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ルポ ニッポン絶望工場 [社会]


ルポ ニッポン絶望工場 (講談社+α新書)

ルポ ニッポン絶望工場 (講談社+α新書)

  • 作者: 出井 康博
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/07/21
  • メディア: 新書



 最近、外国人が働いているのをよく目にするようになった。コンビニとか飲食店などでは当たり前の光景だろう。

 日本で暮らす外国人というのは年々増えているのだそうだ。昨年末で238万人程度である。

 半分くらいは永住者や定住者だが、3割くらいは「留学」「技能実習」という在留資格で入国してきた人たちだ。

 「留学」「技能実習」などというと、日本語勉強をしたり技術を学んだりするために来たのだなと思うのが普通だ。ところがそれはあくまでも建前で、実際には短期の出稼ぎ労働のために来ている人が大半なのだという。

 しかも、彼らの働いているのは、3Kと呼ばれる日本人がやりたがらない仕事が多い。2020年を目標にした政府の「留学生30万人計画」というのがあるけれど、そもそも日本がなんで外国人を受け入れているかというと、日本人が働きたがらないような人手不足の業界に人員を補充するためなのだ。

 建前はどうあれ、外国人も日本で働けば貯金ができるし、日本の人手不足も解消される。お互いにWinーWinじゃないのかという気もしてくる。ところが、そういう単純な話でもない。

 日本で働いている外国人の多くは、日本で働けば裕福になれるという夢を抱いて、借金をしてまでブローカーに多額の費用を払い、留学先や働き先を紹介してもらうケースが多い。

 だが、いざ日本に来てみたら、予想外に稼ぎは悪い。働いても働いても、途中で紹介者にピンハネされたり、住居費を差し引かれたりして、手元に残るお金はごくわずか。それでも借金を背負っているので、どんなにきつい3Kの仕事であっても、奴隷のように働かざるを得ない。

 本来は外国人が働くことのできる時間数も限られているのだが、そんなことにもかまっていられない。深夜も早朝もなく長時間働くしかない。不法就労などは当たり前の世界なのだ。

 「ルポ ニッポン絶望工場」は、こうした外国人労働者が蟹工船のごとくこき使われている実態を取材した本である。新聞配達などにもこのシステムが利用されているから、新聞やテレビも報道したがらない話もたくさん書かれている。

 日本の社会もこうした犠牲のもとで成り立っているかと思うと、なんだかなあという気がしてくる。いろいろと知らない世界が見えてくる興味深い本。日本も身近なところに闇があるのだなと理解できた。
タグ:出井康博
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一流芸能人がやっているウケる会話術 [実用]





 我ながら、コミュ障が酷い。人前に出るとどうにもうまく話せないのだ。もっとうまく話せたらいいのになあとよく反省する。

 会話術の教室のようなものがあったら通いたいくらいだが、そんな便利なものはない。悩んでいても仕方がないので、問題を克服すべく、これからしばらく独学で会話について研究してみることにした。

 当面考えている方法は、①書店にある会話術の本を片っ端から読んでみること。②テレビのトーク番組を分析すること。③実生活で会話をしてみることの3つ。本で理論を学んだうえで、テレビで手本を見て、実際に自分で活用するという方式だ。

 会話にも才能の部分と技術の部分があるにちがいない。才能はなくても、最低限の技術くらいは学んでおきたいところだ。上記方法を繰り返して量をこなせば、少しは上達するんじゃないかという期待もある。ちなみに、学んだことは、随時このブログ上に載せていく予定だ。

 最初に読んだ本は「一流芸能人がやっているウケる会話術」という本。ホステスに会話の指導をしていたという人が書いた本である。

 筆者によると会話の基本型は、スピーカーとリスナーの役割が明確なタイプだそうだ。どちらかがスピーカーとなり、リスナーとなる。スピーカーとリスナーの役割分担がなくて、入れ替わったりするのは応用型。

