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平家物語を読む [文学]


平家物語を読む―古典文学の世界 (岩波ジュニア新書)

平家物語を読む―古典文学の世界 (岩波ジュニア新書)




 あけましておめでとうございます。いつもブログにご訪問いただきまして、ありがとうございます。

 今年もマイペースで更新していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。本年は歴史もの・児童書・SFを中心に読んでいく予定です。

 さて、本年最初の1冊は「平家物語を読む」。年末に読み終えたばかりの本です。

 最近鎌倉時代に興味を持っていて、源氏と平氏の戦いをまさに描いているということで読んでみたダイジェスト本です。「平家物語」って、難しいイメージがあったのですが、この本は岩波ジュニア新書から出ているため、子供にでも分かるように分かりやすく「平家物語」を解説してくれています。初心者にも非常に取っつきやすい本といえるでしょう。

 「平家物語」の中には、総勢千人を超える人物が登場するそうです。本書はその中から選りすぐりの10人を選び出して、彼らがどのような人生を歩んだのかを解説しています。「平忠盛」「祇王・仏」「俊寛」「文覚」「平清盛」「木曾義仲」「源義経」「平忠盛」「平知盛」の10人です。

 「諸行無常」ということがテーマになっていて、まさに「奢れる者は久しからず」、盛者が落ちていく様が描かれた滅びの物語ということが分かります。

 栄華を誇った平家が没落していくところだけではありません。平家を滅ぼすことになる人間もまた盛者であり続けることができないのです。戦で活躍して喝采を浴びた「木曾義仲」や「源義経」でさえも、またやがては没落していく運命にありました。

 「平家物語」というタイトルですが、平家に限らず源氏から一般庶民に至るまで、人生の浮き沈みの激しさを描いています。そして、その一人一人の生き様が実にドラマティックなものであり、こういうひとりひとりの人生が交差するところがとても面白い。群像劇として優れていることが伝わってきました。

 今回紹介されているのはわずか10名。これ以外にもたくさんの人物が登場すると言うことで、平家物語をもっと知りたくなってきました。激動の時代を生き生きと描いた、面白い話だと思います。
タグ:永積安明
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物語の役割 [文学]


物語の役割 (ちくまプリマー新書)

物語の役割 (ちくまプリマー新書)




 「博士の愛した数式」などを書いた小川洋子が、物語について語った本。

 普段から映画を見たり小説を読んだりするのが好きなのだが、そもそもなんで物語が必要なのか、なんで物語を見たり聞いたりするのかあまり考えたことなかった・・・・・・。

 本書の中で筆者は、物語というのは重要な役割があると言っている。それは、人が現実を受け入れる際に物語の形にして取り込んでいるということ。

 誰しもうれしいことがあったりつらいことがあったりするけれど、起きた出来事をありのまま記憶するわけではない。うれしいことは膨らませて記憶したり、つらいことは脚色して記憶したりするものだ。とくに受け入れがたいような現実に直面したときには、フィクションの形にしてオブラートにくるまなければ自我が崩壊してしまいかねない。

 作家だけが物語を作っているのではなくて、誰でも物語を作り出しているということで、たしかにそうなのかもしれないと思った。

 自分の経験でも、日々のいろいろな出来事を自分の中に取り込むときに、原因と結果というか因果律を考えて物語という形に変換して取り込むことはよくある。その際、物語化した段階で出来事が多かれ少なかれ変容してしまい、現実とは異なるものになってしまうのだろう。

 じゃあ、自分の物語ではなく、他人の物語を取り込むことにはどんな意味があるのだろう? おそらく、自分で何でもかんでも体験できるわけではないので、他人の物語を知るということも重要になってくるからではないか? いわゆる疑似体験というものだ。

 映画を見たり小説を読んだりするのも、内的に世界観を作るためという意味があるかもしれない。こんな出来事があるのかというのを物語の形で取り込むことで、世界を理解しようとする。こんな生き方をした人がいるというのを物語の形で取り込んで、人生の奥深さを知る。

 自分の経験にしても他人の経験にしても、あるいは作られたフィクションにしても、物語というものは世界を理解したり、世界観を作り上げるうえでなくてはならないものだ。人間の頭が物語を欲するようにできているのだろう。

 物語というのは単なる娯楽なのかと思っていたが、本書を読んでもっと根源的な、生きていく上で欠かせないものなのかもしれないなあと感じるようになった。
タグ:小川洋子
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二十四の瞳 [文学]


二十四の瞳 (新潮文庫)

二十四の瞳 (新潮文庫)




 瀬戸内の寒村の分教場に赴任してきた大石先生と12人の子供たちとの交流を描いた作品。

 有名な作品なのに今まで読んだことがなくて、今回はじめて手に取ってみたのだが、こんな話だったのかといろいろ意外だった。

 なんとなく、ほのぼのした学園ドラマみたいなものを勝手に想像していて、たしかに前半は大石先生と子どもたちとの牧歌的なエピソードが続く。教師になりたての先生が、子供たちと触れ合いながら、悪戦苦闘していく様子はのどかである。

 だけど、話の舞台は昭和の初め。ちょうど日本が国際連盟から脱退したころの話。今みたいに豊かでも平和な世の中でもない時代。

 子供たちの家庭は貧しく、子供ながらに家の仕事を手伝うことが当たり前だし、病気で家族が死んでしまうなんていうことも今よりもずっと多かったろう。戦争に向いつつある時代にあって、自由な言動はだんだん許されなくなっていって、治安維持法によってしょっ引かれる人も出てくる。

 戦争に突入すると、大石先生の夫も戦死し、教え子たちも次々に戦争に行くことになる。

 ひとつの年月に限定した話ではなくて、子供たちが大人になるまでの長い年月が描かれている。12人のそれぞれの道筋が丁寧にたどられていて、教師になった者、戦死した者、失明した者、身売りされた者、行方知れずの者など、さまざまな人生模様があって読みごたえがあった。

