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美術の物語 [美術]


美術の物語

美術の物語




 美術館に行ったときに、作品のどんなところを観たらよいのだろう? 現実そっくりに描けているからいい絵といえるのだろうか? それとも、すぐれた美術作品にはなにか基準のようなものがあるのだろうか? 

 美術についてもう少し詳しく知りたくなってきたので、何かいい美術の入門書のようなものはないかと思ってアマゾンで調べてみたら、ちょうど良さそうな本が見つかった。E.H.ゴンブリッチという人の書いた「美術の物語」という本である。

 この本の興味深いところは、人類が原始生活を行っていた頃の美術作品から現代アートに至るまで、順を追って、年代おきに美術史の変遷をたどっているところである。読んでみると想像以上に優れた本で、これまで読んだどの美術解説書よりもわかりやすい。難解にみえるモダンアートでさえ、かみ砕くように説明してくれていて、画家がこういうことがしたかったのかということがすんなり頭に入ってくるように書かれている。

 本書を読むと、美術というものは時代によって、ずいぶん意味合いが異なっているんだなあということが見えてくる。

 たとえば、原始美術の世界では、美術作品はそもそも美しさを求めるものではなかったそうだ。そこにはもっと呪術的な意味があって、不思議な力によって豊作や狩りの成功が実現できると信じられていた。美術の作品はそのための呪術的な道具であった。

 古代エジプトの時代にも美術にはやはり呪術的な意味が込められていた。王が死んだ後も、霊魂がお供をつれてあの世に行けるようにということで、生きた召使いの身代わりとなるレリーフが描かれるようになった。

 古代ギリシャ・ローマの時代になると、美術家は優美さや繊細さということに着目するようになった。自然を注意深く観察することでリアルな人物表現が生まれることとなった。

 中世のヨーロッパではキリスト教の影響が強くなってきた。宗教において図像・偶像を用いることが許されるのかという問題が生じ、美術世界全体が方向転換することになった。リアルな表現ではなく、聖なる物語のエッセンスだけを伝える手法がとられていく。

 ルネサンスの時代になると、自然を生き生きと描く、ギリシャ・ローマ時代の美術手法が復活するとともに、さらに発展する。

 さらに先の印象派の時代には、ものを見るということがどういうことかがさらに研究された。人がものを見るときは全体を細部に至るまで正確に見ているわけではない。一部に焦点が当たっていたり、ぼやけた部分があったりするものだ。人がものを見ているときの一瞬の印象をとらえようとしたのが印象派の一派だった。

 かように美術というものは時代時代の考えかたの影響を受けるものなのである。だから、美術作品を見るときには、作品が作られた時代にどのような考え方がなされていたのかを知ることが大事になってくる。時代背景を知ることで、美術作品の見所が増えていく。

 本書を読んでみて、美術の歴史を俯瞰してみると、大きくわけて「見えているものをありのままに描こうとすること」と「見えているものではなく、頭の中にあるイメージを描こうとすること」というふたつのテーマが繰り返し立ち現れていることがわかる。時代時代によって、このどちらかが勢力を競い合ってきた。

 たとえば、パブロ・ピカソは見えているものをありのまま描き出すことについても誰よりも才能があったが、それだけでは飽き足らなかった。目に見えたままを描くのではなく、頭の中にある物体のイメージの様々な側面を同じキャンバス上に表現するというような実験的なことをしている。

 実はピカソの実験は古代エジプトの手法に似ている。古代エジプトの美術家が描いた人物というのは、よく見ると身体が奇妙な形にねじれていて、現実にはありえないような恰好をしている。目に見えたままを描くのではなく、デッサンは狂っていても人物というものはこういうふうなものだというイメージを描いていたからだ。

 古代エジプトとピカソがリンクするように、非常に古い美術手法が思いもよらないところでよみがえったり、ある時代に達成できなかったことがはるか先の時代に実現したりすることがある。美術家たちが時代を超えて同じテーマで繰り返し悩んだりするところがとても興味深い。

 絵画作品だけでなく、建築作品にも触れられている。とにかくボリュームがあって知らないことが満載の本だったので、非常に勉強になった。これから美術展に行くときにはまず本書を読んでから行くことになりそうだ。

