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ドリアン・グレイの肖像 [文学]


ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

  • 作者: オスカー ワイルド
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1962/05/02
  • メディア: 文庫



 オスカー・ワイルドの古典文学小説。

 有名なのでどんなものかと思って読んでみたら、巧みな心理描写と怪奇趣味がないまぜになった非常に面白い作品だった。

 主人公のドリアン・グレイは美貌の青年。画家のバジルは、ドリアンに夢中になり、彼の姿を肖像画として見事に描きうつそうとする。

 ドリアンはもともと純真無垢な性格の若者だったのだが、画家の紹介で知り合ったヘンリー卿に感化されて、その牧歌的な純粋さを失い、欲望と情熱に身をゆだねることになる。自らの若さと美しさに気づいてしまったドリアン。自己の欲望を追求するあまり、婚約者を死に追いやったり、悪徳を重ねていってしまう。しまいには、自らをもっとも信頼してくれていた画家のバジルまでをも殺してしまう……。

 悪魔のような所業を重ねるドリアンだったが、その姿かたちはなぜか永遠の若さと美貌を保っているかのように見えた。そのかわりに、いつかバジルが描いた肖像画のほうがなぜか徐々に変化を見せ始める。若くて純粋無垢に描かれた若者の肖像画が、だんだんと醜悪でおぞましいものに変貌を遂げていく。それは、ドリアンの本当の姿、邪悪にゆがんだ魂を映し出しているかのようだった。

 主人公がありのままの人生を歩もうとするのだが、次第にあるべき社会規範から大きく外れていってしまい、周囲の人生をも次々に崩壊させていってしまうところが怖い。自らの人生を生きるということは、他人を踏みつけて犠牲にしてしまうということでもある。より良い人生を生きることを目指したはずのドリアンが、知人たちを没落させ、やがては自らをも破滅させてしまうという皮肉さ。人生の悲劇的な一面を垣間見るかのような作品。

 ドリアンも単純に悪辣な人間として描かれているのでもなくて、背徳と良心との間で苦悩する人物として描かれているところが興味深い。優しい人間味のあるドリアンと背徳と欲望にまみれたドリアン。背徳行為を行う中で、ときどき人間味が現れたりもして、内部でふたりのドリアンがせめぎあう様子は、人間の二面性を感じさせて見事。肖像画が主人公の二面性の象徴になっている。

 人間心理を描いた作品であるとともに、絵画奇譚ともいうべき幻想味にあふれた作品にもなっていて、怪奇物が好きな自分には大いに楽しめた。エドガー・ポーの小説を思わせるような不気味な雰囲気に満ちているところがいい。ラストもいかにもぞっとするような戦慄の幕切れだった。
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緋色の研究 [ミステリ(外国)]


緋色の研究 シャーロック・ホームズ

緋色の研究 シャーロック・ホームズ

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1960/08/12
  • メディア: Kindle版



 戦地のアフガニスタンで銃弾を受け、イギリスに帰還した医師ジョン・ワトソン。下宿先を探していたが、手持ちの資金もとぼしく、思案していたところ、旧友からある人物を紹介される。シャーロック・ホームズというその人物は、ベーカー街にある部屋の家賃を半額負担してくれる人を探していて、ワトソンはその条件にぴったりなのだった。だが、そのホームズという人物は一風変わったところがあるらしい。ひとり部屋にこもって不可解な化学研究に没頭したり、ときどきとっぴょうしもない行動に出たりすることがあるのだとか。ワトソンはそのホームズのもとを訪ねるが、噂以上の奇妙な体験をすることに……。

 名探偵シャーロック・ホームズの初登場作品。ワトソンとホームズの初めての出会いが描かれている。

 ホームズが最初は謎の人物として扱われていて、徐々にその卓越した推理力が明かされていくところが面白い。ホームズがワトソンに初めて会った際、開口一番アフガニスタン帰りであることを見抜いてしまったり、窓から見える人間の職業をぴたりと言い当ててしまったり。なんなんだこの人はとワトソンが仰天するところなど、鮮やかな手品を見せれらるような楽しさがある。

