So-net無料ブログ作成
検索選択

家康、江戸を建てる [歴史小説(日本)]


家康、江戸を建てる

家康、江戸を建てる




 1590年、徳川家康は小田原征伐の報奨ということで、豊臣秀吉から関東八か国をもらいうけることになった。

 家康は江戸に城を築くことを決意するが、当時の江戸は築城には不向きな場所だった。

 北のほうから何本もの川が流れ込み、泥だらけの湿地帯となっている。遠浅の海が広がっていて、井戸を掘っても塩辛くて飲めたものではない。

 難儀な土地であるにもかかわらず、家康はこの地にこだわり、どうにか築城できないかと難問に挑む。

 川が流れ込んでくるなら、川の流れを変えてしまえばいい。飲み水がないなら、外から引っ張ってくればいい。そんな大胆な発想で、江戸の大改良工事をはじめることに……。

 江戸城と城下町が出来上がるまでの家康とその家臣らの悪戦苦闘ぶりを描いた歴史小説。江戸の町ができるまでにこんなにいろいろな苦労があったのかと驚かされる内容だ。

 連作短編集のような形になっていて、それぞれ「流れを変える」「金貨を延べる」「飲み水を引く」「石垣を積む」「天守を起こす」というタイトルがつけられている。各話ごとに異なるプロジェクトに挑戦する人々が描かれていて、人々の試行錯誤の様子が読んでいて楽しい。

 歴史小説は権力者や武人が主人公になることが多いけれど、本書は職人たちが主人公という珍しい小説といえる。難問奇問を知恵を使って乗り越えていく様子は、無類の爽快感だった。

 今の東京の姿がこんなふうに生まれていったのかというルーツが分かるという意味でも興味深い小説。いろいろと知らない話が多かったので、とても勉強になった。
タグ:門井慶喜
nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

地学のツボ [地学]





 よく地震ニュースなどで、海のプレートが陸のプレートに沈み込んで、何かの拍子にプレートがはじけた時に地震が起こるという話を聞く。

 では、そもそもプレートはどこからやってきて最後にはどうなってしまうのか?

 「地学のツボ」という本を読むと、このあたりのことがかみくだいて説明されていて面白かった。

 地面の下に沈み込んでいくプレートはそのまま沈み続け、残骸として溜まり、最後にぼてっとマントルの下を崩落してマントルと核の境で止まるらしい。地上にあって冷たいプレートの残骸なので、コールドプルームと呼ばれている。

 コールドプルームが下降する反作用として、今度は核の上に溜まっていた熱を帯びたホットプルームと呼ばれる物質が上昇する。ホットプルームの上昇に伴って、マントル物質が部分溶融を起こしてマグマが生産される。新たに地殻が形成されるようになり、プレートが生産されることになる。

 プルームテクトニクスと呼ばれる考えで、地球の内部ではこういうダイナミックな循環・対流が起こっているようなのだ。

 そもそもなんでこんな対流が起こっているのかといえば、地球の熱を冷ますためらしい。

 地球が誕生した後、微惑星や隕石が次々に地球に引き寄せられて衝突。そのときに生じた莫大な熱エネルギーにより地球は灼熱の世界となり、マグマでおおわれることになった。

 時間がたつにつれて地球は徐々に冷えていき、鉄やニッケルなどの重い金属は沈み込んで地球の核を形成する。岩石成分はマントルと地殻に分かれていく。

 徐々に冷えたとはいってもまだまだ内部が熱くなっているので、地球は自然と冷えようとする。ものをぐるぐると回すことによって熱を運ぶという対流によって冷やすのが効率的なので、地球内部でもマントルのゆっくりとした対流が起こっているのだ。

 熱い味噌汁などがお椀の中で対流を起こして冷めるということが日常的にもあるけれども、同じような現象が地球規模で起こっているのがマントルの対流らしい。その過程の中で、プレートができたり地震が起こったりする。

 地表に住んでいるとよく分からないけれど、地球の内部も固定しているものではなくて、今も活発に活動をしているのだなということがよく分かる内容。あちこちで起こっている地震や火山の仕組みと地球内部の動きがリンクするように書かれていて、なるほどなあと腑に落ちたところがいくつか。

 それにしても、この本の中で扱われている時間の単位が数億年単位だったりするので、圧倒的なスケール感にうならされる。人間の文明社会はとてもちっぽけなものなんだなあと、読んでいて畏怖の念に近いものを感じさせられた。
タグ:鎌田浩毅
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

調べる技術・書く技術 [実用]


調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)

調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)




