被害者が失踪したのかあらゆる仮説を立てているし、得られた手がかりと証拠が一人の人物にのみ向けられていることを示していて、仮説の絞り込み方も説得的。発見された骨から推論するくだりなど、物事を推理していくというのはこういうことなんだと教えられた感じ。

 久しぶりに読んだロジカルな作品で、推理小説のお手本のような内容だった。もちろん、ロジックだけでなく、仰天トリックも用意されていて読み所満載。まだこんな作品があったのかと驚いた。

ヒッコリー・ロードの殺人 [ミステリ(外国)]


ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

  • 作者: アガサ・クリスティー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2004/07/15
  • メディア: 文庫



 「クリスマスにはクリスティーを」

 アガサ・クリスティーは毎年12月のクリスマスシーズンに合わせて新作を発表していたため、こんなキャッチコピーが生まれたらしい。

 この話を聞いたせいか、毎年クリスマスの季節になるとクリスティーが読みたくなるのである。今年もご多分に漏れず、クリスティーの本を手に取ってしまった。読んだのは、「ヒッコリー・ロードの殺人」という作品だ。

 学生寮を舞台にした話で、学生のひとりがモルヒネで毒殺されるというミステリー。

 大がかりなトリックがあるわけではないので、クリスティーの作品の中では地味なほうといえるだろう。だが、小粒ながらも魅力的な謎が潜んでいるので、非常に好きな作品なのである。

 冒頭、探偵のエルキュール・ポアロは学生寮で起こった奇妙な事件のことを耳にする。それは、学生たちの所持品が次々に盗まれるというもの。しかも、その盗まれたものというのが変わっている。金とか宝石とか高価なものではなくて、どこにでもあるようなありふれたものなのだ。

 夜会靴、ブレスレット化粧品コンパクト口紅、聴診器、シガレットライター、古いズボン、電球、リュックサック、ホウ酸の粉末、料理の本などなど、価値のないものばかり。

 なんでこんなものを盗むのだろうというところが謎のポイント。それぞれの所持品に隠された秘密が用意されていて、読んでいてとても興味をそそられる。

 あまり指摘されないし、ジャンル分けがあるわけでもないが、「価値のないものが盗まれる」という類の話は、ミステリーの世界では結構定番だと思う。そのものずばり、価値のないものばかりを盗む「怪盗ニック」というシリーズがあるし、かのコナン・ドイルもガチョウが盗まれる事件やナポレオンの胸像が叩き壊される事件を描いている。アルセーヌ・ルパンのシリーズにも赤いスカーフが盗まれる話がある。

 ミステリーというのは何も殺人事件だけがミステリーなのではない。ありふれたものが盗まれるといったごく些細な謎こそがミステリーの本質なのかもしれない。

 「ヒッコリー・ロードの殺人」は派手さはないものの、こういう昔ながらのミステリーの香りがするところが非常によい。実はもう何度も読んでいるのだが、あまりにも面白のでまた読んでしまった。

茶色の服の男 [ミステリ(外国)]





 「茶色の服の男」は、ミステリーの女王アガサ・クリスティーが書いた冒険小説である。

 クリスティーはいわゆるクローズド・サークルものが得意な作家として有名だ。絶海の孤島だとか、雪の山荘だとか、大きな屋敷だとか、列車の上だとか、閉鎖された空間で殺人事件が起こるという話ばかり書いてきた。限られた登場人物の中に犯人がいるというスリル。そして、その犯人の意外性。閉鎖空間という状況を最大限に活かす作家という印象だ。

 閉鎖状況を得意としているから、クリスティーのクローズドサークルものにほとんどはずれがないのに対して、冒険もの、スパイものといった、主人公が世界を股にかけて活躍するようなオープンな話になると、正直なところ期待外れに終わることも多い。いつものクリスティーの面白さが半減したように感じられてしまうのだ。

 ポアロが世界的な犯罪組織と戦う「ビッグ4」やノンシリーズのスパイもの「フランクフルトへの乗客」などは、オープンにした結果、うまくいかなかった例といえるだろう。

 とはいえ、クリスティーの冒険ものがすべてつまらないわけでもない。数は少ないものの、これは面白いという傑作もいくつか存在するのだ。トミーとタペンスのシリーズに面白いものがあるし、本作「茶色の服の男」もまたクリスティーの冒険ものの中でもきらりと光る作品といえるだろう。

 考古学者の娘であるアンは、ロンドンの地下鉄で男が事故死するのを目撃する。男が所持していた紙切れをたまたま手にすることになったアンは、冒険心をくすぐられ紙片の謎を追いかけるうちに、謎の国際的な陰謀の渦へと巻き込まれていく。話の舞台もロンドンから南アフリカへと移り変わり、ダイヤモンドを巡る陰謀事件の謎を解決していくことになる。

 ただの紙切れ一枚から始まって、国際的な犯罪組織を巡る物語に広がっていくところがすごい。謎の事件を追って主人公が殺人現場を訪れたり、ためらいもなく船旅に出ることになったり、南アフリカでは危険な目に遭遇したりと、冒険のロマンにあふれているところがとてもいい。クリスティーの冒険ものも面白いじゃないかと思わせてくれる。

 主人公のアンはクリスティーの小説にたびたび登場する、冒険をこよなく愛し、危難の中に無鉄砲にも飛び込んでいく意志の強い女流冒険家タイプ。クリスティーも世界中あちこち冒険して回っていたようだから、クリスティー自身にもこういう側面があったのかもしれないなあと思った。

われらの父の父 [ミステリ(外国)]


われらの父の父

われらの父の父




 人類は猿から進化したなどというけれど、人類進化の過程についてみると化石が見つからないことが多くて、原始的な霊長類と人類との間のつながりの部分が欠けているんだそうだ。

 進化の鎖の輪が欠けてしまっているということで、「ミッシングリンク(失われた輪)」などと言われている。

 人類はどんなふうな道筋をたどって、現在のような形に進化したのだろう? 輪が欠けてしまっている以上は、空想するほかないだろう。多くの人々がミッシングリンクのミステリーを解明しようと、いろいろな説を唱えてきた。

 単に偶然が積み重なって人間に進化した? 努力して新たな能力を獲得した? 人類はもともと水中に棲んでいた? 飢餓状態になって食生活が変わったことが原因? などなど……。

 本書「われらの父の父」もまた、そんなミッシングリンクの魅力にとりつかれたような作品だ。

 人類の起源を研究する古人類学者のアジュミアン教授が自宅で殺害される。残されたメモによると、教授は人類発祥の謎、ミッシングリンクの謎をついに解明したのだという。犯人は教授の口をふさぐために殺害したのだろうか? なぜそのような犯行に及んだのだろう? そして人類進化のミステリーの真相は一体……?

 殺人事件の謎を追いかけていくミステリーで、女性記者と科学者がコンビを組んで奮闘する。

 最初のうちは殺人事件の真相はどんなふうに解決するだろうという興味で読み始め、なんとなく読み進めて、終盤だれるなあなんて思いながら読んでいた。つまらなくなって途中でやめようかなんて思いつつ、つらつらと惰性で読んでいたら、終盤になってがーんと頭を殴られるような衝撃が!