 もちろん、不可思議な事件も起こってホームズの真価が発揮される。誰もいないはずの空き家でアメリカ人の遺体が発見され、警察から助力を求められるホームズ。犯行現場に残された様々な手掛かりから、犯人像や犯行状況をたちまちのうちに推理してしまうのだ。

 1作目からすでに何もかもが完成されていて、推理の面白さは卓越しているし、いろいろな目くらましもあるし、登場人物たちのやり取りも楽しく、さすがコナン・ドイル、名作中の名作だなあと感嘆させられた。

 2部構成のようになっていて、前半にホームズの活躍が描かれていて、後半は犯人側からの視点で、なぜ犯罪行為が行われるに至ったのかという経緯が描き出される。この後半部分がまたすこぶる面白いのである。

 最近のミステリーであれば、動機は金だとか、復讐だとか、秘密を隠匿するためだとか、さらっと数ページで終わらせるようなところを、数章にわたって物語にしたためているところがすごい。もうこれだけで小説1冊分の面白さがあるなあと思えるような冒険小説になっている。

 後半の話の舞台は、1847年のユタの大峡谷ソルトレークシティ。モルモン教徒のコミュニティから命を狙われた父娘の決死の逃避行――。

 西部劇を見るような味わいで、こういう歴史小説を書かせてもうまかったんだなあと、ドイルの多才ぶりにまたまた驚かされてしまった。

 前半のホームズの推理の面白さと後半の冒険小説の面白さ。1冊で2度おいしい豪華な作品。やはり古典は面白いなあとしみじみ感じてしまった。
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赤ひげ診療譚 [歴史小説(日本)]


赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

  • 作者: 山本 周五郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1964/10/13
  • メディア: 文庫



 長崎に遊学して蘭方医学を学んだ後、江戸に帰ってきた若き医師、保本登。彼は幕府の御目見医として出世の道に進む予定であったが、なぜか小石川養生所という場所で見習い医をすることになる。養生所の医長である「赤ひげ」は一風変わった人物。貧民ばかりを相手にし、言動もがさつ、見習いの扱いも厳しい。保本はそんな「赤ひげ」に最初は反発をするが、次第に惹かれるものを感じ始め……。

 赤ひげと若き医師との心の交流を描いた作品。

 主人公の若き医師保本は、出世ばかりを気にする俗物的な人間だった。保本にとっては、赤ひげのところで働くのが苦痛で仕方がない。患者の部屋も医員の部屋も狭くて牢屋のよう。畳すら置いてなくて、寒々としている。着るものも白の筒袖で牢屋の仕着みたいに見える。赤ひげはまるで養生所の独裁者。そんなふうに保本は考えて、ひとり酒を飲んでは憂さ晴らしをする日々を送っていた。

 だが、保本が赤ひげと接するうちに、赤ひげに対する印象がだんだんと変わり始めるのである。患者からの評判も悪い赤ひげだったが、実は患者たちに真摯に向き合っていることが見えはじめる。自分に厳しく、労を惜しまず、貧しい人間への情を貫く。赤ひげの豪胆な態度の裏に、医師としての理想の姿が見えてくるのだ。

 保本の赤ひげに対する印象が変わるにつれて、保本自身の態度も変わり始める。一見牢屋のように見える病棟にも、医学的な理由があることも分かり、彼は赤ひげのやり方を自分から進んで見習っていくようになる。そして、医師としての経験や見識を深めていく。

 教養小説というか、若い医師が徐々に変化して成長していく物語といえるだろう。保本の内面が変化して、今まで見えなかった世界が広がっていく。一人の医師がすくすくと伸びていく様子を描いていて、読んでいてすがすがしい気分になった。

