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荒木飛呂彦の漫画術 [漫画]


荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)




 漫画家の荒木飛呂彦が書いた創作論。

 漫画家としてこれまで培ってきた技術の裏側を公開している。

 筆者によると、漫画には基本となる4つの構造で成り立っているという。それは、「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」の4つ。本書では、この4大基本構造について、それぞれどのように構築していくのかを丁寧に解説している。

 この本を読んでまず驚くのは、筆者が非常に勉強熱心であるということ。漫画家として突出した才能があるだけではなくて、普段からアンテナを張り巡らせていろいろな情報を集めたり、実際に漫画を描くときにも、舞台となる場所に実際に足を運んで綿密な取材をしたり、他の漫画や小説映画のどこが面白いのかを徹底的に分析したり。とにかく、よいものを作り出そうというエネルギーが感じられて、なんと仕事に向かう姿勢が立派なんだろうと感嘆した。

 天賦の才能があるだけでなく、相当な努力家でもあるのねということがよく分かるし、膨大な取材に裏打ちされているから、迫力のある作品になっていることが見えてくる。たしかに、荒木漫画を読んでいると、やけに建物の描写などがリアルで、地理・歴史の背景なども細やかなのですごいなと思っていたが、その背後に膨大な努力の積み重ねがあったのだ。

 4大構造の解説の中では、特に面白かったのは、「キャラクター」論のところ。「キャラが立つ」という言い方をすることがあるけれど、どういうことかなと普段から気になっていたのだが、本書を読んで、ようやくキャラクターの何たるかが分かった気がする。

 筆者は、キャラクターを現実感のあるものにするために、各登場人物に「身上調査書」というものを作っているんだそうだ。それは、名前、年齢、性別といった基本的なことから、好きな音楽、飼っているペット、身体の傷の跡など、かなり細かいことにまでいたる、約60項目に及ぶ調査書である。このような細かなことまで設定することで、だんだんと登場人物が実在感のある生き生きとしたものになっていくのだそうだ。

 外国の小説家でも、こういうプロフィールのようなものを作成するという話を聞いたことがあるので、この部分というのは漫画家に限らず、小説や映画などでも共通の考えかもしれない。

 非常に興味深い創作論で、漫画家がこんな風なことを考えて描いているのかというのが分かって面白い本。最初の一コマの役割まで書かれていて、ここまで論理的に構築されているのかと驚かされる。これから荒木漫画を読むときや、漫画に限らず映画や小説に触れるときにも、本書に書かれていることは参考になりそう。新たな視点を与えてくれる新鮮な一冊だった。
タグ:荒木飛呂彦
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雪男は向こうからやって来た [国際]


雪男は向こうからやって来た (集英社文庫)

雪男は向こうからやって来た (集英社文庫)




 雪男の伝説というのは世界中にある。たいていは二足歩行で、全身毛むくじゃらで、ゴリラみたいな形態がイメージとして伝わっている。ヒマラヤ山脈ではイエティと呼ばれているし、ロッキー山脈にはビッグフットの伝説がある。日本でも、中国山地にある比婆山のヒバゴンが有名だ。

 2008年ころに日本の登山家たちの一団が、雪男を探しにいこうという雪男捜索隊(イエティ・プロジェクト・ジャパン)というのを組んだらしい。本書は捜索隊に参加した筆者の探検記である。

 筆者はもともと新聞社の記者として地方支局で働いていたが、新聞社を辞めたのを機に捜索隊に参加することになったのだそう。

 ただし、科学的思考を重んじる筆者としては、最初は雪男の信憑性については懐疑的だったようだ。UFOだのUMAだの、そんなものはあるはずがない。もはや時代は21世紀、雪男などはファンタジーの産物にすぎない。そんなふうに考えていたそうだ。

 だが、登山家たちの話を聞くうちに、筆者の心はぐらついていく……。日本の登山界を代表するような名だたる冒険家・登山家たちが、雪男を見たという証言を続々とあげていたのだ。女性として初のエベレスト登頂に成功した田部井淳子、ヒマラヤの8000メートル峰六座に無酸素登頂を果たした小西浩文、マッターホルン北壁を日本人として初めて登った芳野満彦など、著名なクライマーたちが雪男の姿を目撃したというのだ。

