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蘇我氏/古代豪族の興亡 [日本史]


蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)

蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)




 中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を滅ぼし、大化の改新によって、豪族中心の国家から天皇を中心とした中央集権国家を作り上げた--。

 などと蘇我氏が悪者のようなイメージが作られてしまっているが、本当は違うんじゃないの? というのが本書「蘇我氏/古代豪族の興亡」で書かれているテーマだ。蘇我氏は滅んだわけではないし、悪者とも言い切れないところがあるのではないか。文献をひもときながら、蘇我氏のイメージを覆すようなことが書かれている。

 蘇我氏が悪玉のように思われているのは、「日本書紀」によるところが大きい。

 大化の改新や壬申の乱で滅んでいった悪者。蘇我氏が滅んだことで、天皇中心の政治が始まり、律令国家が誕生した。「日本書紀」にはそんなストーリーが描かれている。

 だが、そもそも歴史書というものは、必ずしも歴史を正確に記録するものとは限らない。時の権力者が編纂するような場合、自らの権力の正当性を明らかにするために、歴史を利用する場合もあるのだ。

 「日本書紀」についても、ほかの文献と照らし合わせると、整合性のとれない部分が出てくる。あえて蘇我氏を悪者に仕立て上げてしまったかのようなふしがあるそうだ。

 「日本書紀」を編纂した藤原不比等は、天皇家とも深く関わりのある人物で、自分の娘を文武天皇に嫁がせている。だから、朝廷を神格化することに反発をした蘇我氏を悪者として描き、天皇中心の政治を正当化したかった。そうすることで、自らの立場を盤石化することができる。藤原不比等にはそんな意図があったのかもしれない。

 歴史書に描かれるストーリーというのは、意図的にねじ曲げられることがある。歴史書を作った人間はどのような立場にあるのかを考える必要がある。歴史というものの一筋縄ではいかないところを読み解いていく感じが面白い本であった。
タグ:倉本一宏
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超現代語訳戦国時代 [日本史]





 お笑いコンビの「ブロードキャスト」として活躍する筆者が、戦後時代についてコント風に語った本。

 普段あまりバラエティ番組を見ないので、筆者のことは知らなかったのだが、歴史好きが高じてこのような本を出すようになったのだとか。コント風味なので、とにかく読んでいて面白い。軽い感じでさくさくと読み進めることができた。

 扱っている時代は、応仁の乱、関ケ原の戦い、真田三代。大河ドラマの「真田丸」と若干かぶっているが、「真田丸」には描かれていない部分もおさえられている。どういうふうに時代が流れていったのか、歴史的な変遷がつかめるように書かれているので、歴史の勉強をやり直すのにちょうどいい。

 ところどころ、史実と思われている箇所も実は諸説ありますということがしっかり指摘されているので、ああそうなのかととても参考になる。

 それにしても、いつも思うのだが、関ケ原の戦いって天下分け目というわりにはなんだかあっけない感じがする。一部に戦意が欠けていたり、いろいろ裏切りがあったりして、負けた西軍がかわいそうになってくるのである。

 物理的な合戦以前に、家康の策略があったり、石田三成の人望だったりが影響していたんだろう。戦いというのは、外交だとか情報戦も含めて戦いなんだなあというのがよく分かる史実だと思う。

 今回戦国時代の話が面白かったので、ぜひ別の時代のものも読んでみたくなった。
タグ:房野史典
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大仏はなぜこれほど巨大なのか [日本史]





 東大寺の大仏はなぜあれほど巨大なのだろう? 歴史を紐解きながら、大仏に隠された秘密について解説した本。

 大仏建立の直前の時期、聖武天皇の即位した時代、日本では大きな災害が頻発していたという。

 730年以降、日照りが続いていた。川の水量は減り、凶作となった。飢饉が各地に広がり、人々の疲弊は止まらない。734年には大地震が発生。山は崩れ、川はせき止められ、人家は崩壊し、多数の死者が発生した。さらに追い打ちをかけるように、735年には疫病が蔓延。天然痘による死者が後を絶たない状態となった。

 こうした不安の続く社会情勢の下で、聖武天皇は日本各地の神々に疫病の鎮静化と五穀豊穣を祈願する。しかし、一向に災いは止む気配はない。天皇は在来の神々に祈願するだけでは足りないのではないかと考えるに至り、仏教に帰依するようになった。そして、仏教の力で民を救うべく、大仏建立という国家プロジェクトが生まれる。