 大事なのは、まずはリスナーとしての聞き方を学ぶということだそうで、聞き上手になる方法について最初に書かれている。

 話を聞くといっても、もちろんただ単に耳を傾けているだけではだめで、リアクションが必要となる。会話はキャッチボールだから、球が来たら返さなければならない。

 じゃあ、リアクションってどうやってやるんだろうと思ったら、14種類以上もあるんだそうだ。「振り」「質問」「応答」「相槌」「同調」「驚き」「合いの手」「確認」「ペース配分」「笑い」「ボケ」「ツッコミ」「まとめ」などである。
 
 正直、リアクションの方法がこんなにたくさんあるとは知らなかった。質問や相槌というのはわかるけれど、他にもいろいろあるのだ。本書を読むと、それぞれのリアクションの方法について詳しく書かれていて、この部分が本書で一番面白い。

 会話が上手な人というのは、こうしたたくさんのリアクションをうまく使い分けられる人なんだろう。

 本を読んだ後、さっそくトーク番組を見て、芸人たちのリアクションを確認してみたところ、たしかに上記のリアクションの方法が実践されているんである。しかも絶妙なタイミングで使われていてうまい。今までテレビ番組など適当に見ていたが、この本を読んで芸能人のリアクション芸の凄さがようやく分かってきた気がする。

 トーク術の本なので、スピーカーとしての極意も書かれているのだが、そちらのほうはあまり参考にならなかった。リスナーとしての極意のところが非常に勉強になる本だった。
タグ:難波義行
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ルナ・ゲートの彼方 [SF(外国)]


ルナ・ゲートの彼方 (創元推理文庫)

ルナ・ゲートの彼方 (創元推理文庫)




 ロバート・A・ハインラインの「ルナ・ゲートの彼方」は、地球から遠く離れた星を舞台にしたジュブナイルSF。

 古典的な物語の背景を宇宙に置き換えることで、スケールの大きな新鮮なものに早変わりする。SF作家はよくこういう手法を使っているけれど、「ルナ・ゲートの彼方」はまさに「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソー」といったサバイバルものを宇宙に置き換えた作品といえるだろう。

 高校生のロッド・ウォーカーは、授業の最終テストとして実地のサバイバルに参加することになった。それは未知の惑星に送り込まれて、一定期間生き延びるというテスト。どんな惑星に送り込まれるのか、どんなどう猛な動物がいるのかも一切知らされない。生命をかけた危険なテストだ。

 ゲートという装置で他の数十名の生徒らとともに未知の惑星に送り込まれたロッドは、ナイフ一丁でなんとか危険を回避しながらサバイバル生活を送る。しかし、期限を過ぎてもいっこうにテストが終わる気配がない。地球側でゲート回収ができない事態に陥っていたからだ。ロッドたち生徒らは、いつまでたっても救助が現れないまま、サバイバル生活を続けることに……。

 文明社会から離れて、しかも未知の生き物が待っている中でどうやって生き延びるのかが見どころ。ハインラインが書いているので、未知の惑星の話なのにとても説得力がある。未知の惑星にはどんな危険が待っているのか、どんな風に対処すべきなのか、サバイバルガイドのような本になっている。

 面白かったのは、サバイバル術と言うだけでなく、国家論にもなっているところ。生存する確率を高めるためには、仲間を増やしてコロニーを形成することが重要。ということで、ロッドたちは自分たちの国家を作り上げようとする。単に安全な住居を建てるというだけではなく、立法や行政といった社会制度を一から組み立てはじめるのだ。どんな国家が理想なのかというところまで考えさせられる、深みのある本といえる。

 最後の最後には予想を裏切るような展開が待っていて、ちょっとこれはどうなんだろうと思わなくもない。こういう意地悪な展開も含めて、ハインラインなりの教育的なメッセージがあるのだろうかとか、いろいろと興味の尽きない本だった。
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天使の自立 [ミステリ(外国)]