 教え子たちとの別れと再会。無邪気だった子供たちが、悲惨な境遇に置かれてしまうのを見て、やるせなさを感じる大石先生。教師として自分に何ができたのだろうと苦悩する姿が印象的だ。

 こういう本を読むと、今の世の中は昔に比べていい時代だなあと思う。普通に食事ができたり、健康的な生活が送れるというだけでも、ありがたく思えてくる。
タグ:壺井栄
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武器よさらば [文学]


武器よさらば(上) (光文社古典新訳文庫 Aヘ 1-1)

武器よさらば(上) (光文社古典新訳文庫 Aヘ 1-1)




 作家のアーネスト・ヘミングウェイは第一次世界大戦の際に、赤十字の一員として従軍した。本書はそのときの自身の経験をもとに書かれた物語。

 第一次世界大戦当時、北イタリアではイタリア軍とオーストリア軍が一進一退の戦いを繰り広げていた。この北イタリア戦線において、負傷兵運搬の任務にあたっていたアメリカ人の青年フレデリック・ヘンリーは、看護婦のキャサリンと出会い、愛し合うようになる。

 だが、敵の攻勢が激しくなると、フレデリックは退却を余儀なくされ、戦線離脱者として追われる身分となってしまう。見つかれば逮捕されて銃殺される恐れもあった。フレデリックとキャサリンは、脱走してスイスに向けて逃避行を続けることに……。

 人生を全うしたいというのは、誰しもが願うところだろうけれど、戦時下においてはそれも容易なことではない。個人の自由などよりも国家や軍隊の利害がはるかに優先されてしまう。フレデリックとキャサリンは、脱走してまで幸せをつかみ取ろうとするのだけれど、さまざまな壁が立ちふさがる。

 第一次大戦時にはこんな理不尽があったんだなあというだけではなくて、どんな戦争でも起こりうるような普遍的な悲劇が描かれていると思う。集団の前では個人の力などなすすべがないのだけれど、それでも懸命に生きようとするふたりの姿には感動させられた。

 主人公のふたり以外にも、戦時下でのさまざまな人生模様が出てきて読みごたえがある。生きるということについて考えさせられる作品。

 内容も面白いが、ヘミングウェイの文体にも興味をひかれた。無駄な形容を省いた簡潔な文体。にもかかわらず、その場の状況が鮮やかに浮かび上がってくる。文章を書くときに、ついつい過剰に盛り込んだり、形容詞をくっつけたりしてしまいがちだが、むしろ抑えた文章にしたほうが文章が生きてくる不思議さ。どんな文章を書くときにも、見習うべきことなんじゃないだろうか?
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自由の牢獄 [文学]


自由の牢獄 (岩波現代文庫)

自由の牢獄 (岩波現代文庫)




 「はてしない物語」「モモ」などで有名な作家、ミヒャエル・エンデの短編集。

 エンデがどんな短編を書くのだろうと興味津々で読み始めたのだが、どの作品も独自の世界観が広がっていて圧倒されてしまった。不思議な世界に引き込まれてしまう感じ。

 物語自体も面白いのだが、ただ面白いだけではない。ファンタジックな内容でありながら、実は人生の隠喩になっていたりしていて、哲学的なテーマを含んだ読み応えのある内容ばかりだ。

 表題作「自由の牢獄」は、奇妙な部屋に閉じ込められてしまった男の話。その部屋には、111の扉がずらりと並んでいて、男は外に出るためにはそのどれかを選ばなければならない。だが、ある扉の外には宝が待っているかもしれないが、他の扉にはライオンが口を開けて待っているかもしれない。また別の扉には深淵がぽっかり口を開けて待っているのかもしれない。男が選ぶことができるのはただひとつの扉だけ。選んだ瞬間に他の扉は鍵がかかってしまう。

 どの扉を選んだらよいのかわからず、苦悩に苦悩を重ねる主人公。自由な意志で選択することの難しさを描いている。

 物語だけれども人生のメタファーでもある。人生は選択の連続だというけれども、岐路に立った際に、本当に人は自由意志で選択しているのだろうか? あれこれ理由をつけて選択するのに、選択の結果はいつもいつも予想外のものだったりする。人生もこの自由の牢獄みたいなものなんじゃないかという問いかけである。

 表題作以外の作品も、人生とはなんだろうと感じさせられる哲学的な作品が多い。「遠い旅路の目的地」「夢世界の旅人マックス・ムトの手記」「道しるべの伝説」は、この世に存在しないはずの夢や郷愁みたいなものを探し求めて旅する主人公たちの姿を描いている。

 人生に目的は必要なんだろうか? 人生に意義なんてあるんだろうか? いざ目的地に達成してしまったらどうなるのだろう? 物語の形でこういった人生のあれこれを考えさせられるようなつくりになっていて、非常に深遠な内容のものばかりである。

 作品ごとに異なる話ながらも、根底には共通する深いテーマが広がっていそう。これからも何度も読み返したくなりそうな短編集だった。
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沈黙 [文学]


沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)




 織田信長の時代には宣教師も寛容に扱われていたが、豊臣秀吉の天下のもとでキリスト教は警戒すべき存在となり、キリスト教徒に対する弾圧が始まった。その後の徳川の江戸幕府もキリスト教を禁止し、徹底弾圧を加えつづける。

 本書は島原の乱で大勢のキリシタンが虐殺された直後の弾圧が激しい時代に、日本に密入国したポルトガルの司祭ロドリゴの物語である。

 キリシタンへの迫害があったというのは、歴史の教科書にも出てくる有名な話だ。だが、本書を読んで、その実態がこんなにも壮絶なものだったのかというのを知って衝撃的を受けた。大勢の信徒たちが踏み絵をさせられ、あらゆるたぐいの苦しい拷問を受けて棄教を迫られる。棄教しない人間は、さらし者にされた挙句に殺されてしまう。