 大仏の建立の背景には、壮大な世界観の転換があったようだ。仏教の世界観とこれまでの在来の神々の世界観とは当然に異なっている。仏教に帰依するということは、新たに仏教的な世界観を取り入れていくということ。そして、その世界観というのは、倫理的な教えというにとどまらず、世界はどのように始まり、どのように成り立っているのかという、宇宙観のことでもあった。

 当時日本に伝わっていた華厳経の宇宙観は荘厳なもので、宇宙は多数の小宇宙が階層上に集まったものというものだった。まるで現代物理の多元宇宙論を先取りしたかのような世界観といえるだろう。そして、こうした宇宙観をハスのイメージとして具現化したのが大仏なのだという。

 大仏そのものも荘厳なものではあるけれど、本書を読むと、大仏のデザインの中にさらに壮大な宇宙観が込められていることが分かって圧倒される。大仏のデザインに、こんな宇宙規模の意味があるとは知らなかったので驚いた。大仏に目を惹かれるのが普通かもしれないけれども、実は台座のハスのほうに宇宙的な意味が込められているそうなのだ。

 大仏に限らず、本書はインドのストゥーパだとか、ローマ時代のパンテオンなどにも話が及んでいて、歴史上の建築の背景に隠れた意味を教えてくれている。初めて聞くような話ばかりだったので、かなり勉強になる内容だ。

 観光に行っても何気なく見て終わってしまうことが多かったが、細かなところに様々な象徴が隠されているというのは面白い。象徴が分かれば、今まではただの建築物にしか見えなかったものも、宇宙とつながるような神秘的な場所に見えてくるのかもしれない。
タグ:武澤秀一
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日本の歴史をよみなおす [日本史]


日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)




 日本の歴史などというと、原始、古代、中世、近世、近代などと時代区分するやり方が一般だ。政治的な権力闘争の流れ、権力をつかんでいった者たちの栄枯盛衰で眺めることが多い。

 だけれども、もっと別の枠組みで歴史をとらえる見方もあるんじゃないか。たとえば、人々の自然との関わり方で見てみたらどうだろう? 日本の歴史はより深く見えてくるのではなかろうか。

 そんな歴史のつかみ方に新たな視点を持ち込んだのが、本書「日本の歴史をよみなおす」である。教科書的な歴史とは違った裏の歴史が見えてくる内容だ。

 人間社会と自然との関わりで歴史を紐解いていくと、南北朝動乱期、14世紀ごろに大きな大転換期があったことがわかってくる。13世紀以前の日本と15世紀以後の日本とでは、根本的な社会のありかたが違っているようなのだ。

 13世紀以前の日本では自然に対する畏怖の念がかなり強く、神聖なものとしてとらえられていた。井戸を掘ったり石や樹木を動かしたりといった自然に変更を加えることには慎重で、様々なマジカルな儀式を必要としたし、自然に何らかの形でかかわる職業は畏敬の念をもって扱われていた。

 だが、南北朝動乱期以降に自然とのかかわり方に変化が生じると、社会のあり方も根本的に変わってくる。これまで神聖なものととらえられてきた様々な人々が、むしろ蔑視されるようになり、穢れたものとして差別の対象となっていく。

 こうした社会の変化は貨幣経済、様々な階級、天皇の地位、女性の地位など、社会のあらゆる側面について言えることで、人々の意識はこの時期にダイナミックに変化していったのだという。

 14世紀にこんな大きな転換期があったとは知らなかったので、読んでいてかなり驚かされる。13世紀以前の日本では、現在とは全く異質の世界が広がっていたことが分かって興味深い。今では存在しないようなマジカルな人々や制度の話がたくさん出てきて、ファンタジーの世界をのぞき見るような楽しさがある。読んでいて、こういう世界観もいいなあとつい思ってしまった。

 現代人がいつの間にか忘れてしまった不思議な世界に連れて行ってくれる本。これまで持っていた教科書的な歴史観とは異なる歴史観を見せてくれる面白い本だった。
タグ:網野善彦
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世界の辺境とハードボイルド室町時代 [日本史]