西洋美術史入門 [美術]


西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)

西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)


 

 絵画などというと、画家たちが自らのインスピレーションにしたがって自由気ままに描くようなイメージがある。画家が自由にテーマを決めて、その想像の赴くままに描き出す純粋な芸術活動なんだと。

 だが、本書を読むと、実際には、画家も商売であることがよく分かる。画家もパトロンに絵を買ってもらわなければ生活できない。だから、注文を受けた画家たちは、パトロンの好む主題に合わせていかざるを得なかった。その最たるものが肖像画だろうけれども、肖像画に限らず、あらゆる絵画にはパトロンの意向が反映されているという。

 とくに、識字率の低い時代には、絵画というのは最大のメディアでもあった。パトロンたちは、自らの宗教観や思想、メッセージを絵画の形に仮託して世界に伝えようとした。自分たちの権勢をアピールしたり、社会の矛盾を訴えようとしたり。

 教会が力を持っていた時代には、宗教画が流行。自らの宗派が正しいことをアピールするために、絵画にそのメッセージを込めるということが行われた。貴族が力を持ってパトロンになった時代には、貴族の肖像画がたくさん描かれるようになった。産業革命以降、市民が力を持ってパトロンになった時代には、より生活に密着した絵画が好まれるようになった。

 時代時代によって、パトロンが移り変わっていって、描かれる主題も変化していく。誰がパトロンになるかによって、絵画の流行もどんどん変化していったのだ。

 ミレーの「落穂拾い」に隠された格差社会の現実、フェルメールの絵画に見られる大航海時代の面影、カラヴァッジョの宗教画から読み取れる宗派間の対立などなど……。本書を読むと、名画の背後にはこんな意味が隠されていたのかという話が、続々出てきて面白い。

 今まで構図とか色彩とか美的な観点からしか絵画を見てこなかったけれども、こういう歴史的な視点は大事だと思う。歴史的な位置づけだったり、当時の世相だったり、宗教とのかかわりだったり。作品が描かれた背景まで分かれば、ぐっと深い見方ができるようになる。

 一枚の絵画からいろいろなことを読み取ることができる面白さ。有名な絵画で今まで何度も見てきた絵でも、今回初めて意味が分かったようなものも出てきて、絵画の見方が変わってしまうようなインパクトのある一冊。画家とパトロンとの関わりが、こんなにも深いということは知らなかった。
タグ:池上英洋

クリエイティブの授業 [美術]


クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために




 音楽でも、写真でも、絵画でも、文章でも、建築でも、何かものを創作する際に、どうすればいい作品を生み出すことができるのだろう? よい作品を作り出すコツのようなものはあるのだろうか? 本書は、あらゆる形の創作者に対して向けた、作品作りのヒントを教えてくれる一冊だ。

 原題は「Steal Like an Artist」。つまり、アーティストのように盗め。何かものを作るときには、「盗む」ということが重要であるということについて書かれている。

 「盗む」というと、悪いことのようにも聞こえるが、無から生まれるものなどない。一流のアーティストも、最初は模倣から始めるもの。画家は模写から技術を学び、音楽家は好きな音楽のフレーズを練習する。ものを作り出すときにも、完全にオリジナルなものなど存在しなくて、必ず何かの元ネタがあるはずである。現代の創作者たちは、過去の偉大な創作者たちの影響からは逃れられない。

 もちろん、一人のアーティストの作品をそのままコピーしたのでは、単なる盗作になってしまう。それは権利の侵害になる。そうではなく、複数のアーティストの作品を研究して、根本的な構造や思想を探る。アイデアの系譜をたどる。表面的な事柄ではなくて、もっと深いレベルでの技術を学んで、自分の創作に取り入れていく。それが本書の伝えたいことなのだ。

 この本を読む前から、現代の名作と呼ばれる作品でも、過去の作品の元ネタがあるよなあということは、なんとなく分かっていたことではある。世にあふれている人気作品であっても、過去のアイデアの組み合わせや模倣であることは数多い。本書を読んで、なんとなくもやもやと考えていたことをうまく言語化してくれて、読んでいて非常にすっきりする内容だった。

 盗むということは、安易に表面だけかす取っていくのではなく、もっと努力が必要なものであることも見えてくる。それは、過去の作品とじっくり向き合うこと、真摯に研究すること。自分の好きな作品になんで共感するのか、深いレベルで考察すること。盗むというのは、必ずしも簡単な行為ではなくて、考えを掘り下げていく行為でもあるのだ。

 本書に書かれている「盗む」ことの重要性は、あらゆる分野のアーティストに共通する根本原理なのかもしれない。いろいろなアーティストの言葉もたくさん引用されていて、創作者たちがどのようなことを考えて、作品を作ってきたかがわかって興味深い内容だった。

プチクリ! [美術]





 音楽が好きな人がミュージシャンになりたいとか、漫画が好きな人が漫画家になりたいとか、映画が好きな人が俳優になりたいとか、世の中にはプロのクリエイターを夢見る人が多い。

 音楽、絵、写真、文章、料理、工作、ダンス……。人によって表現手段は違えども、何かを作り出したり表現したりすることは、誰にでも備わっている楽しみ。本能のようなもの。だから、そんな楽しい表現活動を仕事にできるのなら、こんなに素晴らしいことはない。プロのクリエイターというのは、まさにみんなの憧れの職業

 だが一方、プロの表現者への道は狭き門でもある。活躍できる場は限られているし、競争相手はごまんといる。何かを表現するということは、自分の身を削っていくようなところがあって、日々修行もしなければならないだろう。

 きらびやかに見えるけれども、同時に厳しい現実とも戦わなければならないクリエイターの世界。誰もがプロのクリエイターになることができるわけでもない。

 じゃあ、プロのクリエイターになれなかったら、表現者としては失格なのだろうか? クリエイティブな生き方はできないのだろうか? 

 そんな素朴な疑問に答えてくれる一冊が、本書「プチクリ」である。

 クリエイティブに生きるには、何もプロになる必要はない。プロ・クリエイターではなく、プチ・クリエイターを目指せばいいということが書かれている。

 誰にもできる才能の見つけ方、表現力を伸ばす方法、プチクリライフの楽しみ方などなど。気楽にクリエイターになるための方法が伝授されているのだ。

 ものを表現するにしても、誰でも最初からうまくできるわけではない。いきなりプロ級を目指して気負って憂鬱になるよりは、最初は気楽に表現を楽しんでみて、だんだんとステップアップ。徐々に表現力を伸ばしていくほうがいいのかもしれない。プロのクリエイターでさえも、最初はみんなプチクリだったのだ。

 本書を読むと、自分がいかに固定観念にとらわれていたかに気づかされる。一口に表現といっても、いろいろな種類があることが分かったり、才能についての考え方も目からウロコが落ちた。こんな柔軟な発想ができるのかと思って驚かされる。

 本書はいろいろなレベルのあらゆるクリエイターに向けた応援メッセージといえるだろう。ものを作ったり、表現したりすることを楽しむための極意が描かれていて、とても元気づけられる一冊。

 読んでいると、自分でも何かを表現したり、クリエイティブに生きることができるんじゃないかと、勇気をもらえる楽しい本だった。
タグ:岡田斗司夫

現代アートビジネス [美術]


現代アートビジネス (アスキー新書 61)

現代アートビジネス (アスキー新書 61)




 難解で近寄りがたいイメージのある現代アート。どんな作品に価値があるのか? どんなふうに値段が決まっているのか? 誰が作品を買っているのか? 数多くの謎のある世界。本書はそんな現代アートについて、ギャラリストである筆者がビジネスの観点から解説した本。

 そもそもギャラリストという仕事があることもよく知らなかったが、画商ともちがう仕事なんだそうだ。つまり、画商というのは、文字通りアート作品を売り買いする職業。これに対して、ギャラリストは作品を展示する空間であるギャラリーを持っていて、自ら企画展示する。画商が営業マンとすれば、ギャラリストはプロデューサーに近いという。

 アーティストもただ作品を作っているだけでは、作品を世に問うことができない。アート市場に作品を送りだす必要があるけれども、その最初の役割を果たしているのがギャラリスト。アーティストも若手のうちは、まずはギャラリーに作品を展示してもらい、来客者に見てもらったり、安い値段でも作品を買ってもらったりすることが重要になる。

 そこでもし、ギャラリーに来た評論家の目に留まって、価値がある作品として紹介されれば、さらに多くの人々の目に触れ、やがて作品がオークションにかけられたり、美術館に所蔵されたりするかもしれない。

 だから、優れたアーティストを市場に売り出して、アートの世界を活気づかせるのには、ギャラリストの鑑識眼というのは重要で、ギャラリストという仕事は若手発掘のキーパーソンともいえるわけである。

 筆者はこのギャラリストとして長年活躍してきた経歴を持ち、いまをときめく村上隆や奈良美智といったアーティストを、まだ彼らが無名の時代に世に売り出した功労者。そんな筆者が、自身の体験を交えながら、現代アートの世界の舞台裏を紹介しているので、具体的なエピソード満載で興味深い。

 村上隆と奈良美智も同じアーティストでありながら、作品作りのスタンスにずいぶん違いがあることが書かれていたり、芸術作品が投資の対象になっている現状について報告したり、日本と世界のアート市場の違いについて解説したりと、本書を読むと現代アートとビジネスをめぐる市場について幅広く知ることができる。

 とくに面白かったのは、日本ではまだまだギャラリーに立ち寄る人というのは一部の玄人が多いけれども、外国では誰でも気軽にギャラリーに立ち寄って、若手の作品をなんの気なしに買っていくという話。難解なイメージがある現代アートだけれども、ギャラリーによって個性があったり、色々なタイプの作品があるので、ギャラリーを回ってみることで自分の気に入った作品がみつかるかもしれない。現代アートを身近に感じさせてくれるようなお話だった。

 これまで現代アートというのは謎の多い世界だったが、本書を読んでいろいろな疑問が解消してすっきりした。アーティストがどんなことを考えながら作品を作り、ビジネスとアートがどう結びついているのかが分かるとても面白い本。ギャラリーにもぜひ足を運んでみて、実際にもアートの世界をのぞいてみたいと思った。
タグ:小山登美夫

現代アート、超入門! [美術]


現代アート、超入門! (集英社新書 484F)

現代アート、超入門! (集英社新書 484F)




 伝統的なクラシックアートとちがって、難解でとっつきにくいイメージのある現代アート。何が評価されているのか分からなかったりするし、抽象画になるとそもそも何が描かれているのかさえよく分からなかったりする。

 本書は、そのような現代アートがどのような経緯で発展し、また作品の背景にどのような意味がこめられているのか、鑑賞のポイントを丁寧に解説。「分からない」現代アートの世界をひも解いて、身近に感じさせる、現代アートの入門書である。

 マティスから始まって、ピカソ、カンディンスキー、デュシャン、モンドリアン、ウォーホルなど、現代アートが発展してきた順序に沿って、その世界に影響を与えた作品をひとつひとつ取り上げながら、解説がされている。現代アートについては何も知らなくて、全部をいっしょくたに考えてしまっていたが、本書を読んで、実はそのときどきで流行のようなものがあったり、分流のような枝分かれがあったりと、作品によって見方が変わってくることが分かった。

 もともと「近代絵画の父」と呼ばれるセザンヌという画家がいて、現実にとらわれない色使いをしたり、ひとつの作品の中で複数の視点を混在させたりして、現実を見たとおりに描かない技法を用い始めたのだそうだ。その後、これに影響を受けたマティスが現実にとらわれない目を学び、人間の感情や感覚といった内面を追及するフォービズムを生み出し、ピカソが事物の構造や関係を探求することを学び、事物の法則性や知性を追求するキュビズムを生み出した。そして、この感情・内面の追求という方向性と法則性・知性の追及という方向性のふたつがそのまま現代アートの大きな流れとして分かれていく。

 ふたつの流れに沿って様々な作品が発展して、最後にはこの流れが思わぬ方向へと向かっていったことなども解説されていて、モダンアートが徐々に発展していく様子を順を追って見ることができて、とても興味深い。

 現代アート作品を見たときに、これはどのような流れの延長線にあったり、どのようなことを感じさせたり考えさせようとしたりしているのだろうかと、鑑賞のためのヒントを与えてくれる、入門書として最適な内容の本。本書を読んで、現代アートに少しずつでも触れてみたいと思うようになってきた。 
タグ:藤田令伊