 大勢の苦しんでいる信徒たちがいるという噂を聞いたロドリゴは、信者たちを勇気づけ、信仰の火を絶やさないようにと、日本へと渡る。だが、彼自身もまもなく捕まってしまい、棄教を迫られることに……。

 ロドリゴは司祭として強い信念を持った人物であるが、彼の前に様々な試練が待ち受けていて、彼の内に迷いが生じはじめる。彼が棄教しないことで、日本人信徒たちが見せしめに拷問を受けたり、犠牲になったりする。だんだんと苦しみに耐えきれなくなっていく。信仰に対する疑問まで生じてしまう。なぜこのように人々が苦しんでいるのに、神は沈黙するのか? 信仰に対する義務と苦しみとの間で葛藤が生まれる。

 信仰とは何か? 人間の強さとは何なのか? キリストの考えはどのようなものであったのか? ロドリゴは、拷問や人々の死という苦しみを受け続ける中で、こうした疑問に直面することになる。そして、新たな真理を得ることになるのだった。

 キリスト教徒の葛藤という読みなれないテーマの内容であったが、読み進むうちにだんだんと引き込まれて、最後には思わぬ感動がある。極限の状況下で、信仰に対する向き合い方が浮き彫りになるところが迫力があった。
タグ:遠藤周作
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スタンド・バイ・ミー [文学]





 森の奥に列車にはねられた少年の死体がある――。そんな噂を聞いた4人の少年たちは、死体探しの旅に出る。スティーヴン・キングが描く少年時代の物語。

 死体を探しに行くなんていうのは、いっぷう変わった目的であるし、旅自体もわずか二日間ほどの短いものなのであるが、読んでいくにつれて、この旅が特別な意味を持っているように感じてくるのだから不思議である。旅の途中で出会うひとつひとつの出来事が、なにか特別な輝きを持っているかのように感じられてくる。

 キングはこの旅を「魔法の通廊」と表現しているが、キャッスル・ロックの小さな町に住む少年たちは旅を通して様々な試練に直面して、自分の人生と向き合う。そして、魔法の通廊を通って新たな人間へと生まれ変わるのだ。

 厳しい境遇に生まれた人間、人生に躓いた人間、大切なものを失ってしまった人間。キングはそんな不幸にとりつかれてしまった人々を描くのが抜群にうまい。本書に出てくる少年たちも、子供ながらに悲運を背負って生きている。死んだ兄の陰に隠れて、両親から「見えない人間」のような扱いを受けるゴードン、父親に耳を焼かれるという虐待を受けながらも父親を敬愛してやまないテディ、父親も兄たちもアル中という一家に生まれたクリス。

 それぞれに人生の不運にとりつかれた人間たちが、悩みながらもどうにかこうにか生きていこうとするから感動的であるし、キングの人生の悲哀を描く筆力にはいつもながら本当に感嘆させられる。

 旅を終えて、少年たちが成長して仲良く幸せになりましたというような、単純なハッピーエンディングの話でもないところがまたすごい。旅を終えたところで話が終わってもよさそうなものだが、結末にその後の4人の生涯が描かれている。ゴードン以外の3人の人生はけっこう悲惨で、悲劇的な死を迎えたりしている。

 人生ははかないと語っているかのよう。人生にはときどき思わぬ落とし穴があって引きずりおろされたりするし、ときには悲劇的な死を迎えたりもする。大切な友達が現われては消えていったりする。だから、4人の人生が偶然に交差して、特別な旅に出たあの瞬間というのがとても大切なものに思えてくる。誰の胸の内にも、多かれ少なかれ同じような瞬間があるから思わず共感してしまうのかもしれない。
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ライ麦畑でつかまえて [文学]


ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)




 成績不良で高校を退学することになった主人公ホールデン。彼は数日間、ニューヨークをあてどもなく放浪することになる。そこで多くの人々との出会いと別れを繰り返し、様々な出来事と遭遇し、自らの人生のあり方について悩み苦しむことに……。

 この本を読んで、最初は、主人公が喋りかけてくるような独自の文体に慣れるのに時間がかかったし、筋立ても脈絡がないように見えて、これはなんだろうととまどってしまった。だが、読み進んでいくうちに、だんだんと主人公の行くすえが気になってきて、妙に引き込まれてしまう小説である。

 ページをめくるうちに、一見脈絡がないように見える出来事でも、主人公の内面を象徴していることが分かったり、出ては消えていくだけにみえる登場人物たちにも、ホールデンの考えを浮き彫りにする役割があることが分かったり。主人公の内面の動きを追いかけた、心の旅を描いた作品なんだなあということが見えてくる。

 主人公のホールデンは、周囲に折り合いがつけられない人間として描かれている。彼には、周りの人間、人間社会が、嘘っぱちのインチキにしか見えない。嘘をついたり、外見を取りつくろったり、見栄を張ったり、おべっかをつかったり、所詮そういうくだらない世の中じゃないかと。彼には、社会にはびこるありとあらゆる欺瞞が許せないらしかった。

 彼は町で出会うどんな人を見ても、そういう欺瞞ばかりが目についてしまう。人々の嘘くさい姿に我慢できなくて、さげすんだり、こきおろしたり、内心で嘲笑したり、ときには面と向かって衝突したりする。

 彼にとっての理想を象徴するのは、ライ麦畑を駆け回る子供たちの世界なのだ。純真無垢で真っ正直さを失わない子供たち。彼にしてみれば、子供たちが成長して大人の欺瞞を身につけてしまうことがこわい。自分自身が大人になって高潔さを失ってしまうことを恐れている。