 殺人事件の真相なんていうものではない。問題は人類進化の謎のほう。人類の起源の謎について、衝撃的な解答が用意されているのだ。誰も想像だにしなかったであろう解答が。

 人類進化について想像のはるか上を行く答えが書かれた前代未聞の本だった。ベルナール・ヴェルベールは本当に発想がぶっ飛んでいて面白い作家だと思う。もっと翻訳されればいいのになあと思える、知られざる作家だ。

ミスター・メルセデス [ミステリ(外国)]


ミスター・メルセデス 上

ミスター・メルセデス 上




 スティーヴン・キングの新刊が出た。キングには珍しい純粋なミステリーもの。伝統あるエドガー賞を受賞したというから内容もお墨付きの作品だ。

 物語は合同就職フェアの場面から始まる。2009年の不景気のさなか、求職者たちが列をなして開場を待っている。そこに突然、メルセデス・ベンツが猛烈なスピードをあげて突っ込んでくる。人々は次々に車にはね飛ばされ、多数の死傷者が出る。犯人はピエロのマスクをかぶった謎の人物だったが、捕まらずに逃げおおせてしまう。

 犯人解明への手がかりは乏しく、事件の捜査は頓挫。このままでは迷宮入りになろうかというとき、主人公の元刑事のところに「メルセデス・キラー」から挑発する内容の手紙が届き、新たな展開が始まる。

 ミステリーではあるけれども、犯人は割と早いうちに明かされている。犯人が分かっているから面白くないかと言えばそうではない。

 犯人が分かっているけれども、主人公たちが犯人に一歩ずつ近づいていく推理の面白さはきっちりとおさえられている。また、犯人が分かっているので、かえって主人公との対決色が鮮明になり、いかにも退職刑事対異常殺人者のバトルという感じの緊張感ある内容になっている。

 ストーリーも面白いのだけれど、なによりキャラクターがたっているところが見事。キングの作品はこれに限らないのだけれど、異常者の心理を描くのが非常にうまい。どこか頭のネジがぶっとんだ人物が出てきて悪事を働くのだけれど、本当に実在するかのようなリアリティがある。

 今回も「メルセデス・キラー」の目線での場面が出てきて、犯人がどんなことを考えているのかという内面の描写が事細かに描かれているし、人物がどのような背景を持っているのかまで丁寧に書かれている。異常者なんだけれど、単に異常者というレッテルで終わらせるのではなくて、異常者なりの論理があるというところまで丁寧に描かれているところが迫力があった。

 刑事目線での推理ものとしての面白さ、犯人目線でのクライムサスペンスとしての面白さ、ふたつの面白さが交互に味わえるという非常に濃厚な作品。最近読んだミステリーではこれが一番面白かった。3部作になるようなので、次回作も楽しみになった。

明日があるなら [ミステリ(外国)]


明日(あす)があるなら

明日(あす)があるなら




 映画でも小説でも、主人公が絶体絶命のピンチに陥るほど面白い。どうやって窮地を脱するのだろうというところが、サスペンスものの一番の読みどころといえる。

 シドニイ・シェルダンの「明日があるなら」は、まさにそんなハラハラドキドキの展開を味わうことのできる作品だった。こんな絶望的なシチュエーションがあるかというくらい、主人公がひどい目にあうのである。

 主人公のトレイシー・ホイットニーは、若くて美貌に恵まれた銀行員。大富豪の御曹司と婚約もしていて、順風満帆の人生を歩む女性だ。

 幸せの絶頂にあった彼女のもとに、ある日、悲痛な知らせが舞い込む。トレイシーの母親が自殺をしたというのである。マフィアの関係者に母親が経営していた会社を乗っ取られ、苦悩の末の自殺だった。

 怒りに燃えたトレイシーは母親をだました男のところに謝罪を求めに行くが、逆に男に襲われた挙句、都合のいいように利用されてしまう。ありもしない濡れ衣を着せられ、警察に逮捕される。弁護士も判事もマフィアに買収されていて、トレイシーは15年もの刑を言い渡されて、非情にも刑務所へと送られることに。

 そして、その刑務所は生き地獄のような場所だった……。

 話の第1部は女囚の収容されている監獄が舞台。囚人たちの日常が結構詳しく書かれている。映画とかにもときどき出てくるけれど、アメリカの刑務所はこんな怖いところなのかと思った。どこまで本当なのかわからないが、本書の中では囚人の中にもボスのような存在がいて、ボスのいうことを聞かないと、ひどい目に遭ったりするということが書かれている。

 主人公のトレイシーはここでもさらに徹底的にイジメぬかれる。看守からは嫌がらせをされ続け、囚人からも襲われる。身ごもっていた赤ちゃんまで死んでしまう。

 全てを失い、絶望の淵に落ち込み、あらゆる希望を失ったかに見えたトレイシーだったが、ひとつだけ生きる目的が見つかる。それは、自分をこんな目に合わせた人間たちに復讐をすること。どうやって敵に目にもの見せてやるか、復讐計画を練り上げ始める。

 現代版「巌窟王」といった雰囲気の作品。やはりこういう復讐ものは何度読んでも面白い。もはや定番という気もするが、脱獄だの復讐だのといった話には普遍的な引きつける力があると思う。シドニイ・シェルダンの味つけのしかたもうまい。よくこんなおぞましいシチュエーションを考えるなという場面が出てきて、怖いもの見たさで続きが気になってしまう。

 とにかく読んでいて元気がもらえる本である。逆境に耐え抜くヒロインの姿がいい。こんなにひどい状況でも前を向いて頑張っている主人公に思わず共感させられる。

 前半は読んでいて息がつまるような話だったが、逆転に次ぐ逆転で、スキッとさわやかな読後感。主人公と一緒に「シャバの空気はうまいねー」というような気分に浸ることのできる、清涼剤のような一冊だった。

運命の25セント [ミステリ(外国)]


運命の25セント

運命の25セント

  • 作者: シドニィ・シェルダン
  • 出版社/メーカー: アカデミー出版
  • 発売日: 2016/06/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 久方ぶりにシドニイ・シェルダンの本が出版された。

 1枚の25セント硬貨をめぐって、さまざまなドラマが巻き起こるという連作短編集だ。

 イングリッシュアドベンチャー「コインの冒険」という英語教材として書き下ろされたものらしい。

 たった1枚の硬貨が人の運命を変えてしまうなどということがあるものだろうか? 1枚の硬貨が人を大金持ちにしたり、犯罪者にしたり、そんな奇妙なことが? 本書はコイン1枚で人生が一変してしまうさまを描いた実験味あふれる作品である。

 25セント硬貨は次から次に人の手を渡っていく。コインを手にするのは、スターを夢見る女優の卵、娘夫婦から邪魔者扱いされる老婦人、共同経営者を殺害する計画を立てた男、愛人と新生活を送ろうと自殺を偽装する刑事、会社の金を持ち逃げしようとする会計士、小説家になりたいと息巻く青年などなど……。

 彼らはそれぞれ思い思いの人生を歩んでいるのだが、コイン1枚で人生が思いもよらない方向に突き進んでいく。コインが富をもたらしたり、犯罪の発覚に一役買ったり、命の瀬戸際を救ったりと、ここぞというときにコインが活躍するところが読んでいて楽しい。

 しかも、シドニイ・シェルダンなので、読ませ方はやはりうまかった。これが例の「超訳」というやつか。軽いノリだなあと思いながらも、翻訳ものでこんなにサクサク読める本というのも珍しくて、なんだかんだで最後まで読んでしまった。

 こういう人間模様を書いたような話は好きなので、次にはどんな話が来るのだろうと楽しみながら読んだ。意外なオチのあるものも多くて、刑事が行方不明を演出する話などは毒のある結末に思わずにやりとさせられた。

 コイン1枚が人生を狂わせる。人生なにがあるか分かったものではない。運命の不思議さを感じさせてくれる本だった。

アクロイド殺し [ミステリ(外国)]


アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)