 赤ひげと保本の交流というだけでなく、患者たちの物語でもある。連作短編集の形をとっていて、各短編ごとに奇妙な症状を見せる患者たちが登場する。その患者たちをふたりで診察するのだが、実は患者たちにはそれぞれ人には言えないような秘密を抱えていて、各話の終わりにその秘密が解き明かされるというしかけ。ミステリー仕立ての作品ともいえ、単純に物語としても面白かった。

 江戸の町の庶民の人々の人間ドラマを味わうことのできる名作。黒澤明が映画にもしているけれど、本書を読んで映画の方も久しぶりにまた観てみたくなった。
タグ:山本周五郎
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イスラム国 [国際]


イスラム国 テロリストが国家をつくる時

イスラム国 テロリストが国家をつくる時

  • 作者: ロレッタ ナポリオーニ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/01/07
  • メディア: 単行本



 国際ニュースなどで、イスラム国がよく話題に上るけれど、そもそもイスラム国という組織はどのような形で始まったのだろう? どんな内部組織になっているのだろう? 目標はどこにあるのだろう? 基本的なことがよく分かっていなかったので、勉強のために読んでみたのがこの本、「イスラム国 テロリストが国家をつくる時」である。

 筆者によると、そもそもイスラム国を建国しようと考えたのは、アル・バクダディという人物だそうだ。

 イラクの古都サマラで生まれ、バグダッド大学でイスラム神学の学位も持つカリフ、アル・バクダディ。彼は、シリア内戦の混乱の中で頭角を現し、「イスラム国」組織を作り上げ始める。その目的は、カリフ制国家の再興による政治的な解放。ユダヤ人が世界に散らばるユダヤ人のためにイスラエルを建国したのと同じように、スンニ派のすべての人々のために、独立したイスラム国家をつくること。

 今までも様々なテロ組織が生まれたけれども、イスラム国は普通のテロ組織とその組織運営の巧妙さで圧倒的に異なっているという。詳細な決算報告書を作るなど、財務管理が際立っているし、油田や発電所を制圧したり、支配地域の商品に課税したりして、収入も潤沢だ。現代のテクノロジーとソーシャルメディアを巧みに駆使して、高度な宣伝活動も行っている。

 イスラム国というと、過激な行為が有名で、敵を惨殺したり、女性を略奪したり、米国人ジャーナリスト斬首映像をネット上に流したりしているのだが、そうした過激な言動とは別の側面も存在しているらしい。

 恐怖や力だけで人々を支配するのは、短期的には可能かもしれないが、長い目で見て国家として運営していくのは難しい。地元住民の承認を得る必要もある。だから、イスラム国は地元住民のために道路を補修し、食料配給所を設置し、電力の供給を確保し、予防接種まで行ったりもする。住民への手厚いサービスを行って、その支持を得ながら国家としての形を整えようとしているようなのだ。

 ニュースなどではイスラム国は過激集団と呼ばれることがあるけれど、本書を読むと、これまで出てきたようなテロ組織とはかなり性格が違うことが見えてくる。ローマ建国の時のように、本気になって国家作りに取り組んでいることが感じられ、実際にある程度形になり始めているというから驚きだ。

 相変わらず過激な言動を繰り返しているから、国際社会にとっては恐怖そのもので、頭の痛い存在なんだろうけれど、もともとイスラム国が力をつけたのも、中東での各国の代理戦争に乗じたのがきっかけ。

 中東ではアメリカ、ロシア、中国、周辺各国などの思惑が入り乱れていて、敵味方がころころ入れ替わり、冷戦時の様な単純な二極構造ではなく複雑な多極構造にあった。各国はスポンサーとして武装勢力に支援をして代理戦争を行っていたが、イスラム国はこうしたスポンサーによる資金援助を利用して力を蓄えてきたという。国際社会がせっせと武力勢力に資援をして代理戦争を行ったら、今度はその武装勢力が大きくなりすぎてスポンサーの脅威になってしまったというのだから、皮肉な話である。