 ノンフィクション作家がどのように取材をし、原稿を書いているのか、その舞台裏を紹介した本。

 最近ノンフィクションを読むことが多くなった。昔は小説ばかり読んでいたのだが、なぜか最近は小説を読むのがだんだんと億劫になってきて、ノンフィクションのようなものが好みになってきている。

 いくつかノンフィクションを読むうちに、だんたんとノンフィクションがどのように書かれているのかまで気になるようになってきた。構成の仕方のようなことが分かっていれば、さらにノンフィクションを読むのに理解が深まると思ったのだ。

 この本を読んでいて面白かったのは、最初に取材の仕方や文章の書き方を伝授した後に、実例として3つの短編ノンフィクションが掲載されているところだ。抜粋ではなくまるまる載っているので、文章の構成はこういう風にしているのかという点についても理解が深まる。5人の少女が飛び降り自殺を図った事件を追った短編などは、深い闇の中に分け入っていくような緊迫感があって、上質なミステリーを読んでいるような感覚になった。

 とくに共感したのは、あらゆるノンフィクションの基本は人物ノンフィクションであるという記述だ。これは自分でも常々そう思っていたので、とても合点がいった。

 結局のところ、もっとも面白い本というのは人物伝なんじゃないかと思う。人物とは関係なさそうな科学書のようなものでさえ、人気のあるものを読んでみると科学者の発見・発明物語になっていたりする。持論を展開するようなものであっても、声高にテーマを主張したものよりも、事実や人物の証言を重ねたもののほうがより説得力が感じられる。

 本書に出てくる3つの実例も、やはり中心人物を掘り下げていくような内容になっている。これは相当取材したんだなということがよく分かる書きぶりで、ぐいぐい引き込まれる。人物を掘り下げることで、背景にある社会の問題などがおのずと浮かび上がってくるしかけにもなっている。
 
 ノンフィクションというだけでなくて、文章を書く上での心構えのようなことを知ることができる本でかなり実際的だ。普段漫然と文章を読んだり書いたりしてきたから、この本に書いていることは今後どこかで役に立つのではないかと思っている。文章術のようなものはよくあるけれど、もっと根本的な「何を書くのか?」というところにまで視点が及んでいるところが参考になった。
タグ:野村進
nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

地球外生命 [生物]


地球外生命――われわれは孤独か (岩波新書)

地球外生命――われわれは孤独か (岩波新書)




 宇宙人というのは一体どんな姿をしているのだろう?

 よくあるイメージは、誰が考えたのか、頭がつるつるで目が異様にでかい小人である。UFO特集などによく出てくる、エリア51で捕獲されたとかいうやつだ。

 タコのような触手を持った宇宙人というイメージもある。これはH・G・ウエルズの「宇宙戦争」に出てくる火星人襲来のイメージである。

 「スター・ウォーズ」という映画を見ていたら、ハリソンフォードの相棒役として毛むくじゃらのが出てきた。あれも宇宙人なのであろう。

 「ソラリスの海」みたいに、人間の想像をはるかにこえた姿をしているというイメージを持つ人もいる。

 とはいえ、なんだかんだで映画や小説に出てくる知的生命体は、人間そっくりのものが大半である。皮膚が青かったり赤だったりという違いはあるし、耳や鼻が若干大きかったりするかもしれないが、基本的な形状は地球の人間と同じ。見ているほうも主人公が人間の形をしていてくれたほうが感情移入しやすいのである。

 では、小説や映画のイメージはともかく、現実に地球以外の星に知的生命体がいたとしたら、どんな姿をしているのだろう? おそらく人間の姿とはかけ離れているのではないか? 大気の組成も違うはずだし、重力の大きさも違うはずである。地球とは環境条件が全く異なるのだから、地球とは異なる環境に適応したサイズ、形状、機能が考えられるのだ。

 「地球外生命」という本を読んでいたら、この辺りの疑問点を真面目に考察していて面白かった。

 生物学者の長沼毅と天文学者の井田茂という人たちの共著で、地球外生命の可能性や形態について言及している。科学者なので、単なる当て推量ではなくて科学的に議論しているところが興味深い。

 宇宙の知的生命体を考察するための手がかりとなるのは、すでに知られている唯一の生命である地球の生命ということになる。地球にも極度の高温・低温、高圧、高塩分といった人間では耐えられないような環境で生きている生物がいる。こうした極限下に棲む生物を研究することで、地球とは異なる環境でも生命が発生することは可能か、生命が進化するための必要条件とは何かを探っていく。

 この本を読んでいると、宇宙どころか地球にもまだまだ知らないような多様な生命がいることに気づかされる。火山地帯で硫化水素を体内に取り込んでエネルギーを取り出す生物や、普通なら有害な油に浸かったままでも生きることのできる生物など、こんな生物がいるのかという生物がたくさん紹介されている。

 雑多な生命活動を見ていくことで、宇宙の地球とは異なる環境下においても生物が発生し進化する可能性があることが見えてくる。宇宙に見に行くことはできないけれども、はるかかなたの星にも生物がひしめきあっているんじゃないか。そんな宇宙観を与えてくれる本だ。
nice!(9)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ニュートリノって何? [地学]





 科学の発達した現代においても、宇宙というのはいまだに謎だらけである。

 宇宙はどのようにしてできたのか? 宇宙に果てはあるのか? 宇宙は最後にどうなってしまうのか? 宇宙はたくさんあるのか?

