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人生の奇跡/J・G・バラード自伝 [伝記(外国)]


人生の奇跡 J・G・バラード自伝 (キイ・ライブラリー)

人生の奇跡 J・G・バラード自伝 (キイ・ライブラリー)




 J・G・バラードというSF作家の自伝。読んでいてこんなにユニークな人生を送った人がいたのかと驚かされる、興味深い本である。

 バラードは1930年の上海生まれ。イギリス人だが、父親が上海の会社を経営していた関係で、上海に生まれ育つことになった。上海には外国人たちが暮らす共同租界と呼ばれる地区があって、バラードの一家はそこで豊かな生活を送っていた。パーティーや社交クラブ、映画三昧の、贅沢な日常を繰り返していたらしい。セレブ生活を絵にかいたような世界だ。

 だが、その周りには厳しい現実も広がっていた。飢餓に洪水に内戦、荒廃した中国世界が横たわっていたのである。

 当時は戦争に進みゆく時代でもあった。日本軍が侵攻してくると、バラードらイギリス人の生活も変化を余儀なくされてしまう。日本軍は上海を占領。中国軍と日本軍との衝突が続き、近隣でも激しい戦闘が繰り広げられた。

 やがて日本がアメリカに宣戦布告をすると、ますます状況は悪化。イギリス人たちの華々しい社交生活はとうとう終わりを遂げる。一家は日本軍に逮捕されて、捕虜として収容所に入れられてしまう。バラードはこの収容所、龍華収容所でたくましく生きていくことに……。

 何不自由ない生活から一転、厳しい収容所生活を送ることになってしまったバラード。時代の波に翻弄される人々の姿が描かれていて惹きつけられる。

 戦時下の中国はこんなだったのかとか、収容所の生活の様子だとか、日本兵はこういう行動をとっていたのかとか、当時の状況が非常に丁寧に描写されている。体験者にしかわからない生き生きとした内容といえるだろう。

 戦争の話だからもっとウェットな感じになりそうなものだが、バラードの文体はドライな筆致で描かれてあって、冷静な目でもって物事をとらえている感じが面白い。収容所生活も食糧不足で苦しかろうに、つらい反面、収容所内で楽しみを見いだそうとしている姿も見られたりして、そのたくましさには驚かされる。

 戦争がどのようにして終わったのか、収容者たちがどのように解放されたのか、戦争後のイギリスでの生活なども描かれている。

 バラードは戦争が終わってはじめて、イギリス世界を目にすることになるが、そこでの生活もまた異質なものであった。イギリスの階級社会の現実など、初めて目にするイギリスの慣習に、ショックを受けることに。イギリス人でありながら、イギリスを客観的に眺めてしまうバラード。自らのアイデンティティの置き場がなく、アウトサイダーとして生きざるを得ない、そんな人生観みたいなものも見えてきて興味深かった。
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世界の辺境とハードボイルド室町時代 [日本史]


世界の辺境とハードボイルド室町時代

世界の辺境とハードボイルド室町時代




 辺境ノンフィクション作家と歴史家との対談。

 室町時代についての本なのだが、室町時代ってどんな時代だったのかと聞かれても、答えるのはなかなか難しい。中世の人々がどんな生活をして、どんなことに価値観を持っていたのか? 現代とは全く異なる世界観が広がっていたはずで、今となってはそのイメージはつかみどころがない。

 だから、本書を読んで室町時代は現代のソマリランドに似ていると書かれてあって、ああそうなのかと思ってびっくりした。室町時代とソマリランド、一見すると全く接点がないように見えるけれど、意外にもかぶっているところがたくさんあるらしいのだ。応仁の乱はソマリアの内戦と共通しているとか、法秩序のあり方が似ているとか、いろいろ不思議とリンクしているところがあるという。

 たしかに、次から次に似たようなところが出てきて、こんなにもかぶっているものかと「へ~」の連続。どうして似てきてしまうのかなあと不思議だった。

 最初はイメージが持てなかった室町時代について、だんだんとイメージが見えてくるところも面白い。ソマリランドという一見無関係な国家と比較することによって、室町時代の実情が浮き彫りになってくるのだ。

 室町時代もソマリランドも、殺伐とした印象を持ってしまいがちだが、実際にはそんなことはないとのこと。一見してカオスのように見えることころに、独自の秩序が働いている。ところや時代が変われば、独自の行動原理が働いていることが見えてくる内容。