 イスラム国について、分かりやすくまとめられていてかなり読み応えのある一冊。その成り立ちの経緯、組織運営のやり方、方向性など丁寧に書かれていて興味深い。様々な側面から見たイスラム国の実態を知ることができる新鮮な内容だった。
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脳内麻薬 [医学]


脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体 (幻冬舎新書)

脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体 (幻冬舎新書)

  • 作者: 中野 信子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/01/30
  • メディア: 新書



 人が快感を感じるときに放出される脳内麻薬について書かれた本。

 楽しいことをしているとき、おいしいものを食べているとき、褒めてもらったとき、何かいいことがあったときに人が快感を感じるのは、脳の中で快楽物質が放出されているからなんだそうだ。それは、ドーパミンという神経伝達物質で、脳の中脳という部分から放出され、神経細胞を通じて、脳の各部分に伝わっていく。

 獲得すべき報酬のようなもので、食欲や性欲などの生物的な欲求に関わっているのだが、それだけではなくて、ギャンブルにはまるとか、ネットが楽しいとか、努力して何かを成し遂げるとか、趣味にはまったり社会的に成功したりする場合にもドーパミンが放出されるのだという。

 必ずしも生存に直結しないような場面にも放出されるので、ドーパミンはときどき人間をあらぬ方向に走らせしまう怖い存在ともいえるだろう。ギャンブルやネットゲームに夢中になりすぎて生活に支障を来したり、ドーパミンを増大させるドラッグの中毒になってしまったり。快感を求めるあまり、本来優先すべき生存や社会生活を犠牲にしてまでドーパミンを欲してしまう……。

 本書を読むと、ドーパミンという物質が人間のあらゆる活動に根幹に存在していることが見えてきて面白い。ほんの小さな化学物質が、良くも悪くも人々を動かしていて、ときには文明社会の構築に役立ったり、ときには人生を狂わせたりもする。

 人が幸福を感じるのはどんな時か? ドラッグやタバコに依存するのはどういうメカニズムによるのか? オンラインゲームにはまる理由はなぜか? 結婚生活と脳内物質がどのように関わっているのか? などなど、人間の生活のあらゆる側面をドーパミンの作用という観点から説明していて、なるほどという感じでためになる一冊。

 自分も読書中毒、ネット中毒など、様々な中毒が甚だしいのだが、これもドーパミンの作用なんだろうか? 化学物質に操られているかと思うと、読んでいて何かちょっと情けない気持ちにもなった……。
タグ:中野信子
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裏窓 [ミステリ(外国)]


裏窓―アイリッシュ短編集 (3) (創元推理文庫 (120-5))

裏窓―アイリッシュ短編集 (3) (創元推理文庫 (120-5))

  • 作者: ウィリアム・アイリッシュ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1973/03/30
  • メディア: 文庫



 恐怖とサスペンスの作家ウィリアム・アイリッシュの短編集。

 ミステリー小説は探偵や刑事が主人公になることが多いから、自然と語り口も客観的になる。事後的に、第三者としての目線から事件が語られることになる。比較的冷静な立場から、科学的に事件を過去にさかのぼって考察するというのがよくあるパターンだ。

 これはこれで面白いけれど、目線を変えてみて事件を別の立場の視点から見てみると、同じような事件でも全くちがったものが見えてくることがある。たとえば、事件の犯人の立場から見てみると、事件がより主観的なものになって、ドキドキするようなスリルが生まれてくる。犯罪計画がうまくいくかどうかというスリル、刑事との切迫したやり取り……。犯罪者が追い詰められていく緊張感という、探偵目線の小説からは得られない楽しみが生まれてくる。

 サスペンス作家は、様々な目線から物語を語ることで、本格探偵小説にはないミステリーの可能性を広げた。中でもウィリアム・アイリッシュはその代表格で、本書の各作品の中でも、目線を変幻自在に変えながら、物語を語っている。

