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はだかの太陽 [SF(外国)]


はだかの太陽〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF ア 1-42) (ハヤカワ文庫SF)

はだかの太陽〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF ア 1-42) (ハヤカワ文庫SF)




 ロボット三原則で有名なアイザック・アシモフが書いた「はだかの太陽」は、ソラリアという惑星を舞台にしたSFミステリー。この作品でも、やはりロボット工学がテーマになっている。

 ソラリアは地球から数百光年も離れたところにある惑星だ。地球よりもはるかに科学技術が発達して、ロボットたちがせっせと働いている星。人々はロボットたちの世話を受けながら、何不自由ない暮らしを送っている。そんなユートピアのような世界で、なぜか殺人事件が起こってしまう。その事件の謎を主人公の刑事が解いていくという話だ。

 これからロボットや人工知能が発達したら、どんな世界になるだろう? ロボット化社会とはどんな社会なんだろう? そんなことをときどき考えることがあるけれど、本書はその一つの回答を描いた作品といえる。

 アシモフは、ロボット化された社会を古代スパルタの社会になぞらえている。

 あらゆる文明というのはピラミッドの構造をとることが一般的だ。ピラミッドの頂点にはごく少数の支配階級がいて、底辺には大勢の被支配階級がひしめいている。ピラミッドの上に向かうほどに、財産が増え、余暇が増え、楽しみが増えていく。スパルタの社会でも、ごく少数の上級市民と、多数の下層市民、大多数の奴隷がいて、上級市民は奴隷を支配して自分たちは文化的・芸術的な生活を送っていた。

 ロボット社会もこれに似ている。奴隷の代わりに大勢のロボットがいて、人間たちのために働いてくれる。ロボットたちが農産物を作り、工業製品を作り、あらゆる家事やサービスを行ってくれるので、人間たちは働く必要がない。人間たちはただ余暇を楽しむばかり。おまけに、ロボットは奴隷と違って反乱を起こす恐れもないので、この社会は安定している。

 よくロボットに仕事を奪われるなどという話があるけれど、最終的にはロボットが何でもしてくれて、人間はただ遊んでいればいいというのは、むしろある種の理想郷なんじゃないだろうか? スパルタの特権階級のような暮らしなんじゃないか? 本書を読むと、ついそんなふうに考えさせられてしまう。

 とはいえ、どんなに理想郷のように見える世界でも、人間同士のいざこざはなくなるわけではない。だから、本書でも殺人事件の話になっているわけで、こんな理想郷でなぜ殺人事件が起こるのかというところも読みどころになっている。

 また、ロボットが本当に反乱を起こさないかというのも神のみぞ知るところだ。人間の知能を凌駕して人間に刃向うということがあるかもしれないし、反乱とは言わないまでも故障を起こしてさまざまな問題を引き起こすかもしれない。

 推理物としても一級品の面白さだけれど、本書はミステリーというにとどまらず、来たるべきロボット社会の行く末についてあれこれ考えさせれる含蓄のある本。50年も前に書かれたとは思えないほど新鮮な内容で、その先見の明には驚かされた。

風の十二方位 [SF(外国)]


風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF ル 1-2) (ハヤカワ文庫 SF 399)

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF ル 1-2) (ハヤカワ文庫 SF 399)




 「ゲド戦記」で有名なファンタジー作家アーシュラ・K・ル・グィンの短編集。

 本格SFものから剣と魔法のファンタジーまで、様々な種類の作品が収められている。一作ごとに異なる世界観が広がっていて、よくこんなにいろいろな世界が描き分けられるなあと驚かされる作品集だ。

 ル・グィンの手にかかると、魔法の世界が目の前に広がってくるように感じられてくるところがすごい。ページを繰るごとに不思議な世界に分け入っていくような気分になった。

 とくに気に入ったのは以下の作品。

 「四月は巴里」 15世紀の錬金術師ジャン・ルノワールは黒魔術で悪魔を呼び出そうとするが、出てきたのは、20世紀の文学研究者だった。黒魔術の誤用によって生まれる顛末を描いたユーモラスな作品。ル・グィンがこういうコメディタッチの作品を書いているのは意外だった。

 「解放の呪文」 牢獄にとらわれた魔法使いが脱出を試みる。「ゲド戦記」につらなる世界観を描いている。

 「もの」 世界の終わりに直面する人々。絶望が世界を支配する中で、職人のリフがとった行動とは? ル・グィンが「心の神話」と名づけた作品群のひとつ。ファンタジーの中に深い思索が込められていて、短いのに読み応えがある。