 この本はもう3回くらい読んでいる気がする。読むたびに新たな発見がある。

 ミステリー小説は、何回も読まないと本当の面白さが分からないと思う。

 1回目は純粋に犯人は誰なんだろうという謎解きの興味で読む。探偵と一緒に事件を推理していく探偵目線の普通の読み方だ。

 2回目になると、今度は犯人を知っているので、読み方が自然と犯人目線になる。どうやって探偵を欺くのか、どうやって真相から目をそらしてミスリードしているのかという技巧の部分に目が行く。犯人の意外性よりも、こうやって話を組み立てているのかという、技術レベルの高さに驚かされることになる。

 「アクロイド殺し」は「オリエント急行の殺人」などと並んで、クリスティーの代表作であると言われている。実はこうした作品よりももっとうまい作品はたくさんあるし、トリックにも前例があるのだけれど、フェアかアンフェアかということで議論になった、一世を風靡した作品なのだ。

 論争になった〇〇が犯人というメイントリックが有名だが、今回読み返してみると、そうした部分よりも犯人から目をそらすための細かな技法がやはりうまいなと感じた。

 この作品はアリバイものの作品でもある。よくよく読んでみると、犯人にアリバイをこしらえるために、クリスティーは二重三重に仕掛けを施している。こんなにうまくトリックをしかけられては、読んでいるほうも犯人を無意識に容疑者リストから外してしまうはずだ。さすがミステリーの女王は、うまく罠を張るなあと感心させられる。

 小道具の使い方も見事。ガチョウの羽根、結婚指輪、動かされた椅子テーブルのふた……。一見するとこんなものが事件とどうつながるのか分からないような些細なことが、のちのちに非常に重要な意味を持ってくる。真相を暴くのにこうした道具が一役買うことになっていて、クリスティーは仕掛けを組み立てるのもうまいけれど、仕掛けを壊す段にもたいへん洒落たやりかたをしていることが分かる。

 登場人物たちが最初はなんでもないような平凡な人物たちに見えるのだけれど、読み進むにつれて、登場人物全員に驚くような秘密が隠されていることが分かる。読んでいくごとに、万華鏡のように少しずつ人物間の関係が変わって見える。そういう結構すごいことをやってのけている本でもある。

 久しぶりにクリスティーを読んだら、かなり夢中になってしまった。非常に水準が高くて驚くが、こういう水準の高いものばかり苦もなく書き続けたところがまたすごい。クリスティーは、やはりとんでもない作家だったなあと思う。

消されかけた男 [ミステリ(外国)]


消されかけた男 (新潮文庫)

消されかけた男 (新潮文庫)




 小説でも映画でも、主人公の与えられる試練が難問であるほど面白い。問題が難題であればあるほど、解決できるんだろうかとハラハラするし、解決したときの爽快感も大きくなる。

 本作「消されかけた男」の主人公に与えられた任務は、まさにそうした難問といえるものだった。

 本作の主人公はチャーリー・マフィンという英国情報部員。情報部の古株だったが、部内では煙たがられる存在だった。

 あるとき、情報部はソ連のKGBの幹部であるカレーニンという人物が、西側に亡命することを希望しているという情報をつかむ。マフィンはこのカレーニン亡命を遂行するよう任務を与えられる。

 どうやって東側に潜入し、どうやって監視の目をかいくぐって越境させるのか? マフィンがどうやって難題を解決するのか非常に見もの。東側に見つかって射殺されてしまうのではないかという、ドキドキするようなサスペンスが味わえる。

 面白いのは、任務遂行の部分だけではない。最後の最後にアッと驚くどんでん返しが待っていて、それまで起きていた出来事に別の意味が隠されていたことが分かる。なんともいえないダブルミーニングのうまさ。手際のよい手品を見たような驚きがある作品なのである。

 背景となるスパイの世界もリアルに描かれている。組織の中で生きることの苦難。上司からは無下な扱いを受け、若い人材からは邪魔者扱い。スパイの世界もサラリーマンみたいな世界なんだなあという悲哀がある。しかも、使命のためとあらば、捨て駒みたいにポイっと命を犠牲にさせられてしまうのだ。

 リアルな諜報の世界というのはこんな非情なところなのかというのが分かって興味深いし、ストーリーも一筋縄ではいかない。今まで読んだスパイものの中でも一級品といえるような小説だった。

ガール・オン・ザ・トレイン [ミステリ(外国)]


ガール・オン・ザ・トレイン(上) (講談社文庫)

ガール・オン・ザ・トレイン(上) (講談社文庫)




 全米ベストセラーでドリームワークス映画化の話題作、「ガール・オン・ザ・トレイン」を読んだ。

 主人公はレイチェルという女性。最愛の夫と離婚して、仕事もクビになり、傷心のあまり酒浸りの生活を送っている。そんな彼女の唯一の慰めは、毎日乗る電車の窓から見えるテラスハウスを眺めること。その家には見知らぬ夫婦が住んでいて、レイチェルは勝手に夫婦の生活を想像しては楽しんでいた。

 だが、あるときレイチェルの身に恐ろしい出来事が起こる。酒を飲みすぎて、電車の中で記憶をなくすが、気がつくと頭と手に怪我をしていて、いつの間にか自宅で寝ころんでいた。何が起こったのか、どうやって帰ったのかまるで覚えていない。ちょうど同じころ、彼女がいつも眺めていた家の女性が失踪してしまう事件が起こる……。

 英米で話題になっている本ということで期待しすぎたせいか、正直なところ読後感は少し物足りない感じではあった。

 ミスリード・キャラクターが何人かいて、出てくる登場人物はどいつもこいつも怪しい。主人公でさえ記憶喪失にかかっていて、もしかしたら主人公が犯人なんじゃないかとか、そんな可能性さえもありうる状況である。

 ただ、ミスリード・キャラクターがいるというだけで、それ以上にトリッキーなしかけがあるわけではなかった。普段、アガサ・クリスティーばかり読みすぎているせいか、もう少しどんでん返しがあるものを期待していたから、少々あっさり目なのは残念であった。

 とはいえ、本作品がつまらなかったというわけではない。サスペンスとしては面白くて、最後までぐいぐい読ませるのである。

 もしかしたら身近な人間が殺人者かもしれない。ひょっとしたら自分が何か犯罪を犯してしまったのかもしれない。そんな主人公の不安な心境がうまく描かれている。どこにでもいるような平凡な人間が事件に巻き込まれていく。ヒッチコック・スリラーのようなものを連想させる作品なのだ。

 何より、主人公のキャラクターがよかった。呑んだくれのダメ女。精神的に不安定すぎて、誰からも信用されない。ちょうどこの本を読んでいるとき、自分もロクなことがなくて、へこんだ気分になっていたから、この主人公のダメっぷりには随分共感してしまった。

 ひねったミステリーばかり読んでいると、こういう作品には点が辛くなってしまうのだけれど、ベストセラーというだけあって人間心理を描くのがうまいし、謎を煽るのもうまかった。映画が上映されたら、なんだかんだで結局観てしまいそうだ。

クレアが死んでいる [ミステリ(外国)]





 87分署の刑事たちの活躍を描いたシリーズの一作。

 カルヴァー街の書店で銃の乱射事件が起こる。本屋にいた客たちが銃弾を浴びて次々に絶命する。被害者の中にクレアという女性もいたが、彼女は87分署の刑事バート・クリングの恋人だった。復讐に燃えるクリングと87分署の刑事たち。捜査の果てに彼らがたどりついた真相は意外なものだった。

 昔から87分署シリーズが好きで、ときどき読み返してしまうのだが、この話も面白かった。

 とにかくこのシリーズは、刑事たちが地道に捜査を進めていくところが見どころ。ときには平行して何本もの線を追ってコツコツと調べていく。普通ならその調べる過程がだれそうなものなのに、このシリーズを読むと、刑事と一緒に真相に迫っていくようなスリルがある。

 黒澤明が「天国と地獄」という作品でこのシリーズの一作を映像化しているけれど、他のシリーズ作品も本当にあの映画みたいな感じ。とにかく刑事たちが複数の線を追ってコツコツ調べる。

 本作でも被害者の家族たちに話を聞いていく。4人も被害者がいるので、犯人の狙いがよく分からない。単なる狂人の仕業なのか? 4人のうちの誰かひとりを狙っていて、他の3人は巻き添えを食っただけなのか?