 こういう自分のもっている世界観とは全く異なる世界の話を聞くのは楽しい。日本にずっと住んでいると、ついつい現代の日本の価値観が絶対的であるかのような錯覚に陥ってしまう。外国人の言動が日本の価値観と違ったりすると、つい変だなあと思ってしまう。歴史小説を読むときに、勝手に現代人の尺度でゆがめて読んでしまう。でも実際には、価値観なんて国や時代によって千差万別。現代日本の価値観など、この時代のこの国の特有の価値観に過ぎない。

 本書は室町時代とソマリランドという、現代日本とは全く異なる価値観を見せてくれる本で、自分の持っている価値観が絶対ではないんだよという、当たり前だが忘れがちなことを教えてくれる。あまりこだわりすぎない方がいいよと、少し肩の荷が下りるというか。

 次から次に知らない情報が出てきて、くらくら目が回るような本。歴史の面白さを味あわせてくれる異色の対談本だった。
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カッコウの呼び声 [ミステリ(外国)]


カッコウの呼び声(上) 私立探偵コーモラン・ストライク

カッコウの呼び声(上) 私立探偵コーモラン・ストライク




 「ハリー・ポッター」の作者J・K・ローリングが別名義で書いたミステリー。

 J・K・ローリングがどんなミステリーを書くのかと思ったら、結構オーソドックスな探偵ものに仕上がっていた。

 主人公はコーモラン・ストライクという私立探偵。元軍人でアフガニスタンに滞在していたが、片足を吹き飛ばされて、除隊。帰国後はロンドンで私立探偵として働いている。探偵事務所の仕事は鳴かず飛ばずで、依頼者はほとんどおらず、借金に追われる毎日。いつ破産してもおかしくないような状況にあった。

 そんな折に、ジョン・ブリストウという弁護士がストライクの事務所を訪れる。妹のルーラがアパートのバルコニーから転落死した事件について調査してほしいという。ルーラは人気スーパーモデルだったが、精神を病んでいて、自殺したものとみられていた。だが、ブリストウは妹の死に疑問を感じていて、殺人事件ではないかと指摘する。

 本書を読んでみて、さすがベストセラー作家だけあって、どんな作品でも書けてしまうのねとびっくり。大がかりな仕掛けがあるわけではなく、衝撃作というわけではないが、ウェルメイドな仕上がりになっている。

 ストライクが調査を進めていくうちに、様々な手がかりがパズルのピースみたいに次々に現われてくる。ルーラが生前にとった不可解な行動、監視カメラに写った怪しい人物、近隣住民の謎のような証言などなど……。パズルのピースをあれこれこねくり回しながら、これはどんな意味があるんだろうと考えて読むうちに、だんだんと全体像が見えてくる。

 バラバラのピースがぴたりと収まる快感。しかも、ピースには意外な意味があることが分かったりして、なかなか侮れない。

 ファッション業界という、現代の華やかな世界を舞台にしているけれども、その骨格は古典的なミステリーのもの。探偵もののファンとしては、なかなか読みごたえのある作品だった。
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歴史の愉しみ方 [日本史]


歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)




 古文書を速読できるという筆者が、古文書からさまざまな歴史像を読み解いた本。

 歴史小説や時代劇を見るのもいいけれど、やはりフィクションには脚色や想像が加わるので、本物の歴史からは遠ざかってしまう。歴史の実像に近づくためには、古文書などの生の文献にあたるのがよい。そんな考えから、筆者は日本中を行脚して古文書を探し集めて、日本史の実像に迫ろうとしている。

 本書でとくに大きく扱われているテーマは、「忍者」と「震災」である。

 忍者などというと、小説や漫画などのイメージが先行して、実際にどんな存在だったのかよく知らなかったので、本書にその実情が書かれていて面白かった。どんなところに住んでどんな生活をしていたのかとか、報酬はどのくらいだったのかとかけっこう詳しく書かれている。戦国の世の中では隠密活動や合戦などに参加していたようだが、江戸時代になると警備の仕事などに移っていったらしい。時代によって忍者の役割も変わっていったらしいのだ。

 だが、本書の一番の読みどころは、震災にまつわる話だろう。日本は地震大国なので、当然過去の文献にも震災の被害の様子などが描かれていたりする。筆者は古文書を読み解く能力を生かして、こうした古文書に描かれた自然災害の記録を掘り起こして、どのような地域にどの程度の被害があったのかをひもといていく。