天使の自立〈上〉

天使の自立〈上〉




 最近シドニイ・シェルダンにハマっている。

 疲れているせいか、あまり重たいものが読みたくない。シドニイ・シェルダンの本は、軽くサクサク読めるところがよいのだ。

 「天使の自立」もとても面白い話だった。主人公は資格を取ったばかりの弁護士ジェニファー。父親も弁護士だったので、法曹界には子供のころから憧れていた。司法試験も難なくクリアし、有名な法律事務所からはオファーが殺到する。

 刑事事件に興味を持っていたジェニファーは、ニューヨーク州検事局に入ることになったが、そこで思いもよらぬ事態が待ち受けていた。マフィアの罠にかかってしまい、公務執行妨害の濡れ衣を着せられてしまうのだ。

 せっかく夢見ていた世界に入ったのに、いきなりの人生転落。検事局からは追い出され、それどころか法曹資格までも剥奪されそうになる。悪評が立って、法律事務所の面接を受けても、軒並み拒絶されてしまう。

 ジェニファーはやむなく自分で法律事務所を開き、細々と仕事を始めることになる。やがて持ち前の優秀さが発揮され、弁護士として活躍を見せ始める……。

 若手弁護士のサクセスストーリー。負け犬だった主人公が、メキメキと頭角を現して、大成功を収める。ちょっと勝ちすぎなんじゃないかという感じもするが、とにかく読んでいてスカッとする内容だ。

 読んでいて気づいたのだが、シドニイ・シェルダンはひとつひとつのエピソードを描くのがうまい。エピソードごとに盛り上げる箇所があるし、最後に捻りのあるオチが用意されている。うまいジョークを聞いた時のような小気味よさがあるのだ。次はどんな楽しいエピソードが待っているんだろうと、ワクワクしながら読むことができるところがいい。

 アメリカの法曹界の裏話もたくさん書かれていて、こんな世界なのかというのが分かるところも面白かった。
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名画で読み解くハプスブルク家12の物語 [世界史]





 650年間にわたり、ヨーロッパの中心的存在として君臨し続けたハプスブルク家。世界史上の名門というだけあって、歴史の要所要所に一族の名前が出てくる。

 ハプスブルク家を世界帝国として勢いづかせたカール5世、エリザベス1世のイギリスと渡り合ったフェリペ2世、フランス革命で断頭台に消えたマリー・アントワネット、ナポレオンの息子ライヒシュタット公、第一次世界大戦の引き金ともなった暗殺事件の被害者フェルディナント。

 一族は650年もの間、どうやって君臨し続けたのだろう? 本書は名画を紐解きながら、ハプスブルク家の歴史をたどった一冊である。

 そもそもの始まりからして面白い。ハプスブルク家の始祖ともいえるルドルフ1世は、神聖ローマ帝国の皇帝。皇帝というと実力でのし上がる強者というイメージがあるが、ルドルフ1世の場合は違っていた。もともとスイスの田舎の貧しい一豪族にすぎなかった。

 当時のドイツは選帝侯という有力者らが、選挙で皇帝を選ぶシステム。群雄割拠状態でお互いにけん制しあっていたので、選帝侯たちはあまり突出した人物が皇帝になるのは避けたかった。そこで目をつけたのがルドルフ1世。誰からも無能な人間に見えたため、皇帝になっても問題は起こさないだろうという理由で選ばれたのだ。

 ところが、ルドルフ1世はいざ皇帝になってみると、意外な活躍を見せる。呆然とする選帝侯らを尻目に戦乱で勇猛に戦い抜き、領土を広げてしまうのだ。ここからハプスブルク家の活躍が始まることになる。

 勢力の拡大というとひたすら戦争をしていたのかなとも思うし、実際にカール5世などは戦乱に明け暮れていたようだが、ハプスブルク家のモットーはもっと別のところにあった。「戦争は他の者にまかせておくがいい。幸いなるかなオーストリアよ、汝は結婚すべし!」が家訓。つまり、政略結婚で周辺国との結びつきを強め、版図を広げていったのだ。

 選挙で選ばれる運の強さだったり、政略結婚だったりと、世界を征服する手段にもいろいろあるのだ。ハプスブルク家の歴史を眺めていると、帝国を広げるためのあの手この手が見えてくるのが面白い。