世界の辺境とハードボイルド室町時代

世界の辺境とハードボイルド室町時代




 辺境ノンフィクション作家と歴史家との対談。

 室町時代についての本なのだが、室町時代ってどんな時代だったのかと聞かれても、答えるのはなかなか難しい。中世の人々がどんな生活をして、どんなことに価値観を持っていたのか? 現代とは全く異なる世界観が広がっていたはずで、今となってはそのイメージはつかみどころがない。

 だから、本書を読んで室町時代は現代のソマリランドに似ていると書かれてあって、ああそうなのかと思ってびっくりした。室町時代とソマリランド、一見すると全く接点がないように見えるけれど、意外にもかぶっているところがたくさんあるらしいのだ。応仁の乱はソマリアの内戦と共通しているとか、法秩序のあり方が似ているとか、いろいろ不思議とリンクしているところがあるという。

 たしかに、次から次に似たようなところが出てきて、こんなにもかぶっているものかと「へ~」の連続。どうして似てきてしまうのかなあと不思議だった。

 最初はイメージが持てなかった室町時代について、だんだんとイメージが見えてくるところも面白い。ソマリランドという一見無関係な国家と比較することによって、室町時代の実情が浮き彫りになってくるのだ。

 室町時代もソマリランドも、殺伐とした印象を持ってしまいがちだが、実際にはそんなことはないとのこと。一見してカオスのように見えることころに、独自の秩序が働いている。ところや時代が変われば、独自の行動原理が働いていることが見えてくる内容。

 こういう自分のもっている世界観とは全く異なる世界の話を聞くのは楽しい。日本にずっと住んでいると、ついつい現代の日本の価値観が絶対的であるかのような錯覚に陥ってしまう。外国人の言動が日本の価値観と違ったりすると、つい変だなあと思ってしまう。歴史小説を読むときに、勝手に現代人の尺度でゆがめて読んでしまう。でも実際には、価値観なんて国や時代によって千差万別。現代日本の価値観など、この時代のこの国の特有の価値観に過ぎない。

 本書は室町時代とソマリランドという、現代日本とは全く異なる価値観を見せてくれる本で、自分の持っている価値観が絶対ではないんだよという、当たり前だが忘れがちなことを教えてくれる。あまりこだわりすぎない方がいいよと、少し肩の荷が下りるというか。

 次から次に知らない情報が出てきて、くらくら目が回るような本。歴史の面白さを味あわせてくれる異色の対談本だった。
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歴史の愉しみ方 [日本史]


歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)




 古文書を速読できるという筆者が、古文書からさまざまな歴史像を読み解いた本。

 歴史小説や時代劇を見るのもいいけれど、やはりフィクションには脚色や想像が加わるので、本物の歴史からは遠ざかってしまう。歴史の実像に近づくためには、古文書などの生の文献にあたるのがよい。そんな考えから、筆者は日本中を行脚して古文書を探し集めて、日本史の実像に迫ろうとしている。

 本書でとくに大きく扱われているテーマは、「忍者」と「震災」である。

 忍者などというと、小説や漫画などのイメージが先行して、実際にどんな存在だったのかよく知らなかったので、本書にその実情が書かれていて面白かった。どんなところに住んでどんな生活をしていたのかとか、報酬はどのくらいだったのかとかけっこう詳しく書かれている。戦国の世の中では隠密活動や合戦などに参加していたようだが、江戸時代になると警備の仕事などに移っていったらしい。時代によって忍者の役割も変わっていったらしいのだ。

 だが、本書の一番の読みどころは、震災にまつわる話だろう。日本は地震大国なので、当然過去の文献にも震災の被害の様子などが描かれていたりする。筆者は古文書を読み解く能力を生かして、こうした古文書に描かれた自然災害の記録を掘り起こして、どのような地域にどの程度の被害があったのかをひもといていく。

 たとえば、東海地震・南海地震は100年~150年に1度の周期で起こっているけれど、この東海地震・南海地震は5回に1回、500年に1度は超巨大地震になって、巨大津波をもたらしているらしい。最近起きたこの巨大地震は室町時代の明応大地震(1498年)で、現代人には運の悪いことに500年前のことなのである。