 たとえば、東海地震・南海地震は100年~150年に1度の周期で起こっているけれど、この東海地震・南海地震は5回に1回、500年に1度は超巨大地震になって、巨大津波をもたらしているらしい。最近起きたこの巨大地震は室町時代の明応大地震(1498年)で、現代人には運の悪いことに500年前のことなのである。

 筆者は浜松辺りに足を運んで、地震の際にどのような地震被害があったのか、津波はどのくらいの高さで迫ってきたのか、調査を進めている。調査の結果、津波によって神社が流されたり、集落が壊滅したりもしたらしい。平野部でも10メートルを超える津波になって、砂丘を超えて5キロ以上内陸まで入り込んだ可能性も見えてくる。

 このような津波が再来したら、新幹線などもこえてしまうというので、読んでいて怖くなってくる。日本では同じ地域に何度も周期的に震災が起こっていたりするので、こういう歴史研究は、歴史の再現にとどまらず、これからの災害対策にも役に立つなと思った。

 古文書から過去の人々の生活や苦労が分かって、歴史が生き生きと見えてくる本。歴史を知るにも本当はここまでやらなければならないのかとうならされる。筆者が嬉々として古文書を求めて全国めぐる姿には驚かされた。
タグ:磯田道史
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エントロピーと秩序 [物理]





 エントロピーという言葉をときどき聞くけれど、これはいったい何なのだろう? エントロピーの意味について解説した一冊。

 エントロピーというのは無秩序の度合いを示す量のことだそうだ。

 人は石炭や石油といった燃料を燃やして機械を動かすが、いくら石炭や石油を燃やしてもエネルギーの総量は変わらない。エネルギー保存則というものがある。宇宙のエネルギー量は不変である。

 じゃあエネルギーは使い放題かというと、もちろんそうではない。石炭・石油を燃やすたびにエネルギーは熱として解き放たれ、エネルギーの価値が低下してしまう。蓄積された一様だったエネルギーが、無秩序に散逸する。石炭・石油を燃やすごとにエネルギーは分散し、エントロピーが増加する。

 エントロピーが出てくるのは、石油を燃やすという話に限らない。たとえば、鉄がさびるといった化学的な反応についてもエントロピーが関係している。鉄がさびるのは、鉄と酸素が結合するからだが、この結合の際にもエネルギーが放出されてエントロピーが増加する。

 本書を読むと、エントロピーというのは、石油の燃焼から、鉄のさび、人間の呼吸、炭水化物の消化、頭の中の意識にいたるまで、ありとあらゆることに関連しているんだなあということが見えてきて面白い。エネルギーの放出とエントロピーの増加というのは、様々なところで見られる過程らしいのだ。

 だが、一番面白かったのは、エネルギーが散逸して、エントロピーが増加する過程で、物が作り出されるという話だ。

 人は石油を燃やしてエネルギーを放出して、熱を仕事に変換することで、機械を動かして建物を建てることができる。たんぱく質のような生命構造も、世界の一部をカオス状態に落ち込ませることで生まれる。

 大きな秩序でも小さな秩序でも、世界がカオスの状態に変化する過程で、秩序は生み出される。他のどこかでカオスが発生しているから、秩序が生まれる。

 人間はせっせと機械を動かして、秩序立った文明を維持しようとしているけれど、秩序が存在するということはどこかでカオスが発生してエントロピーが増加しているということ。そういうふうに世界はできている。この世のことわりを教えてくれるようなスケールの大きな一冊だった。
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自由の牢獄 [文学]


自由の牢獄 (岩波現代文庫)

自由の牢獄 (岩波現代文庫)




 「はてしない物語」「モモ」などで有名な作家、ミヒャエル・エンデの短編集。

 エンデがどんな短編を書くのだろうと興味津々で読み始めたのだが、どの作品も独自の世界観が広がっていて圧倒されてしまった。不思議な世界に引き込まれてしまう感じ。

 物語自体も面白いのだが、ただ面白いだけではない。ファンタジックな内容でありながら、実は人生の隠喩になっていたりしていて、哲学的なテーマを含んだ読み応えのある内容ばかりだ。