 ひょっとしたら、雪男は本当に存在するのかもしれない……。筆者は、雪男捜索に俄然興味を持ち、困難な道のりに立ち向かう決意をする。目的地は、ネパールのダウラギリ山系。イエティの目撃情報が多数集められている山々だ。

 本書では、この探検の模様が詳細に描かれている。カトマンズから山に向かう道中の様子から書かれていて、ネパールってこんなところなのかという、旅行記として読んでも普通に面白い。登山の世界などあまりよく知らなかったので、キャンプを設営したり、ルートを工作したりといった登山家の日常が興味深かった。もちろん、テーマとなる雪男の話も謎めいていて、徐々に雪男に近づいていく感じがドキドキする。

 この本を読む前は、筆者と同じように、雪男などは単なる空想の産物だろうぐらいにしか考えていなかったのだが、読み進むにつれて、だんだんと本当に雪男はいるのかもしれないと思うようになってくるから不思議だ。日本の名登山家だけでなく、世界中から雪男の目撃例が集まっているらしくて、中には信憑性のある話もたくさんあるのだ。

 伝説にすぎないと思っていた雪男に実在感を与えてくれる不思議な一冊である。本書を読み終わる頃には、すっかり雪男に魅了されてしまったし、雪男の存在を信ずるようになってしまった。この世の中には、人知を超えたような不思議なことがまだまだあるのかもしれない……。
タグ:角幡唯介
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アメリカ素描 [国際]


アメリカ素描 (新潮文庫)

アメリカ素描 (新潮文庫)




 司馬遼太郎のアメリカ周遊記。

 司馬遼太郎が、サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアなどの各都市をまわり、アメリカについての印象を素描した本である。

 アメリカ素描といっても、司馬遼太郎だから、単なる観光日記では終わらない。幅広い歴史の知識と深い洞察力で、アメリカがどんな国なのか、アメリカ人がどんな人々なのか、アメリカの実体をつかみとろうとしている。アメリカではありふれた光景のように見えるものであっても、歴史的な意義があることがわかったり、アメリカ社会の現実を象徴していることが見えてきたり、こんなことが読み取れるのかという視野が広がる楽しさがある。

 筆者は、本書の中で、文明と文化ということを繰り返し述べている。文明というのは、誰もが参加できる、普遍的なもの、合理的なもの、機能的なもののことを指す。たとえば、赤と青の交通信号などは、合理的で機能的で世界共通の普遍的な文明である。これに対して、文化というのは、不合理なもので、特定の集団にのみ通用するものである。たとえば、年末に年越しそばをすするというようなことである。

 アメリカと日本とを比較したときに重要になるのが、この文明と文化ということになる。日本でもアイルランドでも韓国でも、世界のほとんどの国というのは、文化の累積が国という形になって、現れている。だが、アメリカというのは特殊な国で、あらゆる物事が機能的で合理的にできていて、どんな人種にでも共通するような普遍性をもった人工国家として形作られている。アメリカは移民が入ってきた当初から法秩序を重んじ、法律で州を作り、連合国家を作ってきた。また、様々な国の文化が寄り集まっているので、お互いの文化群がすれあって、普遍性がさらに重視されるようになったのだろう。

 筆者は、アメリカ各所をまわる中で、この文化と文明のちがいをあちこちに見出していく。アメリカ的な合理精神をそこかしこで観察して、人工国家とはどんなものかを発見する。普遍的な文明社会の中で、自分たちの文化の特殊性を守ろうとしている人々を見つけたりもする。場合によっては、何でも合理で考えることの危うさがみえたりもする。

 アメリカと日本にはいろいろな違いがあると思うけれど、その違いがどういうところから来るのか、歴史の長いスパンで見ることで初めてその源流が見えてくる面白さ。だいぶ前に書かれたものではあるが、現在でも、この本に書かれた視点は役に立ちそう。