 筆者は浜松辺りに足を運んで、地震の際にどのような地震被害があったのか、津波はどのくらいの高さで迫ってきたのか、調査を進めている。調査の結果、津波によって神社が流されたり、集落が壊滅したりもしたらしい。平野部でも10メートルを超える津波になって、砂丘を超えて5キロ以上内陸まで入り込んだ可能性も見えてくる。

 このような津波が再来したら、新幹線などもこえてしまうというので、読んでいて怖くなってくる。日本では同じ地域に何度も周期的に震災が起こっていたりするので、こういう歴史研究は、歴史の再現にとどまらず、これからの災害対策にも役に立つなと思った。

 古文書から過去の人々の生活や苦労が分かって、歴史が生き生きと見えてくる本。歴史を知るにも本当はここまでやらなければならないのかとうならされる。筆者が嬉々として古文書を求めて全国めぐる姿には驚かされた。
タグ:磯田道史
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幕末史 [日本史]


幕末史 (新潮文庫)

幕末史 (新潮文庫)




 半藤一利が解説する幕末史。

 同じ作者の「昭和史」が面白かったので、こちらの方も読んでみたのだが、相変わらずの半藤節で分かりやすい。

 アヘン戦争でイギリスが清国を攻撃したように、アジアの国々への欧米列強の侵略が始まった時代。日本にもペリーがやってきて、日本も異国に攻められたらどうしようと大問題となる。

 開国論だの攘夷論だのと日本中が真っ二つに割れて、てんやわんやの大騒ぎ。開国派が力を持ったかと思うと、攘夷派が盛り返したり、両論入り乱れて何が何だかわからないような様相になっていって、なんかもう無茶苦茶に混乱していた時代だったのだなあということが本書を読んでよく分かった。

 とくに徳川慶喜という将軍のキャラクターには目を引く。開国か攘夷かという根本的なところでころころと意見を変えてしまったり、要所要所で周囲を唖然とさせるような行動をとったりしていて、なんと自由な人なんだろうと。この将軍に日本の運命がダイナミックに振り回されている感じがして、読んでいて面白かった。

 もめにもめて、最終的に朝廷のお墨付きをもらって、開国が日本の国策ということでひとつにまとまり、さああとは開国に向って国づくりだというところまでようやくたどりつく。だが、これで一件落着かと思いきや、話がもめている間に、今度は討幕運動がもりもりと力をつけていて、一気に話の流れが変わってしまう……。

 歴史に「もしも」はないというけれど、開国だの攘夷だのと話がもめていなかったら、もっと早く話がまとまっていたら、わざわざ戊辰戦争などしなくても済んだかもしれない。歴史の分岐点というのは面白いものだなあと思わされる。

 幕末ものはたくさん小説が書かれているし、大河ドラマでもしょっちゅうやっているのであるが、あらためて通して読むと、知識の穴ぼこを埋めてくれる感じがして爽快である。登場人物たちの思惑が丁寧に活写されていて、流れがつかみやすいように書かれているところがよかった。
タグ:半藤一利
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アマテラスの誕生 [日本史]


アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)

アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)




 アマテラス(天照大神)というと、古事記にも出てくる古くからの女神。長い間、日本の国家神として考えられ、明治の時代には国家権力の淵源ともされた。伊勢神宮にも祭られていることでも有名な神様。

 だけれども、実は「日本書紀」や「古事記」などの文献を紐解いていくと、このアマテラスの他にタカミムスヒという神も出てくる。しかも、ヤマト王権の時代(5世紀〜7世紀)には、アマテラスよりも前にこのタカミムスヒが国家神として掲げられていたという。アマテラスが国家神として掲げられるようになったのは、タカミムスヒよりも後の律令国家が誕生して以降(7世紀末~8世紀)のことなのだ。

 一体、このような国家神の交代劇が起こったのはどういうことなんだろう? そもそもこのタカミムスヒという聞き慣れない神は、どのような神様なのだろう?

 本書「アマテラスの誕生」は、この不思議な国家神の交代劇についての謎を解明した本である。当時の国際情勢や政治情勢を背景に、タカミムスヒやアマテラスといった国家神が果たしてきた歴史上の役割について、分かりやすく解説している。

 4世紀から5世紀ころにかけての日本は、豪族たちが力を持っていて、ゆるやかに結びついた豪族連合の社会。思想的には多彩な神々が自由に活躍する多神教的世界だった。だが、高句麗との闘いに惨敗した倭国は、専制的な統一王権の体制へと切り替える必要性に迫られる。

 統一王権への求心力を高めるには、強力な権威づけが必要である。多神教的な思想では、権威づけには適切とは言い難い。そこで、高句麗の王が天の子を名乗って絶大な権力をほしいままにしているのを真似て、日本でもタカミムスヒという国家神を掲げるようになったのではないか? 