 でも、社会はそんな理想郷ではないから、ホールデンは周囲と対立してばかり。学校を追い出され、放浪中に出会う人々ともしょっちゅう衝突する。次第に行き場がなくなっていって、徹底的に孤独になる。そして、何かもう消えてしまうしかないんじゃないかというところまで追い詰められてしまう……。

 周囲の批判ばかりしているので、主人公は嫌なやつに見えるのだが、まったく共感できないわけでもない。自分もかつてこの主人公みたいに考えていたことがあるし、今でもときどきホールデンみたいな気分になることもある。社会と折り合いをつける難しさは誰でも一緒なんだなあとか、どこの国でも共通なんだなあということを感じ取れる内容。そういう人間にとって普遍的なテーマを扱った小説だから、古典的名作として読み継がれているのかもしれない。

 どんどん精神的に追い詰められていく主人公だが、誰もが彼を嫌ったわけではなくて、最後のほうに出てくるアントリーニ先生とか、妹のフィービーとか、主人公を手助けする人物も出てくる。そして、思い悩んでいたホールデンにも、ある種の変化が訪れて、その心は救われることになる。

 最初のころは、とっつきにくそうな印象があったし、主人公のとっぴょうしもない言動にへきえきさせられたが、いつの間にやら感情移入してしまっていて、最後まで読んだら思わず感動していた。

 タイトルにもなっているライ麦畑のキャッチャーとか、帽子とか、池のアヒルとか、メリーゴーランドとか、主人公の内面を象徴するようなしかけがいっぱい出てきて、その意味をより深く理解するのには何度か読み返す必要もありそう。難解そうなイメージがあったが、意外にも面白い本だった。
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ドリアン・グレイの肖像 [文学]


ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)




 オスカー・ワイルドの古典文学小説

 有名なのでどんなものかと思って読んでみたら、巧みな心理描写と怪奇趣味がないまぜになった非常に面白い作品だった。

 主人公のドリアン・グレイは美貌の青年。画家のバジルは、ドリアンに夢中になり、彼の姿を肖像画として見事に描きうつそうとする。

 ドリアンはもともと純真無垢な性格の若者だったのだが、画家の紹介で知り合ったヘンリー卿に感化されて、その牧歌的な純粋さを失い、欲望と情熱に身をゆだねることになる。自らの若さと美しさに気づいてしまったドリアン。自己の欲望を追求するあまり、婚約者を死に追いやったり、悪徳を重ねていってしまう。しまいには、自らをもっとも信頼してくれていた画家のバジルまでをも殺してしまう……。

 悪魔のような所業を重ねるドリアンだったが、その姿かたちはなぜか永遠の若さと美貌を保っているかのように見えた。そのかわりに、いつかバジルが描いた肖像画のほうがなぜか徐々に変化を見せ始める。若くて純粋無垢に描かれた若者の肖像画が、だんだんと醜悪でおぞましいものに変貌を遂げていく。それは、ドリアンの本当の姿、邪悪にゆがんだ魂を映し出しているかのようだった。

 主人公がありのままの人生を歩もうとするのだが、次第にあるべき社会規範から大きく外れていってしまい、周囲の人生をも次々に崩壊させていってしまうところが怖い。自らの人生を生きるということは、他人を踏みつけて犠牲にしてしまうということでもある。より良い人生を生きることを目指したはずのドリアンが、知人たちを没落させ、やがては自らをも破滅させてしまうという皮肉さ。人生の悲劇的な一面を垣間見るかのような作品。

 ドリアンも単純に悪辣な人間として描かれているのでもなくて、背徳と良心との間で苦悩する人物として描かれているところが興味深い。優しい人間味のあるドリアンと背徳と欲望にまみれたドリアン。背徳行為を行う中で、ときどき人間味が現れたりもして、内部でふたりのドリアンがせめぎあう様子は、人間の二面性を感じさせて見事。肖像画が主人公の二面性の象徴になっている。

 人間心理を描いた作品であるとともに、絵画奇譚ともいうべき幻想味にあふれた作品にもなっていて、怪奇物が好きな自分には大いに楽しめた。エドガー・ポーの小説を思わせるような不気味な雰囲気に満ちているところがいい。ラストもいかにもぞっとするような戦慄の幕切れだった。
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緑の光線 [文学]


緑の光線

緑の光線




 緑の光線(グリーンフラッシュ)という自然現象があるのをご存じだろうか?

 海上に霧がなく、空も完全に澄み渡っている条件下で、水平線に太陽が沈むときに起こる現象。このときに見られる光線は、一般的な赤い光線ではなく、緑色の光を放つという。その緑色は、えも言われぬ不思議な色合い。澄み切った天候でないと見ることのできない世にも珍しい光線なのだ。伝説では、その緑の光線を見た者は、幸福になれるのだとか。

 本書「緑の光線」は、このグリーン・フラッシュ現象を題材に、ヴェルヌが物語にしたためた作品だ。
 
 スコットランド人のメルヴィル兄弟の最も大切にしているものは、18歳になる自分たちの姪っ子のヘレーナ。たいそうな可愛がりようで、姪っ子の言うことならどんな我がままでも何でも聞いてしまうほど。そんな兄弟の目標は、ヘレーナを自分たちの勧める立派な青年と結婚させて、姪っ子に安心した将来を与えてあげることだった。だが、当のヘレーナはそんな兄弟の気持ちには無頓着で、かえって兄弟たちに無理難題を突きつけてしまう。「自分はけっして結婚はしない。「緑の光線」を見るまでは」と。こうして、メルヴィル兄弟とヘレーナの「緑の光線」を探す旅が始まる――。