 「帝国よりも大きくゆるやかに」 宇宙飛行士たちがたどり着いたのは緑色に輝く惑星。植物が生い茂るばかりで生物の影は一切見当たらない。隊員たちは惑星の上を探索するが、誰もいないはずの惑星なのに隊員の一人が何者かに襲われてしまう。硬派なSF小説で、非常に面白い。壮大な謎が隠されているような不気味な雰囲気がよかった。

 「視野」 これもSF小説で、火星から帰還した宇宙飛行士たちを謎の症状が襲う。火星の都市でいったい何があったのだろう? 未知との遭遇によって何が起こるのかという、ファーストコンタクトものともいえそうだ。

 「オメラスから歩み去る人々」 オメラスの市民は幸福そのもの。祭りやらパレードやら宴やら、毎日快楽を享受するばかり。害悪となるものは一切排除され、喜びだけが市内を包み込む。だが、こうした人々の幸福は、一人の少年の犠牲によって成り立っていた。その少年がありとあらゆる不幸を一手に引き受けてくれているおかげで、他の人間たちが幸福に暮らせるのだ。

 わずか10ページ近い短さなのに、一度読んだら忘れられなくなる。哲学的な思索に富んでいて、考えさせられる作品。有名な話ということで、この作品を読みたくて本書を手に取ったのだが、評判どおりの面白さだった。

中国私論 [国際]


橘玲の中国私論---世界投資見聞録

橘玲の中国私論---世界投資見聞録




 中国社会はどうして今のような姿になっているのか? 現在中国で起きている出来事の裏側を解説した本。

 不動産バブルとか、官僚の汚職とか、反日運動とか、シャドーバンキングとか、民主化できない現状とか、様々な出来事が起きている中国。あれよあれよという間にいろいろなことが進行していて、一体中国で何が起こっているのだろうと常々疑問に思っていた。

 隣の国なのによく分からないところも多い国。本書はそんな中国の現状について分かりやすく解説してくれている。

 公務員の給料が安いため、汚職に走らざるを得なくなっていること。地方政府が農村からタダ同然で不動産を手に入れて開発を行うことで、不動産マネーが生み出される錬金術。人口が多く流動性が高いために、日本のようにひとつの土地や会社に身を置くという価値観がないこと。民主化したくても絶対にできない理由がいくつもあることなど。
 
 読んでいてああそうだったのねと驚くことがたくさん書かれていて、目からうろことはこのこと。今まで疑問だったことが解消されてすっきりした。

 本書を読むと、中国の人たちが日本人とは全く異なる原理で動いていることが見えてくる。こういう原理で動いているから、日本人としばしば衝突するのかということが分かってよかった。

 価値観がちがうので変な国だなあとつい思ってしまうのだけれど、外から見たら日本も変なところはあるのだということも書かれている。他の国と見比べることによって、日本のあり方まで見えてくるところも面白かった。
タグ:橘玲

日時計 [ミステリ(外国)]


日時計 (創元推理文庫)

日時計 (創元推理文庫)




 少女誘拐事件の謎を解いていくミステリー

 3歳になる少女マーガレットが誘拐された。父親が目を離している隙を突いての犯行だった。私立探偵ケントはこの誘拐事件の解決を依頼される。手がかりとなるのは、犯人が少女の生存証明のために送りつけてくる写真のみ。

 ミステリーにもいろいろあって、犯人探しのフーダニットが多いのだろうけれど、本作は犯人が誰かよりも、犯人がどこにいるのかという居所を探すところに眼目がある。推理によって、特定の場所を絞り込んでいくところが面白いタイプの作品だった。

 手がかりになるのは、数枚の写真。犯人は少女が写った写真を1週間おきに送りつけてくる。写真の背景には風景がちらりと写っていて、主人公たちは写真の背景に写っているものから、写真が撮影された場所を割り出そうとする。

 一見するとなんでもないような写真である。何も手がかりなどなさそうに見えるのに、主人公たちはほんの些細なところから思わぬ情報を引き出していく。なるほどこんなことも分かってしまうのかと思わずうならされる。推理小説の王道を行っている感じがよかった。

 推理小説であるとともに、冒険小説にもなっている。犯人の居場所が判明した後半からは、犯人の潜伏場所に潜入するスリラー展開になる。どうやって犯人の目をかいくぐって少女を連れ戻すのか? ミッション・インポッシブル的な雰囲気があってスリリングだった。

ナチスの財宝 [世界史]


ナチスの財宝 (講談社現代新書)

ナチスの財宝 (講談社現代新書)