 表題作「自由の牢獄」は、奇妙な部屋に閉じ込められてしまった男の話。その部屋には、111の扉がずらりと並んでいて、男は外に出るためにはそのどれかを選ばなければならない。だが、ある扉の外には宝が待っているかもしれないが、他の扉にはライオンが口を開けて待っているかもしれない。また別の扉には深淵がぽっかり口を開けて待っているのかもしれない。男が選ぶことができるのはただひとつの扉だけ。選んだ瞬間に他の扉は鍵がかかってしまう。

 どの扉を選んだらよいのかわからず、苦悩に苦悩を重ねる主人公。自由な意志で選択することの難しさを描いている。

 物語だけれども人生のメタファーでもある。人生は選択の連続だというけれども、岐路に立った際に、本当に人は自由意志で選択しているのだろうか? あれこれ理由をつけて選択するのに、選択の結果はいつもいつも予想外のものだったりする。人生もこの自由の牢獄みたいなものなんじゃないかという問いかけである。

 表題作以外の作品も、人生とはなんだろうと感じさせられる哲学的な作品が多い。「遠い旅路の目的地」「夢世界の旅人マックス・ムトの手記」「道しるべの伝説」は、この世に存在しないはずの夢や郷愁みたいなものを探し求めて旅する主人公たちの姿を描いている。

 人生に目的は必要なんだろうか? 人生に意義なんてあるんだろうか? いざ目的地に達成してしまったらどうなるのだろう? 物語の形でこういった人生のあれこれを考えさせられるようなつくりになっていて、非常に深遠な内容のものばかりである。

 作品ごとに異なる話ながらも、根底には共通する深いテーマが広がっていそう。これからも何度も読み返したくなりそうな短編集だった。
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穴/HOLES [児童書]


穴  HOLES (講談社文庫)

穴 HOLES (講談社文庫)




 ルイス・サッカーの「穴/HOLES」は、全米図書賞受賞の児童書。

 少年たちがひたすら穴を掘り続けていくという話なのだが、やけに面白い。

 話の舞台は、テキサス州のグリーンレイクというところにある矯正キャンプ。罪を犯した少年たちが、更生のために働かされる場所。周囲はぐるりと乾ききった荒れ地に囲まれていて、逃げ出すこともできない。

 このキャンプにスタンリーという少年が、靴を盗んだという理由で送り込まれるところから話は始まる。彼はキャンプの職員からシャベルを渡され、こちんこちんの地面を掘るように指導される。毎日毎日、炎天下の中で地面を掘るつらい日々……。人格形成のためという話だったが、だんだんスタンリーは疑問を感じるようになる。所長はなにか別の目的があって穴を掘らせているんじゃないだろうか?

 地面の中には一体何が埋まっているんだろうという謎にひっぱられて、ぐいぐい読まされてしまう。ところどころ100年前の過去のエピソードが差し挟まれて、これは何だろうと思って読んでいくのだが、だんだんと過去の逸話がキャンプで起こる現在の出来事と関連していることが分かってくる。最後の方に行くにつれて、過去の秘密が明かされていくのだ。

 無関係に見えたバラバラな事実が関連し合っていることが分かってきて、パズルのピースがうまくはまり込んでいく感じ。巧みに構成された作品といえるだろう。

 何気なく読み始めたら、絶妙の語り口に引き込まれて、面白くてあっという間に読み終えてしまった。
 
 現実とファンタジーがないまぜになったような雰囲気で、英米の児童書を読んでいるとときどき見かける作風。ロアルド・ダールとかを彷彿とさせられる。アメリカのポップな感じと、ファンタジックな雰囲気がまぜこぜになっていて、この雰囲気はなかなか良いなと思った。
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新車のなかの女 [ミステリ(外国)]


新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)

新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)




 この世には、自分にそっくりの人間がいるという。自分そっくりの分身みたいなやつが、自分の知らないところでひょっこり現れたりするんだそうだ。ドッペルゲンガ―などと呼ばれる現象で、世界のあちこちで報告されていて、たくさんの小説や映画の題材にもなっている。「もうひとりの自分」を見ると死んでしまうなどという噂までまことしやかに流れている。

 セバスチアン・ジャプリゾというフランス人の作家が書いた「新車のなかの女」という小説も、このドッペルゲンガ―現象を扱っている。自分そっくりの「もうひとりの自分」の存在に悩まされる女性の話で、読んでいてぞくぞくと背筋が寒くなるようなミステリーなのだ。