 ジュール・ヴェルヌにしては珍しく、女性を主人公にした物語。緑の光線をたずねて、島々を転々とする。そして、登場人物たちが冒険をするのと並行して、ヘレーナの恋物語が展開するのだ。

 「緑の光線」を探すというなんとも呑気な目的で、しかも、道中ものんびりしたところがある作品なのだが、さすがヴェルヌで、ところどころダイナミックな場面があって、わくわくする冒険ものになっている。何より、登場人物たちのキャラクターが生き生きとしているところがよい。冒険心と空想的なところのあるヘレーネ、世間離れしたメルヴィル兄弟、ヘレーネのフィアンセの退屈な科学者、海を漂流しているところを見つかった若者オリヴァ―などなど、多彩な人物が出てきて様々にドラマを展開する。

 「緑の光線」を見ようと思っても、肝心の時に邪魔が入ったりして、なかなか見られない。一行を襲う騒動がコミカルに描かれていて愉快。

 幸福を求めて「緑の光線」を見ようと思ったヘレーナ。最後の最後に、思わぬ結末が待っていて、本当の幸福とは何かに気づく。いつものヴェルヌ作品と比べたら若干のんびりしたところはあるけれど、ユーモラスなところがあるし、最後ほのぼのとした気分にさせてくれて、捨てがたい魅力がある作品だった。
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はい、チーズ [文学]


はい、チーズ

はい、チーズ




 カート・ヴォネガットのこれまで未訳だった短編集「はい、チーズ」が出版された。

 ヴォネガットと言えば、「タイタンの妖女」「猫のゆりかご」など壮大なSF小説の書き手として有名だが、本短編集には、SFものに限らず、文学作品、ミステリー、ユーモアものなど、バラエティに富んだ作品が収められている。

 これまで未訳だったというから、つまらないんじゃないかと不安だったけれど、読んでみたら意外にも粒ぞろい。良質な作品ばかりという印象だ。

 特に面白かったのは以下の作品。

 「セルマに捧げる歌」
 
 リンカーン高校に通うアル・シュローダーは才能あふれる天才だった。非常に高いIQの持ち主でありながら、音楽の才能もあって、どんな楽器も弾きこなしてしまうし、100曲近い行進曲まで作曲していた。だが、あるときからアルの様子がどうにもおかしくなってしまう。心配になったヘルムホルツ先生は、その原因を突き止めようと、アルの身辺を調べはじめる。

 学園ものの作品で、生徒たちの人生の機微に触れるような話。生きる上で必要な物差しは何か、ヘルムホルツ先生が教えてくれる。最後にじーんとくるような泣かせる話であった。

 「鏡の間」

 刑事と催眠術師との対決。何人もの女性を殺害したのではないかと疑われている催眠術師のところに、刑事たちが訪れる。だが、調査の一環として会話を続けるうちに、刑事たちはいつの間にか催眠術師の術中にはまっていて……。

 知らず知らずのうちに、催眠術師に操られてしまうというところが怖い作品。最後には皮肉な落ちも待っていて、秀逸なサスペンス小説であった。ヴォネガットがこういう作品を書いていたとは知らなかった。

 「化石の蟻」

 スターリン政権下のソビエトの鉱山から見つかった蟻の化石。中生代の地層から見つかった蟻だったが、拡大してみると様子がおかしい。なんと化石の中から、超ミニサイズのコントラバスが見つかったのだ。他にも続々見つかる品々。本、絵画、車輪、家……。どうやらこの蟻は、大昔に人類に比肩するような文明を築いていたらしい。

 古代の化石の中から、蟻の文明の痕跡が見つかってしまうというSF小説。センス・オブ・ワンダーとしても面白いし、蟻の文明がソビエトの共産主義への皮肉な風刺になっているところも見事。本書の中でこの作品が一番面白かった。

 「はい、チーズ」

 バーで飲んでいた男の前に現れたのは、殺人アドバイザーと称する男。会話を交わしているうちに、あれよあれよという間に話が思わぬ方向に転がっていく。

 思いもかけず奇妙な犯罪に巻き込まれてしまう主人公を描いたミステリー作品。ロアルド・ダールが書きそうな奇妙な味の短編だった。

 全体的にミステリー風味の作品が多くて、ヴォネガットの多彩さを感じさせられる短編集。こんなに面白いのにまだ未訳だったというのが本当に意外だ。
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追憶のハルマゲドン [文学]


追憶のハルマゲドン

追憶のハルマゲドン




 カート・ヴォネガットは、「タイタンの妖女」や「猫のゆりかご」などといったSF小説で有名な作家であるが、本書は主に戦争を題材にとった作品を集めた短編集だ。

 ヴォネガットは第二次大戦中、バルジの戦いでドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンで強制労働に服していた。ドレスデンは美しい町で、戦争と無縁の非武装地帯のようにも見えたが、やがてこの場所にも戦火が及ぶ。アメリカの爆撃機隊が高性能爆弾と焼夷弾を発射して、町を焼き払ったのだ。この爆撃で10万人以上の人間が亡くなった。

 自国による攻撃ではあるけれども、ヴォネガットにとっては非常に衝撃的で、焼け野原になった町や人々の死の光景が強烈に記憶として残る。その後、この時の経験は、彼の人生の憑りついて離れなくなったのだろう。数あるヴォネガット作品には、戦争体験の壮絶さが、そのままの形であれ形を変えてであれ、繰り返し描かれることになる。

 本書はまさに、こうしたヴォネガットの戦争体験が源流になった作品ばかりがまとめられていて、爆撃がもたらした悲劇や、戦時下に生きる人々のドラマを克明に記されている。戦争中の人々はこんな風に考えていたのかという戦争の真実に迫る内容で、非常に興味深かった。