 次々にいろいろな疑問がわいてくるけれども、科学者たちはどうにか宇宙の謎を解き明かそうと頭をひねってきた。あまりにも遠すぎて直接見に行くことはできない深宇宙について、星空を観測することで宇宙の成り立ちを説明しようとしてきた。

 星の光を観測するやり方でかなりいろいろなことが分かってきているし、重力波というものを観測することで宇宙の仕組みを知ろうとする方法もある。

 ニュートリノというものを検出する方法もある。

 ニュートリノというのは、宇宙を構成する最小の単位。素粒子の一つである。あらゆるものを通り抜けてしまう性質があり、人間の身体も1秒間に数兆個ものニュートリノが通り抜けているんだそうだ。

 こんな小さな物質を検出する「カミオカンデ」と呼ばれる装置があって、太陽や超新星爆発や大気で発生するニュートリノをキャッチすることができる。

 ニュートリノは何でもすり抜けてしまうので、ニュートリノの現れ方を研究することで、太陽の内部の仕組みが分かったり、地球の内部の仕組みが分かったりする。恒星が終局を迎える超新星爆発と呼ばれる仕組みを知る手掛かりになる。宇宙誕生のビッグバンの謎の解明にも一役買ったりもする。

 ニュートリノは宇宙の謎を解明するための重要な手がかりのひとつなのだ。

 本書はこのニュートリノの発見の経緯から、ニュートリノの持つ不思議な性質、ニュートリノが宇宙解明にどのように役立っているのかを解説した本である。

 内容からして難しそうな本だとは思ったが、解説がとても平易なので門外漢にもわかりやすい記述になっている。ニュートリノ解明をめぐる様々なドラマも描き出されていて、なかなか読み応えがあった。
タグ:青野由利
nice!(13)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ゼロから始める都市型狩猟採集生活 [社会]


ゼロから始める都市型狩猟採集生活 (角川文庫)

ゼロから始める都市型狩猟採集生活 (角川文庫)




 無職・無一文になって住む場所もない。そんな状況になったら人はどうやって生きていくのだろう?

 本書は東京で生活する路上生活者たちに取材して、その生活ぶりを明らかにした本である。
 
 お金も仕事もなかったら食事にもありつけなくて、飢え死にしてしまうんじゃないかなどと考えていたが、意外にも路上生活者は食事で困ることはないという。

 教会やNPOなどの支援団体が炊き出しを行っていて、毎日どこかしらで食事をすることができる。飲食店などが売れ残った弁当などを恵んでくれることもある。

 衣類を無料で配布しているところもあるし、シャワーを浴びることができるスポットもある。

 読んでいると、日本が飢え死にするような場所ではないということが分かってくる。外国などでは宗教施設が受け皿になっているという話を聞くけれども、日本でも様々な形での支援活動というのがあるようなのだ。

 金属やら電化製品などを集めて業者に売ったりして、生業を営んでいるような路上生活者もいるんだそうだ。こんな生活を送っているのかということが書かれていて、非常に興味深い内容である。

 こういう本を読むと、自分がいかにむやみにお金を使ってきたかも見えてくる気がした。たいして使いもしないものを買ったり、新製品が出たからといってまだ使えそうなものを捨ててしまったり。もっと路上生活者みたいに物を大事にした方がいいんじゃないかとか、いろいろ考えてしまう。

 社会がこんなふうになっているのかということを知ることができるだけでなく、生きるのに必要な物とは何か、お金とはどんなものなのかとか、生活の根本的なところを問い直させられる本だった。
タグ:坂口恭平
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

海竜めざめる [SF(外国)]


海竜めざめる (ボクラノSF)

海竜めざめる (ボクラノSF)




 「海竜めざめる」は、ジョン・ウィンダムという英国のSF作家が書いた破滅テーマの作品だ。

 深海から忍び寄る存在というから、「ゴジラ」みたいな話なのかと思って期待して読んだのだが、だいぶイメージが違った。

 たしかにモンスターが人間を襲う阿鼻叫喚シーンもあるのだが、そういう派手な場面はそれほど出てこない。最初のほうは割とゆるゆると話が進んでいって、話が半分過ぎたあたりからようやくモンスターが姿を現すのである。