 たしかに、誰にでもわかりやすくて、機能的でということで考えると、アメリカの物にはかなわんなあと思う。日本も近代国家の仲間入りを果たしたとはいっても、様々な独自の文化の上に成り立っていて、現在でもその文化が息づいている。不合理なところはあるにしても、それもまた日本のよさでもあるなあとしみじみ。アメリカと日本の違い、文明と文化のちがいについて様々に考えさせられる良書だった。
タグ:司馬遼太郎
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ジャンガダ [ミステリ(外国)]


ジャンガダ

ジャンガダ




 ジュール・ヴェルヌは「海底二万里」や「十五少年漂流記」などの冒険小説で有名だが、この「ジャンガダ」という作品も、アマゾン河を舞台にした壮大な冒険物語である。

 題名になっている「ジャンガダ」というのは、古い樹木を組んだ巨大筏に、藁葺小屋が乗っかったもので、浮かぶ家のようなものである。このジャンガダに主人公たち一行が乗りこんで、アマゾン河を下って様々な冒険をするというワクワクする物語なのだ。

 物語は1852年のペルーで始まる。イキトスの村に住む農園主のホアン・グラールの一家はあるとき、娘の結婚のためにブラジルのベレンに旅立つことになった。その旅の途中で、彼らはトレスという謎の男をジャンガダに乗せることになる。だが、その男は、ホアン・グラールの過去の秘密を握っていて、ある陰謀を企む恐ろしい人物だった。

 実は一家の主のホアン・グラールは過去にとある犯罪の容疑をかけられていた人物で、人里離れた場所で人目を忍んで生活をしていたのだ。トレスはその正体を見抜いて、当局に密告。ホアンは逮捕されてしまう。ホアンは本当に過去の犯罪にかかわっていたのか? それとも別に真犯人がいるのだろうか? 一行はホアンの無実を晴らすべく、奮闘することに……。

 ヴェルヌは推理小説の父エドガー・アラン・ポーのファンだったらしく、本作はポーの「黄金虫」という作品へのオマージュ作品になっている。ホアンを救うカギとなる文書が暗号文になっていて、その暗号を解読していくミステリーでもあるのだ。

 その暗号というのが、実に難解な代物で、ポーのものの暗号よりもさらに複雑な仕掛けになっている。難攻不落で、解読しようにも手がかりがなくて、手のつけようもない。謎解きやパズルが大好きな判事というキャラクターが出てきて、そんな難解な暗号解読に取り組む様子が楽しい。ありとあらゆる方向から、暗号を解読しようとして、悪戦苦闘するところなどは、まさに推理小説の神髄という感じで面白かった。

 推理ものなんだけれど、さすがヴェルヌで、単純な暗号解読で終わらせないところもすごかった。死刑執行のカウントダウンという形でドラマティックに話を盛り上げているし、文書の行方を追う追跡劇でもあるし、同時並行でホアン脱獄計画が進行したりもしている。登場人物たちの関係も様々に発展して、最後には収まるところに収まってしまうといううまさ。

 一冊の中にエンターテイメントの様々な面白さが凝縮している感じがして、すごいもの読んだなあと圧倒されてしまった。ヴェルヌの中ではあまり知られていない作品だが、埋もれた傑作といえるかもしれない。
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「昭和」という国家 [日本史]


「昭和」という国家 (NHKブックス)

「昭和」という国家 (NHKブックス)




 司馬遼太郎が、昭和元年から昭和20年の終戦までの時代について語った本。

 筆者はこの期間について、日本の歴史の中でも異様な時代だったと述べている。リアリズムを持たない魔法にかかったような時代だったと。

 リアリズムというのは、全体を数量化して考えることができるという八百屋さんの持つリアリズムである。通常は、組織が何か行動を起こすときには、儲かるか儲からないか、勝算があるのかないのかを考えるものだ。八百屋さんも赤字にならないように悪戦苦闘するはずだ。

 だが、昭和初期の時代の日本は、こうしたリアリズムを持たなかったらしい。兵器を持っていたといっても日露戦争当時の時代遅れの兵器ばかりで、ソ連やアメリカの水準とは時代がずれていた。兵隊の食料を現地で調達するという正規の軍隊ではやらないようなことまでしていた。戦略があるわけでもないのに、むやみにあちこちに分散して兵を進めるようなこともしていた。