 筆者はこうした当時の国際的な状況を背景から、国家神が生まれた経緯を解説している。

 思想や宗教によって、国をまとめるというのは、日本に限らず世界中で共通して行われてきたことなんじゃないだろうか? 歴史の本などを読んでいると、時々目にする話だ。たとえば、ローマ帝国の時代でも、キリスト教が政治的な役割を果たしていたことがあるという話を聞いたことがある。どうも思想や宗教といったものには、大勢の人間を束ねる強力な力があるらしいのである。

 日本の古代社会でもこういう大変革の時代があって、国家神が重要な役割を果たしていたというのは、知らなかったので非常に興味深い内容だった。タカミムスヒからアマテラスへの交代劇にもやはり、政治的な意味が隠されていたらしく、こんなことがあったのかと目からうろこが落ちた。

 もちろん、時代が5世紀とか6世紀の話なので、文献も少なく、この本に書かれているのも限られた文献・伝承や遺物などから組み立てた一つの説ということではあるのだが……。様々な資料を突き合わせていって、より確からしい説をたてていくところなど、歴史研究の面白さも感じさせてくれる一冊といえるだろう。

 岩波新書のものは読みにくいものも多いけれど、本書はこのような一見難しそうなテーマにしては意外なほど読みやすくて、面白くてあっという間に読んでしまった。
タグ:溝口睦子
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昭和史 [日本史]


昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)




 半藤一利が解説する昭和史。

 口語体で書かれていて、たいへんわかりやすい歴史読み物になっている。太平洋戦争に至るまでの流れがすんなり頭に入ってくる内容だ。

 太平洋戦争の原因というと、アメリカによる経済制裁だとか、軍部の暴走だとか、国民の熱狂だとかが考えられるかもしれないけれど、筆者はそもそもの発端として満州の話から解説している。日露戦争後に日本は満州の権益を得るが、この満州を巡る攻防が源流となって、やがて太平洋戦争にまでつながっていったのだ。

 満州事変によって、諸外国から非難を浴びた日本。国際連盟からも脱退し、世界から孤立するようになる。だが、軍部の強硬派はいよいよ勢いづき、マスコミは戦争をあおり、国民は熱狂。やがて日中戦争が起きると、日本はさらに孤立を深めていく……。

 満州という源流をたどっていくことで、歴史の流れがつながって見えてくる。日英同盟の破棄とか満州事変のころから、日本はどんどん様子がおかしくなっていったんだなあということが分かって興味深かった。

 この本を読むと、日本も戦争に向っていくまでの道のりの途中に分岐点がいくつかあって、当時のキーパーソンたちの選択によっては、別の歴史もあり得たのかもしれない。歴史に「もしも」はないと言われるけれど、もし軍部や政治家があれほど強硬的でなかったら? もし重要なポイントで諌める人間がいたら? もし国民が熱狂しなければ? などと戦争が回避できたシナリオもつい考えてしまう。

 資源や物資に乏しいのに、精緻な戦略もなく場当たり的に戦争に突き進んでしまった日本。熱狂だけで突き進んでいく怖さが分かると同時に、対するアメリカなども実はかなり狡猾に立ち回っていたことも見えてきて、様々な立場から昭和史を俯瞰できるところなどもよかった。
タグ:半藤一利
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日本のいちばん長い日 [日本史]


決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)

決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)




 太平洋戦争終結までの一日を描いたノンフィクション。

 連合軍はポツダム宣言をもって日本に降伏を求めたのだが、ポツダム宣言受諾をめぐっては様々なドラマがあったらしい。

 日本から連合軍側にどんな条件を出すのかで会議は紛糾。天皇の地位を変えないという条件のみ求めて降伏しようという意見。占領や武装解除や戦犯処置についての条件も求めて、決裂したら一戦交えようという意見。さまざまな意見がぶつかり合う。