 関係者たちがそれぞれ何らかの情報を握っていて、情報のかけらをつないでいくと、動機らしきものがだんだんと見えだしてくる。なんだか分からなかったところに、道筋らしきものが見えてくるところが面白い。

 描き方がリアルなのがこのシリーズの魅力でもある。アメリカのダウンタウンで生活する人々の息遣いが迫ってくるかのような生々しさ。本筋とほとんど関係ないような登場人物までもが丁寧に描かれていて、場面場面を読み進めるのが本当に楽しい。

 このシリーズ、ミステリーとして非常によくできていると思うし、いくつかの話は映像化もされているのだが、なぜかほとんど絶版状態にあるという不遇さ。装いを新たに復活してほしいなあと思う。

歌うダイアモンド [ミステリ(外国)]


歌うダイアモンド (マクロイ傑作選) (創元推理文庫)

歌うダイアモンド (マクロイ傑作選) (創元推理文庫)




 「歌うダイアモンド」は、ヘレン・マクロイという作家が書いたミステリー傑作集。本格推理からサスペンス、なかにはSFも混じっていて、バラエティに富んだ短編集だ。

 もっとも面白かったのは「鏡もて見るごとく」。ある女性教師が自分そっくりのドッペルゲンガ―の出現に悩まされるというミステリーだ。怪奇性抜群の作品で、圧倒的な謎に思わず魅了されてしまう。合理的な謎解きも用意されていて、きっちりとまとめているところも巧い。

 同じく超常現象的なミステリーを扱った表題作「歌うダイアモンド」も秀逸な出来栄え。複数の人間が謎のダイアモンド型の飛行物体を目にした後、死んでしまうという不思議な事件が起こる。こんな大規模な事件をどうやって解決するのだろうというわくわく感が強烈。こちらもきっちりと解決篇が用意されていて、奇跡のような作品といえるだろう。

 「カーテンの向こう側」はサスペンスものの傑作。同じ夢を何度も見る女性の話。女性はある殺人事件の容疑者で、その夢には主人公の心理が影響している。最後にゾッとするような結末が用意されていて、なんともいえない後味を残す。最近流行りのイヤミスのはしりだった。

 「人生はいつも残酷」は中編と呼べる長さのミステリー。過去の殺人事件を掘り起こしていくタイプの話で、本格推理物の教科書と呼べそうな作品だった。

 「風のない場所」は世界の終末を描いたSFもの。ブラッドベリとかキングとかが書きそうな話で、こういう作品も書けるのかと驚かされる。短いながらも抒情的で強い印象を残す。 

 あまりにもよかったので他にも短編を読んでみたかったのだが、残念なことに翻訳されているものはこれが唯一のものらしい。長編の方はいくつか翻訳が出ているようなので、そちらを挑戦してみようかなと思った。

日時計 [ミステリ(外国)]


日時計 (創元推理文庫)

日時計 (創元推理文庫)




 少女誘拐事件の謎を解いていくミステリー

 3歳になる少女マーガレットが誘拐された。父親が目を離している隙を突いての犯行だった。私立探偵ケントはこの誘拐事件の解決を依頼される。手がかりとなるのは、犯人が少女の生存証明のために送りつけてくる写真のみ。

 ミステリーにもいろいろあって、犯人探しのフーダニットが多いのだろうけれど、本作は犯人が誰かよりも、犯人がどこにいるのかという居所を探すところに眼目がある。推理によって、特定の場所を絞り込んでいくところが面白いタイプの作品だった。

 手がかりになるのは、数枚の写真。犯人は少女が写った写真を1週間おきに送りつけてくる。写真の背景には風景がちらりと写っていて、主人公たちは写真の背景に写っているものから、写真が撮影された場所を割り出そうとする。

 一見するとなんでもないような写真である。何も手がかりなどなさそうに見えるのに、主人公たちはほんの些細なところから思わぬ情報を引き出していく。なるほどこんなことも分かってしまうのかと思わずうならされる。推理小説の王道を行っている感じがよかった。

 推理小説であるとともに、冒険小説にもなっている。犯人の居場所が判明した後半からは、犯人の潜伏場所に潜入するスリラー展開になる。どうやって犯人の目をかいくぐって少女を連れ戻すのか? ミッション・インポッシブル的な雰囲気があってスリリングだった。

インフェルノ [ミステリ(外国)]


インフェルノ (上)  (海外文学)

インフェルノ (上) (海外文学)




 「ダ・ヴィンチ・コード」のロバート・ラングドン教授シリーズ。

 このシリーズは毎回いろいろな歴史をテーマにしているけれど、今回はダンテの「神曲」が題材になっている。主人公たちは「神曲」にまつわる美術品や建物を巡って、謎を解いていく。イタリアの都市をめまぐるしく移動するので、読んでいて様々な名所を観光めぐりしているような気分になる一冊だ。

 ダンテの「神曲」って名前は知っているけれど読んだことはなかったので、どんな話なのかと思っていたが、本書を読むとその概要が描かれていた。「ああこんな話だったのか」と勉強になる内容だ。地獄にも階層構造があるとか、煉獄は罪を浄化する場所だとか、キリスト教世界の世界観を知ることができて興味深い。

 本来は原典に当たらなければいけないのかもしれないけれど、本書を読むと楽しみながらダンテの世界に触れることができる。ダンテ入門書といえるだろう。

 ラングドン教授は毎回毎回、謎の組織と対決するというのも定番になっているのだが、今回の「悪玉」も面白かった。人口爆発に不安を覚える科学者が悪役で、人口増加を防ぐために世界規模の謎の計画をもくろむ。

 日本では少子化が叫ばれていて、むしろ人口減少が心配されているくらいなので、日本に住んでいると実感がわかないのだけれど、世界規模で見ると人口というのは増加しているのである。その増え方もかなり急激に増えているらしく、このまま人口が増えていったらどうなっちゃうんだろう? 需要と供給のバランスが崩れ、食料や資源の配分の問題、領土問題、自然破壊の問題などが起こってくることが予測される。

 では、どうやったら人口の増加やそれに伴う社会問題に対応することができるのか? 持続可能な社会をつくることは可能なのか? 世界中で議論がなされているが、本書の悪役は人口増加を食い止めるためにとんでもない計画を立てる。1300年代のヨーロッパでは、黒死病が蔓延し、人口の3分の1が死滅したという。この黒死病にヒントを得たかのような計画。少しSF的だったが、ありえなくもなさそうなところが怖い。

 悪役がどのような動機づけで動いているのかというのが、こういう話では読みどころの一つだが、今回は宗教的なものではなくて、社会派な信念を持っているところが面白かった。手段はともかく、人口増加の不安というのは一理あるよなあと思ってしまったり、エンターテイメント作品でありながらいろいろ考えさせられる内容だった。

シンデレラの罠 [ミステリ(外国)]


シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)

シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)




 記憶喪失をテーマにしたフランスミステリー

 記憶喪失もののミステリーというのはどれを読んでも面白いことが多い。過去の出来事を探っていくうちに、だんだんと主人公の人となりが分かってくる。記憶の空白部分がだんだんと埋められていく感じが興味をそそる。