 主人公は、パリの広告代理店に勤めるダニーというOL。あるとき、ダニーは社長から新車を空港から社長宅まで届けるように頼まれる。最初はこの指示に従おうとするものの、何を思ったか突然気の迷いが生じてしまい、社長宅とは逆方向の南仏に車を走らせてしまう。今まで見たことのなかった海を見たいという誘惑に駆られてしまったのだ。

 あとで車を返せばいいや、という軽いいたずら程度の気持ちだった。だが、南仏に向かう途中で、ダニーは徐々に恐ろしい運命へと引きずり込まれていく……。

 行く先々で出会う人々が、なぜか前にダニーのことを見たことがあるという。ダニーにとってははじめて通る場所で、知るはずのない場所なのに。自分そっくりの人間があちこちで目撃されているようなのだ。しかも、どうやらその「もうひとりの自分」は、ある殺人事件にまで関わっている様子。ダニーは、いつの間にやら、全く身に覚えのない殺人事件に巻き込まれていってしまう。

 主人公が自分そっくりの分身に悩まされる怪異を描いていて、読んでいて実に不気味。主人公の目線で書かれていて、次々に謎のような出来事が起こって、一体何が起きているのかまるで見当がつかない。全編、悪夢にとらわれているような幻惑的な雰囲気がある。

 謎が謎を呼ぶ展開で、こんなに謎が多くて、どういうふうに結末をつけるつもりなんだろう? と読んでいてつい心配してしまったほど。この手の冒頭で大きな謎を持ってくる作品は、たいてい尻すぼみになって、結末でがっかりさせられることが多いから、本当に納得いくように解決するんだろうかと思ってしまった。

 だが、そんな心配も杞憂だったといえる。最後の章では、冒頭の大きな謎をきちんと合理的に解決してくれていた。背景にある動機もしっかり練られているし、あらかじめいろいろな伏線が張られていたことも分かる。幻想的な内容かと思いきや、実はパズルのように緻密に組み立てられていたことが分かって、ミステリーとして非常に完成度が高い。

 この本は今まで読んだことがなかったのであるが、最近読んだミステリーの中でもかなりよかった。今まで読んだミステリーの中でも、かなり上位にランクインしそう。ミステリーはホラー的な要素があるジャンルだと思うけれど、この本の「もう一人の自分」という謎の強烈さは尋常ではなかった。
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幕末史 [日本史]


幕末史 (新潮文庫)

幕末史 (新潮文庫)




 半藤一利が解説する幕末史。

 同じ作者の「昭和史」が面白かったので、こちらの方も読んでみたのだが、相変わらずの半藤節で分かりやすい。

 アヘン戦争でイギリスが清国を攻撃したように、アジアの国々への欧米列強の侵略が始まった時代。日本にもペリーがやってきて、日本も異国に攻められたらどうしようと大問題となる。

 開国論だの攘夷論だのと日本中が真っ二つに割れて、てんやわんやの大騒ぎ。開国派が力を持ったかと思うと、攘夷派が盛り返したり、両論入り乱れて何が何だかわからないような様相になっていって、なんかもう無茶苦茶に混乱していた時代だったのだなあということが本書を読んでよく分かった。

 とくに徳川慶喜という将軍のキャラクターには目を引く。開国か攘夷かという根本的なところでころころと意見を変えてしまったり、要所要所で周囲を唖然とさせるような行動をとったりしていて、なんと自由な人なんだろうと。この将軍に日本の運命がダイナミックに振り回されている感じがして、読んでいて面白かった。

 もめにもめて、最終的に朝廷のお墨付きをもらって、開国が日本の国策ということでひとつにまとまり、さああとは開国に向って国づくりだというところまでようやくたどりつく。だが、これで一件落着かと思いきや、話がもめている間に、今度は討幕運動がもりもりと力をつけていて、一気に話の流れが変わってしまう……。

 歴史に「もしも」はないというけれど、開国だの攘夷だのと話がもめていなかったら、もっと早く話がまとまっていたら、わざわざ戊辰戦争などしなくても済んだかもしれない。歴史の分岐点というのは面白いものだなあと思わされる。

 幕末ものはたくさん小説が書かれているし、大河ドラマでもしょっちゅうやっているのであるが、あらためて通して読むと、知識の穴ぼこを埋めてくれる感じがして爽快である。登場人物たちの思惑が丁寧に活写されていて、流れがつかみやすいように書かれているところがよかった。
タグ:半藤一利
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新・観光立国論 [ビジネス]


デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論




 イギリス人アナリストが提唱する日本の観光立国論。

 日本はこれから人口が減少していくということが言われていて、人口減による経済への影響ということが将来問題になりうる。人口減による悪影響をなくすために、移民を受け入れてはどうかという議論もあるけれども、問題点・反対論もあるので、容易にはいかないだろう。

 じゃあ、どうしたらいいのかということで、筆者が提唱しているのが観光立国論なのである。

 日本は観光産業としての潜在力を持っているのに、生かし切れていない。「気候」「自然」「文化」「食事」という観光立国になるための4条件を備えた稀有な国であるにもかかわらず、諸外国にアピールできておらず、宝の持ち腐れになってしまっている。本来であれば、今よりも大勢の外国人観光客が来てもいいはずなのに……。

 逆に見れば、日本の現在の観光業の問題点を改善していけば、人口減から来る経済への悪影響を埋めることができるのかもしれない。日本の観光産業は成長するポテンシャルがある分野なんだそうだ。

 京都などに行くと外国人観光客をよく見かけるし、中国人観光客の爆買いとかの話もあってか、これまで外国人観光客は多いという感覚だったのだが、本書を読むとそれほどでもないらしい。数字で見ると、日本を訪れる外国人観光客の世界的な標準にまではまったく達していないという。

 日本は住みやすくていい国だなあなんて勝手に思い込んでもいたが、外国人観光客にとってみたら不便な点が山のようにあるということも書かれている。交通システムの不便さだとか、言語対応の甘さだとか、文化財・歴史に対する保護の不十分さとか。今まで気にしなかったけれど、たしかに言われてみればそうかもしれない。

 外国人目線で見てみないと分からないようなことがたくさん書かれていて、こんなところを見ているのかというのが面白い本である。苦言が多いのだけれど、「日本はすごい」的な自画自賛ばかりするよりもいろいろな気づきがあってよい。「おもてなし」なんて言っているけれども、ちょっとちがうんじゃないかとか、いろいろ日本と外国との認識の差があるようだ。

 観光地に行った時に、外国人観光客はその場所にどんな歴史的なストーリーがあるのかを知りたがっている、というくだりはとくに面白かった。建物の外観的な美しさだけではだめで、背景にどんな物語があるのかというのはたしかに気になるし、外国人に限らず大事だなあと思った。
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興奮 [ミステリ(外国)]


興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))

興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))




 ディック・フランシスの「興奮」は、イギリス競馬界を舞台にしたミステリー

 競馬の世界も大金が絡んでくるので、八百長というものがときどき起こるものらしい。本書はそんな競馬の八百長に絡んだ謎を解いていくという話だ。

 障害レースで、大穴が出るという件が10回くらい起こる。馬の唾液や尿などの検査をして、興奮剤が与えられたのではないかと検査をするのだが、結局何も検出できなかった。それにしても、これほど大穴が続くということは不自然で、何か不正が行われているとしか考えられない。謎を解明するため、ダニエルという牧場の経営者が、厩務員に扮してあちこちの厩舎に潜入して、真相を探る。

 競馬の業界について何も知らなかったので、舞台裏はこんな風になっているのかというのが見えてきて楽しい作品だ。作者は障害競馬の元騎手ということで、競馬の世界がかなり詳しく描写されている。主人公があちこちの厩舎で働きながら事件の捜査をするので、厩舎の様子だったり馬の管理方法だったりが紹介されているのだ。ミステリーとか読んでいると、こういう知らない世界のことを知ることができるのが面白いと思う。

 八百長の方法に関する薀蓄もずらり。八百長にもいろいろあの手この手があるのねということを知ることができて、よく考えるもんだと驚いた。

 そうした薀蓄を踏まえたうえで、筆者は本作品で競馬が大穴を出すためのとっておきの八百長トリックを披露している。最後の方で明かされるその真相を読んだときには、盲点を突かれたような感じで、感心させられた。

 絵解きを聞くと素人にも分かるような単純明快なトリックなのだが、解明されるまでは想像もしなかったようなトリックである。やはりミステリーのトリックはあまりごちゃごちゃしたものより、こういうシンプルなものがいい。

 この作家のものもたくさん出ているのだが、ほかの作品はまだ読んだことがない。他のもこんなに面白いのだろうか? また気になる作家が出てきてしまった。
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猫は手がかりを読む [ミステリ(外国)]