 以下、気になったものをいくつか紹介しておこう。

 「悲しみの叫びはすべての街路に」は、ドレスデンの爆撃を描いたノンフィクション。爆撃後の町で死体捜索の任務をおこなったヴォネガット自身の体験がつづられる。戦争の大義が何であれ、もたらされる結果は想像を超える悲惨なもの。戦争の現実をまざまざと伝える貴重な作品だ。

 「バターより銃」は、ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵たちと捕虜監視係の老ドイツ兵とのドラマ。料理の話ばかりするアメリカ兵たちと、その会話につき合わされてうんざりするドイツ兵というユーモラスな内容なのだが、最後にちょっとした皮肉があって、戦争の悲哀を感じさせる。戦争中は敵同士であっても、こういう心の交流みたいなものもごくまれにあったんじゃないかということを想像させられた。

 「サミー、おまえとおれだけだ」は、ヴォネガットには珍しいミステリータッチの作品。戦争が終わり捕虜収容所から解放されたサムとジョージ。ふたりはともに行動することになるが、ジョージは何かを不安がっていて、おまけにサムを罠にかけようとしている様子まで感じられる……。サムとジョージの緊迫した心理戦が見もののサスペンスフルな作品。ジョージがある秘密を隠していることも明らかになって、ミステリーとして非常に楽しめた。

 「司令官のデスク」は、戦火がやんだ後のチェコスロバキアを舞台にした作品。ある家具職人の父娘のところにおとずれたアメリカ兵が、家具の製作を依頼する。最後にちょっとしたサプライズがある作品。傲慢な対応をするアメリカ人の少佐とチェコ人との間の衝突がドラマティック。町を解放してもらったからといって、必ずしも関係が円満だったわけではなかったという、当時の人々の複雑な思いが見事に描かれている。

 戦勝者であるアメリカ人から見た戦争の本であるが、全体的に戦争の悲壮さや罪悪感が主に描き出されている。決して、ヒロイックに戦争を語った内容ではない。戦争は勝利したアメリカ人さえも苦しめてしまうということが見えてきて、戦争とは何だったのかを考えさせられる秀逸な作品群だった。

クリスマス・キャロル [文学]


クリスマス・キャロル (新潮文庫)

クリスマス・キャロル (新潮文庫)




 文豪チャールズ・ディケンズによる、クリスマスを題材にした心温まるファンタジーの名作。

 ロンドンでスクルージ・マーレイ商会という事務所を開いている老人スクルージ。彼は、他人との交流を拒み、金銭欲に取りつかれた守銭奴で、周囲へのやさしさも持たない冷たい心の持ち主だった。あるクリスマスの日に、彼の元に3人の幽霊が訪れる。幽霊たちはスクルージを導いて、過去・現在・未来の世界へと連れてゆき、思いがけない事実に直面させる。

 これまで冷血漢だったスクルージが、幽霊から自分の過去や未来の姿を見せられることによって、新たな自分へと目覚めていく。より温かみのある誠実な人間へと変わっていく。老人が人生の終わりに近づいて、ようやく自分のこれまでのあやまちを悟り、人生の価値観を転換させる。そういうスクルージの心の変化を描いた成長物語になっている。

 他人に心を閉ざしていたスクルージが、悟りを開いて、新たな人生を歩んでいく姿は見ていてすがすがしい。スクルージ自身だけでなく、スクルージ自身が変化することで、周囲の環境もよりよい方向へと変わっていく。終盤のほのぼのと心温まる展開には感動せずにはいられないものがあった。

 人生で重要なものは何か、人間の変化とはどういうものかについて考えさせられる作品。クリスマスの慈愛の精神にも満ちたファンタジーの名作である。クリスマスの時期が来るたびに読み返して、当初のスクルージのような冷たい人間にならないよう、訓戒にしようと思った。

オー・ヘンリー傑作選 [文学]





 短編小説の名手として知られる、アメリカの作家オー・ヘンリーの作品集。

 どの作品も、人物の悲喜劇が描き出され、ドラマティックな山場があり、ピリッと皮肉の利いたオチが待っている。短いながらも非常にまとまりがよいものばかりで、短編小説の見本のような話がたくさん詰まった作品集だ。

 作風はユーモアとペーソスの入り混じったヒューマンなもの。貧しい生活だったり、病気だったり、親しい者との別れだったりと、様々な困難に直面する人々。彼らはなんとか障害に立ち向かったり、苦悩したりして、それぞれのドラマを展開させてゆく。だが、意外などんでん返しが待ち受けていて、単純にはいかない人生の可笑しみを感じさせられるのだ。

 作者自身が新聞経営をしたり、横領で告発されて逃亡生活を送ったり、獄中で創作活動を行ったりと、波乱の人生を送っていたようだ。オー・ヘンリー自身の人生経験が作風にも多分に影響しているところもあるのだろう。読んでいて、人生を精一杯生きる人々に対する温かなまなざしが感じられる。

 話の舞台は、南北戦争前後のアメリカ南部や、西部の土地、ニューヨークの都市など、オー・ヘンリーが活躍をした19世紀おわりから20世紀はじめにかけてのアメリカ。当時の人々がどのような暮らしや考えを持っていたのか、その世相が反映されているところなども非常に興味深い。

 本作品集の中では、とくに以下のものが面白かった。

 「賢者の贈りもの」

 貧しい生活を送る若夫婦。妻のデラは夫に送るクリスマスプレゼントのお金も工面できずに辛い思いをする。デラは、美しい茶色の髪を切って、かつら店に売ることを考えるが……。

 夫婦の愛情物語。つましい生活のなかで、自らを犠牲にしてでも相手のことを考える、その生き方には思わず感動させられてしまった。この主人公はまさに賢者だなあと思った。

 「改心」

 金庫破りにかけては芸術的な才能を持つジミー・ヴァレンタイン。刑務所から出所した彼は、犯罪稼業から足を洗うことを決意、銀行家の娘との結婚も決まっていた。だが、彼の運命を左右するある出来事が起こり……。