 ナチスが各地で略奪した財宝の行方を追ったドキュメント。

 第二次大戦中、ナチスドイツは行く先々で美術品を略奪していたそうだ。アドルフ・ヒトラーはもともと画家志望だったし、国家元帥ゲーリングをはじめナチス幹部には美術マニアも多かった。だから、ドイツ軍は周辺各国を侵略するごとに血眼になって美術品を集めていったらしい。

 ナチスの集めた美術品は全部で60万点にものぼり、中にはフェルメールやファン・アイク、ミケランジェロといった有名作家たちの作品も含まれていた。略奪品を集めた美術館建設の計画もあったほど。

 だが、ドイツもだんだんと劣勢に追い込まれていき、激しい爆撃と攻撃にさらされ、とうとう連合国軍の占領下に置かれてしまう。では、戦争が終わったあと、集められた美術品の数々はどうなったのだろう? 実は多くの美術品がその行方をくらましたまま、いまだに見つかっていないのだとか。10万点もの美術品が未発見のまま。歴史上のミステリーになってしまっている。

 本書はそんなナチスの財宝を追い求める人々を描いた本である。エカチェリーナ宮殿から略奪された「琥珀の間」の追跡、ロンメル将軍が北アフリカ戦線で略奪した財宝の数々、トプリッツ湖に沈められた金塊の探索など。行方知れずになった財宝をめぐって、様々な人々が争奪戦を繰り広げる。

 宝探しなどというと映画小説では人気のテーマではあるが、本書には現実に宝探しに明けくれる人々がたくさん出てきて、こんなことがホントにあるんだなと驚かされる。国家規模のものからアマチュア的なものまで、様々なトレジャーハンターの探求が描かれていて、読んでいてわくわくするような内容だ。

 連合国軍による没収を免れるために、ナチスは終戦直前に各地に財宝を避難させたらしい。そのような目撃例が各地で聞かれたりして、謎が少しずつ明らかになっていくところなどはスリリング。冒険小説を読んでいるような気分になった。

 世界にはまだまだ解けていないミステリーがたくさんあることが分かる非常に興味深い本。これからもトレジャーハンターたちの進展ぶりが気になりそうだ。
タグ:篠田航一

塵よりよみがえり [SF(外国)]


塵よりよみがえり (河出文庫)

塵よりよみがえり (河出文庫)




 魔力をもつ一族を描いた、ブラッドベリの連作短編集。

 とある屋敷に奇妙な一族が住んでいた。4000年も前に生まれたミイラのおばあちゃん、翼が生えていて空を自由に飛べるおじさん、心を遊離させてあらゆる生きもののなかに入り込む少女、透明人間のいとこ。そして、魔力を持たない普通の人間の少年ティモシー。

 万聖節前夜、この屋敷にむかって世界中からたくさんの一族たちが飛んでくる。一族総出で不思議な集会を開くために……。

 『10月はたそがれの国』という短編集に収められた「集会」という短編に、このお化け一族の集会の話が出てくるけれど、ブラッドベリはこの一族が気に入っていたようだ。シリーズとしてこつこつと長年にわたって書き続けて、とうとう一冊の本にまでまとまってしまった。それが本書『塵よりよみがえり』である。

 屋敷に一族たちが集まってくるそもそものくだりから、ティモシー少年が一族に拾われたいきさつ、奇妙な集会の様子、人間に虐げられる苦しみ、そして、とうとう人間に追われてばらばらになっていく一族の離散にいたるまで。一族の長年にわたる繁栄と没落の日々が描かれている。読んでいて、不思議な世界観にするするとひきこまれてしまうような内容だった。

 連作短編集ではあるが、ひとつひとつの話は独立しているので、どこから読んでも楽しめる本になっている。

 人間の少女の心に乗り移った魔女セシーと青年との不思議なラブストーリー(「さまよう魔女」)、自由に空を飛ぶ能力を失ってしまった翼をもつ男の悲哀(「アイナ―おじさん」)、産まれてから日を追うごとにだんだんと若返っていく奇妙な女性の一生(「生きるなら急げ」)などがとくに気に入った作品だ。

 永遠の命を持っていても、人間のように人生を謳歌できないもどかしさ。ただ存在するというだけで人間たちから邪魔者扱いされるつらさ。お化けの話なのに、なぜか人生の悲哀を感じさせられてしまう。幻想的な話の中に、しっかりと人生のドラマがとりこまれている感じがして、よいものを読んだなあとしみじみ感じさせられる短編集だった。

ゲームウォーズ [SF(外国)]


ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)




 「ゲームウォーズ」は全米で話題のSF小説。仮想空間を舞台にした宝探しアドベンチャーだ。

 物語の舞台は近未来のアメリカ。主人公の少年ウェイド・ワッツは、両親を亡くし、今は叔母と一緒にオクラホマシティ郊外のトレーラーハウスに住んでいる。内気で不器用な少年で、周囲に溶け込むことができず、実人生は嫌なことばかり。

 でも、彼には仮想空間という逃げ場所があった。「オアシス」というバーチャルリアリティ世界が普及していて、その中では生き生きと生きることができたのだ。誰もが架空のアバターに扮して、仮想空間で生活をすることのできるバーチャル世界。ウェイドは「オアシス」を使って、ゲーム映画、音楽、SF小説などをのびのびと楽しんでいた。

 ある日、その「オアシス」に大ニュースが広がる。「オアシス」開発者の大富豪ジェームズ・ハリデーが死去したという。ハリデーは、自分の莫大な遺産のすべてを、ゲームの勝者に譲るという奇妙な遺言をのこしていた。それは「オアシス」内に隠されたイースターエッグを見つけるという宝探しゲームだった――。

 バーチャル世界を舞台にした「インディ・ジョーンズ」という感じでスリリングな内容。ヒントをたどって謎を解いたり、バトルに挑戦してアイテムを手に入れたり。読んでいて、昔のロールプレイングゲームをしているような気分になった。引きこもりオタク少年が、世界を変えてしまうというのも痛快である。

 大富豪ハリデーが80年代のポップカルチャーの中で育ったため、「オアシス」もその影響を受けているというのもいい。映画・音楽・ゲーム・小説など、ノスタルジックな世界が広がっている。80年代カルチャーに毒されている自分にとってもなんとも懐かしい世界で、読んでいて自分のために書かれたんじゃないかと錯覚してしまったほど。

 争奪戦を繰り広げるユーザーたちだったが、しだいに協力関係を築くようになる。ライバルだった人物たちが奇妙な友情関係を育み始めるなど、スリリングな冒険物語の中にさわやかな青春が描かれているところが面白かった。

インフェルノ [ミステリ(外国)]


インフェルノ (上)  (海外文学)

インフェルノ (上) (海外文学)




 「ダ・ヴィンチ・コード」のロバート・ラングドン教授シリーズ。

 このシリーズは毎回いろいろな歴史をテーマにしているけれど、今回はダンテの「神曲」が題材になっている。主人公たちは「神曲」にまつわる美術品や建物を巡って、謎を解いていく。イタリアの都市をめまぐるしく移動するので、読んでいて様々な名所を観光めぐりしているような気分になる一冊だ。

 ダンテの「神曲」って名前は知っているけれど読んだことはなかったので、どんな話なのかと思っていたが、本書を読むとその概要が描かれていた。「ああこんな話だったのか」と勉強になる内容だ。地獄にも階層構造があるとか、煉獄は罪を浄化する場所だとか、キリスト教世界の世界観を知ることができて興味深い。

 本来は原典に当たらなければいけないのかもしれないけれど、本書を読むと楽しみながらダンテの世界に触れることができる。ダンテ入門書といえるだろう。

 ラングドン教授は毎回毎回、謎の組織と対決するというのも定番になっているのだが、今回の「悪玉」も面白かった。人口爆発に不安を覚える科学者が悪役で、人口増加を防ぐために世界規模の謎の計画をもくろむ。

 日本では少子化が叫ばれていて、むしろ人口減少が心配されているくらいなので、日本に住んでいると実感がわかないのだけれど、世界規模で見ると人口というのは増加しているのである。その増え方もかなり急激に増えているらしく、このまま人口が増えていったらどうなっちゃうんだろう? 需要と供給のバランスが崩れ、食料や資源の配分の問題、領土問題、自然破壊の問題などが起こってくることが予測される。

 では、どうやったら人口の増加やそれに伴う社会問題に対応することができるのか? 持続可能な社会をつくることは可能なのか? 世界中で議論がなされているが、本書の悪役は人口増加を食い止めるためにとんでもない計画を立てる。1300年代のヨーロッパでは、黒死病が蔓延し、人口の3分の1が死滅したという。この黒死病にヒントを得たかのような計画。少しSF的だったが、ありえなくもなさそうなところが怖い。

 悪役がどのような動機づけで動いているのかというのが、こういう話では読みどころの一つだが、今回は宗教的なものではなくて、社会派な信念を持っているところが面白かった。手段はともかく、人口増加の不安というのは一理あるよなあと思ってしまったり、エンターテイメント作品でありながらいろいろ考えさせられる内容だった。

シンデレラの罠 [ミステリ(外国)]


シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)

シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)




 記憶喪失をテーマにしたフランスミステリー

 記憶喪失もののミステリーというのはどれを読んでも面白いことが多い。過去の出来事を探っていくうちに、だんだんと主人公の人となりが分かってくる。記憶の空白部分がだんだんと埋められていく感じが興味をそそる。

