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名画で読み解くハプスブルク家12の物語 [世界史]





 650年間にわたり、ヨーロッパの中心的存在として君臨し続けたハプスブルク家。世界史上の名門というだけあって、歴史の要所要所に一族の名前が出てくる。

 ハプスブルク家を世界帝国として勢いづかせたカール5世、エリザベス1世のイギリスと渡り合ったフェリペ2世、フランス革命で断頭台に消えたマリー・アントワネット、ナポレオンの息子ライヒシュタット公、第一次世界大戦の引き金ともなった暗殺事件の被害者フェルディナント。

 一族は650年もの間、どうやって君臨し続けたのだろう? 本書は名画を紐解きながら、ハプスブルク家の歴史をたどった一冊である。

 そもそもの始まりからして面白い。ハプスブルク家の始祖ともいえるルドルフ1世は、神聖ローマ帝国の皇帝。皇帝というと実力でのし上がる強者というイメージがあるが、ルドルフ1世の場合は違っていた。もともとスイスの田舎の貧しい一豪族にすぎなかった。

 当時のドイツは選帝侯という有力者らが、選挙で皇帝を選ぶシステム。群雄割拠状態でお互いにけん制しあっていたので、選帝侯たちはあまり突出した人物が皇帝になるのは避けたかった。そこで目をつけたのがルドルフ1世。誰からも無能な人間に見えたため、皇帝になっても問題は起こさないだろうという理由で選ばれたのだ。

 ところが、ルドルフ1世はいざ皇帝になってみると、意外な活躍を見せる。呆然とする選帝侯らを尻目に戦乱で勇猛に戦い抜き、領土を広げてしまうのだ。ここからハプスブルク家の活躍が始まることになる。

 勢力の拡大というとひたすら戦争をしていたのかなとも思うし、実際にカール5世などは戦乱に明け暮れていたようだが、ハプスブルク家のモットーはもっと別のところにあった。「戦争は他の者にまかせておくがいい。幸いなるかなオーストリアよ、汝は結婚すべし!」が家訓。つまり、政略結婚で周辺国との結びつきを強め、版図を広げていったのだ。

 選挙で選ばれる運の強さだったり、政略結婚だったりと、世界を征服する手段にもいろいろあるのだ。ハプスブルク家の歴史を眺めていると、帝国を広げるためのあの手この手が見えてくるのが面白い。

 もちろんいつも順風満帆というわけではなくて、中には言動のおかしな王様も出てくるし、世継ぎが生まれなかったりもする。一族の栄光を維持するのもかなり大変なんだなということもよく分かる本だった。
タグ:中野京子
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