 主人公が出所して新しい人生を送ろうとして、うまくいくかに見えた人生だったが、皮肉な人生の巡りあわせで、良心を試される試練が与えられる。これも自己犠牲のようなところがあって、なんともいい話だった。

 「千ドル」

 叔父の遺言で千ドルを受け取ったジリアン青年。千ドルという金額が中途半端な金額であることから、どのように使ったらいいのか、悪戦苦闘する。青年は最も有益と思われる方法を思いつく。

 意外などんでん返しが楽しい作品。道楽者と思われていた青年の本当の姿が見えてくるところが面白かった。

 「最後の一葉」

 絵描きのジョアンナは、肺炎を患い、生死の淵をさまよっていた。生きる気力をなくした彼女は、窓の外の蔦の葉を数えては、最後の一葉が落ちたときに自分の命もなくなるだろうなどと思い込み、病気を治そうともしない。蔦の葉は一枚一枚と落ちていき、最後の一枚が残るのだが……。

 病気に苦しむ中で、生きる気力を失った主人公が蔦の葉に人生を重ね合わせる。ふとしたきっかけで生きる気力を取り戻し、再び絵を描きたいと思うようになった彼女が、病気に打ち勝とうとする姿には心打たれてしまった。生きること、生きがいとは何かについて感じさせられる傑作。

飛行士たちの話 [文学]





 第2次世界大戦時の飛行士たちの姿を描いた、作家ロアルド・ダールの短編集。アフリカ、ギリシャ、ドイツなどを舞台に、飛行乗りやその家族をめぐる10の物語がつむぎだされている。

 ダール自身、戦時中はイギリス空軍のパイロットとしてアフリカやギリシャの地で飛び回っていた。その時の話は「単独飛行」という本に詳しく書かれているけれど、本書に出てくる物語にも、「単独飛行」の中に出てくるダール自身のエピソードがちらほら見え隠れしている。伝記的な小説とも言えるし、自身で見聞きした体験を想像力豊かにふくらませた作品なのかもしれない。

 生々しい体験に根ざした作品群であるから、その迫力は圧倒的だ。飛行士たちの日常風景、敵地に飛び立つときの浮遊感、ドイツ機と遭遇した時の心理、熾烈を極める空中戦、事故に遭遇した時の混乱など、実際に飛行した人間にしか分からない、独特の世界が描き出されている。えもいわれぬ臨場感があって、主人公たちの目を通して、一緒に空を飛んでいるような感覚さえしてくる。

 戦時中のリアリティというだけでなく、不思議な幻想風味があるところも本書の作品群に共通するところだ。飛行士たちは、生死のはざまで戦ったり、地上から離れて雲の上を飛び回ったりするうちに、幻のような体験をすることがあるそうだ。本書は、飛行士たちが遭遇した数々の不思議話が語られていて、戦時下を舞台にしたほんのりとしたファンタジー物語になっている。

 戦時下の悲哀だったり、不思議な体験が描き出されていて、どの作品も味があって面白い。とくに以下の作品は印象に残る傑作だと感じた。

 「アフリカの物語」

 ナイロビを飛び立った飛行士が、事故で不時着し、人里離れた高原の丸太小屋にたどり着く。小屋にいた老人に助けてもらうが、その老人は、飛行士に向かって奇妙な話を語って聞かせる……。

 飛行士の話というよりも、いかにもダールらしい奇妙な味の作品。ある犯罪を行おうとした老人の物語。ミステリータッチで、一種の完全犯罪を描いている。まさかこの短編集でこんなコロンボみたいな話が読めるとは思わなかった。

 「カティーナ」

 1941年、ギリシャのパラミティアで、ドイツ軍のドルニエ機が村を襲撃、その地は瓦礫の山と化した。少女カティーナは家族を亡くし、うつろな目で石の上に座っているところをイギリス軍に救助される。彼女はイギリス軍の行動についてゆくことになるが、ドイツ軍に対する憎しみは子供とは思えないほど激しく、思わぬ行動に駆り立てられる。

 戦時中に家族を亡くした少女の生き様を描いた重厚な作品。ドキュメンタリータッチとも言えるような現実味があって、戦争の悲劇が生々しく描き出されている。ダールを含めて、本書に出てくる飛行士たちは割とクールな視点で描き出されているものが多いが、この作品の少女の怒りの激しさには心打たれるものがある。

 「彼らは年をとらない」

 パレスチナのハイファ、飛行場を飛び立ったまま帰還せず、とっくに死んでしまったものと思われた飛行士フィンが、2日間後に奇跡の生還をとげる。駆け寄る仲間たちにフィンは不思議な体験を語りはじめる。それは、雲の外に出たときに見た飛行機の列。戦死したはずのパイロットたちの姿だった。

 雲の上の不思議体験。死んだ飛行士たちの最後の飛行が神々しく描き出される。生死のはざまの幻想的な光景が印象に残る作品。

 映画監督の宮崎駿もこの話が好きだったらしく、「紅の豚」の一挿話として使われている。

 「番犬に注意」

 飛行中に砲弾を受けて、イギリス海峡上空で脱出したパイロット。パラシュートで落下しているうちに意識を失い、気づいた時には病院の中にいた。看護士の手厚い看護を受けるが、奇妙な違和感が……。

 これもミステリータッチの作風で、最後にどんでん返しがある。最初は何だろうと思わせる謎めいたところがあるのだが、終わりのほうでああそうかという世界が反転するようなところが面白い。トリッキーな技巧的な作品。

 「この子だけは」

 爆撃機の操縦席に座る一人息子を思う母親。いつしかその思いは空間を超えて、母親は爆撃機で気を失う息子のところへとたどり着く。

 テレパシーのような不思議な出来事を描いた作品。地上で空を見上げていたはずの母親が、魂だけ抜け出てしまったかのように、いつの間にか息子の乗る飛行機の中に入り込み、気を失っている息子を救い出そうとする。戦時下で、戦争に行った家族を待つ母親のもの悲しい心境を描いた一遍。幻想的な一夜の悲哀を描いた不思議な作品だった。

厭な物語 [文学]


厭な物語 (文春文庫)

厭な物語 (文春文庫)

  • 作者: アガサ クリスティー
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/02/08
  • メディア: 文庫



 外国の数ある短編小説の中から、「厭な話」というくくりで集められたアンソロジー短編集。陰惨でとても読んでいられないような話や、後味の悪い話ばかりが収められていて、読んでいてとても気が滅入ってくる本。でも、面白い。

 アガサ・クリスティーやローレンス・ブロックといったミステリー作家の横に、フランツ・カフカやオコーナーといった文豪が並んでいたりと、純文学作家、ミステリー作家、SF作家などのジャンルの垣根を越えて作品が収められている。どうしても普段は自分の好みのジャンルのものばかり読んでしまうので、こうしたアンソロジー形式で、いつもは読まないような作家のものに触れられるというのは新鮮だ。カフカやルヴェルの作品などは、今回実際に読んでみて面白かったので、他の作品も読んでみたくなった。

 全部で11作収められていて、中でもお気に入りは以下の4編。

「崖っぷち」アガサ・クリスティー 

 デイマーズ・エンドの村に住むクレア・ハリウェルは、幼馴染のジェラルドのことを愛していたが、ジェラルドはヴィヴィアンという別の女性と結婚してしまう。ある日、クレアは偶然にもヴィヴィアンが不貞を働いている事実を知ってしまい、その秘密をジェラルドに打ち明けるかどうか思い悩む。

 秘密を握ったクレアが、ヴィヴィアンに対する嫉妬や憎悪の念から、すべてを暴露してヴィヴィアンを破滅に追い込んでしまうのか? それとも、誘惑を抑えて良心に従ってそっとしておくのか? クレアの中の揺れ動く心理状態が描き出され、ぐいぐい読ませる人間ドラマだった。クリスティーは推理作家だけれども、人間心理を描くのも巧みで、こういう愛憎劇を書くのが上手な作家だったんだなあと再認識。本書の中でこれが一番面白かった。

「くじ」シャーリイ・ジャクスン

 伝統的に、とある「くじ引き」が行われる村を描いた恐怖譚。「厭な話」の代表格ともいえる話で、「くじ引き」をめぐる不条理な雰囲気がなんともいえずコワい。陰惨な話なのに、村人の様子はいたって淡々としていて、そのギャップがまた恐ろしかった。他の作家などにも影響を与えたのか、これと似たような話をときどき目にすることがある。

「言えないわけ」ローレンス・ブロック

 死刑囚とその死刑囚に殺害された女性の兄とが文通をはじめる。手紙をやり取りするうちに、思わぬ事態となり……。

 サスペンスもので、最後まで目が離せない内容。ああやっぱりというような予測のつく展開だったけれども、最後の最後の後味の悪さまでは予想できなかった。

「うしろをみるな」フレドリック・ブラウン

 偽札の原版作りを生業にする男のクライム・ノヴェル。この作品だけは、「厭な話」というよりも、普通にサスペンス小説として面白かった。ブラックな結末もしゃれていて楽しい。

 本書を通読して、ひとくちに「厭な話」といっても、様々なバリエーションがあることが分かって興味深かった。死に直面することのつらさだったり、人間の悪意の醜さを描いていたり、希望がかなわないことの哀しさだったり。話が面白いだけでなく、「人はどんなことに苦悩するんだろう?」ということについて、あれこれ考えさせられる深みのある本だった。

夜間飛行 [文学]


夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)




 航空事業の草創期の人々を描いた文学作品。

 当時、ブエノス・アイレスの飛行場に向けて、パタゴニア、チリ、パラグアイの3方面から郵便機が飛び、欧州行きの郵便物を空輸していた。それは真夜中にもわたる飛行で、夜間定期便の先駆けともいえるものだった。

 会社の全航空路にわたる責任を負うリヴィエールは、厳格な規則と秩序をもって配下の人員を律する人物。厳しい規律を与えることで、飛行場全体に緊張感をみなぎらせていた。ある夜、パタゴニアを飛ぶ一機の飛行機が荒れ狂う暴風雨に巻き込まれ、嵐の中をあてどなく漂流する事態となってしまう……。

 夜間飛行事業を進展させるという強い信念を持ったリヴィエール。夜間飛行の存続のためには、ときに飛行士たちの命さえも犠牲にせざるを得ない立場にもある。非常事態の中で彼は重要な選択を迫られることに。

 ここで描かれているのは、公共の利益と個人的幸福との軋轢。個人的幸福を犠牲にしてまでも人類のために永続的に救うべきものが存在するのだろうかという問いかけだった。

 短い話ながらも、人物の心理的葛藤が鋭く描き出されていて、人類の進展とは何かという普遍的な問題について考えさせられる。

 心理描写だけでなく、ファビアンという飛行士が暴風雨に巻き込まれる目を見張る場面もあった。突風が吹き荒れる嵐の描写には圧倒されるし、激しい風雨の中を飛行しているような臨場感を感じさせる。

 短い場面の積み重ねでテンポよく話が進む。飛行士の視点と地上の視点が切り替えられて、リヴィエールとファビアンの立場の違いが浮き彫りになって面白い。とくにファビアンが雲の上の静かな世界を飛行する場面はとても印象的だった。