 もちろんいつも順風満帆というわけではなくて、中には言動のおかしな王様も出てくるし、世継ぎが生まれなかったりもする。一族の栄光を維持するのもかなり大変なんだなということもよく分かる本だった。
タグ:中野京子
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偽装死で別の人生を生きる [犯罪]


偽装死で別の人生を生きる

偽装死で別の人生を生きる




 死んだと思っていた人が実は生きていたーー。

 ミステリーではお馴染みの筋立てだ。もっとも有名なのは、シャーロック・ホームズだろう。モリアーティ教授と格闘してライヘンバッハの滝つぼに消えた名探偵。死んだと思いきや、本当は生きていたことが発覚する。

 「顔のない死体」というのもある。ミステリーではよく首なし死体とか顔をつぶされた死体というのが出てくる。たいていは別人の替え玉だったことが分かる。
 
 このようにフィクションには偽装死の例は事欠かない。では、現実に死んだと思わせるなんていうことが可能なのだろうか? 

 「偽装死で別の人生を生きる」を読むとそのあたりの実情がよく分かる。実際に偽装死をもくろんだ人々の顛末が集められているのだ。

 人はさまざまな理由で失踪したくなるものらしい。借金で首が回らなくなった。愛人ができて家庭生活が嫌になった。DV夫から逃れたかった。顧客の金を持ち逃げしたくなった。死んだふりをして生命保険をせしめたかった……。

 だが偽装死を実行するとなると、かなりハードルは高い。誰でも容易に思いつくのは、「溺死」だろう。船が転覆して死体が海に流されたと見せかける。たしかに筋は通っているが、死体が見つからないと警察は不審に思う。厳格な捜査の末に、あえなく捕まるということになる。

 溺死以外にも、飛行機が墜落したとか、火事に巻き込まれたとか、森で動物に襲われとか、いろいろ方法はあるだろう。いずれにしても死体が出てこない以上は、疑いを招くことにはなる。

 偽の死体を用意するという強者もいる。フィリピンくんだりでは、結構簡単に死体が手に入るものらしい。おまけに偽の葬儀や参列者も用意できる。本物そっくりの死亡診断書まで入手可能だ。お手軽に死んだふりができてしまうのだ。

 とはいえ、死の偽装に成功してもそこからの生活が難しい。別人として生きるには偽の身分証がいるし、新たな仕事を見つけるのも難しい。知人と会わないように、人目を避けなければならなくなる。

 本書を読むと、こうした死の偽装にまつわる信じられないようなエピソードが山ほど出てくる。計画を実行したものの、とんでもないへまをして捕まった話だとか、失踪人を世界の果てまで追いかける探偵の話とか、失踪した家族が生きていたと分かってショックを受ける家族の話とか。

 世の中、面白い人生を歩んでいる人がいるんだなあと驚かされた。本書に出てくるのは外国の事例なので、日本でも同じようなことがあるのだろうかと調べてみたくなった。
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ロボットの時代 [SF(外国)]





 SFとは何かということについて、様々な言い方がされてきた。SFとは「センス・オブ・ワンダーである」「Ifの発想である」「根源に対する疑問である」など。

 いろいろな言い方ができるけれども、SFを分解してみると、「科学テクノロジーの進歩」×「ドラマ」×「テーマ性」でできているのではないか。

 空想科学というくらいだから、科学の進歩を描くのがSFの役割だろう。しかし、科学の進歩一辺倒で、ドラマ性がなければ単なる科学論文になってしまう。科学の進歩によってどのようなドラマが巻き起こるのかが描かれる必要がある。

 逆に不思議な出来事だけ起こって、科学の進歩が描かれていなければ、科学的根拠のないファンタジーになってしまう。またたとえ科学が描かれていても、それが現実の科学に終始していて空想の飛躍のないものは、リアルフィクションであって、SFとは言えないだろう。

 さらに言えば、科学の進歩によるストーリーを描いていても、それがなんのテーマ性も持たなければ、エンタメとしては面白いかもしれないけれど、気の抜けたものになってしまう。

