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警察手帳 [法律]


警察手帳 (新潮新書)

警察手帳 (新潮新書)




 推理小説を読んでいると、ときどき年季の入った刑事が、引退間際になって迷宮入り事件の捜査に乗り出すという話が出てくる。たった一人で日本全国を行脚してホシを追う執念のデカ。

 でも、実際、そんな単独行動ができるものなんだろうか。たいていは2人1組で動くものなんじゃないか? 管轄とかどうなっているんだろう?
 
 警視、警部、警部補というのも何が違うんだろう? 階級が違うと仕事の中身も違ってくるものなんだろうか?

 マスコミ対応などもどうするのだろう? 本当に「64」みたいな激しい戦いがあるものなんだろうか?

 実際のところはどうなのかと疑問が次々わいてきたので、本書を見かけてつい読んでしまった。警察という組織全体について、実際にどんな組織なのか、どんな生活を送っているのかをまとめた本である。警察出身者が書いているだけあって、警察の世界の裏事情がつぶさに書かれている。

 読んでみて、一口に警察と言っても千差万別。どこに配属されるのかとか、どんな階級かによって、仕事の内容も性格もかなり違うのだなあということがよく分かる。ミステリーによく出てくるのは捜査一課の刑事だが、警察の仕事も刑事部門、生活安全部門、交通部門、警備部門という区分があって、それぞれに独自の世界があるようなのだ。

 部署によって違いはあるけれども、警察官になるような人は正義感が強いという点では共通しているのだそう。犯罪を憎み、困っている人を助けたい。そんな善意の気持ちが原動力になっている。本書にもいろいろな警察官が登場するが、メンタリティは共通しているようだ。

 それにしても、これだけ階級がはっきりした組織だと、いろいろ上下関係や組織間で揉めることもあるのだろうな。警察官も捜査だけしていればいいというものでもなくて、組織人でもある。組織として働く悩みというのは警察官にもありそうだ。

 自分の論理と組織の論理が合わなかったらどうするんだろうとか、自分は警察官でもないのに、読んでいてなんだか身につまされるような気分になった。
タグ:古野まほろ
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史上最強の哲学入門/東洋の哲人たち [人文]





 つらいなあとか苦しいなあとか、人間は日々悩む生き物である。あまりに悩みすぎて苦しくなったとき、思わず死んでしまいたくなってしまったとき、どうすればよいのだろう?

 ひとつには、理屈にすがるというやり方がある。ロジカルシンキングというか、問題点を掘り下げていって、原因を解決しようという試みだ。

 でも、このやり方には限界がある。理屈で原因を探ることができるかもしれないが、原因が分かっても問題解決が現実的に不可能なことだって多々あるのだ。いくら理論武装したからといって、不安から逃れることはできはしない。 

 また、神にすがるという人もいるだろう。しかし、日本人は無神論者が多くて、神にすがることも難しいかもしれない。

 こんなときに有効なのは、もしかしたら東洋哲学の考え方かもしれない。東洋の哲学者たちは古代より、苦しみとはなにか、この世界とは何かということについて考えてきた。しかも、理屈をこねくり回すだけではよしとせず、体感を重視してきた。真理に到達することで、あらゆる苦しみから解放されるという実践的な教えなのだ。

 じゃあ、東洋哲学とは具体的にどんな教えなのかということは、本書を読むとよく分かる。

 今までこの手の解説本は何冊か読んできたが、こんなに面白いものは初めて読んだ。難解な東洋哲学について、非常に分かりやすく解説してくれている。老子の言うタオって何なんだろうとか、念仏ってなんで唱えるんだろうとか、古代インドではなんで苦行なんてものをやっていたんだろうとか、前から気になっていたモヤモヤがこの本を読んでようやっと晴れた。

 とはいえ、この本を読んだからと言って、東洋哲学の真理に達することができるわけではもちろんない。東洋哲学の真理は理屈や知識で理解するものではなく、あくまでも体感が必要だからだ。実際に読んでみて、東洋哲学が何をゴールとしているのかを頭でイメージすることはできたが、実感するまでには至らなかった。真理に到達するためには、やはり修業が必要なのだろう。
タグ:飲茶
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シリア難民 [国際]


シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問

シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問




 故郷のシリアを逃れ、難民になることを決意したハーシム一家。本書はその旅程をたどったルポタージュ。

 シリア難民の話題は、よくニュースにも出てくる。EUに難民が流入して、国際問題になっているという話もよく聞く。

 だから、ニュースだけ見てなんとなく分かったつもりになってしまうのだけれど、ニュースというのはあくまでも客観的に俯瞰した視点で報道されることが多い。シリアで何が起こっているのか、難民たちが何を考えているのかは、やはり当事者目線でないと見えてこない部分がある。

 本書はハーシム一家の視点を通して、シリア難民の姿を生々しく描いている。

 政府軍によって逮捕され、監禁され、ひどい拷問を受けるハーシム。政府軍と反政府勢力との激しい戦いがあって、毎日が死と隣り合わせ。こんなところにいたら未来はないし、子供たちが安全に暮らしていくことはできない。シリアの難民たちがなぜ自分たちの祖国を離れる気になるのかがまざまざと伝わってくる。

 シリアを離れてからも、決して安全な旅ではない。難民たちは途中で「運び屋」に誘拐されたり、暴行されたりすることもある。地中海を渡る船も危険なものだ。船倉にすし詰め状態で運ばれ、運悪く船が転覆してしまい、何百人と溺死することだってあるのだ。

 読んでいて、本当に地獄みたいな世界が広がっていた。同じ立場だったら、誰でも逃げたくなるのではないだろうか。

 全世界が難民の問題で沸いている。難民を受け入れるというのは、たしかにジレンマかもしれない。経済的な負担がかかるし、文化的衝突の問題も生まれている。けれども、本書のようなものを読むと、世界も日本も難民をもっと受け入れたほうがよいのではと感じざるを得なかった。
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時をとめた少女 [SF(外国)]


時をとめた少女 (ハヤカワ文庫SF)

時をとめた少女 (ハヤカワ文庫SF)




 SFと恋愛モノは相性がよい。

 ボーイミーツガールと言うけれど、出会った男女が簡単に結ばれてしまったのでは盛り上がりに欠ける。どんな物語でも山場がなければいけない。ふたりがいろいろな障害を乗り越えていくから、面白くなりもするし、感動もする。

 ロミオとジュリエットのように家族同士が仇敵という話はよくあるし、身分違いの恋が描かれることもある。男女の片割れが難病になるという話もあれば、不倫の果ての道ならぬ世界が描かれることもある。障害が大きいほど、どうなるんだろうとハラハラさせられる。

 SF作家たちも恋愛の要素を取り入れるときに、やはり様々な障害を考案してきた。それも、絶対に乗り越えられない、とびきり大きな障害を。

 たとえば、時間の障壁。異なる時代にいる男女が恋愛関係になる。隔てられた時間という不可能な壁を乗り越えるというような話は多い。ジャック・フィニイとか、そんな話ばかり書いている作家もいる。

 こういうSF恋愛モノを読むと、自分の中の現実主義者が「おいおい、いくらなんでもこんなことあり得ないだろう」とツッコミを入れつつも、他方でロマンティストがむくむくと現れて、不可能な障害を乗り越えようとするひたむきな姿に感動してしまう。「あり得ないけど、なんていい話なんだろう」と思わず涙する。

 そうした意味で、SF小説は普通の恋愛小説以上に、壮大な感動ラブストーリーになることが結構ある。

 ロバート・F・ヤングの「時をとめた少女」は、まさにそんなSFラブストーリーがたくさん収められた短編集だ。

 夫が思想犯として人工冬眠の刑に処せられ、時間的に隔てられてしまう新婚夫婦を描いた「わが愛はひとつ」、異星からやってきた少女が地球の青年と出会う「時をとめた少女」、千夜一夜物語のシェヘラザード姫とタイムトラベラーとの愛を描いた「真鍮の都」など。

 どの作品も絶対に願いが叶うことのないような、不可能な壁が描かれていて、たいへん切ない雰囲気なのであるが、最後の最後に思わぬどんでん返しがあって成就したりするのである。

 「たんぽぽ娘」のときもそうだったけれど、ロバート・F・ヤングは心底ロマンティストだったんだなあと思う。最後に泣かせる話を書かせると本当にうまい。
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サピエンス全史 [世界史]


サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福




 猿にしても人間にしても、群れの大きさには限界があるという。

 猿の場合は100頭くらい、人間でも150人くらいが集団としての限界の大きさなのだ。それ以上の数になると、お互いのことを覚えることができず、親密に知り合ったり噂話をしたりということが難しくなる。

 では、人間たちはどのようにして都市を築いて、数万人という規模の人間を束ねることができたのだろう? 名前も知らない同士がどのようにまとまることができたのだろう?

 本書「サピエンス全史」に書かれているその答えは、「虚構」にある。赤の他人同士がまとまるためには、共通して守らなければならない掟が必要になる。人間たちは、文化、法律、金、国家といった「虚構」の掟を作り上げていった。

 たとえば、自然界にお金という概念があるわけではない。だが、みんながお金という「虚構」の存在を信じることで、経済活動が可能となった。共通の価値観をもつことで、集団として維持することができた。

 当然、このような掟は「虚構」なのであるから、絶対的なものではない。地域によってもまちまちだし、時代によってもかなり内容が変わっていくものだ。

 だが、「虚構」の掟に違反した者には集団から厳しい処罰が下されることになる。そうやって、強制的に「虚構」の世界を厳守させ、集団としての安全は守られていった。人類の文明は徐々に複雑なものとなり、集団の数も膨大なものとなっていく。

 本書を読むと、国家も経済も法律も文化といった現代社会を成り立たせている物事は、みんなが「虚構」の世界を信じることで成り立っているんだなあということに気づかされる。

 こういうふうに生きたほうがいいとか、こういう価値観が正しいということが自然界で決まっているわけではないということである。人はお互いにああすべきこうすべきと論争するけれども、実はそういう価値観というのも時代によって移り変わっていくものだし、誰かが作った「虚構」に従っているにすぎない。

 世界は結局のところ「虚構」でできているんだなどと言われると、なんだか身も蓋もないというか虚しくなるけれど、世間の価値観をなんでも絶対視する必要はないし、何が正しいというものでもないということが分かって、少しは気が楽になった。

 なお、本書で一番よかったのは、文明の発展と幸福の関係についても書かれてあったところ。文明が発達しても幸福度が増すわけではないというのは、確かにそうだなあと思った。
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遠い日の呼び声 [児童書]


遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)

遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)




 イギリスの作家ロバート・ウェストールの短編集。

 どの作品も小説表現が豊か。情景が目に浮かぶような描き方がされていて、イメージ力が見事。登場人物の心の動きも細やかに書かれ、読んでいていろいろな人物と一体化してしまうような感覚になった。

 たとえば、「アドルフ」という作品は、少年が老人画家と出会う話。どうもその老人がアドルフ・ヒトラーそっくりに見えてきて、ひょっとしたら……ということで不穏な展開になる。でも、本当に恐ろしいのはその老人ではなく、狂気にかられる群衆だったというところがアイロニカル。誰が正義で誰が悪とか、そんなに簡単に区別できるものではないんだということを教えてくれる良作。

 戦争と言えば、「空襲の夜に」という作品はまさに第二次世界大戦の時代の話。イギリス人の少年が海岸沿いの家で留守番をしていると、落下傘で降りてきたドイツ兵が登場する。ふたりの息詰まる対峙。戦時中では、敵味方が殺しあうのが当然のルールになってしまうけれど、別の選択肢を選んだ人たちもいたはずだ。そういう人たちは苦しんだのだろうか? 同胞への義務と個人的な価値観との間の葛藤で。

 「ヘンリー・マールバラ」は、過去に取りつかれた女性の話。現実世界にすっかり嫌気がさした主人公は、過去に慰めを見出す。古い家具を集め、墓を訪ね、旧家を購入する。歴史を追い求める主人公の気持ちは分からないではない。歴史は人を没入させる力があると思う。

 一番気に入ったのは、「じいちゃんの猫、スパルタン」。祖父の財産を相続することになった主人公は、祖父の財産をそりの合わない父母から守ろうと悪戦苦闘する。やがて、過去の秘密が明らかになって……という話。他の作品などを見ても、親子の葛藤を描いた作品が多い。児童書とは思えないほど深みがあった。
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天使の耳 [ミステリ(日本)]


天使の耳 (講談社文庫)

天使の耳 (講談社文庫)




 警察がやっている事件の捜査は、歴史学者の仕事に似ている。

 歴史学者は数百年前にどんな出来事があったのかを、文献や遺物から再現する。対して、警察は数日前に起こった出来事を、取調べや物証から再現する。時間スケールは異なるが、いずれも過去に起こった出来事を、証拠から再現していくという点では共通している。

 推理小説を読んでいて面白いのも、この過去の再現である。主人公が手がかりを集めて、過去にどんな出来事が起こったのかをあれこれ推理する。闇の中に隠れていた過去が、徐々に浮かび上がっていくところがぞくぞくするのである。

 東野圭吾の「天使の耳」は、交通事故をテーマにしたミステリー短編集だ。交通事故をテーマにしたミステリーというのは、今まであまりお目にかかったことがない。世界的にも類を見ない本なのではないか。

 読む前はなんだか地味そうな話だなというイメージだったが、読んでみたらこれが実に面白い。推理小説の肝である過去の再現が、ここにも出てくるからだ。交通事故の捜査というのも、過去の再現なのである。当事者から話を聞いて、事故がどんなふうにして起こったのかを再現していく。

 交通事故の場合、当事者が事故で死んでしまったり、自分に都合のいいようなウソをついたりするものだ。だから、ブレーキ痕や自動車の破壊状況、はがれた塗料、目撃者の証言などから、推理を働かせていく。このあたりの捜査の進め方を見るのが非常に面白かった。

 ただ、本書に収められている作品は、どれも交通事故の捜査をして解決というような単純なストーリーでもない。どの作品も最後に一捻りしてあって、意外な結末を迎える話ばかり。

 こういうパターンの話かと思わせておいて、実は意外な企みが潜んでいる。しかも、そのずらし方が無理矢理なものではなくて、ずらした後もきちんと整合性があるものになっている。複雑なパズルがカチッとはまるような快感があって、すごいなと思った。

 一番気に入ったのは「分離帯」という作品。真相が分かっても正義が果たされないもどかしさ。社会の制度の隙間にはまり込んでしまった人々の悲哀。どこにでもありそうな事故の話なのに、ゾッとするような怖さを感じた。
タグ:東野圭吾
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会話もメールも英語は3語で伝わります [語学]


会話もメールも 英語は3語で伝わります

会話もメールも 英語は3語で伝わります




 外国の人と英語で話をする機会がときどきあるのだが、なかなか難しいものである。

 英文を書くのであれば、じっくり考える時間があるけれど、会話の場合はとっさに文章を組み立てなければいけないからついあせってしまう。うまく話せなくて、銅像みたいに固まってしまうイタい経験をしたことも何度か……。

 どうも必要以上に文章を複雑にしようとしすぎているのではないか? 英語表現の根本的なとらえかたを分かっていなかったのではないか?

「会話もメールも英語は3語で伝わります」という本を読んで、そんなふうに感じた。

 この本は、英語で伝えるときに、「主語・動詞・目的語」という3つを意識することでシンプルな表現を目指したもの。余計な枝葉は取り除くべしということが書かれている本だ。

 たとえば、「My job is an English teacher」という表現であれば、「I teach English」と3語に置き換えることができる。同じ意味でも、後者の方がすっきりしている。

 こういう発想は今までしてこなかったので、結構衝撃を受けた。

 どうも日本人の英語というのは、学校教育の影響からなのか、正確にしようとかうまく伝えようとか思いすぎるあまりに、構文が複雑になりすぎてしまうらしい。これでは、文章を組み立てるのも大変だし、受け手にとっても負担になってしまう。

 日本語でも英語でも、できるだけ情報の受け手が理解しやすいように、なるべく簡潔な表現を目指すべきなのだ。本書にはそのためのヒントがたくさん書かれていて、非常に参考になる。

 また、テーマから外れるけれど、英語の時制の意味や前置詞の意味についても、イラスト付きで説明があって、いまさらながらこういう意味だったのかと腑に落ちた。英語の勉強をしなおすのにとてもよい本だと思う。
タグ:中山裕木子
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人間はウソをつく動物である [犯罪]





 むかし観た映画に「深夜の告白」という作品がある。

 主人公が人妻と不倫関係になって、愛に狂った挙句に愛人の夫を殺害する計画を立てる。鉄道車両から転落死したように見せかけて、生命保険金をかすめ取ろうという寸法だ。

 かくて計画は実行され、うまくいったかに見えたが、主人公の友人である保険会社の調査員が事件のことを調べ始める。刑事コロンボばりに執拗に犯罪計画の矛盾を突いていき、主人公と愛人は次第に追い詰められていく……。

 この映画のイメージがあったせいか、保険会社の調査というと、とても厳しいものだと勝手に思っていた。何事も見逃さないチェックが入るものなのかと。

 だが、実際にはそこまででもないらしいということが、「人間はウソをつく動物である」という本に書いてあった。損害保険の調査員が書いた、保険調査を巡る様々な経験談を集めた本である。

 厳しい審査が難しい理由は、保険会社もビジネスだからだ。あまり厳しい審査をすると、営業が難しくなる。とくに継続して取引をしている顧客の場合、保険金の支払いでもめてしまうと、他の取引まで引き上げられてしまう。競争の激しい保険業界にあっては、多少疑惑がある事案でも保険金を支払ってしまったほうが、かえって保険会社の利益につながるというケースがままあるのだ。

 なるほど世の中に知らないことは多いものである。本を読んでいると、こういう自分では絶対に体験できない世界が描かれているから面白い。

 知らないといえば、保険金詐欺をたくらむ者たちの心境というのも書かれてあって面白かった。盗難保険、自動車保険、火災保険、傷害保険と、あらゆる種類の保険について詐欺の事例が集められているのだが、犯行を行うに至った心境も垣間見えてくる。

 たとえば、会社経営が困難になって犯行に及ぶ者の例などがいくつか出てきた。借金がかさんで、従業員に給料を支払う金もない。会社が焼けて火災保険がおりれば再起を図ることができる。やむにやまれずの犯行。

 こういう事例を見ると、なんだか妙に同情してしまうのである。人間というのは追いつめられると、誰でも犯罪者になりえてしまうんじゃないか。犯罪者とそうでない人を分ける線というのは、とてもか細いものなのではないかと思えてくるのである。

 人間味のあふれるエピソードが満載だし、こういう風にして犯罪が暴かれていくのかというところも丁寧に描かれていて、短編ミステリーを読むような味わいのある本でもあった。
タグ:伊野上裕伸
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ウイルス・プラネット [生物]


ウイルス・プラネット (ポピュラーサイエンス)

ウイルス・プラネット (ポピュラーサイエンス)




 ウイルスというのも、不思議な存在である。

 遺伝子とタンパク質の殻だけでできた、シンプルな構造。自分自身は細胞を持たないので、エネルギーを産出することもせず、単独で複製することもできない。

 こんなものが生物なのかという気もするが、ウイルスは宿主に寄生すると、宿主細胞に自分のコピーを大量に作らせる。そして、宿主細胞ははち切れて死んでしまう。つまり、ウイルスは他の生物を乗っ取ることで生きる寄生生物なのだ。

 なんとも異質な存在であるし、かぜ、インフルエンザ、エイズ、エボラやSARSといった感染病を引き起こすから、ウイルスに対しては悪いイメージしかなかった。だが、「ウイルス・プラネット」という本を読むと、ウイルスが単なる脅威というだけでもないということに気づかされる。むしろ、人間と切っても切れない関係でもあるようなのだ。

 長い生命の歴史の中で、ウイルスたちは他の生物への寄生を繰り返していった。そのうちに他の生物の生殖器の細胞にも感染して、宿主の遺伝子の中にウイルスの遺伝情報が組み込まれるということも生じたそうだ。

 人間の遺伝子も例外ではない。実はヒトゲノムの中にも、ウイルス由来のDNA断片が8%も含まれているらしい。なんだが不気味な気もするが、子宮内で赤ちゃんを育てられるのも、このウイルスのDNAのおかげだというから悪いことばかりではない。

 人間の細胞の中に入り込む様々なウイルスのタイプが出てきて、なかなか読み応えのある本である。こんなちっぽけなウイルスが人間の生き死にを左右してしまうのだから、自然というのは侮れない。人間も結局自然のメカニズムの一部なんだなあという当たり前のことに気づかされた。
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夜の翼 [SF(外国)]


夜の翼 (ハヤカワ文庫 SF 250)

夜の翼 (ハヤカワ文庫 SF 250)




 遠い未来には、どのような世界が待っているのだろう? これまでSF作家たちはさまざまな未来のイメージを描いてきた。

 人工知能が農業、工業、サービス、インフラなどあらゆるシステムを管理し、ロボットが人間の肉体労働の代わりとなって、人間はただ遊んで暮らしているだけの世界。医学が発達してもはや病気という概念がなくなり、あらゆる肉体のパーツは交換可能となり、老いてもすぐに若返りが可能となる世界。恒星間旅行が可能となり、他の銀河へと進出し、星々の間で惑星連合を作り上げている世界……。

 こんな世界になったらいいなあという、まるでユートピアのような世界観である。

 だが、SF作家たちの本当のすごさは、このような理想のイメージだけでは満足しなかったところにあるのではないか。ユートピアのような未来の行きつく先に、さらにどんな未来が待っているのかというところまで掘り下げて描いているところが面白いのである。

 技術はどんどん発達するけれども、人間自身の本質は何も変わらない。テクノロジーの進歩のスピードに、人間の進化のスピードが追いつくわけではない。せっかく夢のような世界を手に入れても、満足しきれないし、いがみ合いを続けるばかり。そんな皮肉な世界が描かれることが多い。

 ロバート・シルヴァーバーグの「夜の翼」は、まさにそんな作品だった。

 人類文明が頂点に達し、その後、何周期かのサイクルを経た挙句に、なぜか荒廃した中世の暗黒時代のような世界が広がっている。人々は「記憶者」「監視者」「翔人」「巡礼者」などといったギルドに別れて生活している。他の星からの外敵が今にも来るのではないかと、びくびくと怯えながらひっそりと暮らす日々……。

 かつて人類の誇った高度な文明は、過去のテクノロジーとして忘れ去られたものもあるし、温存されたものもある。中世のような古めかしい世界観と、高度なテクノロジーの名残が共存する不思議な世界観だ。

 最初は謎のような世界が、だんだん読んでいくうちに、なんでこのような世界になったのかという歴史が分かってくるというしかけ。

 テクノロジーがどんどん進歩して、人類は前に進んでいるようにみえるけれども、文明というのは脆いもの。ふとしたきっかけで、いつ何時滅んでしまうかもしれないのだということを思い起こさせる痛烈な本だった。

 派手な展開があるわけではないが、この不思議な世界観と壮大さが気に入った。主人公とともに、見たこともない世界を放浪しているような気分になる小説だ。
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