 ミステリーなので、主人公が普通の人だったら面白くならない。主人公の意外な過去が明らかになるところが見所だろう。たいてい主人公は知りたくもなかった自らの秘密を見つけてしまう。妙な犯罪事件に関わっていたり、自分が思いもしなかった人間だったことに気づいてしまう。主人公と一緒に手探りで過去をたずねていく感じが非常に面白いと思う。

 「シンデレラの罠」もそんな記憶喪失もののミステリーで、海外ミステリーの傑作として名高い作品である。

 20歳の娘、ミシェル・イゾラは自宅で火事にあい、大やけどを負う。顔が焼けて皮膚移植手術までする重症だった。なんとか一命はとりとめたものの、自分が誰なのかも思い出せない。過去の記憶は失われてしまった。火事のときに一緒にいたドムニカという娘は焼け死んだらしい。過去に何があったのか? 火事はなぜ起こったのか? 自分は何者かを探るミシェルの探索が始まる。

 主人公が自分を探していろいろな人に聞いて回るのだが、出てくる人たちが誰も彼もひと癖あって、聞いた内容も信用できなかったりするところが怖い。もしかしたら、間違った記憶を植えつけようとしているのかもしれない。主人公が疑心暗鬼になって、心理が揺れ動く不安感がうまく描かれている。

 こういう真相なんじゃないかと推理しながら読むのだけれど、筆者は読者がそう考えるだろうとちゃんと分かっているようで、さらなるどんでん返しが待っていた。読んでいて筆者と心理戦をしているような気分になってくる。筆者の方が一枚も二枚も上手なので、勝ち目はないけれど。

カッコウの呼び声 [ミステリ(外国)]


カッコウの呼び声(上) 私立探偵コーモラン・ストライク

カッコウの呼び声(上) 私立探偵コーモラン・ストライク




 「ハリー・ポッター」の作者J・K・ローリングが別名義で書いたミステリー。

 J・K・ローリングがどんなミステリーを書くのかと思ったら、結構オーソドックスな探偵ものに仕上がっていた。

 主人公はコーモラン・ストライクという私立探偵。元軍人でアフガニスタンに滞在していたが、片足を吹き飛ばされて、除隊。帰国後はロンドンで私立探偵として働いている。探偵事務所の仕事は鳴かず飛ばずで、依頼者はほとんどおらず、借金に追われる毎日。いつ破産してもおかしくないような状況にあった。

 そんな折に、ジョン・ブリストウという弁護士がストライクの事務所を訪れる。妹のルーラがアパートのバルコニーから転落死した事件について調査してほしいという。ルーラは人気スーパーモデルだったが、精神を病んでいて、自殺したものとみられていた。だが、ブリストウは妹の死に疑問を感じていて、殺人事件ではないかと指摘する。

 本書を読んでみて、さすがベストセラー作家だけあって、どんな作品でも書けてしまうのねとびっくり。大がかりな仕掛けがあるわけではなく、衝撃作というわけではないが、ウェルメイドな仕上がりになっている。

 ストライクが調査を進めていくうちに、様々な手がかりがパズルのピースみたいに次々に現われてくる。ルーラが生前にとった不可解な行動、監視カメラに写った怪しい人物、近隣住民の謎のような証言などなど……。パズルのピースをあれこれこねくり回しながら、これはどんな意味があるんだろうと考えて読むうちに、だんだんと全体像が見えてくる。

 バラバラのピースがぴたりと収まる快感。しかも、ピースには意外な意味があることが分かったりして、なかなか侮れない。

 ファッション業界という、現代の華やかな世界を舞台にしているけれども、その骨格は古典的なミステリーのもの。探偵もののファンとしては、なかなか読みごたえのある作品だった。

新車のなかの女 [ミステリ(外国)]


新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)

新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)




 この世には、自分にそっくりの人間がいるという。自分そっくりの分身みたいなやつが、自分の知らないところでひょっこり現れたりするんだそうだ。ドッペルゲンガ―などと呼ばれる現象で、世界のあちこちで報告されていて、たくさんの小説や映画の題材にもなっている。「もうひとりの自分」を見ると死んでしまうなどという噂までまことしやかに流れている。

 セバスチアン・ジャプリゾというフランス人の作家が書いた「新車のなかの女」という小説も、このドッペルゲンガ―現象を扱っている。自分そっくりの「もうひとりの自分」の存在に悩まされる女性の話で、読んでいてぞくぞくと背筋が寒くなるようなミステリーなのだ。

 主人公は、パリの広告代理店に勤めるダニーというOL。あるとき、ダニーは社長から新車を空港から社長宅まで届けるように頼まれる。最初はこの指示に従おうとするものの、何を思ったか突然気の迷いが生じてしまい、社長宅とは逆方向の南仏に車を走らせてしまう。今まで見たことのなかった海を見たいという誘惑に駆られてしまったのだ。

 あとで車を返せばいいや、という軽いいたずら程度の気持ちだった。だが、南仏に向かう途中で、ダニーは徐々に恐ろしい運命へと引きずり込まれていく……。

 行く先々で出会う人々が、なぜか前にダニーのことを見たことがあるという。ダニーにとってははじめて通る場所で、知るはずのない場所なのに。自分そっくりの人間があちこちで目撃されているようなのだ。しかも、どうやらその「もうひとりの自分」は、ある殺人事件にまで関わっている様子。ダニーは、いつの間にやら、全く身に覚えのない殺人事件に巻き込まれていってしまう。

 主人公が自分そっくりの分身に悩まされる怪異を描いていて、読んでいて実に不気味。主人公の目線で書かれていて、次々に謎のような出来事が起こって、一体何が起きているのかまるで見当がつかない。全編、悪夢にとらわれているような幻惑的な雰囲気がある。

 謎が謎を呼ぶ展開で、こんなに謎が多くて、どういうふうに結末をつけるつもりなんだろう? と読んでいてつい心配してしまったほど。この手の冒頭で大きな謎を持ってくる作品は、たいてい尻すぼみになって、結末でがっかりさせられることが多いから、本当に納得いくように解決するんだろうかと思ってしまった。

 だが、そんな心配も杞憂だったといえる。最後の章では、冒頭の大きな謎をきちんと合理的に解決してくれていた。背景にある動機もしっかり練られているし、あらかじめいろいろな伏線が張られていたことも分かる。幻想的な内容かと思いきや、実はパズルのように緻密に組み立てられていたことが分かって、ミステリーとして非常に完成度が高い。

 この本は今まで読んだことがなかったのであるが、最近読んだミステリーの中でもかなりよかった。今まで読んだミステリーの中でも、かなり上位にランクインしそう。ミステリーはホラー的な要素があるジャンルだと思うけれど、この本の「もう一人の自分」という謎の強烈さは尋常ではなかった。

興奮 [ミステリ(外国)]


興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))

興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))




 ディック・フランシスの「興奮」は、イギリス競馬界を舞台にしたミステリー

 競馬の世界も大金が絡んでくるので、八百長というものがときどき起こるものらしい。本書はそんな競馬の八百長に絡んだ謎を解いていくという話だ。

 障害レースで、大穴が出るという件が10回くらい起こる。馬の唾液や尿などの検査をして、興奮剤が与えられたのではないかと検査をするのだが、結局何も検出できなかった。それにしても、これほど大穴が続くということは不自然で、何か不正が行われているとしか考えられない。謎を解明するため、ダニエルという牧場の経営者が、厩務員に扮してあちこちの厩舎に潜入して、真相を探る。

 競馬の業界について何も知らなかったので、舞台裏はこんな風になっているのかというのが見えてきて楽しい作品だ。作者は障害競馬の元騎手ということで、競馬の世界がかなり詳しく描写されている。主人公があちこちの厩舎で働きながら事件の捜査をするので、厩舎の様子だったり馬の管理方法だったりが紹介されているのだ。ミステリーとか読んでいると、こういう知らない世界のことを知ることができるのが面白いと思う。