 表題作「裏窓」は、まさに目線がテーマになっているともいえる作品だ。

 主人公は足を骨折して身動きがとれず、部屋の中に閉じこもっている。暇をもてあました彼は、あろうことか窓から見える近所の人々の生活を覗き見始める。そして、見てはいけないものを見てしまって、殺人事件に巻き込まれてしまう。

 事件の目撃者という目線から描かれていて、事件にいつの間にやら関わってしまう感じが怖い。予想されるとおり、犯人に狙われるようになって、命の危険にさらされるというスリリングな展開になる。

 「じっと見ている目」という、これまた目線がテーマになったような作品も面白かった。

 夫に多額の保険金をかけて殺害しようとする妻と愛人。湯沸かし器が故障しているのを利用して、ガス中毒事故に見せかけて殺害する計画だった。主人公は夫と同居している母親で、計画段階から事件の一部始終を目撃することになる。だが、犯罪計画を目撃したのに、誰にもそれを伝えることができない。全身が麻痺しているため、言葉で伝えることも文字で伝えることもできないのだ。主人公の孤独な戦いが始まる……。 

 この話も目撃者目線の話で、どうにか犯人の計画を妨害しようと悪戦苦闘する姿にハラハラさせられる。身体を動かせないながらも、まばたきだけはできるので、まばたきでメッセージを送ることができないかと奮闘するのである。短い話ながらも、いろいろな趣向が盛り込まれていて、映画一本分観たような凝縮された面白さがあった。

 「死体をかつぐ若者」は、殺人者となってしまった父親をかばって、死体を運んで犯罪を隠蔽しようとする息子の話で、犯罪者目線のスリリングな作品。途中途中でさまざまな難関が待ち受けていて、犯罪計画がいつ露呈するかとドキドキの逸品。

 「踊り子探偵」は、被害者目線の作品。ダンスホールの踊り子ばかりが殺害される連続殺人事件が起こる。あるとき主人公の踊り子がダンスホールで踊っていると、犯人が好んでいるという音楽がかかって……。殺人者と対けるする羽目になるダンサーの物語で、犯人から狙われるじわじわとした恐怖が感じられる。

 本当にいろいろな目線で描かれた作品が詰まっていて、バラエティに富んだ一冊。アイリッシュのものをあらためて読んでみると、恐怖感を盛り上げる演出のうまさには驚かされる。犯罪者や被害者の目線で見ると、日常のちょっとした出来事であっても、サスペンスの道具になってしまうというところが面白かった。
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笑う警官 [ミステリ(外国)]


刑事マルティン・ベック  笑う警官 (角川文庫)

刑事マルティン・ベック 笑う警官 (角川文庫)

  • 作者: マイ・シューヴァル
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2013/09/25
  • メディア: 文庫



 マイ・シューヴァルの「笑う警官」は、スウェーデン発のミステリーである。数年前ブームになった「ミレニアム/ドラゴンタトゥーの女」もスウェーデン産だったから、スウェーデンというのは北国のミステリー大国のようだ。

 「笑う警官」は名作として有名な作品だったので読んでみると、評判にたがわない、質の高い骨太の警察小説だった。

 ストックホルムの市中で、バスに乗っていた9人の男女が何者かによって銃撃され、1名を除き死亡するという事件が起こる。唯一生存した男も意識不明の重体で、生死が危ぶまれた。

 一見すると発作的な無差別殺人のようにも見えるが、現場の状況を調べると意外な計画性があるようにも見える。犯人は綿密な計画を練って犯行に及んだのだろうか? だが何のために?

 被害者同士は、それぞれ職業も年齢も生活状況もバラバラ。お互いにつながりはない様子だった。計画して赤の他人9人を殺害する理由は何か? 被害者の一人が警察官だったことに何か意味があるのだろうか? ストックホルムの警察官たちは、これらの疑問に頭を悩ませつつ、事件の捜査にあたる。

 被害者が9人もいるというミステリーで、関係者がこんなにたくさんいては、普通なら収拾がつかなくなるところだろう。関係者の聞き込みだけで、延々と続いてしまい、これ一冊で話が終わるのだろうかと心配になったほど。

 だが、この作者は見事な手腕で物語をうまくまとめている。被害者の一人一人を丁寧に描写しつつも、手際よく解決への道筋を提示してくれる。話が進むにつれて、複雑に絡み合った糸を解きほぐすかのように、真相に至る一本の線が見えてくる。

 一見何の関連もなさそうに見えた手がかりの数々が、最後に一本に収斂してしまう爽快感。探偵小説かくあるべしといったミステリーのお手本のような作品。

 こんな名作をまだ読んでいなかったとは、われながら不覚である。この作者のほかの作品も気になった。
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運命のボタン [SF(外国)]


運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)

運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: リチャード・マシスン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/03/26
  • メディア: 文庫



 幻想と怪奇の作家、リチャード・マシスンの短編集。

 ありふれた日常を送っていたはずの主人公たちが、ぽっかり空いた異次元への裂け目を通って、不思議な世界にさまよい込んでしまう。そんな奇妙な物語ばかりを集めた作品群だ。

 表題作「運命のボタン」は、ある夫婦の元に届けられた押しボタンつき装置の話。そのボタンを押すだけで、大金がもらえるという。ただし、その引き換えに世界のどこかで見知らぬ人間が死ぬことに……。

 「死の部屋のなかで」 アメリカの砂漠地帯をドライブしていた夫婦が、途中でおんぼろレストランに立ち寄る。夫がトイレを借りるが、そのまま帰ってこない。あせった妻は夫を探すがどこにも見当たらない。それどころか、店にいた人間は、誰も夫のことを見ていないという……。

 「小犬」 自宅の中にいつの間にか入り込んでいた白い子犬。サラはぎょっとして犬を追い出すが、なぜか家の中に戻ってくる犬。追い出しても追い出してもいつの間にか家の中に入り込んできて……。

 「二万フィートの悪夢」 旅客機で旅行中のビジネスマン、ウィルスン。彼は飛行機が苦手で眠ることができず、ふと窓の外を見ると、翼の上に人影が……!?

 この短編集に出てくる作品に共通するテーマは、「恐怖とは何か」ということだった。

 主人公やその家族が死の危険にさらされる作品が多いし、文字通り怪物が襲ってくるような話もあって、物語として怖い。じわじわとくる恐怖とサスペンスも味わえる作品群である。

 だが、モンスターが怖い、幽霊が怖いという単純な話でもない。マシスンはそうした表層的な怖さだけではなく、もっと根源的な恐怖を描いていた。

 この作品集に出てくる主人公たちは、超自然的な体験をする中で、大切にしている家族との信頼を崩壊させてしまったり、誇大妄想のように思われて社会から孤立してしまったり、人間として越えてはならない線をまたいでしまったりする。極限状態に追い込まれてしまった人々が、狂気に走ったあげくに、大切な何かを失ってしまう。そういう社会心理的な怖さのある作品でもあるなあと思った。

 怪異が襲ってきてゾッとするという怖さも面白いけれど、あくまでも超自然的な部分は触媒にすぎなくて、主人公たちは超自然的体験をきっかけに少しずつどこか社会規範からズレた行動をとるようになって、そのズレがとんでもない方向に進んでいく。主人公たちの世界ががらがらと崩れ去って、狂ったような行動に走ってしまう。その転落していく感じがとても怖いのだ。

 SF短編・ショートショートとして、物語としても皮肉が利いていて面白い作品ばかりだが、それ以上に恐怖とは何かという問いかけがあって、深掘りして楽しむこともできる短編集。こんな事態に巻き込まれたら、自分も主人公たちのように狂気に走ってしまうのではないか? しょせん文明社会や社会規範なんて薄皮一枚のもろいものなんじゃないか? そんなふうに思わされる怖さがあった。 
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日本人の知らない「クレムリン・メソッド」 世界を動かす11の原理 [国際]


日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理

日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理

  • 作者: 北野 幸伯
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2014/12/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 アメリカや中国、ロシアといった世界の支配的な国家は、どのような原理で動いているのか? 国際情勢はどのような仕組みで動いているのか? 11の原理でひもときながら、世界の大局を読み解くための方法を教えてくれる本。

 世界の大局は「主役」「ライバル」「準主役」で見る。世界の歴史は覇権争いの繰り返しである。世界の紛争というのは「金儲け」「安全の確保」「エネルギー」「基軸通貨」をめぐる争いである。「思想」「主義」「感情」といった色眼鏡を外して「事実」を見る。世界の情報はあまねく操作されている。戦争は「情報戦」「経済戦」「実戦」の3つである。などなど、世界をクリアに読み解くためのヒントをたくさん教えてくれる本で、非常に面白い。読み終えた後に、世界観が変わってしまうような刺激的な内容だ。

 リーマンショックを発端として世界経済が悪化。アメリカの一極支配が終焉して、多極的な世界が到来してきた。中国の台頭があったり、ロシアや中東の動きであったり、現在、世界の覇権をめぐって混沌とした様相が見え始めている。ニュースを見ていても、なんであちこちで紛争が起こっているのか、ときどき何が何だかわからなくなってくる。本書を読むと、そんな紛糾した世界を解きほぐしてくれていて、世界の状況を読み解く方法が見えてくる。

 筆者によると、現在の覇権争いというのは、百年戦争や英蘭戦争、第一次大戦のころとはちがっているそうだ。現在の覇権争いは、昔と違って大国同士が直接戦うわけじゃない。核兵器の時代に、直接戦争など行ってしまえば、世界は核によって滅んでしまうだろう。直接対決は避けて、代理戦争として周辺諸国を巻き込む形で行われるようになっているのだ。

 イラクやイラン、シリア、ウクライナ、リビア、グルジアなどなど、世界各国で起きている紛争というのは、まさにこうした代理戦争のあらわれなのだという。単なる一地域の紛争に見えるけれど、実は背後に大国同士の大きな戦いがあるのだと。

 大国は紛争に関わることについて、建前では、きれいなことを並べるものだ。独裁者の横暴を倒すとか、民主主義への侵害をくいとめるとか……。だが、その本音は石油やガスの利権を目的とした争いであり、基軸通貨を巡る攻防であり、地政学的な要所確保のための戦いだったりする。

 大国は国益を得るため、ライバルを脅かすために、あの手この手の手段に訴えかける。ときにはライバル国の周辺国に働きかけて、反乱分子を支援したり、傀儡政権を樹立したりすることさえ辞さない。結果的に、小国は大国の思惑に翻弄されて、紛争が広がってしまっているともいえるかもしれない。

 本書を読んで、大国同士がどんな思惑を持っているのか、大国同士の争いが代理戦争になって、世界を紛争の渦に巻き込んでいる様子が見えてきて興味深かった。普段目にする国際ニュースの内容がひとつながりにつながって見える面白さ。国際情勢の読み解き方という方法論の本でもあるので、自分自身でこれから国際ニュースを見るときのポイントも分かって、かなり実用的な本だった。
タグ:北野幸伯
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その女アレックス [ミステリ(外国)]


その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

  • 作者: ピエール ルメートル
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/09/02
  • メディア: 文庫