 結局、ポツダム宣言を受諾して降伏するということで話がまとまったのだが、その後さらに事件が起こる。無条件降伏を受け入れがたい青年将校らがクーデター計画をたて、玉音放送を妨害して、徹底抗戦を続けようと画策しはじめたのだ。

 すでに沖縄でたいへんな被害が出ていて、広島長崎にも原子爆弾が投下された。これ以上、戦争が長引けば、本土決戦は必至。さらに犠牲者が増えてしまう状況にあった。クーデター計画の結果によっては、その後の日本の運命が変わってしまう。一握りの人々の動きによって、日本の将来が決するようなたいへんな一日を描いていて、スリルとサスペンスに満ちたドラマティックな内容だった。

 読んでいて感じたのは、国を守るということの意味が、人によって違っていたのだなということ。ここまで来たら国民の命を守るためには降伏しか読ないというのが和平派の考えだったが、クーデターを起こした青年将校たちは、そのような国民の生命よりも天皇を現人神とする国体を守ることが重要だったらしい。

 国体を守るためには一億総玉砕もやむなしという考えがあったそうだけれど、戦争の時代を知らないせいか、国体を守るという感覚がよくわからなかった。この頃は今よりもずっと、個人よりも抽象的な国家という存在のほうが優先される時代だったのだろうか?

 今から振り返ると、早く降伏してれば犠牲が少なくなったのにと思うけれど、すでに大勢の人が犠牲になっていて、いまさら止められないというのもあるかもしれない。本書を読むと、人々の心情が見えてきて、戦時中でも全員が一致した考えをもっていたわけではなく、いろいろな考えを持った人々がいたことが分かって興味深かった。
タグ:半藤一利
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「昭和」という国家 [日本史]


「昭和」という国家 (NHKブックス)

「昭和」という国家 (NHKブックス)




 司馬遼太郎が、昭和元年から昭和20年の終戦までの時代について語った本。

 筆者はこの期間について、日本の歴史の中でも異様な時代だったと述べている。リアリズムを持たない魔法にかかったような時代だったと。

 リアリズムというのは、全体を数量化して考えることができるという八百屋さんの持つリアリズムである。通常は、組織が何か行動を起こすときには、儲かるか儲からないか、勝算があるのかないのかを考えるものだ。八百屋さんも赤字にならないように悪戦苦闘するはずだ。

 だが、昭和初期の時代の日本は、こうしたリアリズムを持たなかったらしい。兵器を持っていたといっても日露戦争当時の時代遅れの兵器ばかりで、ソ連やアメリカの水準とは時代がずれていた。兵隊の食料を現地で調達するという正規の軍隊ではやらないようなことまでしていた。戦略があるわけでもないのに、むやみにあちこちに分散して兵を進めるようなこともしていた。

 当時の参謀本部も、自分たちの持っている兵器の数や大きさや水準、食料はどんなものがあるかとか把握していたはずなのに、都合の悪い情報はシャットアウトしてしまっていた。リアリズムを持たずに言葉でごまかして、イデオロギーで突っ走ってしまった。

 織田信長とか日本の歴史上の人物であればやらないような無謀な戦い方をしていて、この時代の日本はどうなっていたのだろう? 悪い魔法にかかってしまっていたのだろうか? 筆者はそんな疑問から、昭和の時代を考察している。

 本書を読むと、昭和という時代が日本の歴史の中でも特異な時代だったことが見えてくる。司馬遼太郎なので、昭和の時代だけでなくて、いろいろな時代との比較で語られている。明治の時代との違いについて語られていたり、江戸の時代との比較で語られていたり。時代ごとに日本がどのように変化をしていったのかが分かる内容になっている。膨大な歴史の資料に裏打ちされていて、圧倒されてしまう。

 筆者自身、戦時中は少年時代にあって、学校の途中で軍隊に入れられて、満州の方に行っていたそうだ。だから、当時見聞きした内容もふんだんに盛り込まれてあって、戦時中の人々がどのような生活をしていたのか、敗戦のころはどのような思いだったのかという、当時の人々の生活を知ることができる。歴史家の視点、当事者の視点、様々な視点から、昭和の時代を振り返った貴重な一冊だった。
タグ:司馬遼太郎
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「明治」という国家 [日本史]


「明治」という国家〈上〉 (NHKブックス)

「明治」という国家〈上〉 (NHKブックス)




 司馬遼太郎が、明治という時代について語った本。

 江戸時代からの流れ、廃藩置県、サムライの終焉、明治憲法の制定、国民の誕生、キリスト教との関係など、いくつかのトピックを交えながら、明治という時代の全体像を描き出している。

 本書を読むと、明治という時代が、ダイナミックで生き生きとした時代だったんだなあということが見えてくる。なにしろ、いままでの旧制度をぶちこわして、一から国づくりを進めていかなければならなかったのだから。その苦労は並大抵のものではなかったろう。

 そもそものきっかけは、幕末のころの人々の共通意識。諸外国に攻められて日本をとられてしまうんじゃないか。植民地にされてしまうんじゃないかという恐怖だった。こうした心理は、一方では排外主義となり、他方では諸外国を見習って力をつけようという開国主義となる。

 そして、こうした人々の意識を反映する形で、勝海舟、小栗忠順、西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬、徳川慶喜といったキーパーソンたちの働きで、明治維新が成し遂げられることになる。

 だが、いざ明治維新が成立して、国づくりがすんなり進んだかというと、そうでもなかったようだ。新国家のビジョンを持っていたのは坂本竜馬くらいで、その他の人はそのようなものは持っていなかった。その坂本竜馬も途中で死んでしまう。

 明治の人々は、諸外国からのプレッシャーを受けながら、見よう見まねで近代国家を作り上げていかなければならなかった。明治憲法、政治体系、社会制度、軍事システム、科学技術など、外国を手本としながら悪戦苦闘しながら形を整えていったのである。

 本書はこのような、明治の人々が国家を作り上げ、やがて「国民」や「日本人」という概念が誕生するまでの経緯を生き生きと描いている。江戸時代の人々が持っていたのは、主君に対する忠義という倫理だったが、明治の時代になって、はじめて自分たちが国民だという意識を持つようになる。国民国家の誕生である。まさに歴史の転換点、今の日本を形作った時代なんだということが分かる内容だ。

 とにかく情報が満載で、様々な歴史上の人物たちが入れ代わり立ち代り登場する本である。どのエピソードも興味深く書かれていて、堅苦しい論考ではなくて、人物伝として読んでも楽しい。薩長とか勝海舟とか坂本竜馬などは知っていたが、あまりよく知らない人物が実は重要な役割を持っていたことなども分かってきて、そういう人がたくさん出てきて、いろいろためになる本だった。
タグ:司馬遼太郎
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あの戦争になぜ負けたのか [日本史]


あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)

あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)




 歴史研究の第一人者らが、太平洋戦争をふりかえった座談会。

 日本が戦争に突き進んでいった経緯、陸軍海軍それぞれの考え、昭和天皇の悩み、新聞と国民の熱狂、特攻の実情など、太平洋戦争全般について総ざらいする内容。論客らの鋭い分析によって、当時の事実関係や人々の考えが浮かび上がってくる。

 なぜ日本が戦争に負けたのかということに関しては、そもそも戦争の目的がはっきりせず、大戦略が欠けていたことが致命的だったのではないかという見方がなされている。

 当時、アメリカが日本に向けての石油輸出を禁止してしまったという事実。これによって追い込まれた日本が、自国を守るためにやむなく資源獲得戦争に乗り出したという見方がありうるけれど、そうであれば、シンガポールの油田地帯を押さえた時点で戦争の目的が達成されているはず。なのに、なぜその後も南方の島々へと侵攻しているのだろう?

 また、自衛のためではなくて、アジアを解放して大東亜新秩序を築き上げるという目的があったのであれば、なぜインドの解放を目指してインド方面での戦争に注力するなどはせずに、広域にわたってのやみくもに見える戦いを繰り広げたのだろう?