 八百長の方法に関する薀蓄もずらり。八百長にもいろいろあの手この手があるのねということを知ることができて、よく考えるもんだと驚いた。

 そうした薀蓄を踏まえたうえで、筆者は本作品で競馬が大穴を出すためのとっておきの八百長トリックを披露している。最後の方で明かされるその真相を読んだときには、盲点を突かれたような感じで、感心させられた。

 絵解きを聞くと素人にも分かるような単純明快なトリックなのだが、解明されるまでは想像もしなかったようなトリックである。やはりミステリーのトリックはあまりごちゃごちゃしたものより、こういうシンプルなものがいい。

 この作家のものもたくさん出ているのだが、ほかの作品はまだ読んだことがない。他のもこんなに面白いのだろうか? また気になる作家が出てきてしまった。

猫は手がかりを読む [ミステリ(外国)]


猫は手がかりを読む (ハヤカワ・ミステリ文庫)

猫は手がかりを読む (ハヤカワ・ミステリ文庫)




 シャム猫ココが活躍するミステリー・シリーズの1作目。

 今までこのシリーズは読んだことがなかったが、なかなか面白かった。

 主人公はジム・クイラランという新聞記者。彼は新しく働くことになった新聞社で美術欄の特集記事を担当することになるのだが、美術界を取材するうちに、殺人事件に巻き込まれてしまう。画商が刺殺される事件を皮切りに、次々に事件が起こる……。

 猫が活躍するシリーズと聞いていたので、どんな風に活躍するのだろうと思ったら、主人公のジムの相棒としてちゃんと重要な役割を果たしている。言葉は話せないけれども、手がかりのある場所に主人公を導いたり、推理のヒントを与えたり、主人公のピンチを救ったり。ここぞというときに、主人公の手助けをしてくれるのだ。

 猫の活躍が猫の能力なのか、単なる偶然なのか? どちらにもとれる不自然でない書き方で書かれているところがよかった。

 ミステリーとしてはそんなに複雑なものではなくて、やや軽いなとは思ったけれど、それでも筋書きはそれなりに練られているので楽しんで読める。何より、作品全体を包み込んでいる古き良い感じの町の雰囲気が抜群によい。残酷すぎず重すぎず、いかにも外国のおしゃれなミステリーという感じで、まさにこういうのを読みたかったという作品であった。

 このシリーズはほかにもたくさんシリーズがあるようなので、シャム猫ココがどんな活躍を見せるのか、今から楽しみになってきた。

寒い国から帰ってきたスパイ [ミステリ(外国)]


寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)




 冷戦下の東ドイツを舞台にしたスパイ小説

 第二次大戦後、連合軍に敗北したドイツは戦勝国によって分割占領されることとなった。ドイツの東側をソ連が占領し、西側をアメリカイギリスフランスが占領した。

 だが、戦後、今度はアメリカとソ連との間の冷戦がはじまり、世界中で代理戦争が勃発。ドイツも東ドイツと西ドイツとで分断されてしまう。お互いに疑心暗鬼となった資本主義陣営と社会主義陣営は、激しい諜報戦を繰り広げ始めることになる。

 本書は、こうした東西冷戦下のドイツでの諜報合戦を描いた小説である。

 東ドイツ情報部副長官にムントという男がいた。西側諸国の諜報員を見つけては次々に殺害していく危険な男だった。イギリスの情報部員のリーマスは、このムントに部下を次々に殺され、ムントへの復讐を夢見ていたが、あるときそのチャンスが舞い込む。ムントを失脚させるための秘密工作の任務が与えられたのだ。リーマス自身が囮になって東側と接触し、ひそかに偽情報を流すことで、ムントを西側のスパイだと思わせ孤立させる計画だった。

 だが、任務を遂行するうちに、計画はリーマスの予想のしない方向へと突き進んでいく……。

 スパイが極秘のミッションを遂行する話で、上手く計画が運ぶだろうかと期待しながら読んでいくと、徐々に計画外の出来事が起こるようになって、先の展開が読めなくなっていく。闇の中にまっしぐらに落ち込んでいくような怖さのある話だ。

 相手を騙そうとしていたはずの立場だった主人公が、いつの間にか騙される立場へと逆転していく。最後の最後には意外な結末が待っていて、世界観が反転するようなどんでん返し。作者に見事に騙されてしまった。真面目な作風でありながら、エンターテイメントとしても一級品といえるだろう。

 テーマ性にも優れている。作者は本書の中で、多数の人間の利益のために個人が犠牲になることの危険性について問題提起している。コミュニズムというのは個人主義を犠牲にすることで成り立つが、個人を犠牲にするのはコミュニズムに限ったものではないと筆者は言う。西側の自由主義世界であっても、ときには大多数の利益のために個人の命を平気で犠牲にすることがある。大義のためであるという理由で、罪のない人間を簡単に殺したりすることがあるのだという。

 本書の中で描かれるのはまさにこうした、公の利益のために犠牲となる人々の悲劇だった。国際情勢の大義のために駒にされて、人生を滅茶苦茶にされてしまう人々。主人公のリーマス自身もやがて、自分が国家の駒にすぎないことに気づく。

 自由主義社会というのは、個人主義を尊重する世界だったのではないか? なのに、大義のためとあらば個人の尊厳をいくらでも踏みにじるというのは、自らの思想に反するのでは? やっていることがコミュニズムと変わらないのでは? 敵と戦っているはずが、いつの間にやら敵と同じようなことをしてしまっているという皮肉な内容だ。

 冷戦下の話ではあるけれども、いまだに世界情勢は揺れ動いているし、自由主義社会の中にある矛盾というのはいまだに問題となりうるテーマだと思う。本書に書かれていることは普遍性があって、古びるものではなく、今読んでも新鮮に感じ取れる作品だった。

針の眼 [ミステリ(外国)]


針の眼 (創元推理文庫)

針の眼 (創元推理文庫)




 ケン・フォレットの「大聖堂」という本が面白かった。大聖堂という厳かな雰囲気のタイトルからは想像もつかないほどの、ハラハラドキドキの展開。数ページに1度は事件が起こるというサービス満点さ。陰謀渦巻く中世のイングランドのドロドロした世界を冒険させてくれた。

 「大聖堂」があまりにも面白かったので、引き続き同じ作者のほかの作品も読みたくなった。調べてみると、「針の眼」という作品が代表作らしい。さっそく読んでみた。傑作だった。

 「大聖堂」の中世の世界とは打って変わって、「針の眼」は第二次大戦真っ只中のイギリスの話。「針」と呼ばれるドイツのスパイを追い詰めていく、スパイ・スリラーだった。

 1944年、連合軍はフランスのノルマンディーに上陸する作戦をたてていた。戦いを有利に進めるためには、ドイツの防備が薄い間に奇襲することが望ましいが、それにはドイツ側に上陸場所を知られないようにする必要がある。連合軍は、そのための大偽装工作を施していた。

 イギリスに潜入したドイツのスパイを捕えて、二重スパイに仕立て上げて、ドイツに偽の情報を流す。あるいは、実際とは別の場所にゴムとブリキで作られた偽の艦隊やセットの兵舎をこしらえ、あらぬ場所に軍事勢力が集結しているように見せかける。上陸場所がノルマンディーではなく、カレーだと思い込ませる偽装作戦だった。