 ミステリーなので、主人公が普通の人だったら面白くならない。主人公の意外な過去が明らかになるところが見所だろう。たいてい主人公は知りたくもなかった自らの秘密を見つけてしまう。妙な犯罪事件に関わっていたり、自分が思いもしなかった人間だったことに気づいてしまう。主人公と一緒に手探りで過去をたずねていく感じが非常に面白いと思う。

 「シンデレラの罠」もそんな記憶喪失もののミステリーで、海外ミステリーの傑作として名高い作品である。

 20歳の娘、ミシェル・イゾラは自宅で火事にあい、大やけどを負う。顔が焼けて皮膚移植手術までする重症だった。なんとか一命はとりとめたものの、自分が誰なのかも思い出せない。過去の記憶は失われてしまった。火事のときに一緒にいたドムニカという娘は焼け死んだらしい。過去に何があったのか? 火事はなぜ起こったのか? 自分は何者かを探るミシェルの探索が始まる。

 主人公が自分を探していろいろな人に聞いて回るのだが、出てくる人たちが誰も彼もひと癖あって、聞いた内容も信用できなかったりするところが怖い。もしかしたら、間違った記憶を植えつけようとしているのかもしれない。主人公が疑心暗鬼になって、心理が揺れ動く不安感がうまく描かれている。

 こういう真相なんじゃないかと推理しながら読むのだけれど、筆者は読者がそう考えるだろうとちゃんと分かっているようで、さらなるどんでん返しが待っていた。読んでいて筆者と心理戦をしているような気分になってくる。筆者の方が一枚も二枚も上手なので、勝ち目はないけれど。

奇跡の脳 [医学]





 脳卒中になった脳科学者が、その体験をつづった手記。

 筆者のジル・ボルト・テイラーは、ハーバード医学校で脳と神経の研究をしている30代半ばの神経解剖学者。1996年のある朝、自宅で目が覚めると頭に突き刺すような激しい痛みを感じる。ズキズキする痛みが続くとともに、身体の様子までおかしい。思考は明晰なのに身体が言うことを聞かない。緩慢なぎくしゃくした動きになってしまう。

 思考の方も徐々に不安定になっていく。意識が途切れがちになる。頭の中の情報処理ができなくなってしまう。記憶していたことが思い出せず、言語による思考ができなくなる……。

 そのとき、筆者の頭は脳卒中によって機能損傷を受けていた。頭の中に先天性の脳動脈奇形があって、ここから大量の血液が大脳の左半球に吐き出された。左脳の思考中枢の領域で出血したために、言語能力、身体を動かす能力、空間や時間をつかさどる能力が失われてしまったのだ。

 筆者は脳科学者ということもあって、このときの状況を鋭く観察して、脳卒中になった時の状況、徐々に脳の機能が壊れていく様子を詳しく描いている。脳卒中になった人の頭の中ではこんな感覚が広がっているのかということが、体感できるような内容だ。

 興味深いのは、脳卒中になった筆者が、なぜか平穏な幸福感に包まれているような感覚になったというところ。身体の境界線がなくなり、身体が流体のように感じ、宇宙と融合するような感覚になる。神秘的にも感じられる奇妙な恍惚感……。左脳を出血して、左脳の情報処理機能を損なった結果、右脳の持っている安らぎの感覚が強まったのだそうだ。

 右脳左脳の違いの話など、これまでどうも漠然としてよく分からなかったのだけれど、本書を読むと右脳世界と左脳世界の違いが具体的なイメージとして見えてくる。人間の頭の中ってこんな感じになっているのかというのが分かって驚かされた。

 脳卒中から立ち直る経緯も興味深い。言語機能や身体能力を取り戻すために、並々ならぬ努力をしたらしい。筆者の脳は損傷によって、脳のニューロン同士の結合が壊れてしまっていた。失われた能力を取り戻すには、脳の細胞が死滅する前にニューロンを活性化させて、新たな回路のつなぎ変えをしなければならない。筆者は周囲の手助けを受けながら、言葉の使い方、運動技巧、認知処理等を回復するため、リハビリの長い道のりを一歩一歩進んでいく。

 言語化してものを考えられなかった筆者が徐々に回復して、思考能力を取り戻していくところなどは感動的。計算したり、記憶したり、ものを考えたり、当たり前だと思っていることが実はすごい力なんだなあということに気づかされる。

 脳内世界の不思議さに触れることができる一冊。誰の頭の中にもこんな驚異の世界が広がっているのかと思うと面白かった。