 モンスターがなかなか出てこなかったら面白くないんじゃないかとも思えるが、実際にはそうでもない。正体が分からないぶん、かえって想像力を刺激される。宇宙から謎の赤い光が次々に落ちてくるとか、島の人間が謎の死を遂げるとか、奇妙な出来事が続発する様子が描き出されていて、ぞくぞくするような不気味さがある。場面に映っていないところで何が起こっているのだろうと、怖さが倍増する感じだ。

 いきなりどーんと怪物が現れるよりも、チラリチラリと見え隠れするほうがずっと不気味で怖い。そういう恐怖のツボみたいなものがおさえられているところは、なかなかすごいなと思った。

 それに、本書を読んでいて一番怖かったのは、怪物そのものではないというところも面白い。むしろ、人間同士の連携がどんどん崩れていって、文明が崩壊していく様子が恐ろしかった。

 各地でいろいろな被害が出ると、物資や食料が不足するようになって、人々は物資を奪い合うようになる。次第にお互いに不信感を抱くようになって、よそ者を排除する風潮が生まれる。国家は崩壊して、小さなグループの塊のようなものに別れ、グループ間でいざこざが起こったりする。

 歴史を逆行するかのように人間がどんどん野蛮になっていって、人間の本質というのはこういうものなのかとか、人類の文明というのはこんなにもろいものなのかということに気づかされる。単に怪物が暴れまわって怖いなあというような単純な作品ではなくて、きっちりと文明社会に対する風刺にもなっているのである。

 最初は面白おかしく読んでいたが、読み進めるうちに、これは単なる絵空事ではない、今の世界でも起こっていることなんだということに気づかされる。そういう力強さを持った作品で、のんびりとした作風とは裏腹にずしりと心に響くものがあった。

 ちなみに本書は、星新一が翻訳をしているという珍しい本でもある。そのため、文体がドライで簡潔。とても読みやすい作品になっている。
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

NASAより宇宙に近い町工場 [ビジネス]


NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ

NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ




 ロケット開発などというと、NASAなどの大規模な施設が必要なんじゃないかとか、国家規模の大がかりなプロジェクトのような気がしてしまうが、意外とそうでもないらしい。本書を読むと勝手なイメージが覆される。

 本書に出てくるロケット開発を行っているのは、北海道赤平市にある植松電機という会社。社員20人の会社というから少し驚いた。

 小さな会社かもしれないが、やっていることは世界有数らしい。日本では数少ない重力実験施設がある。液体燃料を使わない安全なロケットエンジンの開発。宇宙に出た後でまた地上に戻ってくる世界初の人工衛星の開発。打ち上げ後にブレーキをかけることのできるロケットの開発など、宇宙飛行士や海外の研究者も驚くようなことをやってのけている。

 宇宙開発が身近に感じられると同時に、規模の小さな会社でも、やろうと思えばいろいろな夢を実現できてしまう。思い描いた夢を実現している人々の成功例を見ることができる。

 筆者が口癖のように繰り返し書いているのは、「どうせ無理」という言葉をなくしたいということだ。

 筆者自身が人生の中で何度も人に言われた言葉だとか。「お前の頭じゃいい学校には入れない」「夢みたいなことを考えていないで、現実的なことを考えるように」「お前たちの人工衛星が宇宙で動くはずがない」そんなネガティブな反応ばかりを受け続けた筆者は、判で押したような周囲の反応に反発する。そして、「無理」という言葉を跳ね返すかのように、自身の思い描いていた夢を次々に実現させていく。

 「ロケットを開発するのはお金がかかりすぎて無理なんじゃないか?」普通ならそう考えてしまうところを、どうやったらお金のかからない方法で作り上げるのかを考える。実際に筆者の開発しているロケットはホームセンターなどで購入できる材料でできてしまうのだ。

 たしかに「どうせ無理」という言葉はつい使ってしまいがちで、謙遜のつもりであっても、なにか最初から諦めてしまうようなことを自分でも言ってしまうことがある。でも、それは失敗を怖がっているだけだし、甘えに過ぎないというのは筆者の言う通りかもしれない。無理というのは簡単で、何も工夫も努力もしないということと同義なのだから。

 一見して不可能に見えるところにも、アイデア次第で新たな道筋が見えることがある。物を作るということは、基本は手作りである。そんな実例がたくさん紹介されていて、世界の見え方を変えてくれる本。「どうせ無理」とか、安直に言わないほうがいいよとこの本から教えられた。
タグ:植松努
nice!(15)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: