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シリア難民 [国際]


シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問

シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問




 故郷のシリアを逃れ、難民になることを決意したハーシム一家。本書はその旅程をたどったルポタージュ。

 シリア難民の話題は、よくニュースにも出てくる。EUに難民が流入して、国際問題になっているという話もよく聞く。

 だから、ニュースだけ見てなんとなく分かったつもりになってしまうのだけれど、ニュースというのはあくまでも客観的に俯瞰した視点で報道されることが多い。シリアで何が起こっているのか、難民たちが何を考えているのかは、やはり当事者目線でないと見えてこない部分がある。

 本書はハーシム一家の視点を通して、シリア難民の姿を生々しく描いている。

 政府軍によって逮捕され、監禁され、ひどい拷問を受けるハーシム。政府軍と反政府勢力との激しい戦いがあって、毎日が死と隣り合わせ。こんなところにいたら未来はないし、子供たちが安全に暮らしていくことはできない。シリアの難民たちがなぜ自分たちの祖国を離れる気になるのかがまざまざと伝わってくる。

 シリアを離れてからも、決して安全な旅ではない。難民たちは途中で「運び屋」に誘拐されたり、暴行されたりすることもある。地中海を渡る船も危険なものだ。船倉にすし詰め状態で運ばれ、運悪く船が転覆してしまい、何百人と溺死することだってあるのだ。

 読んでいて、本当に地獄みたいな世界が広がっていた。同じ立場だったら、誰でも逃げたくなるのではないだろうか。

 全世界が難民の問題で沸いている。難民を受け入れるというのは、たしかにジレンマかもしれない。経済的な負担がかかるし、文化的衝突の問題も生まれている。けれども、本書のようなものを読むと、世界も日本も難民をもっと受け入れたほうがよいのではと感じざるを得なかった。
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ルポ難民追跡 [国際]


ルポ 難民追跡――バルカンルートを行く (岩波新書)

ルポ 難民追跡――バルカンルートを行く (岩波新書)




 アフガン人のアリ一家は、治安の安定しない母国アフガニスタンを逃れてイランに移住した。

 だが、イランでのアフガン人の待遇は理想的なものとはいえなかった。教育や医療サービスを受けることはできるが、就くことのできる職業は重労働などに限られていた。車や土地を所有することもできないし、居住区から無許可で出ることもできない。

 アフガンに帰ることを何度も考えたというアリ一家であったが、政府軍とタリバン、ISが三つどもえで戦っていて危険である。

 アフガンに帰ることもままならず、イランでの生活も苦しいアリ一家は、一路ドイツを目指すことを決意する。ドイツであれば、難民たちを暖かく迎え入れてくれるだろうという希望を抱いて。

 難民たちがドイツを目指すルートはバルカンルートと呼ばれている。トルコからギリシャに渡り、バルカン半島を北上するルートだ。ギリシャからはマケドニア、セルビア、クロアチア、オーストリアを経由してドイツに向かうことになる。

 本書はアリ一家が実際にバルカンルートを歩んで、ドイツに至るまでの道のりを同行取材した本である。難民の話はニュースなどでもよく話題になっているけれど、具体的にどうやって難民たちが生活をしているのかという詳細までは知らなかった。本書を読むと、難民たちの生身の旅程が伝わってきて、こんな風にして移動するのかというのが理解できる。

 母国に帰ることのできない難民を受け入れるのが人道上のあるべき姿だし、人口が増えることで経済が活性化する面もあるはずだ。多文化が入ってくることにも寛容であるべきだというのが、理想的な立場だろう。EUもそのような理想像を具現化したものだったはずである。

 だが、実際には欧州各地での難民に対する風当たりはかなり強いようだ。よそ者には入ってきてほしくないというのが本音なのだろう。ハンガリーなどは現実に難民流入を防ぐために、国境沿いに「越境防止フェンス」を建ててしまった。オーストリアでも「越境防止フェンス」の建設計画の話が出ているという。また、ドイツでさえも、難民審査の厳格化の動きがある。

 トランプ大統領もメキシコとの間に壁を作るという発言があったし、イギリスはEUを離脱するし、なんだか世界中が鎖国状態になってきたなあという感じ。

 じゃあ、日本はどうかというと、難民の受け入れ数は世界的に見てももともと極端に低い国なので、他国を非難できる立場にもないのであるが……。

 第二次大戦後、とくにヨーロッパは理想主義を掲げてきたのに、ズブズブと理想世界が崩壊しつつある。本書を読むと、そんな世界が激動しつつある兆候を見て取ることができて、非常に興味深かった。
タグ:坂口裕彦
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ぼくはアメリカを学んだ [国際]


ぼくはアメリカを学んだ (岩波ジュニア新書)

ぼくはアメリカを学んだ (岩波ジュニア新書)




 アメリカのニューメキシコ州に渡った日本人の若者が、先住民たちの中で暮らしながらアメリカ社会の現実を目の当たりにする――。先住民研究者のアメリカ滞在記。

 インディアンなどというと西部劇ではおなじみだけれど、現代ではどんな生活をしているのだろう? 先住民学という言葉に興味が惹かれて読み始めたのだが、本の内容は意外にもぶっ飛んでいた。

 まず、最初のほうは筆者が17歳のころにアジアを放浪した記録が描かれる。高校の生活になじめず、将来の展望もなく、自分の人生に切羽詰まった思いを持っていた筆者。ゼロから出発しようと思い立って、わずか6万円だけ持って神戸港から上海へと向かう。

 とにかく日本から離れたい――。そんな一心で西へ西へと進んでいく。もちろんお金もないので、安宿に泊まったり、ひたすら現地の人に助けられながらの旅程である。食事をごちそうになったり、ヒッチハイクで移動したり。中国からパキスタン、イラン、トルコ、ギリシアへと移動していく。

 両親にろくに行先も告げずに、わずか3万5000円だけ使って中国からヨーロッパの最西端リスボンまでたどり着いてしまったというから無茶苦茶である。旅行慣れしたバックパッカーでももう少しいろいろ準備するものなんじゃないか……。
 
 だけれども、筆者の無茶苦茶ぶりはこれで終わらない。東京に戻ったものの、日本での生活になじめない筆者は、今度はアメリカのワシントンに留学することを決意する。

 だが、アメリカに渡ったからといって、急に学業に専念できるものでもない。ワシントンでの生活にもうんざりした筆者は「ニュー」な雰囲気がありそうだということで、ニューメキシコに渡る。しかも、最も住んではいけない場所という噂のある「エスパニョーラ」に住み着くことになるのだ。

 そこはギャングと暴走族の町。筆者はそこで何度か殺されそうになったり、犯罪被害を受けたりと危険な目に何度も遭う。日本人として不当な差別も受けながらも、どうにかたくましく生きていく。

 エスパニョーラのあるニューメキシコ州北部は、もともと先住民の暮らしていた土地だったが、16世紀にスペイン人がやってきて侵略を始めた。今でも侵略者たちの末裔が暮らしていて、スパニッシュと呼ばれ、先住民との人種間対立を生んでいる。

 筆者はこうした環境の中で暮らすうちに、先住民たちと親しい間柄となっていく。そして、彼らの置かれている状況に目を向けるようになる。

 アメリカは差別社会と呼ばれるけれども、ここまで壮絶なものなのかと驚かされた。黒人差別という話はよく聞くけれども、先住民差別というのもかなり酷いもののようだ。先住民というだけで標的にされて、なぶり殺しの目に遭ったりする。そんな厳しい現実が描かれている。

 研究といっても外部から客観的な視点で研究するのではなくて、内側の社会に溶け込んでの研究である。常人にはとうてい真似のできることではないので、心底すごいと思えてくる本だった。

 とにかく読んでいくと、筆者があえて危ないほうに危ないほうに進んでいくので、ひやひやするような緊張感のある本である。こういうメンタルの強い人がいるのかと思って驚かされた。
タグ:鎌田遵
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トルコのもう一つの顔 [国際]


トルコのもう一つの顔 (中公新書)

トルコのもう一つの顔 (中公新書)




 トルコといえば観光地として有名なイスタンブールがあるし、地理的にもヨーロッパとアジアをつなぐ要所にあって、数々の歴史が刻まれた国でもある。親日国としても知られ、エルトゥール号の海難事故は映画にもなった。

 そんなトルコの知られざる一面を伝えているのが「トルコのもうひとつの顔」という本だ。

 筆者はトルコの人々と言語の魅力に取りつかれて、トルコ中を旅してまわる言語学者。観光地だけではなくて、辺境の地といえるような場所にまで足を運ぶ。それも資金もろくに持たず、なけなしの金をはたいて自転車を買っての貧乏旅行。好奇心の赴くまま、地の果てまで歩いていく姿には驚嘆させられた。

 行く先々で出会う人々も魅力的だ。貧乏旅行をしている筆者を見た人々が次々に食事を恵んでくれたり、宿の世話をしてくれたり。こんなに親切な人々がいるのかという、まるで天国のような場所にも思えてくる。

 だが、筆者が旅を続けていくうちに、徐々にトルコには知られざる側面があることが浮かび上がってくる。それは、クルド人等の少数民族の置かれている状況――。

 第一次大戦に敗れたトルコは、分割占領されていたが、その後ケマル・アタテュルクの反乱によって解放され、トルコ共和国が誕生する。西欧型の近代国家を目指していたが、少数民族に対しては強制トルコ化政策をとってきたらしい。筆者はトルコ中をめぐるうちに、こうした歴史的な背景を知るようになり、少数民族たちの置かれている状況を目の当たりにする。

 言語学者として少数民族の言語を研究し、習熟するようになった筆者であったが、あまりにも研究熱心すぎたのか、やがてトルコ政権からも目をつけられてしまう。当局が触れられたくない部分を知りすぎてしまったため、警察に詰問されたり、連行されてしまう事態にまで発展するのだ。

 最初はのんきな旅行記と思って読んでいくと、話がどんどん危険な方向に進んでいくので興味深い内容である。スパイ小説を読むかのようなスリルが味わえる本だ。トルコの裏事情が分かるのも面白いけれど、筆者自身の言語学者としての才気がありすぎて、世の中にはこんなすごい人がいるのかというところが一番面白いともいえる。

 本書を読んで、これまでトルコのことなど何も知らなかったんだなあと実感させられた。こんなに奥の深い旅行記はなかなかあったものではない。結構前に書かれた本ではあるので、最近ではどういうふうな状況になっているのかも気になった。
タグ:小島剛一
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生きるための選択 [国際]


生きるための選択 ―少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った

生きるための選択 ―少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った

  • 作者: パク・ヨンミ
  • 出版社/メーカー: 辰巳出版
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 単行本



 北朝鮮から中国に脱北した女性の手記。

 生まれ育った北朝鮮、脱北した先の中国、最後にたどりついた韓国と、3部に分かれて書かれている。脱北者というのはニュースなどではよく耳にするけれど、本書を読むと脱北者の置かれている状況が生々しく描かれており、こういう生活をしているのかというのが分かる。想像以上に壮絶なもので、衝撃的な本だった。

 冷戦のころは北朝鮮の生活も今とは違っていたらしい。ソ連や中国からの支援が続いていたので、配給制が維持され、飢えるようなこともなかった。自然と民衆も国家に依存心を抱くようになる。

 だが、冷戦が終わると事態は一変する。外国からの支援が乏しくなり、支援があったとしても軍に回されてしまう。計画経済が崩壊し、配給制度は維持できなくなった。民衆は主体的に活動せざるを得なくなり、誰もが商売を始めるようになり、闇市が拡大する。

 飢え死にする人々も多数出るようになり、国家に対する疑問を持つようなものも増えていく。中には北朝鮮を脱出しようという人々も。

 筆者もまた食べるものもなく生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされ、ついに脱北を決意する。国境警備員に賄賂を渡して国境を渡り、中国人のブローカーを頼って中国へ。

 だが、脱北したから理想的な生活が待っていたかといえばそうでもない。中国では脱北者は見つけ次第、国に強制送還することになっているので、脱北者は自由に行動することができない。脱北者は弱い立場につけこまれて、人身売買の対象になったり、ブローカーたちにレイプされたりする。筆者も生き残るために、ブローカーの愛人とならざるを得なくなったという。

 やはり当人の目から描かれた本というのは迫力がある。北朝鮮の生活の苦しさだったり、中国での壮絶の生活だったり、外から見ただけではわからないようなことが書かれている本だった。

 北朝鮮というと、外部から遮断されていて、外国からの情報がシャットアウトされているようなイメージもあったが、本書を読むと意外とそうでもない。インターネットなどは使えないけれど、闇市に行くとテレビや外国のDVDなどが売られていて、北朝鮮の子供たちも当局に見つからないようにハリウッド映画を見たり、スーパーマリオで遊んだりしているらしい。中国や韓国の番組がテレビで見られることもあるようだ。

 北朝鮮、中国、韓国と様々な世界を見聞きした筆者は、次々に苦難に遭遇しながらも壁を乗り越えていく。タイトルのとおり、生きるために様々な選択をし続けた人生といえるだろう。絶望的な状況に突き落とされても、何とか生き延びようと奮闘する姿は読んでいて勇気づけられるものがある。日本で飢えることもない生活を送っている自分の悩みなんて、ちっぽけなものかもしれないなあと気づかされた。
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中国私論 [国際]


橘玲の中国私論---世界投資見聞録

橘玲の中国私論---世界投資見聞録




 中国社会はどうして今のような姿になっているのか? 現在中国で起きている出来事の裏側を解説した本。

 不動産バブルとか、官僚の汚職とか、反日運動とか、シャドーバンキングとか、民主化できない現状とか、様々な出来事が起きている中国。あれよあれよという間にいろいろなことが進行していて、一体中国で何が起こっているのだろうと常々疑問に思っていた。

 隣の国なのによく分からないところも多い国。本書はそんな中国の現状について分かりやすく解説してくれている。

 公務員の給料が安いため、汚職に走らざるを得なくなっていること。地方政府が農村からタダ同然で不動産を手に入れて開発を行うことで、不動産マネーが生み出される錬金術。人口が多く流動性が高いために、日本のようにひとつの土地や会社に身を置くという価値観がないこと。民主化したくても絶対にできない理由がいくつもあることなど。
 
 読んでいてああそうだったのねと驚くことがたくさん書かれていて、目からうろことはこのこと。今まで疑問だったことが解消されてすっきりした。

 本書を読むと、中国の人たちが日本人とは全く異なる原理で動いていることが見えてくる。こういう原理で動いているから、日本人としばしば衝突するのかということが分かってよかった。

 価値観がちがうので変な国だなあとつい思ってしまうのだけれど、外から見たら日本も変なところはあるのだということも書かれている。他の国と見比べることによって、日本のあり方まで見えてくるところも面白かった。
タグ:橘玲
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本当の戦争の話をしよう [国際]


本当の戦争の話をしよう: 世界の「対立」を仕切る

本当の戦争の話をしよう: 世界の「対立」を仕切る




 世界各地の紛争現場で武装解除の任務にあたっていた伊勢崎賢治が語る国際紛争の実態。

 筆者は国際NGOの現地責任者として、シェラレオネ、東ティモール、アフガニスタンなど、各地の紛争地域に赴いたそうだ。対立するグループの武装解除の任務にあたったり、インドネシアから独立したばかりの東ティモールでは県知事となって、新たな国づくりにも参加したり。世界の戦争を間近に見てきたらしい。

 そんな「紛争屋」が高校生に、世界の紛争について語った講義が本書の元になっていて、普段めったに知ることのできない紛争のリアルに接することができる。

 国連憲章によると、紛争が起こっている地域がある場合に、国連は基本的に内政には干渉しないということが原則になっている。あくまでも当事国の自治にまかせるのが基本だ。だが、紛争がどんどんエスカレートしていって、内戦が激化したような場合には、国連も介入せざるを得なくなる。経済制裁を加えたり、さらに問題が紛糾している場合には軍事的措置を加えて鎮静化を図るのだ。

 だが、実際には第三者の介入というのはそんなに簡単に行くものでもない。お互いに憎しみ合って殺し合いをしている当事者同士をどうやって武装解除させるのか? 並々ならない努力が求められる。

 もちろん介入する方も紛争に巻き込まれるので、犠牲者も出てしまう。介入することで、かえって問題がこじれて、新たな火種が生まれてしまうことがある。ひどいときには、多国籍軍による人道的な介入と見せかけて、実は資源に関わる利権のための介入だったなどということもある。

 本書には、こうした国連による集団的安全保障についての様々な事例がふんだんに出てきて、世界の紛争がどのように国際的に対処されているのかが見えてくる内容だ。ルワンダ、東ティモール、アフガニスタン、ソマリア、リビア、シェアラレオネ、インドなど、世界各国の紛争地での経緯が具体的に書かれていて大変興味深い。

 「ブラックホーク・ダウン」という映画にもなったソマリアの内戦への介入が、実はアメリカの資源に関わる国益が動機になっていたなどということも書かれていて、本書を読むまで知らなかったので、ちょっと驚いた。こういう本を読むたびにアメリカのイメージが悪くなっていくなあ……。

 日本の安全保障の問題についても語られている。昨今話題になっている個別的自衛権や集団的自衛権、憲法の問題なども書かれていて、紛争屋からみた日本の自衛隊についての話も興味深かった。

 国際的な紛争の経緯などについて丁寧に説明しているし、紛争の現場ではどんな問題があるのかを知ることもできる。国際紛争が一筋縄ではいかないことが分かるいい本だった。
タグ:伊勢崎賢治
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雪男は向こうからやって来た [国際]


雪男は向こうからやって来た (集英社文庫)

雪男は向こうからやって来た (集英社文庫)




 雪男の伝説というのは世界中にある。たいていは二足歩行で、全身毛むくじゃらで、ゴリラみたいな形態がイメージとして伝わっている。ヒマラヤ山脈ではイエティと呼ばれているし、ロッキー山脈にはビッグフットの伝説がある。日本でも、中国山地にある比婆山のヒバゴンが有名だ。

 2008年ころに日本の登山家たちの一団が、雪男を探しにいこうという雪男捜索隊(イエティ・プロジェクト・ジャパン)というのを組んだらしい。本書は捜索隊に参加した筆者の探検記である。

 筆者はもともと新聞社の記者として地方支局で働いていたが、新聞社を辞めたのを機に捜索隊に参加することになったのだそう。

 ただし、科学的思考を重んじる筆者としては、最初は雪男の信憑性については懐疑的だったようだ。UFOだのUMAだの、そんなものはあるはずがない。もはや時代は21世紀、雪男などはファンタジーの産物にすぎない。そんなふうに考えていたそうだ。

 だが、登山家たちの話を聞くうちに、筆者の心はぐらついていく……。日本の登山界を代表するような名だたる冒険家・登山家たちが、雪男を見たという証言を続々とあげていたのだ。女性として初のエベレスト登頂に成功した田部井淳子、ヒマラヤの8000メートル峰六座に無酸素登頂を果たした小西浩文、マッターホルン北壁を日本人として初めて登った芳野満彦など、著名なクライマーたちが雪男の姿を目撃したというのだ。

 ひょっとしたら、雪男は本当に存在するのかもしれない……。筆者は、雪男捜索に俄然興味を持ち、困難な道のりに立ち向かう決意をする。目的地は、ネパールのダウラギリ山系。イエティの目撃情報が多数集められている山々だ。

 本書では、この探検の模様が詳細に描かれている。カトマンズから山に向かう道中の様子から書かれていて、ネパールってこんなところなのかという、旅行記として読んでも普通に面白い。登山の世界などあまりよく知らなかったので、キャンプを設営したり、ルートを工作したりといった登山家の日常が興味深かった。もちろん、テーマとなる雪男の話も謎めいていて、徐々に雪男に近づいていく感じがドキドキする。

 この本を読む前は、筆者と同じように、雪男などは単なる空想の産物だろうぐらいにしか考えていなかったのだが、読み進むにつれて、だんだんと本当に雪男はいるのかもしれないと思うようになってくるから不思議だ。日本の名登山家だけでなく、世界中から雪男の目撃例が集まっているらしくて、中には信憑性のある話もたくさんあるのだ。

 伝説にすぎないと思っていた雪男に実在感を与えてくれる不思議な一冊である。本書を読み終わる頃には、すっかり雪男に魅了されてしまったし、雪男の存在を信ずるようになってしまった。この世の中には、人知を超えたような不思議なことがまだまだあるのかもしれない……。
タグ:角幡唯介
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アメリカ素描 [国際]


アメリカ素描 (新潮文庫)

アメリカ素描 (新潮文庫)




 司馬遼太郎のアメリカ周遊記。

 司馬遼太郎が、サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアなどの各都市をまわり、アメリカについての印象を素描した本である。

 アメリカ素描といっても、司馬遼太郎だから、単なる観光日記では終わらない。幅広い歴史の知識と深い洞察力で、アメリカがどんな国なのか、アメリカ人がどんな人々なのか、アメリカの実体をつかみとろうとしている。アメリカではありふれた光景のように見えるものであっても、歴史的な意義があることがわかったり、アメリカ社会の現実を象徴していることが見えてきたり、こんなことが読み取れるのかという視野が広がる楽しさがある。

 筆者は、本書の中で、文明と文化ということを繰り返し述べている。文明というのは、誰もが参加できる、普遍的なもの、合理的なもの、機能的なもののことを指す。たとえば、赤と青の交通信号などは、合理的で機能的で世界共通の普遍的な文明である。これに対して、文化というのは、不合理なもので、特定の集団にのみ通用するものである。たとえば、年末に年越しそばをすするというようなことである。

 アメリカと日本とを比較したときに重要になるのが、この文明と文化ということになる。日本でもアイルランドでも韓国でも、世界のほとんどの国というのは、文化の累積が国という形になって、現れている。だが、アメリカというのは特殊な国で、あらゆる物事が機能的で合理的にできていて、どんな人種にでも共通するような普遍性をもった人工国家として形作られている。アメリカは移民が入ってきた当初から法秩序を重んじ、法律で州を作り、連合国家を作ってきた。また、様々な国の文化が寄り集まっているので、お互いの文化群がすれあって、普遍性がさらに重視されるようになったのだろう。

 筆者は、アメリカ各所をまわる中で、この文化と文明のちがいをあちこちに見出していく。アメリカ的な合理精神をそこかしこで観察して、人工国家とはどんなものかを発見する。普遍的な文明社会の中で、自分たちの文化の特殊性を守ろうとしている人々を見つけたりもする。場合によっては、何でも合理で考えることの危うさがみえたりもする。

 アメリカと日本にはいろいろな違いがあると思うけれど、その違いがどういうところから来るのか、歴史の長いスパンで見ることで初めてその源流が見えてくる面白さ。だいぶ前に書かれたものではあるが、現在でも、この本に書かれた視点は役に立ちそう。

 たしかに、誰にでもわかりやすくて、機能的でということで考えると、アメリカの物にはかなわんなあと思う。日本も近代国家の仲間入りを果たしたとはいっても、様々な独自の文化の上に成り立っていて、現在でもその文化が息づいている。不合理なところはあるにしても、それもまた日本のよさでもあるなあとしみじみ。アメリカと日本の違い、文明と文化のちがいについて様々に考えさせられる良書だった。
タグ:司馬遼太郎
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帰還兵はなぜ自殺するのか [国際]


帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)




 イラク戦争に従軍した帰還兵たちのPTSDや自殺の問題を扱った本。

 アメリカでは帰還兵の社会復帰の難しさと自殺の多発が社会問題になっているようで、イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」という映画でもイラク兵のPTSDが取り上げられていた。本書では、筆者は何人もの帰還兵を取材して、帰還後の生活を詳細に描いている。

 アメリカに帰還した彼らは、国の英雄である。本国帰還の際には、式典も開かれて、町中総出で歓迎される。家族たちは、無事に帰ってきたことを喜び、再び共に過ごすことに心躍らせる。

 だが、帰還兵たちは、新たな生活にうまく順応することができない。無性にイライラして怒りがこみ上げてくる。物忘れがひどくなる。睡眠障害がくり返される。大きな音がすると、爆音に聞こえてびっくりする。悪夢を見るようにもなる。戦場で救えずに死んでいった同志の夢。なんで助けることができなかったんだろうと罪の意識にさいなまれる。戦場で殺してしまった敵や幼い子供の記憶がよみがえる……。

 アメリカでは帰還兵の精神的な治療に当たる施設が用意されていて、彼らはセラピーを受けたり、グループセッションを受けたり、投薬治療を受けたりするが、改善は簡単には行かないらしい。前へ進もうとするが、なかなかうまくいかず、家族との関係もぎくしゃくし始める。中には妻や子供に暴力をふるうものも出てくる。耐え切れなくなって自殺してしまう者も……。

 何人かの帰還兵や家族たちのエピソードが並行して描かれていて、彼らの苦しみや感情が迫真的に伝わってくる。アメリカの帰還兵のおかれている状況を具体的に知ることができる内容だ。

 戦場がどんなところか、どんな体験をするのか、戦争に行った者にしか知りえない世界なんだろう。この本を読んだだけで、帰還兵の気持ちがなんでも分かるわけではないが、本書を読むと日本に住んでいて知りえないようなアメリカの現状を垣間見ることができる。

 戦争の苦しみというのは、戦場での命がけの世界だけではない。平穏な日常に戻ってからも続くのだということがはっきりとわかる本だった。
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モサド・ファイル [国際]


モサド・ファイル――イスラエル最強スパイ列伝 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

モサド・ファイル――イスラエル最強スパイ列伝 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)




 イスラエルの情報機関モサド、そのメンバーたちの数々の暗躍をまとめた本。

 テロリストの暗殺、シリア原子炉の破壊、国外からイスラエルへ移住するユダヤ人の保護、スパイを捕まえる作戦など、モサドの活動を幅広く網羅した内容で興味は尽きない。

 1章ごとに語られているテーマが変わるのだが、どの章をとってみてもまるまる1本のスパイ映画が作られそうな内容の濃さ。世界の裏側ではこんなにきな臭いことが次々に起こっているのかということが分かって、思わず圧倒されてしまう。

 とくに興味深かったのをいくつか挙げてみる。

 第2章「テヘランの葬儀」は対イラン作戦について書かれた章。2004年、パキスタンの核兵器計画の長であるカーン博士が、ひそかにその技術やウラン濃縮のための遠心分離機をイランに売ったことが判明する。この情報を受けて、モサドは数々の対イラン作戦を遂行。核開発に関わる科学者たちが次々に暗殺される事件が起こったり、イランの核関連施設が爆破されたり、サイバー攻撃の対象となったりした。モサドは対外情報機関といっても、情報を集めるだけでなくて、破壊活動や暗殺の連続で、ここまでやる組織なんだなということがわかる内容だ。

 第6章「アイヒマンを連れてこい!」はアドルフ・アイヒマン誘拐計画。アイヒマンは元ナチスのSS中佐で、大勢のユダヤ人虐殺に関わっていた人物。だが、戦争が終わると名前を変えてドイツ国外に逃れて、その行方をくらましてしまっていた。モサドはアイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているとの情報を得て、アイヒマン追跡に動く。直接アルゼンチン政府に訴えかけたのでは、アイヒマンに逃げられてしまう可能性もあるということで、隠密に拉致してイスラエルに連れていく計画だ。監視活動であったり、変装しての脱出だったり、スパイ小説を地で行くようなエピソードが満載で、現実の諜報活動の何たるかが見えてきて興味深かった。

 第17章「アンマンの大失態」はモサドの失敗談が描かれている。ヨルダン国内にいるハマスのメンバーを暗殺する計画がもちあがり、綿密な計画が練り上げられる。だが、不測の事態が持ち上がり、暗殺計画は思わぬ方向にそれていってしまい、モサドは大失態を演じることに……。

 第21章「シバの女王の国から」はエチオピアの大勢のユダヤ人たちをイスラエルに移住させる大計画。国外移住が禁じられた国からどうやって大勢の人間を移住させるのか、その脱出計画が機知に富んでいて面白い。本書に書かれているのはほとんど暗殺とか破壊活動とかであるが、この章だけは人を殺さない作戦というのも珍しかった。

 この本を読むと、中東というのは本当に戦争の火種が絶えないところなんだなあということが見えてくるし、イスラエルが周辺各国にスパイ網を隅々まで広げていることも知ることができる。複雑な国際社会の一端を、イスラエルの視点から垣間見ることのできる興味深い一冊だった。
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イスラム国 [国際]


イスラム国 テロリストが国家をつくる時

イスラム国 テロリストが国家をつくる時

  • 作者: ロレッタ ナポリオーニ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/01/07
  • メディア: 単行本



 国際ニュースなどで、イスラム国がよく話題に上るけれど、そもそもイスラム国という組織はどのような形で始まったのだろう? どんな内部組織になっているのだろう? 目標はどこにあるのだろう? 基本的なことがよく分かっていなかったので、勉強のために読んでみたのがこの本、「イスラム国 テロリストが国家をつくる時」である。

 筆者によると、そもそもイスラム国を建国しようと考えたのは、アル・バクダディという人物だそうだ。

 イラクの古都サマラで生まれ、バグダッド大学でイスラム神学の学位も持つカリフ、アル・バクダディ。彼は、シリア内戦の混乱の中で頭角を現し、「イスラム国」組織を作り上げ始める。その目的は、カリフ制国家の再興による政治的な解放。ユダヤ人が世界に散らばるユダヤ人のためにイスラエルを建国したのと同じように、スンニ派のすべての人々のために、独立したイスラム国家をつくること。

 今までも様々なテロ組織が生まれたけれども、イスラム国は普通のテロ組織とその組織運営の巧妙さで圧倒的に異なっているという。詳細な決算報告書を作るなど、財務管理が際立っているし、油田や発電所を制圧したり、支配地域の商品に課税したりして、収入も潤沢だ。現代のテクノロジーとソーシャルメディアを巧みに駆使して、高度な宣伝活動も行っている。

 イスラム国というと、過激な行為が有名で、敵を惨殺したり、女性を略奪したり、米国人ジャーナリスト斬首映像をネット上に流したりしているのだが、そうした過激な言動とは別の側面も存在しているらしい。

 恐怖や力だけで人々を支配するのは、短期的には可能かもしれないが、長い目で見て国家として運営していくのは難しい。地元住民の承認を得る必要もある。だから、イスラム国は地元住民のために道路を補修し、食料配給所を設置し、電力の供給を確保し、予防接種まで行ったりもする。住民への手厚いサービスを行って、その支持を得ながら国家としての形を整えようとしているようなのだ。

 ニュースなどではイスラム国は過激集団と呼ばれることがあるけれど、本書を読むと、これまで出てきたようなテロ組織とはかなり性格が違うことが見えてくる。ローマ建国の時のように、本気になって国家作りに取り組んでいることが感じられ、実際にある程度形になり始めているというから驚きだ。

 相変わらず過激な言動を繰り返しているから、国際社会にとっては恐怖そのもので、頭の痛い存在なんだろうけれど、もともとイスラム国が力をつけたのも、中東での各国の代理戦争に乗じたのがきっかけ。

 中東ではアメリカ、ロシア、中国、周辺各国などの思惑が入り乱れていて、敵味方がころころ入れ替わり、冷戦時の様な単純な二極構造ではなく複雑な多極構造にあった。各国はスポンサーとして武装勢力に支援をして代理戦争を行っていたが、イスラム国はこうしたスポンサーによる資金援助を利用して力を蓄えてきたという。国際社会がせっせと武力勢力に資援をして代理戦争を行ったら、今度はその武装勢力が大きくなりすぎてスポンサーの脅威になってしまったというのだから、皮肉な話である。

 イスラム国について、分かりやすくまとめられていてかなり読み応えのある一冊。その成り立ちの経緯、組織運営のやり方、方向性など丁寧に書かれていて興味深い。様々な側面から見たイスラム国の実態を知ることができる新鮮な内容だった。
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日本人の知らない「クレムリン・メソッド」 世界を動かす11の原理 [国際]


日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理

日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理

  • 作者: 北野 幸伯
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2014/12/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 アメリカ中国、ロシアといった世界の支配的な国家は、どのような原理で動いているのか? 国際情勢はどのような仕組みで動いているのか? 11の原理でひもときながら、世界の大局を読み解くための方法を教えてくれる本。

 世界の大局は「主役」「ライバル」「準主役」で見る。世界の歴史は覇権争いの繰り返しである。世界の紛争というのは「金儲け」「安全の確保」「エネルギー」「基軸通貨」をめぐる争いである。「思想」「主義」「感情」といった色眼鏡を外して「事実」を見る。世界の情報はあまねく操作されている。戦争は「情報戦」「経済戦」「実戦」の3つである。などなど、世界をクリアに読み解くためのヒントをたくさん教えてくれる本で、非常に面白い。読み終えた後に、世界観が変わってしまうような刺激的な内容だ。

 リーマンショックを発端として世界経済が悪化。アメリカの一極支配が終焉して、多極的な世界が到来してきた。中国の台頭があったり、ロシアや中東の動きであったり、現在、世界の覇権をめぐって混沌とした様相が見え始めている。ニュースを見ていても、なんであちこちで紛争が起こっているのか、ときどき何が何だかわからなくなってくる。本書を読むと、そんな紛糾した世界を解きほぐしてくれていて、世界の状況を読み解く方法が見えてくる。

 筆者によると、現在の覇権争いというのは、百年戦争や英蘭戦争、第一次大戦のころとはちがっているそうだ。現在の覇権争いは、昔と違って大国同士が直接戦うわけじゃない。核兵器の時代に、直接戦争など行ってしまえば、世界は核によって滅んでしまうだろう。直接対決は避けて、代理戦争として周辺諸国を巻き込む形で行われるようになっているのだ。

 イラクやイラン、シリア、ウクライナ、リビア、グルジアなどなど、世界各国で起きている紛争というのは、まさにこうした代理戦争のあらわれなのだという。単なる一地域の紛争に見えるけれど、実は背後に大国同士の大きな戦いがあるのだと。

 大国は紛争に関わることについて、建前では、きれいなことを並べるものだ。独裁者の横暴を倒すとか、民主主義への侵害をくいとめるとか……。だが、その本音は石油やガスの利権を目的とした争いであり、基軸通貨を巡る攻防であり、地政学的な要所確保のための戦いだったりする。

 大国は国益を得るため、ライバルを脅かすために、あの手この手の手段に訴えかける。ときにはライバル国の周辺国に働きかけて、反乱分子を支援したり、傀儡政権を樹立したりすることさえ辞さない。結果的に、小国は大国の思惑に翻弄されて、紛争が広がってしまっているともいえるかもしれない。

 本書を読んで、大国同士がどんな思惑を持っているのか、大国同士の争いが代理戦争になって、世界を紛争の渦に巻き込んでいる様子が見えてきて興味深かった。普段目にする国際ニュースの内容がひとつながりにつながって見える面白さ。国際情勢の読み解き方という方法論の本でもあるので、自分自身でこれから国際ニュースを見るときのポイントも分かって、かなり実用的な本だった。
タグ:北野幸伯
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沈みゆく大国アメリカ [国際]


沈みゆく大国アメリカ (集英社新書)

沈みゆく大国アメリカ (集英社新書)




 ジャーナリストの堤未果が、医療崩壊によって苦悩するアメリカの現状をレポートした本。

 バラク・オバマが大統領に就任して、公約であった医療保険制度改革が行われ、全国民の保険加入義務化を定めた「オバマケア」が実現した。アメリカには国民皆保険制度がなかったため、高額の医療費を負担するには民間の医療保険に加入しなければならず、民間保険に加入していないと適切な医療を受けられないことがあり、問題になっていた。

 共和党の反対を押し切って、オバマ大統領が医療制度を改革すると、これを待ち望んだ人々は歓喜し、これで誰もが安心して安価な医療サービスを受けられると、ほっと一息ついた。だが、その喜びは長くは続かなかった。オバマケアには多くの問題が潜んでいることがだんだん分かってきたのだ……。

 ニュースでオバマケアの話を聞いたときには、これでアメリカも日本の国民皆保険制度と同じようなシステムになるんだなあと思っていたが、本書を読んだら、実際にはオバマケアは日本の国民健康保険制度とはかなりちがうシステムになってしまっているらしいのである。

 日本で採用されている制度というのは、患者が民間の保険会社を介さずに直接公的機関に保険料を支払い、政府が一括して価格交渉するというもの。政府が介入することで薬代や医療費が高騰することが抑制され、患者は所得に応じて医療費を負担すればよくなる。

 他方で、オバマケアというのは民間の保険と公的保険が両立した制度になっていて、公的機関が一括して保険を扱うという形になっておらず、政府が価格交渉権を持っているわけではない。医療費設定のシステムは変わらず、医療費高騰には歯止めがかからなくなり、患者の医療費負担も高額なものになってしまう。

 本書には、オバマケア実施後のアメリカで、医療費の負担に苦しむ人々の生の声が次々に出てくる。HIV陽性反応が出たのに保険加入を拒否された若者、高収入のエリート金融マンでさえ高額すぎる医療費が支払えない現実、保険に加入しても医者に診てもらえない悲劇などなど、アメリカは今こんなひどいことになっているのかという厳しい現実を見せつけられる内容。

 保険会社や製薬会社などの企業群による影響は非常に大きく、政治への影響力も強く、日本的な単一支払医療制度の案は法案段階で骨抜きにされてしまったらしい。アメリカ型の市場主義の医療分野への影響が見えてくる。

 こういう本を読むと、アメリカのシステムに比べて日本の患者は恵まれているなあと思ってしまうのだが、他人事ではなくて、アメリカの保険・製薬業界から見れば日本の医療というのはおいしい市場でもある。日本でも少しずつアメリカ型の医療システムを取り入れていく動きも出ているそうだ。

 何でもかんでも市場開放すればいいというものではなくて、医療などは市場原理に向かない分野なんじゃないか。本書を読んで、今後の政治の動向が非常に気になってしまった。
タグ:堤未果
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チャイナ・セブン [国際]


チャイナ・セブン 紅い皇帝 習近平

チャイナ・セブン 紅い皇帝 習近平




 中国共産党中央総書記である習近平の半生と、現在の中国が何を狙いとしているのかを解説した本。

 1978年、文化大革命による経済的な打撃から脱却するため、当時の中国のトップであった鄧小平は改革解放路線を打ちたてた。「先に富める者から先に富め」という先富論を唱え、金儲けを推進するよう人々を駆り立てたのだ。そのあとを継いだ江沢民も鄧小平の路線を引き継ぎ、経済の成長に重きを置いた。

 この改革開放路線の結果、中国経済は著しい成長を見せるが、同時に貧富の差も拡大。富の一極集中が生まれ、党幹部が利益集団と化し、腐敗が生じるようにもなってしまった。これは中国の本来の社会主義に反するものといえる。

 習近平が中国のトップとなると、いやがおうにも、こうした問題に直面せざるをえなくなる。利益集団や腐敗を切り崩して、「先に富んだものがまだ富んでいないものを牽引して、共に富む」という共富論を実践することが必要となってきた。

 政治体制を改革して民主化すれば、三権分立によって腐敗が防げるかもしれないが、共産党の一党独裁体制を崩壊させるわけには行かない。共産党の支配を保ったままで、問題を解決しなければならない。習近平体制に課せられた難問である。

 本書は、こうした難問に直面した習近平がどのような政策をとろうとしているのか、その政策が日本とどのように関わってくるのかについて、丁寧に解説している。普段ニュースで目にするような中国の問題が、中国の目線からひとつながりに見えてくるような内容だ。

 日本の視点から見ると、中国の脅威ばかりに目が行きがちだが、本書を読むと中国には中国で様々な苦悩を抱えていることが分かる。民衆の暴動による一党独裁への脅威、格差問題、環境悪化、政治の腐敗など、実は危ういバランスの上に成り立っていることが書かれている。

 また、習近平の政策について語るにあたって、その人生の山あり谷ありが丁寧に描き出されているところも読み応えがあって、面白かった。波乱万丈の生き方をしていて、一代記として読んでも興味深い内容。中国の上層部の中も様々な陰謀が渦まいていて、随分ドロドロとした争いがあるもんだと驚いた。

 下手に主義主張を通そうとすると、いつ足を引っ張られるか分からない世界にあって、習近平はできるだけ穏便に立ち回って、周りに嫌われない「いいひと」を目指していたタイプだったというところも読んでいて面白かった。中国のトップにもいろいろなタイプがあるらしいのである。

 中国の政策について鋭い分析がなされているし、習近平の人となりも分かって、かなり勉強になる本。やや脱線気味に話が進んで、中国を取材したときの筆者自身の体験談なども出てくるのだが、こういう脱線話もめっぽう面白くてためになった。
タグ:遠藤誉
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〈中東〉の考え方 [国際]


<中東>の考え方 (講談社現代新書)

<中東>の考え方 (講談社現代新書)




 パレスチナ問題やイスラム国など、中東情勢がニュースになることが多いけれども、中東で紛争が絶えないのはどういうわけなんだろう?

 本書は、主に18世紀以降の時代に焦点を当てて、中東の国々が現状に至ったルーツをたどった一冊。歴史的経緯を見ていくうちに、複雑な中東情勢が明らかになっていくという寸法だ。

 大きく分けて、4つのパートに分かれていて、①大英帝国の植民地主義が与えた影響、②パレスチナ問題、③冷戦の影響、④イスラム主義の台頭とイランという形で解説されている。

 本書を読むと、中東問題が生じたきっかけには、大国間の戦いがあることが見えてくる。

 18世紀、中小の部族が抗争を繰り広げていたアラビア半島。そこに世界の覇権を争っていたイギリスドイツが現れて、アジア進出に至る要所として中東にも触手を伸ばしてきた。大国同士が争いを繰り広げるなかで、アラビア半島の部族たちは、圧倒的な力を持つ大国と手を組むことによって、諸部族の中でも抜きんでた存在になっていく。たまたま地政学的に重要な拠点にいたことで、部族としての繁栄を約束されるようになったのだ。

 しかし、第一次世界大戦後、イギリスはアラブの独立を約束したはずが、アラブ人の住む領域をシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、イラクなどと人工的な国分けを行い、英仏の支配下に置いてしまう。こうした戦後処理が、のちの紛争の火種となっていく……。

 冷戦時代もそう。アメリカとソ連が世界を二分し争っていたが、中東の国々もその抗争に巻き込まれ、アメリカにつくのかソ連につくのかという選択を迫られる。代理戦争が各地で生じたが、冷戦が終わって大国が撤退したあとの中東の国々では、内部抗争が生じ、社会は疲弊するようになる。

 大国の思惑をしたたかに利用して繁栄を極めていくアラブの国々。と同時に、大国間の抗争に巻き込まれて壊滅的被害をこうむることも。良くも悪くも、中東情勢というのは、外国勢力の争いと密接に関わっていることがよく分かる内容だ。

 イギリスとドイツが戦い、アメリカとソ連が戦い、今度はアメリカが一国集中で覇権を握るようになった。それぞれの時代の潮流の中で、中東の国々が流れに乗ろうとする大きなうねりが見えてきて、非常に興味深い内容。アメリカも徐々に力を失い、凋落しているようなところがあるけれども、中東の国々は今後どんな動きを見せるのか? これから中東情勢を見ていく前提となることがたくさん書かれていて、大いに参考になった。
タグ:酒井啓子
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新聞では書かない、ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由 [国際]





 1974年のビルマ式社会主義と呼ばれた時代から、事実上の鎖国政策をとっていたミャンマー。長期の独裁政治が続いていたが、2011年になってテインセイン大統領が就任すると、突如、民主政治への転換を宣言。これまで軍に支配されていた資源や市場が民間に開放されるようになり、諸外国からの注目が一気に高まっている。

 本書は、そんなミャンマーに民主化前から滞在し続け、独自にビジネスを展開しようと努力をし続けてきた筆者が、ミャンマーの変化する姿を描いたもの。現地に対する愛着があるからこそ書けるような、具体的な話が満載。民主化政策の実情から、新たなビジネスの展開、アウンサンスーチー氏への人々の期待と現実、ミャンマーの人々の文化や習俗などなど、現在のミャンマーを大まかに見わたすことができる内容になっている。

 民主化によって市場が開放されるようになると、ミャンマーはビジネス上ふたつの観点から注目を集めることとなったとのこと。

 ひとつは、安価な労働力が手に入ること。ミャンマーに工場を新設して、中国に代わる豊富な労働力を活用しようという企業が増えているという。

 もうひとつは、市場としての価値。農業や鉱業、各種産業が一気に成長することが見込まれ、経済活動が活発になっていくことは目に見えている。世界中の企業がこぞって、ミャンマーに進出しようと競争しているという。

 本書を読むと、軍事独裁政権が突然民主化されると、こんなことになるのかということが見えてきて、非常に興味深い。インフラも、金融も、文化も、何もかもがこれから急激に整備されていくのだ。外から急激にいろいろなものが流れ込んでいくうねりのようなものが感じられる。

 投資家のジム・ロジャースは、今後10年で最も有望な投資対象国は、ミャンマーと北朝鮮と述べているそうだ。周囲から煙たがられているような北朝鮮なども、もし将来ミャンマーのように開放路線で進めば、案外、有望なビジネス市場に変貌するのかもしれない。

 ミャンマーの現状を俯瞰しながら、政治の仕組みの変化が世界にどのような変化をもたらすのかを知ることができて、非常に勉強になる一冊だった。
タグ:松下英樹
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わたしはマララ [国際]


わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女

わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女




 2012年10月、パキスタンのスワート渓谷で、15歳の少女マララ・ユスフザイは学校から帰宅するためスクールバスに乗っていたところ、バスに近づいてきたタリバンの男に銃撃されてしまう。左側頭部を撃たれて意識不明の重態となったが、どうにか奇跡的に命を取りとめることができた――。重傷の身から回復したマララは、その後、国連本部でスピーチを行うことになる。子どもと女性の権利と教育の大切さをうたったその演説は、世界中に影響を与えることになった。

 本書は、タリバンの銃撃を受けた少女、マララの手による手記。まだ若いというのに自伝とはどういうことかと思ったが、読んでみたら、15年の歳月が実に波乱に満ちたものになっていて、なるほど大いに引き込まれる内容だった。

 学校を経営する父親のもとで生まれたマララは、勉強が得意で学校に通うことが大好きな少女。アメリカドラマ映画が大好きという、自由な環境のもとで育った。だが、パキスタンの政情不安がやがてスワートにも及ぶようになると、マララの人生は一変してしまう……。

 パキスタンといえば、アフガニスタンと国境を接する国。911テロの首謀者ウサマ・ビンラディンを捕えるため、当時、アメリカ軍が、このアフガニスタンを攻撃していた。だが、空爆を逃れたアルカイダのメンバーが、パキスタンに隠れ住むようになったという話が出てくると、今度はアメリカ軍は、無人機を使ってパキスタンの一部に空爆を加えるようになる。この攻撃で、アルカイダだけでなく多数の民間人が犠牲となって、大勢の死者が出ることとなってしまった。

 これに対して、武装勢力は復讐を宣言する。アメリカやアメリカに協力するパキスタン政府を敵対視して、武力衝突に及んだり、自爆テロなどを行ったりするようになった。

 タリバンと呼ばれる勢力も現れた。厳格な規律を人々に求め、映画・テレビダンス・歌などの娯楽は禁じられるようになる。女性の生活にも様々な制約が加えられるようになったそう。タリバンは、政府軍としばしば激しい戦闘行為を繰り広げ、パキスタン国内はあっという間に大混乱に陥る。マララの住むスワートにもタリバンの影響力は及び、今までの環境はがらりと変わってしまったのだった。

 マララは学校に通っていた幼い少女だったが、国内の政情不安に否応なしに巻き込まれていく。その半生を振り返るうちに、パキスタンの政治情勢が見えてくる。

 本書はマララが社会に立ち向かっていく話でもある。マララは幼いながらも、国家の行く末を憂い、何か社会に訴えかける手段はないかと考える。そして、ジャーナリストのインタビューに答えるようになったり、自らブログなどで情報発信をしていくようになる。国の現状や教育の大切さについて、切々と訴えていく。その思いはやがて世界中に広まり、小さなマザーテレサのように受け入れられるようにもなる。

 とくに自らの信念を熱く語るマララの国連スピーチはとても力強く、小さな少女のものとは思えないほど迫力があった。

 幼いマララの活躍を描いた自伝であるが、パキスタン周辺をめぐる国際情勢も分かってたいへん勉強になる本。武装勢力の行動も激しいけれど、タリバンが生まれたのももとをたどればアメリカとソ連の冷戦構造にあったといえる。列強の介入が尾を引いて、政情不安が続いているのであって、罪深いことするよなあと思った。

 イスラム教徒の生活についても詳しく書かれていて、イスラム教徒といってもたくさんの宗派があって、各宗派によってだいぶ規律に違いがあるというところも興味深かった。
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知の武装 [国際]


知の武装: 救国のインテリジェンス (新潮新書 551)

知の武装: 救国のインテリジェンス (新潮新書 551)




 膨大な情報の海の中から重要な情報を選び出し、そこにはどんな意味があるのかを精緻に分析する。それが、インテリジェンスの世界。

 単に珍しい情報を入手するというだけではなくて、新聞テレビ・ネットといった公開情報からであっても、深く読み込んだり、情報を組み合わせたりすることで、新たな意味を浮かび上がらせてしまう。ありふれた情報に隠された意味を解読するプロフェッショナル。

 そんなインテリジェンスの世界に身を置いている2人、外交ジャーナリストの手嶋龍一と元外務省主任分析官の佐藤優が対談。インテリジェンスの世界を語り合ったのが、本書「知の武装」である。

 オリンピック開催、尖閣問題、スノーデン事件、TPP、北朝鮮などの時事問題を題材に、ニュースの裏に隠された意味をあぶりだしてゆく。インテリジェンスの視点から見ると、普段耳にする出来事も、マスメディアでの一般的な解説とは全く違った見かたがあることが見えてきて面白い。

 冒頭から、オリンピックというのはスポーツの祭典というだけでなく、政治的な意味合いも大きいという話が出てくる。オリンピックを成功させるためには、是が非でも地域紛争は避ける必要がある。平和の祭典というのは、象徴的な意味合いだけでなく、実際にもそのような意味がありうることが分かって、なるほどと思った。

 アメリカの権威が徐々に揺らいでいるという指摘も興味深かった。シリア問題にアメリカが右往左往するうちに、その様子を見た各国がアメリカに反旗を翻しつつある。世界情勢が徐々に不安定化しているのかもしれないそうだ。
 
 途中、北朝鮮の写真が出てきて、2人が写真から情報を読み取るくだりにもひきつけられた。普通なら見過ごしてしまうような些細な点から、重要な意味を引き出してしまうのには驚く。外交分野でのシャーロック・ホームズの手腕を見たような感じ。まさに、ありふれた情報からでも意味を引き出してしまうという、インテリジェンスのお手本といえるだろう。

 普段ニュースなどで耳にする出来事の断片が、つながっていくようで、読んでいてああそうかと腑に落ちるところがたくさんあった。膨大な知識と深みのある分析には、圧倒されてしまう。インテリジェンスの世界について知ることができるとともに、ニュースの裏側を垣間見ることもできて、かなり勉強になる一冊だった。
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テレビに映る中国の97%は嘘である [国際]





 テレビ東京のプロデューサーで特派員でもある筆者が描き出す中国の今――。

 筆者はテレビ東京「ガイアの夜明け」のプロデューサー。2008年からは、北京支局特派員として中国でニュースを取材し続け、その取材結果は同局の「ワールドビジネスサテライト」という番組でも用いられている。

 そんな筆者が本書の中で書いているのは、取材活動の中で見聞きした中国社会の真実。反日デモ、格差問題、ワイロ社会、毒入りギョーザ、チベットや北朝鮮との関係などを題材に、テレビでは放送しきれなかった中国社会の現状や取材の舞台裏を明かしている。

 タイトルはやや大げさかなと思ったけれど、確かに読んでいて、今まで知らなかった話がたくさん出てきたし、現地にいなければ伝わってこない中国の人々の生の声が聞こえてきて興味深い内容である。

 反日運動もお祭り騒ぎのようなところがあって、実はデモに集まっている人々の多くが野次馬であるという話や、尖閣問題には中国自身も触れたがらない面もあるという話、経済格差が激しく、生まれた地域によって収入が決まってしまうという話、人身売買が横行しているという話など、特に興味深かった。

 なにより、取材活動の裏側が垣間見えるところが一番面白い。中国では情報統制が厳しく、外国人の取材陣も監視の対象になっている。人権や格差問題、共産党の暗部、軍事施設などの繊細なテーマに触れようとすると、あっさり身柄を拘束されてしまう。電話を盗聴されたり、尾行されたりということもしょっちゅうあるんだそうだ。

 こうした厳しい監視の目をくぐり抜けて、特ダネを見つけようとする取材陣たち。まさに記者根性を見ているようで、その取材にかける熱意には脱帽した。

 中国の人々はこんなことを考えているのかというのが見えてきて、中国が身近に感じられてくる本。経済成長著しい中国とはいえ、まだまだ問題を多く抱えているんだなあと、いろいろ分かってためになった。
タグ:小林史憲
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自滅する中国 [国際]


自滅する中国

自滅する中国

  • 作者: エドワード・ルトワック
  • 出版社/メーカー: 芙蓉書房出版
  • 発売日: 2013/07/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 経済的な成長の著しい中国、軍事力も増強させつつあり、世界からは脅威と見られ始めるようにもなっている。これから中国はどのような方向に進んでいくのだろうか? 日本を含めた周囲の国々にはどのような影響があるのだろう? そして、超大国アメリカの反応は? 

 本書は、中国とその周辺国をめぐる現在の国際情勢について、アメリカの国防アドバイザーとして国防省やワシントンで働いてきた筆者が分析した本。中国の政治システム、歴史、地理的要素、思想などをふまえながら、中国が今後取りうる戦略と、これに対する各国の戦略について鋭く掘り下げている。

 尖閣諸島や歴史問題などをめぐって、日本と中国は衝突をくりかえしていて、連日のようにそのギスギスとした関係が報じられている。だから、中国がどんなことを考えているのかは非常に気になるわけだが、本書を読むと中国の独自の思想が見えてきて面白い。ニュースで報じられるような中国の行動の動機がクリアに見えてくるような内容になっている。

 たとえば、中国共産党が民主的な面での正当性を持たないため、民衆の暴動に脅かされ続けていること。中国の指導者たちは自国の軍隊を掌握しきれておらず、内部で様々な衝突が起こっていること。外国との間には対等な関係ではなく、不平等な関係を前提とした「天下」という伝統的な価値観が存在することなど、中国が抱え込んでいる独自の政治問題が具体的な事例とともに紹介されている。結果的にこれらの要因が対外的な高圧的な態度だったり、国内問題への過度な弾圧へとつながっていき、ニュースで報じられるような出来事が引き起こされるのだ。

 中国の経済、軍事、外交上の影響力はますます強くなっているようにも見えるけれども、筆者によると、この3つの力はお互いに矛盾したところがあるため、すべてを同時に成長させることは困難であるという。たとえば、中国が軍事的な力を強めようとして、軍備を増強したり他国に圧力をかけようとしても、周辺国は警戒の度合いを強めてしまい、周辺国同士がお互いに連携を取って抵抗するようになってしまう。その結果、外交上の影響力は減少するようになり、ときには経済的な制裁としてはねかえってきてしまう。

 実際に、中国は海洋利権や領土をめぐって周辺に圧力を強めているが、フィリピン、インド、日本、オーストラリア、ベトナム、アメリカなどはこれに抵抗し、それぞれ対中国という意味で様々な形でつながりあうようになり、中国に対抗する力を増加させようとしはじめている。

 中国の戦略と周辺国家の対応策。その論理と実際に動き始めている国家間の情勢が、豊富な事例をもとに描き出されていて、中国をめぐって世界が動き出していることが分かって非常に興味深い。これからも日本と中国との間には様々な衝突が起こるだろうけれども、本書を読んで中国の行動の背景には独自の要因があることが分かって、これからニュースを見るときに新たな視点から見ることができそうだ。影響を増しつつある中国と勢いを失いつつあるアメリカ。2大大国の間でゆれる日本の今後を考える上で、実に参考になる本だった。

プーチン最強講義 [国際]





 もし、ロシアのプーチンが日本の総理大臣のアドバイザーだったら、今の日本に対してどんな助言をすることだろう?

 アメリカ幕府の天領ともいえる日本。だが、アメリカの覇権も衰退し始めていて、今度は隣の中国が新たに勢いを見せ続けている。おまけに、中国は領土問題などをめぐって日本とたびたび衝突していて、圧力を強めてもいる。

 日本はこのままアメリカの天領でいつづけるべきなのか? それとも、新たな超大国中国の属国となるべきなのか? はたまた、真の自立国家を目指すべきなのか?

 そもそも国家の自立とはどうやって成し遂げていくべきものなのだろう? 

 本書に出てくる日本の矢部総理は、こうした疑問を抱え込んだまま、プーチンにところに相談に行く。なにせ、ソ連が崩壊した後の新生ロシアは、欧米の支援なしには存在できない国家だった。「属国化」が進んでいたにもかかわらず、プーチンが登場したあと急成長をはじめ、国際社会の中でも強力な地位を築き、ついに自立を成し遂げてしまったのだから。プーチンほど自立を語るにふさわしい人物はいるまいというわけ。

 プーチンからのアドバイスという形で、国家の自立について書かれていて、経済、エネルギー、食糧、軍事、精神という5つの観点から国家の自立について論じられる。矢部総理とプーチンの掛け合いは、ユーモアあふれるパロディという感じであるが、書かれている内容は非常に内容の濃いもので、深い歴史の掘り下げや各国の思惑、経済予測を踏まえた、鋭い分析がなされている。

 とくに、第二次世界大戦で日本が負けた理由として、第一次大戦後の日英同盟破棄にまでさかのぼり、日本が世界から孤立してしまったことを指摘しているところは、なるほどという感じで歴史を掘り下げていく面白さがある。

 また、エネルギー問題に関しても、原発の危険性と経済的合理性との二項対立のように語られがちだけれども、実はそんなに単純なものではなくて、安全保障の観点からみればエネルギー自給率を見る必要があるということも書かれている。資源の輸入にばかり依存するのではなく、メタンハイドレードの採掘や藻油を利用したバイオ燃料の開発、再生可能エネルギーを組み合わせて、自給率を上げていくことが、外国に依存しすぎないためには必要であるという。

 食糧にしてもエネルギーにしても、たしかに外国に依存しすぎていたら、輸出制限のようなことをされてしまった場合に大混乱になるし、言いたいことも言いづらなるので、外国依存度を少しずつ下げていくことはたしかに大事だなあと思った。

 外交問題、アベノミクス経済、TPP、エネルギー問題、憲法改正など、現在政治をにぎわしている様々なトピックについて網羅的にプーチンのアドバイスという形で書かれていて、非常に興味深い本。書かれていることが全部正しいかは正直わからず、特に経済のことなどは予想のつかないところがあるけれども、筆者なりの鋭い分析が展開されていて、面白くて一気に読んでしまった。国際情勢や政治・経済問題を考えるのに非常に参考になる一冊だった。
タグ:北野幸伯

池上彰のアフリカビジネス入門 [国際]





 人類発祥の地、アフリカ。内戦やテロ、貧困などのイメージもある大陸だが、今このアフリカが巨大なビジネスチャンスの場として注目を集めているという。

 インフラ整備に伴い人々の生活が徐々に向上し、若者人口も増加。今後の消費市場として活況が見込まれている。また、豊富な天然資源も活用できるようになり、輸出産業の成長も著しい。現在のアフリカ市場は、高度経済成長前の日本のような可能性を秘めた状況にあるという。

 本書は、そんなアフリカ市場の動向を、ジャーナリストの池上彰がレポートした本。現地アフリカにまで足を運び、現地の人々やアフリカビジネスにかかわる人々へのインタビューも行っている。

 アフリカの経済成長に必要なのは、①物流インフラ、②主食の穀物、③電力の3つ。本書はこの3つの観点から、関係者らがどのようにしてこれらの需要を満たしていくのかをつぶさにみていく。

 アフリカ本も、最近はこういうビジネス関連のものがずいぶん増えてきたように思う。それだけ、アフリカの市場が期待されているのだろう。これまでは途上国援助のイメージが付きまとっていたけれど、最近では援助よりも投資。ビジネス市場としての対象に、世界の見方が変わってきたのだ。

 実際、本書を読むと、すでに世界各国の企業が我先にアフリカへと進出している様子が見て取れる。日本の会社も、インフラ整備、自動車、地熱発電など、多くの分野で活躍しているそうだ。

 中国や東南アジア、インドなどが経済市場として、今なお注目されているけれど、これからはアフリカの時代がやってくるのかもしれない。当たり前のように、日本人がアフリカに飛び回る時代がやってくるんじゃないか。今後の国際情勢を考えるうえで、非常に参考になることがたくさん書かれていた。

 内戦や貧困といったこれまでのイメージとは異なった、新たなアフリカ像を与えてくれる本。これからアフリカがどんなふうに変化していくのか、楽しみに着目していきたい。
タグ:池上彰

緒方貞子 [国際]





 国連難民高等弁務官として10年間活躍した緒方貞子。様々な紛争が起こる中で、どのような考えを持って行動してきたのか? 本人や関係者のインタビューを交えながら、その活動の実際と思想に迫る。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、武力紛争等で難民が生まれた場合に、本国への帰還や、庇護国への定住等の支援を行う、難民を保護するための機関。ニュースなどではよく耳にするけれども、具体的にはどのような活動を行っているのだろう? 

 本書では、緒方貞子が実際に活躍をした、湾岸戦争、旧ユーゴ紛争、ルワンダ内戦の事例等をみながら、UNHCRが行ってきた活動について追いかけていて、その具体的な活躍を垣間見ることができる。

 読んでみると、その活動の現場は、予想以上に壮絶なものだった。人道的な活動とはいっても、舞台は紛争地帯。死と隣り合わせの危険な場所。ときには関係者が紛争に巻き込まれてしまうことも多い。

 だが、緒方貞子は、躊躇することなく現場に足繁く訪ねては、現場で起こっている様々な問題に立ち向かおうとする。何か問題が起きたときに、オフィスにいて報告を読んだり、抽象的に考えたりするだけでは、役に立つ問題の解決ができない。実際に現場に足を運ぶなかで、具体的な解決策が生まれてくる。そんな考えから、どんなに危険な地域であっても、現場に行ってその実態を把握しようとする。

 そんな緒方貞子の姿を見ると、そのバイタリティには驚かされるし、様々な問題に前例のないような解決策を提案するその大胆さにも目を見張るものがある。

 興味深かったのは、人間の安全保障という考え。緒方貞子はこれからは、国家の安全保障よりも人間の安全保障が大事になってくるという。昨今起きている紛争というものは、国内での勢力が対立する内戦が多く、ある勢力が他の勢力から差別されていたり迫害されたりしていくうちに不満がたまり、やがて憎悪となって紛争が生じてしまう。テロリズムというのも、こうした不公正な扱いに由来するところが大いにある。

 だから、テロとの戦いなどといって国家的な安全を守るだけではダメで、紛争を防ぐためには、貧困や社会の不公正さ、人権侵害などを是正していく必要がある。紛争の温床となるような、社会問題を解決していくことが、長い目で見れば安全保障につながるのだという。

 実際に様々な現場を渡り歩き、人々がどのようなことに不満を持って様々な衝突が生まれるのかを見てきているだけに、その考えには非常に説得力がある。こういう風に考えるのかという、今まで考えたこともなかったような新たな視点が得られるようで、とても勉強になった。

 民族のちがい、宗教のちがい、思想のちがい、土地や資源をめぐる争いなど、これからも紛争というのは次々に生まれてくるのだろう。だが、うまくすれば、起きた紛争の被害を軽減することができるかもしれないし、紛争自体を未然に防ぐことができるかもしれない。難民支援という現場から、紛争解決のありようについて思考を重ねた緒方貞子の考えがまとめられていて、問題解決というのはどのように図っていけばいいのか、いろいろと考えさせられる内容だった。
タグ:東野真

「アラブの春」の正体 [国際]


「アラブの春」の正体    欧米とメディアに踊らされた民主化革命 (角川oneテーマ21)

「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命 (角川oneテーマ21)




 チュニジアの青年が焼身自殺をしたことがきっかけではじまった「アラブの春」。そのうねりは、エジプトをはじめ、アラブの国々全体へと広がってゆく。民主化革命にはどのような人々が関わっているのか? アラブ諸国にどのような影響がもたらされたのか? アラブで生まれ育ち、中東問題を絶えず見つめてきた筆者が、「アラブの春」の裏側を描き出した本。

 筆者は、レバノンのベイルートで生まれ、アラブ社会で育ち、中東問題の専門家として活躍してきたジャーナリスト。そんな筆者が「アラブの春」についてレポートしているだけあって、現地の人々の思いなどが反映された、真に迫った内容になっている。

 本書を読むと、ひと口に「アラブの春」と言っても、それぞれの国によって事情が異なるんだなあということが見えてくる。たとえば、リビアで起こった騒乱。エジプトやチュニジアとともに「革命」と報じられたが、実際には部族間の対立であったり、アフリカを一つの連合体としてまとめようと地域通貨を作ろうとしたカダフィに対する欧米諸国の危機感があったりと、単純な民主化革命とは捉えることができないことが分かる。

 「アラブの春」というと、エジプト、チュニジア、リビアなどは大々的に報じられていたけれども、実はそれだけでなく、サウジアラビア、カタール、オマーン、バーレーンなどにも飛び火し、大々的なデモが広がったのだそう。それぞれの国ごとの背景事情が丁寧に描かれていて、中東諸国全体の情勢を知ることもできる内容だ。

 どの国の革命も単純に割り切れない複雑さを持っていて、革命に参加した者も一枚岩ではなくて様々な宗派や思惑が交じりあっている。国内問題だけでなく、諸外国が利権などを求めて介入しようとしたりして、さらにややこしいことに。結果的に、革命が終わっても争いが絶えずに混迷が続いていくのだ。

 最近問題になっているシリア情勢についても、単純にはいかない。アメリカが介入したがる理由として、シリアとイランとの関係やロシアの軍事基地の存在についても書かれていて、シンプルな国内問題だけでは片づけられない、入り組んだ外交情勢にあることが理解できる。

 民主化革命などという単純化されたイメージでは割り切ることのできない実態があることが分かる、非常に有益な本。本書を読んで、中東の諸問題に概括的に触れることができたので、さらに深く中東問題について知りたくなってきた。
タグ:重信メイ

(株)貧困大国アメリカ [国際]


(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)

(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)

  • 作者: 堤 未果
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/06/28
  • メディア: 新書



 「貧困大国アメリカ」シリーズの第3弾。

 このシリーズは、アメリカの格差社会や貧困層について、その実態をえぐる秀逸なルポとして定評がある。今回は食、住、教育、メディアなどあらゆる分野が株式会社化し、そのことによって様々な問題が引き起こされている現状が取り上げられている。

 最初に取り上げられているのは食の問題。効率化がもてはやされるようになった結果、巨大企業が支配力を持つようになったアメリカの食品業界。大規模工場型産業となり、零細農家は消滅。農業従事者は大企業の下請けとして働くことになる。だが、その実情は、大企業の定めたルールどおりに働かなければならなかったり、福利厚生もない低賃金労働だったりと、まさに現代の農奴制と呼べるようなものだ。

 巨大化した食品会社は政治にも影響力を行使するようになる。圧倒的な資金力をもって、議会にロビー活動を展開したり、本来は食の安全を守るためにある国の規制当局に業界の人材を投入したりして、国と企業が癒着。その結果、食の安全基準が緩和されたり、遺伝子組み換え作物の危険性に関するデータがもみ消されたりしてしまう。

 こうした問題は、食の世界にとどまらない。本書では他にも、公共サービスやメディアが売り買いされることによって起こる現実についてもレポートされている。財政破綻して犯罪率、失業率がともに悪化し、人口が流出してゴーストタウンのようになったデトロイトの町の現状や、税金や規制を逃れるために自分たちだけの自治体を丸ごと作ってしまった富裕層たち、わずか5社の多国籍企業によって寡占化状態にあるマスメディアなど、アメリカではこんなことが起こっているのかと驚かされる内容だ。

 あらゆる分野の株式会社化がますます加速し、巨大企業は国に影響力を行使するようになり、国家を超越した帝国のような存在になりつつある。しかし、企業は上がった利益で公共サービスや福祉を満たしてくれるわけでもなく、本来これを行う役割のある国家でさえも企業と癒着しているために企業の利益にかなう政策を行ってしまう。

 結局、犠牲になっているのは人々の日々の生活や安全で、本書では企業の論理から導き出された人々の生活苦、搾取されている現実がこれでもかと描き出されている。経済合理性などというといかにも正しいことのように聞こえるけれども、実は環境や安全性といった数字にはっきり表れないものの犠牲の上に成り立っているんだなあということを考えさせられる。

 取り上げられているのがアメリカの事例なので、日本に住んでいると実感は薄いのだけれども、問題の原因となっている産業の株式会社化は国際的に展開していて、これからTPPなどによって日本にもその影響が波及するかもしれない。これから社会がどのように変化していくのかについて考えるのに、非常に参考になる一冊だった。
タグ:堤未果

謎の独立国家ソマリランド [国際]


謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド




 アフリカ東北部ソマリア。武装勢力が陸上を覆い、海では海賊行為が横行する。無秩序状態の危険地域というイメージのある国家。だが、その一角に平和を維持するソマリランドと呼ばれる独立国家が存在するという。それは、独自に内戦を平和的に終結させ、大統領選挙による民主制を営んでいる謎の国……。

 ノンフィクション作家で辺境を旅する冒険家・高野秀行は、この未知なる国家ソマリランドの実態を探るべく、アフリカへ飛ぶ。そして、誰も目にしたことがないような驚くような世界を垣間見ることになる。

 ソマリアというと、内戦が続く悲劇的な地域という漠然としたイメージしかなかったので、本書の旅行記はまさに未知の国を旅するようで非常に興味深かった。まず、ソマリア周辺が大まかにソマリランド、プントランド、南部ソマリアの3つの地域に分けられること自体、本書を読むまで知らなかった。ソマリランドが平和的な地域、プントランドは海賊で有名な場所、南部ソマリアは内戦が続く地域なんだそうだ。

 筆者は、西側のエチオピアからソマリランド入りし、その後、プントランド、南部ソマリアと、ソマリア全体にまで入り込んでいる。危険な場所によく行くなあと思ったが、きちんと取材までこなしていて本当に驚かされる。

 ソマリランドがどのような国で、どうやって和平を実現したのかを、地元の人たちに聞きまわって、詳細に報告している。悲劇的な内戦からどのように和平を実現したのかという経緯を知ることができるし、人々がどのような生活を営んでいるのかを肌で感じられるような内容だ。

 前々からソマリアの海賊には興味があったが、そのビジネスの実態についても、これほど詳しく書かれたものもないだろう。なにしろ、海賊本人と話をしているし、海賊行為を行った場合の収支計算表まで出てくる。人々がどうして海賊行為に走るのか? 実際に海賊行為はどのようにして行われるのか? 海賊ビジネスの中身についてよく実感できるようになっている。

 ソマリランドという国がほとんど知られていないことはもちろんのこと、ソマリア自体が危険地域なので、ほとんど外国人が入ることはなく、情報もごく限られたものになる。その意味で、筆者によるソマリア地域全体をめぐっての、このような詳細な記事は、非常に貴重なルポタージュと言えるだろう。

 ソマリア全体についていろいろな知識を得ることができるとともに、国際情勢の複雑さについて考えさせられる本。世の中にはまだこのような未知の国があったのかという、わくわく感もあって、冒険心をかきたてられるような本でもあった。
タグ:高野秀行

未来国家ブータン [国際]


未来国家ブータン

未来国家ブータン




 世界各国を渡り歩いた筆者が書いた、ブータン滞在記。

 数多くの辺境地に足を運んだ筆者は、その経験豊富さを見込まれ、ブータン政府とバイオベンチャーからブータンの辺境調査を依頼される。その目的は、国内の生物多様性を把握すること。

 ブータンの辺境の地域を調べることによって、知られざる植物や菌類などの「生物資源」が見つかれば、医薬品や食品といった研究開発に生かすことができるかもしれない。バイオテクノロジーを基盤としたビジネスの可能性を模索しようという計画だ。

 こころよく申し出を受けた筆者だったが、その旅行には生物資源を調べることのほかに隠れた目的もあった。それは、ブータン各地で目撃されている雪男伝説の真偽を確かめること。ブータンでは、人々が雪男を捕まえた話や、雪男にさらわれた話などが、まことしやかに噂されていたのだ。

 筆者は、未知なる生物資源と雪男の伝説をめぐって、波乱万丈の旅行をはじめることに――。

 ブータンには今でも人がほとんど足を踏み入れず、未開発の自然が残された地域が存在しているという。筆者はこうしたブータンの辺境の地域に足を運び、外国人の立ち入りが厳しく禁止されているような地域にまで入って、その様子をレポートしている。探検記を読むようなスリリングさがあるし、GPSも役に立たないような地域にまで足を踏み入れていて、世界にはこんな地域があるのかという貴重なルポタージュになっている。

 ブータンの人々と楽しく触れ合ったり、楽園のような光景に出会ったりと、うらやましいと感じるところもあるが、高山病にかかって死にそうになったり、住民たちにたらふく酒を飲まされたりと結構ハードな旅にもなっていて、旅の大変さも伝わってくる内容だ。

 習慣やモノの考え方も、日本とは全く違うところがあって、いろいろな世界があるなあと驚かされた。

 旅行記というだけでなく、ブータン国民と仏教、チベットや中国とのかかわり、生物資源をめぐるビジネスの話など、社会的な側面についての言及もあって、読んでいていろいろと勉強になるところも多い。世界一幸福な国などと言われることもあるけれども、実際のところどうなの? ということも書かれてあって、興味深かった。

 ブータンを西から東へまたいだ冒険旅行。知られざる世界がたくさん広がっていて、わくわくさせられるような本だった。
タグ:高野秀行

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 [国際]


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)




 ロシア語通訳者でエッセイストの米原万里は、子供時代にチェコスロバキアの在プラハ・ソビエト学校で学んだ。その頃同級生だった子供たちは、国際色豊かな面々。ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。彼女たちと数々の思い出を作った筆者は、やがて日本に移ることになり、次第にクラスメートとの交流も疎遠になっていく……。それから30年後、筆者は連絡の途絶えた3人と再開すべく、その居所を探して訪ね歩く。

 プラハでの子供時代の思い出を語るとともに、その後の3人のクラスメートの人生をたどったノンフィクション。激動の時代を生き抜いた三者三様の人生の軌跡が描かれている。

 中・東ヨーロッパは、様々な民族や政治・思想、宗教が複雑に入り交じり合った地域。多くの火種を抱えて、様々な歴史的な事件が引き起こされることになる。チェコの民主化政策「プラハの春」とワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻、ルーマニアのチャウシェスク政権の崩壊とその後の政情不安、内戦や紛争が続くユーゴスラビアなど。

 こうした時代の流れに否応なしに巻き込まれていったリッツァ、アーニャ、ヤスミンカ。本書はこの3人の視点から現代史の経緯が語られていて、個人の目線から時代の変遷が切り取られた迫真性のこもった内容になっている。思想や民族といった違いがもたらす衝突や問題が浮き彫りにされて、国際問題の複雑な様相が伝わってくる。

 現代史の経緯を垣間見ることができるだけでなく、読み物としてもスリリングで面白い。筆者が行方知れずの3人を訪ね歩くくだりは、ミステリー小説のような雰囲気もあるのだ。わずかに残った手がかりを追って、一歩一歩その居所に近づいていく。

 子供時代に気になっていたちょっとした出来事が、30年後の今、その真実が明らかになるというのもドラマティックだった。

 30年の時を経た再開。それぞれが別の道に進んでいって、やがてどんな人生を歩んでいったのか? いろいろな人生模様があることを感じさせる一冊だった。
タグ:米原万里

ギリシャ危機の真実 [国際]





 赤字が膨らんで破たん寸前まで追い込まれたギリシャ。その影響は国内にとどまらず、欧州の通貨ユーロの価値をも大幅に下落させた。なぜこのような事態が起こったのか? ギリシャの人々はこのような事態をどのように考えているのか? 本書は、世界経済にも波及したこのギリシャ危機について、ギリシャ国内の人々への取材を通じて、ギリシャの内部から見たギリシャ危機の実像を捉えたルポタージュである。

 ギリシャ国内の人々の様子や生の声が臨場感をもって伝えられていて、読んでいくうちに、ニュースだけでは読み取りづらいギリシャ世界の持つ複雑な実情がだんだんと明らかになってくる。

 たとえば、ギリシャ経済の持つ特殊性に、データが信用できない点があるという話が出てきて興味深かった。そもそもギリシャ経済は、公務員の数が正確に把握されていなかったり、会計の計算がずさんであったりして、根本的な数値自体が不明確。また、ギリシャのGDPの3、4割が、無税で動く非公式のお金、闇経済で、これも統計には出てくることがない。そのため、数値で見るギリシャの姿と現実の姿にはだいぶギャップが出てきてしまうのだそうだ。だから、怠けているとも揶揄されることもあるギリシャ人が、実は副業で深夜まで勤勉に働いていたりして、イメージと違う生活をしていることもある。

 他にも、観光産業に痛手のはずなのに人々がこぞってデモに参加するのは、過去の歴史に起因しているということが書かれていたり、一見のんきそうに見えるギリシャの国民が、実は意外にもしたたかで計算高いところがあるという話だったり。

 ニュース報道などから受けるギリシャの印象とは少し違った、本当のギリシャの姿が見えてくる、外から見ているだけではわからないようなことがたくさん書かれてあって面白い。ギリシャの人々の生の声だけでなく、ギリシャのたどってきた歴史や、ヨーロッパの辺境のキリスト教圏とイスラム教圏のはざまに位置した地理的特殊性なども書かれていて、ギリシャ世界について深く掘り下げられた、とても参考になる本だった。
タグ:藤原章生