 こういう偽装作戦は実際に行われた歴史的事実らしい。ただ、この計画のひとつの問題は、もしイギリスに捕まっていないドイツのスパイが潜伏していた場合に、たちどころに偽装を見破られる恐れがあるということだ。本書はこの歴史的経緯をふまえて、フォレットが想像力を膨らませて、スリリングなスパイの物語に仕上げたものなのである。

 ドイツからイギリスに潜入した「針」と呼ばれるスパイ。彼が、連合軍の偽装工作を見破ってしまう。「針」はドイツに情報を流そうと画策するが、他方でイギリス当局は「針」のもくろみに気づき、追跡劇が開始される。

 マンハントものの面白さは、知力をかけて逃げ回る逃亡者と、手がかりをたどって追い詰めていく追跡者の頭脳戦にあるといえる。フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」という本がマンハントものの代表格であるが、本書の「針の眼」もまたフォーサイスのものに劣らない秀逸な作品だった。「ジャッカル」にちょっと似ていて、「針」は頭脳明晰であっという間に当局のもくろみを察知して裏をかこうとするし、邪魔する人間がいれば無慈悲に殺していく。

 広いイギリスからどのようにして「針」を探そうというのか? 「針」は当局の目をかいくぐってどのように脱出しようとするのか? 激しい攻防が繰り広げられて、手に汗握る展開。「針」が逃げ出してしまえば、戦争の勝敗にも決定的な影響を与えてしまうかもしれない。国際趨勢の鍵をこの戦いが握っているという緊張感。歴史の「もしも」を描いた、ノンフィクションとフィクションがないまぜになった面白さがある。

 「大聖堂」の時と同じように、次から次にいろいろな事件が起こるので目が離せない。ケン・フォレットの語り口のうまさにまたしても驚嘆させられてしまった。

ジャンガダ [ミステリ(外国)]


ジャンガダ

ジャンガダ




 ジュール・ヴェルヌは「海底二万里」や「十五少年漂流記」などの冒険小説で有名だが、この「ジャンガダ」という作品も、アマゾン河を舞台にした壮大な冒険物語である。

 題名になっている「ジャンガダ」というのは、古い樹木を組んだ巨大筏に、藁葺小屋が乗っかったもので、浮かぶ家のようなものである。このジャンガダに主人公たち一行が乗りこんで、アマゾン河を下って様々な冒険をするというワクワクする物語なのだ。

 物語は1852年のペルーで始まる。イキトスの村に住む農園主のホアン・グラールの一家はあるとき、娘の結婚のためにブラジルのベレンに旅立つことになった。その旅の途中で、彼らはトレスという謎の男をジャンガダに乗せることになる。だが、その男は、ホアン・グラールの過去の秘密を握っていて、ある陰謀を企む恐ろしい人物だった。

 実は一家の主のホアン・グラールは過去にとある犯罪の容疑をかけられていた人物で、人里離れた場所で人目を忍んで生活をしていたのだ。トレスはその正体を見抜いて、当局に密告。ホアンは逮捕されてしまう。ホアンは本当に過去の犯罪にかかわっていたのか? それとも別に真犯人がいるのだろうか? 一行はホアンの無実を晴らすべく、奮闘することに……。

 ヴェルヌは推理小説の父エドガー・アラン・ポーのファンだったらしく、本作はポーの「黄金虫」という作品へのオマージュ作品になっている。ホアンを救うカギとなる文書が暗号文になっていて、その暗号を解読していくミステリーでもあるのだ。

 その暗号というのが、実に難解な代物で、ポーのものの暗号よりもさらに複雑な仕掛けになっている。難攻不落で、解読しようにも手がかりがなくて、手のつけようもない。謎解きやパズルが大好きな判事というキャラクターが出てきて、そんな難解な暗号解読に取り組む様子が楽しい。ありとあらゆる方向から、暗号を解読しようとして、悪戦苦闘するところなどは、まさに推理小説の神髄という感じで面白かった。

 推理ものなんだけれど、さすがヴェルヌで、単純な暗号解読で終わらせないところもすごかった。死刑執行のカウントダウンという形でドラマティックに話を盛り上げているし、文書の行方を追う追跡劇でもあるし、同時並行でホアン脱獄計画が進行したりもしている。登場人物たちの関係も様々に発展して、最後には収まるところに収まってしまうといううまさ。

 一冊の中にエンターテイメントの様々な面白さが凝縮している感じがして、すごいもの読んだなあと圧倒されてしまった。ヴェルヌの中ではあまり知られていない作品だが、埋もれた傑作といえるかもしれない。

戦士たちの挽歌 [ミステリ(外国)]


戦士たちの挽歌―Forsyth Collection〈1〉 (角川文庫)

戦士たちの挽歌―Forsyth Collection〈1〉 (角川文庫)




 『ジャッカルの日』『オデッサ・ファイル』などで知られる、スリラー作家フレデリック・フォーサイスの短編集。

 短編集といっても、各編が100ページ近くもあるので、かなり読み応えがある。長編に負けず劣らずスリリングな内容で、様々な形での頭脳戦が繰り広げられているところが特徴だ。

 たとえば、表題作の「戦士たちの挽歌」は、法廷もののミステリー。イギリスのさびれた商店街を訪れた老人が、町のチンピラ2人組にからまれ、殴る蹴るの暴行を受け、重傷を負う。救急搬送され、ICUで医師の治療を受けるが、間もなく死亡する。チンピラはすぐに警察に捕まり、裁判にかけられるのだが、その裁判は意外な展開を見せ始める……。

 検察と弁護士の熾烈な戦いが見どころ。被害者の正体が謎に包まれていて、最後にその正体が分かると同時に、これまでの展開がひっくりかえる予想外の結末も待っている。

 「競売者のゲーム」は、美術界を舞台にしたコン・ゲーム。鑑定ミスの濡れ衣を着せられた鑑定士、200万ポンドもする絵をだまし取られた売れない役者、コンピュータのことなら何でもござれのハッカーの天才、3人がチームとなって、美術界に復讐を挑む。

 美術界から足蹴りにされた主人公たちが、美術界を騙して鼻を明かそうとする話で、読んでいて痛快。まさに騙し騙されの頭脳戦という感じで面白かった。

 「囮たちの掟」は、バンコク発ロンドン行きの航空機内で繰り広げられるスリラー。麻薬組織の暗躍に気づいたMI5の活躍を描く。

 これまた最後の最後にどんでん返しが待っていて、作者のミスディレクションのうまさに驚かされた。

 それにつけても、フォーサイスの取材力の綿密さには圧倒される。本書でも、法曹界、美術界、航空業界と、物語の背景となる業界についてかなり詳しく描かれていて、背景部分だけでもかなり読みごたえがあった。こんな世界になっているのかというのが分かって、社会勉強にもなる本といえよう。

緋色の研究 [ミステリ(外国)]


緋色の研究 シャーロック・ホームズ

緋色の研究 シャーロック・ホームズ




 戦地のアフガニスタンで銃弾を受け、イギリスに帰還した医師ジョン・ワトソン。下宿先を探していたが、手持ちの資金もとぼしく、思案していたところ、旧友からある人物を紹介される。シャーロック・ホームズというその人物は、ベーカー街にある部屋の家賃を半額負担してくれる人を探していて、ワトソンはその条件にぴったりなのだった。だが、そのホームズという人物は一風変わったところがあるらしい。ひとり部屋にこもって不可解な化学研究に没頭したり、ときどきとっぴょうしもない行動に出たりすることがあるのだとか。ワトソンはそのホームズのもとを訪ねるが、噂以上の奇妙な体験をすることに……。