 当時の参謀本部も、自分たちの持っている兵器の数や大きさや水準、食料はどんなものがあるかとか把握していたはずなのに、都合の悪い情報はシャットアウトしてしまっていた。リアリズムを持たずに言葉でごまかして、イデオロギーで突っ走ってしまった。

 織田信長とか日本の歴史上の人物であればやらないような無謀な戦い方をしていて、この時代の日本はどうなっていたのだろう? 悪い魔法にかかってしまっていたのだろうか? 筆者はそんな疑問から、昭和の時代を考察している。

 本書を読むと、昭和という時代が日本の歴史の中でも特異な時代だったことが見えてくる。司馬遼太郎なので、昭和の時代だけでなくて、いろいろな時代との比較で語られている。明治の時代との違いについて語られていたり、江戸の時代との比較で語られていたり。時代ごとに日本がどのように変化をしていったのかが分かる内容になっている。膨大な歴史の資料に裏打ちされていて、圧倒されてしまう。

 筆者自身、戦時中は少年時代にあって、学校の途中で軍隊に入れられて、満州の方に行っていたそうだ。だから、当時見聞きした内容もふんだんに盛り込まれてあって、戦時中の人々がどのような生活をしていたのか、敗戦のころはどのような思いだったのかという、当時の人々の生活を知ることができる。歴史家の視点、当事者の視点、様々な視点から、昭和の時代を振り返った貴重な一冊だった。
タグ:司馬遼太郎
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「明治」という国家 [日本史]


「明治」という国家〈上〉 (NHKブックス)

「明治」という国家〈上〉 (NHKブックス)




 司馬遼太郎が、明治という時代について語った本。

 江戸時代からの流れ、廃藩置県、サムライの終焉、明治憲法の制定、国民の誕生、キリスト教との関係など、いくつかのトピックを交えながら、明治という時代の全体像を描き出している。

 本書を読むと、明治という時代が、ダイナミックで生き生きとした時代だったんだなあということが見えてくる。なにしろ、いままでの旧制度をぶちこわして、一から国づくりを進めていかなければならなかったのだから。その苦労は並大抵のものではなかったろう。

 そもそものきっかけは、幕末のころの人々の共通意識。諸外国に攻められて日本をとられてしまうんじゃないか。植民地にされてしまうんじゃないかという恐怖だった。こうした心理は、一方では排外主義となり、他方では諸外国を見習って力をつけようという開国主義となる。

 そして、こうした人々の意識を反映する形で、勝海舟、小栗忠順、西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬、徳川慶喜といったキーパーソンたちの働きで、明治維新が成し遂げられることになる。

 だが、いざ明治維新が成立して、国づくりがすんなり進んだかというと、そうでもなかったようだ。新国家のビジョンを持っていたのは坂本竜馬くらいで、その他の人はそのようなものは持っていなかった。その坂本竜馬も途中で死んでしまう。

 明治の人々は、諸外国からのプレッシャーを受けながら、見よう見まねで近代国家を作り上げていかなければならなかった。明治憲法、政治体系、社会制度、軍事システム、科学技術など、外国を手本としながら悪戦苦闘しながら形を整えていったのである。

 本書はこのような、明治の人々が国家を作り上げ、やがて「国民」や「日本人」という概念が誕生するまでの経緯を生き生きと描いている。江戸時代の人々が持っていたのは、主君に対する忠義という倫理だったが、明治の時代になって、はじめて自分たちが国民だという意識を持つようになる。国民国家の誕生である。まさに歴史の転換点、今の日本を形作った時代なんだということが分かる内容だ。

 とにかく情報が満載で、様々な歴史上の人物たちが入れ代わり立ち代り登場する本である。どのエピソードも興味深く書かれていて、堅苦しい論考ではなくて、人物伝として読んでも楽しい。薩長とか勝海舟とか坂本竜馬などは知っていたが、あまりよく知らない人物が実は重要な役割を持っていたことなども分かってきて、そういう人がたくさん出てきて、いろいろためになる本だった。
タグ:司馬遼太郎
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