 目的もはっきりさせずに戦争に突入してしまって、場当たり的な戦いをすることになってしまったのが敗因ではないかという。

 国際情勢についての甘い見立ても指摘されている。ドイツが勝つことを楽観視している節があったり、ドイツとソ連の関係についても実態とは間違ったイメージを持っていたり。情勢を見誤ったことによって、不利な戦いを余儀なくされていったのではないか。

 本書を読むと、戦略なく開戦したこと自体に無理があったことが見えてくる。日本人はこういう大きな戦略を立てて戦うということが苦手なのかなあと考えさせられた。その戦略という点で見ると、最も冷静に当時の情勢を把握していて、日本の行く末が分かっていたのが昭和天皇だったのではないかというところも、読んでいて興味深かったところだ。

 歴史の流れを詳しく教えてくれる本で非常に参考になるし、日本人の国民性についての勉強にもなる。戦争の悲惨な歴史を将来に生かしていくためのヒントを与えてくれる良書ではないかと思った。
タグ:半藤一利

歴史をつかむ技法 [日本史]


歴史をつかむ技法 (新潮新書)

歴史をつかむ技法 (新潮新書)




 歴史を再現するのは難しい。

 近い過去であれば生き証人がいるかもしれないけれど、何百年も前の出来事を見てきた人はいない。歴史をつかむためには、残された文献や遺物から推理して、イメージを組み立てていくしかない。

 その意味で歴史の研究というのは、推理小説などに出てくる殺人捜査に似ている。推理小説の探偵は、残された手がかりを見ながら、ああでもないこうでもないと推理をつなぎ合わせて、事件の全貌をつかもうとする。歴史学者も、残された文献や遺跡から推理を組み立てて、昔にどんな出来事があったのかをひもといていく。

 過去に何が起こったのかを探ろうとするのは、探偵も歴史学者も同じ。ただ、その時間スケールが圧倒的に違っていて、探偵が直近の過去を探るのに対して、歴史学者は何百年も昔の出来事を探らねばならない。歴史学者に残された手がかりもごくわずかだろう。

 「歴史をつかむ技法」は、まさにこうした歴史学者たちの過去を再現する技法を紹介した本で、日本史を例にとって、残された文献や出土品などから、過去のイメージを再現していく様子が描き出されている。歴史的に有名な出来事についても、どんな史料に基づいてどのように推察されてきたのかが明快に書かれていて、歴史を掘り下げて理解することができて、無類に楽しい本。

 単に教科書的に通史を紹介するのではなくて、パズルのピースのように推理を組み立てていくような雰囲気があって、まさに推理小説を読むような楽しさがある。歴史というものは、固定化されたものではなくて、いろいろな学者たちが推理を戦わせて、ときには通説がくつがえされて歴史イメージがひっくり返ってしまうこともある。歴史学とはそういうダイナミックな学問だということが見えてきて面白い。

 歴史をつかむための技法が種々書かれていて、これから歴史の本を読んだり、時代劇などに触れるときにも、本書は大いに参考になりそうだ。
タグ:山本博文

戦後史の正体 [日本史]


戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

  • 作者: 孫崎 享
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2012/07/24
  • メディア: 単行本



 日本の戦後史を対米外交という軸から読み解いた本。

 日本の対米外交には2つのスタンスがあり、それは米国に対する追従路線と、自主路線というものであった。戦後の日本において、この2つの路線の間で衝突があり、路線の違いをめぐって政財界の中でさまざまな思惑が入り乱れていく。

 アメリカの影響の大きい戦後の日本において、自主路線を貫くということは難しいことで、とくに「在日米軍基地の見直し」と「中国との関係改善」という2つの問題については、踏んではいけない米国の虎の尾だとも言える。自主路線を貫こうとした政治家たちがアメリカの圧力によって失脚してきた経緯もあったそうだ。

 終戦から現代にいたるまでの戦後の日本の外交の裏の歴史が垣間見られる内容で、日本の降伏から、冷戦、日米安保条約、原子力開発、沖縄返還など、歴史上の出来事の意味が、アメリカとの関わりという軸を当てることで見えてくる。

 領土問題や昨今の総理大臣の入れかわり、イラク戦争など、ニュースの背後にある、マスコミが伝えないような事柄もたくさん紹介されていて、目からうろこが落ちるような内容。

 とくに、アメリカにとっては日本というのは将棋の駒みたいなもので、その時々によってどんな駒になるのかは変わってくるという指摘は、国際外交のシビアな世界では当たり前なのかもしれないけれども、なるほどなあと思わされた。

 知られざる日本の戦後の裏外交史。日本の社会や政治の成り立ちの背後にある歴史が分かる、新たな視点が得られる興味深い本だった。
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