 名探偵シャーロック・ホームズの初登場作品。ワトソンとホームズの初めての出会いが描かれている。

 ホームズが最初は謎の人物として扱われていて、徐々にその卓越した推理力が明かされていくところが面白い。ホームズがワトソンに初めて会った際、開口一番アフガニスタン帰りであることを見抜いてしまったり、窓から見える人間の職業をぴたりと言い当ててしまったり。なんなんだこの人はとワトソンが仰天するところなど、鮮やかな手品を見せれらるような楽しさがある。

 もちろん、不可思議な事件も起こってホームズの真価が発揮される。誰もいないはずの空き家でアメリカ人の遺体が発見され、警察から助力を求められるホームズ。犯行現場に残された様々な手掛かりから、犯人像や犯行状況をたちまちのうちに推理してしまうのだ。

 1作目からすでに何もかもが完成されていて、推理の面白さは卓越しているし、いろいろな目くらましもあるし、登場人物たちのやり取りも楽しく、さすがコナン・ドイル、名作中の名作だなあと感嘆させられた。

 2部構成のようになっていて、前半にホームズの活躍が描かれていて、後半は犯人側からの視点で、なぜ犯罪行為が行われるに至ったのかという経緯が描き出される。この後半部分がまたすこぶる面白いのである。

 最近のミステリーであれば、動機は金だとか、復讐だとか、秘密を隠匿するためだとか、さらっと数ページで終わらせるようなところを、数章にわたって物語にしたためているところがすごい。もうこれだけで小説1冊分の面白さがあるなあと思えるような冒険小説になっている。

 後半の話の舞台は、1847年のユタの大峡谷ソルトレークシティ。モルモン教徒のコミュニティから命を狙われた父娘の決死の逃避行――。

 西部劇を見るような味わいで、こういう歴史小説を書かせてもうまかったんだなあと、ドイルの多才ぶりにまたまた驚かされてしまった。

 前半のホームズの推理の面白さと後半の冒険小説の面白さ。1冊で2度おいしい豪華な作品。やはり古典は面白いなあとしみじみ感じてしまった。

裏窓 [ミステリ(外国)]


裏窓―アイリッシュ短編集 (3) (創元推理文庫 (120-5))

裏窓―アイリッシュ短編集 (3) (創元推理文庫 (120-5))




 恐怖とサスペンスの作家ウィリアム・アイリッシュの短編集。

 ミステリー小説は探偵や刑事が主人公になることが多いから、自然と語り口も客観的になる。事後的に、第三者としての目線から事件が語られることになる。比較的冷静な立場から、科学的に事件を過去にさかのぼって考察するというのがよくあるパターンだ。

 これはこれで面白いけれど、目線を変えてみて事件を別の立場の視点から見てみると、同じような事件でも全くちがったものが見えてくることがある。たとえば、事件の犯人の立場から見てみると、事件がより主観的なものになって、ドキドキするようなスリルが生まれてくる。犯罪計画がうまくいくかどうかというスリル、刑事との切迫したやり取り……。犯罪者が追い詰められていく緊張感という、探偵目線の小説からは得られない楽しみが生まれてくる。

 サスペンス作家は、様々な目線から物語を語ることで、本格探偵小説にはないミステリーの可能性を広げた。中でもウィリアム・アイリッシュはその代表格で、本書の各作品の中でも、目線を変幻自在に変えながら、物語を語っている。

 表題作「裏窓」は、まさに目線がテーマになっているともいえる作品だ。

 主人公は足を骨折して身動きがとれず、部屋の中に閉じこもっている。暇をもてあました彼は、あろうことか窓から見える近所の人々の生活を覗き見始める。そして、見てはいけないものを見てしまって、殺人事件に巻き込まれてしまう。

 事件の目撃者という目線から描かれていて、事件にいつの間にやら関わってしまう感じが怖い。予想されるとおり、犯人に狙われるようになって、命の危険にさらされるというスリリングな展開になる。

 「じっと見ている目」という、これまた目線がテーマになったような作品も面白かった。

 夫に多額の保険金をかけて殺害しようとする妻と愛人。湯沸かし器が故障しているのを利用して、ガス中毒事故に見せかけて殺害する計画だった。主人公は夫と同居している母親で、計画段階から事件の一部始終を目撃することになる。だが、犯罪計画を目撃したのに、誰にもそれを伝えることができない。全身が麻痺しているため、言葉で伝えることも文字で伝えることもできないのだ。主人公の孤独な戦いが始まる……。 

 この話も目撃者目線の話で、どうにか犯人の計画を妨害しようと悪戦苦闘する姿にハラハラさせられる。身体を動かせないながらも、まばたきだけはできるので、まばたきでメッセージを送ることができないかと奮闘するのである。短い話ながらも、いろいろな趣向が盛り込まれていて、映画一本分観たような凝縮された面白さがあった。

 「死体をかつぐ若者」は、殺人者となってしまった父親をかばって、死体を運んで犯罪を隠蔽しようとする息子の話で、犯罪者目線のスリリングな作品。途中途中でさまざまな難関が待ち受けていて、犯罪計画がいつ露呈するかとドキドキの逸品。

 「踊り子探偵」は、被害者目線の作品。ダンスホールの踊り子ばかりが殺害される連続殺人事件が起こる。あるとき主人公の踊り子がダンスホールで踊っていると、犯人が好んでいるという音楽がかかって……。殺人者と対けるする羽目になるダンサーの物語で、犯人から狙われるじわじわとした恐怖が感じられる。

 本当にいろいろな目線で描かれた作品が詰まっていて、バラエティに富んだ一冊。アイリッシュのものをあらためて読んでみると、恐怖感を盛り上げる演出のうまさには驚かされる。犯罪者や被害者の目線で見ると、日常のちょっとした出来事であっても、サスペンスの道具になってしまうというところが面白かった。

笑う警官 [ミステリ(外国)]


刑事マルティン・ベック  笑う警官 (角川文庫)

刑事マルティン・ベック 笑う警官 (角川文庫)




 マイ・シューヴァルの「笑う警官」は、スウェーデン発のミステリーである。数年前ブームになった「ミレニアム/ドラゴンタトゥーの女」もスウェーデン産だったから、スウェーデンというのは北国のミステリー大国のようだ。

 「笑う警官」は名作として有名な作品だったので読んでみると、評判にたがわない、質の高い骨太の警察小説だった。

 ストックホルムの市中で、バスに乗っていた9人の男女が何者かによって銃撃され、1名を除き死亡するという事件が起こる。唯一生存した男も意識不明の重体で、生死が危ぶまれた。

 一見すると発作的な無差別殺人のようにも見えるが、現場の状況を調べると意外な計画性があるようにも見える。犯人は綿密な計画を練って犯行に及んだのだろうか? だが何のために?

 被害者同士は、それぞれ職業も年齢も生活状況もバラバラ。お互いにつながりはない様子だった。計画して赤の他人9人を殺害する理由は何か? 被害者の一人が警察官だったことに何か意味があるのだろうか? ストックホルムの警察官たちは、これらの疑問に頭を悩ませつつ、事件の捜査にあたる。

 被害者が9人もいるというミステリーで、関係者がこんなにたくさんいては、普通なら収拾がつかなくなるところだろう。関係者の聞き込みだけで、延々と続いてしまい、これ一冊で話が終わるのだろうかと心配になったほど。

 だが、この作者は見事な手腕で物語をうまくまとめている。被害者の一人一人を丁寧に描写しつつも、手際よく解決への道筋を提示してくれる。話が進むにつれて、複雑に絡み合った糸を解きほぐすかのように、真相に至る一本の線が見えてくる。

 一見何の関連もなさそうに見えた手がかりの数々が、最後に一本に収斂してしまう爽快感。探偵小説かくあるべしといったミステリーのお手本のような作品。

 こんな名作をまだ読んでいなかったとは、われながら不覚である。この作者のほかの作品も気になった。
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