 ということで、「科学テクノロジーの進歩」×「ドラマ」×「テーマ性」という3要素の掛け合わせが重要だと思うのだ。

 こういう定義をしたうえで、アイザック・アシモフの「ロボットの時代」を読んでみたのだが、まさにこの3要素がぴったりとそろった作品だった。

 「ロボットの時代」というタイトルだから、「科学テクノロジーの進歩=ロボット」なわけだが、ひとくちにロボットといってもいろいろバリエーションがある。人が行くことのできないような過酷な環境(例えば、木星など)で働く産業用ロボット、料理をする家庭用ロボット、体内に爆弾を埋め込まれて敵国に送られる兵器ロボット、大学でテスト採点や校正の事務作業を行う頭脳型ロボットなど。ロボット工学が発展すると、様々な分野に応用が可能なことがわかる。

 また、こうした多様なタイプのロボットが現れるということは、多様な「ドラマ」が生まれるということでもある。本書でも「ロボットが故障してトラブル発生」という定番のドラマもあれば、戦争ものもある。一見するとロボットと結びつきそうにない恋愛ドラマのようなものもあるし、スパイものの話もある。ロボットが人間社会に入り込むことで、思いもよらなかったドラマが生まれるということを描いている。

 現代でも立派に通用するような「テーマ性」も隠れている。人間よりもうまく仕事をこなしてしまうロボットが大量に投入されることで、人間たちは仕事を奪われてしまう。どんな仕事もロボットに置き換えられてしまったら、人間の存在意義はどうなるのだろうという問題が、すでに50年以上も前に書かれているのだ。ロボットが軍需産業に用いられた場合の危険さだったり、家庭用ロボットが人間心理に与える影響などという問題まで提起されている。

 前にも読んだことのある本だったが、改めて3要素を取り出して読んでみたら、すごい本だなとあらためて気づかされた。テクノロジーの進歩が細部に至るまで描かれているし、どんな問題が起こりうるのかという鋭い洞察に満ちている。「われはロボット」のほうが有名かもしれないが、続編のほうもかなり読みごたえがある一冊だった。
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演技と演出のレッスン [演劇]


演技と演出のレッスン ─ 魅力的な俳優になるために

演技と演出のレッスン ─ 魅力的な俳優になるために




 鴻上尚史の「演技と演出のレッスン」は演技の入門書である。

 映画が好きでよく観ている割には、我ながら演技のことがよく分かっていなかったので、ふと読んでみたのだが、これが結構ためになった。

 本書を読むと、俳優がどんな風なステップを踏んで演技を行っているのか、映画や演劇の中で俳優がどんな役割を果たしているのかがよく分かる。

 映画や演劇の台本にも、俳優のする行動について何でもかんでも書かれているわけではないそうだ。セリフと必要最低限のト書きがあるだけで、具体的な動作などは俳優が自ら考えなければならない。

 俳優というのは、演出家や台本の指示に従って動くだけの人形ではなくて、自ら役柄のふるまいを決定していく主体的な存在だという。

 能動的に動いていくために、俳優は自らの役柄を詳細にイメージする。どんな性格なのか、どんな目的があるのか、どんな家族がいてどんな家に住んでいるのかなど、台本に書かれていない部分を埋めていく。与えられた役柄をより実在感のある、生き生きとしたものにしていく。キャラクターを創りあげていくのが俳優の役割なのだ。

 キャラクターが固まったら、それぞれの場面で「もしこのキャラクターがこんな状況に置かれたら、どう行動する?」という問題提起をする。「もし~だったら」という空想を膨らませて、具体的な行動を決めていく。

 かように俳優というのは想像力が試される仕事だったのだ。
 
 本書を読むと、俳優の役割の重要さに気づかされる。俳優の力量によって、作品のリアリティのレベルが上がったり下がったりもする。これから映画やドラマを見るときには、俳優の演技にももっと着目してみたくなった。
タグ:鴻上尚史
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