猫は手がかりを読む (ハヤカワ・ミステリ文庫)

猫は手がかりを読む (ハヤカワ・ミステリ文庫)




 シャム猫ココが活躍するミステリー・シリーズの1作目。

 今までこのシリーズは読んだことがなかったが、なかなか面白かった。

 主人公はジム・クイラランという新聞記者。彼は新しく働くことになった新聞社で美術欄の特集記事を担当することになるのだが、美術界を取材するうちに、殺人事件に巻き込まれてしまう。画商が刺殺される事件を皮切りに、次々に事件が起こる……。

 猫が活躍するシリーズと聞いていたので、どんな風に活躍するのだろうと思ったら、主人公のジムの相棒としてちゃんと重要な役割を果たしている。言葉は話せないけれども、手がかりのある場所に主人公を導いたり、推理のヒントを与えたり、主人公のピンチを救ったり。ここぞというときに、主人公の手助けをしてくれるのだ。

 猫の活躍が猫の能力なのか、単なる偶然なのか? どちらにもとれる不自然でない書き方で書かれているところがよかった。

 ミステリーとしてはそんなに複雑なものではなくて、やや軽いなとは思ったけれど、それでも筋書きはそれなりに練られているので楽しんで読める。何より、作品全体を包み込んでいる古き良い感じの町の雰囲気が抜群によい。残酷すぎず重すぎず、いかにも外国のおしゃれなミステリーという感じで、まさにこういうのを読みたかったという作品であった。

 このシリーズはほかにもたくさんシリーズがあるようなので、シャム猫ココがどんな活躍を見せるのか、今から楽しみになってきた。
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イエスの生涯 [伝記(外国)]


イエスの生涯 (新潮文庫)

イエスの生涯 (新潮文庫)




 遠藤周作が描くイエス・キリストの生涯。

 イエス・キリストが行った奇跡の部分ではなく、とくに人間的な生涯に焦点を当てて書かれた本。読みやすい伝記本で、これを読むとイエスが独自の信仰を持つようになった経緯や、生涯どのようなことをテーマにしてきたかがよく分かる。

 とくにイエスが現れた当時の社会背景が丁寧に解説されているので、イエスがなぜ人々を惹きつけ、殺されるに至ってしまったのかが社会とのかかわりの中でも分かるところが面白い。

 当時のパレスチナはローマ帝国の属国だった。ユダヤ社会はローマからの弾圧を受けていて、ローマに対する群集の憎しみがうずまいていた。人々は待ち望んでいた。ローマに反旗を振りかざし、ユダヤを解放してくれる救世主を。

 イエスが現れたのはこうしたローマとユダヤが対立する情勢の下でだったのだそうだ。やがて人々はイエスに自分たちの夢を仮託するようになる。群集の一部は自分たちがローマに反乱を起こしたら、イエスが指導者になってくれるかもしれないと期待した。イエスは徐々に民族主義者たちの夢の存在になっていく……。

 そんなイエス人気にローマは警戒する。反乱を恐れるローマとローマからの恩恵を受けているユダヤの支配階級は、イエスの動向を監視し、不穏な動きがあれば逮捕しようと画策する。だが、実際にはイエスはローマ反乱の指導者になるつもりなどなかった。彼はただ神の愛を人々に説きたかった。人々に慰めを与え、自らの信仰を伝えたかったのだ。

 イエスはそれまでの宗教の教えに疑問を感じていた。悔い改めよといって神の怒りを説くのが当時の宗教の教えだったが、神はただ人々に怒り罰するだけではなくて、哀しい人々に愛を注ぐために存在するのではないのか? 神の愛の証明というのがイエスのテーマになっていくが、人々は神の愛ということが理解できなかった。最後の晩餐のときに、イエスの真意が神の愛にあることが分かると、群衆の期待は失望へと変わってしまう。

 本書を読むと、イエスが群集からの支持を集めていたのは、貧者や病気の者に対する慰めだったり、奇跡だったりを行ったからというのもあるけれど、一部の民族主義者の誤解のようなものもあったんだなあというのが見えてくる。

 群集の誤解や失望、ローマやユダヤの政治的な思惑などが解説されていて、非常に読み応えのある本。神秘的な側面を描いた本なのかなと思ったらそうではなくて、人間的な部分に絞って描かれている。キリスト教にはなじみが薄かったので、いろいろと勉強になる本だった。
タグ:遠藤周作
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