 パリ15区の路上で、アレックスという女性が誘拐される。何者かによってバンに無理やり引きずり込まれ、人気のない建物に連れて行かれ、監禁されてしまう。パリ警視庁の警部カミーユは、事件の知らせを受けて、捜査に着手するが、調査は難航する。犯人の正体も不明なうえ、誘拐された女性の身元も判然としなかったのだ。カミーユはわずかな手がかりから、その足取りを追うことに……。

 「このミステリーがすごい」とか、いろいろなミステリー賞で高い評価を受けていたので、気になって読んだ本。

 たしかにスピード感があって巻を措く能わずといった感じだし、謎解きミステリーとしてよくできていて、高評価もうなずける内容であった。

 最初は、単純な誘拐ものに思えるのだが、読み進めていくうちに徐々に様相が変わってくる。犯人の正体が謎というだけでなく、実は被害者のアレックスに方にも秘密があってという、幾重にも織り込んだ謎が面白い。

 「探偵スルース」という映画に少し構造が似ている印象。3幕あって、ひと幕ごとにどんでん返しというか、読者をひっかけるしかけが用意されている。ひと幕ごとにアレックスの立場が変化していくのだ。

 少しグロいところあって苦手な雰囲気でもあったが、ミステリーとしては楽しめた。カミーユ警部の推理も鋭くて、わずかな手がかりがない中で、犯人の心理を読み解きながら、被害者の足取りを推理するところなどは、推理ものとしてもよくできていた。

 フランスから現れた新人ミステリー作家ルメートル。フランスはもともとミステリーが盛んな国だが、その伝統を引き継いだ逸材が現れたものだ。これからどんな作品を書いていくのかも楽しみになった。
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宇宙に旅立つ時 [SF(外国)]


宇宙(そら)に旅立つ時 (創元SF文庫)

宇宙(そら)に旅立つ時 (創元SF文庫)

  • 作者: ロバート・A. ハインライン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1985/11
  • メディア: 文庫



 夜空に見える星はたいていは太陽と同じく恒星である。無数にあるそうした星々の周りを、たくさんの惑星が回っている。中には地球と似たような環境の惑星もあるだろう。もし人類が宇宙を飛び出して、そのような惑星に行けたとしたら、その星に移住することもできるかもしれない……。

 ロバート・A・ハインラインが書いた「宇宙に旅立つ時」は、まさにそんな宇宙にかける人類の夢を描いた作品である。

 人口問題に悩まされる未来の世界。人類は居住可能な惑星を見つけるために、太陽系外宇宙の探査計画をたてる。亜光速宇宙船を飛ばして、星々の環境を調査しようというのだ。主人公の双子の少年トムとパットはこの計画に志願することになる。彼らはテレパスで、お互いにテレパシーでやりとりすることができる。遠距離にある宇宙船と地球の通信係として、彼らの能力がどうしても必要なのだ。

 だが、双子のうち宇宙に行くことができるのはひとりだけ。もうひとりは地球のとどまる必要がある。トムはパットと離ればなれになりながらも、宇宙を目指す。地球から11光年離れた星、くじら座タウに向かって――。

 宇宙にはどんな世界が広がっているのだろう? 宇宙旅行にはどんな困難が伴うのだろう? そんな空想の世界を、ハインラインならではの鮮やかなビジョンで見せてくれる作品。船員の組織から惑星探検の方法、宇宙船内の反乱まで具体的に筋道立てて書かれていて、遠い未来には本当にこんな世界が来るんじゃないかと思わされてしまう。

 主人公のトムは双子ながらもいつもパットに負けてばかり。コンプレックスを持ってきたが、宇宙を飛び出して困難に立ち向かううちに成長を遂げていく。トムとパットとの間の心理的な葛藤、トムの人間的成長というところも読みどころだろう。

 とくにウラシマ効果がうまく使われているのはSFならでは。相対性理論では、高速で移動するほどに時間の流れが遅くなる。宇宙船は光速に近い速さで移動しているので、宇宙船にいるトムと地球に残っているパットとの間に時間のずれが生じてくる。トムが宇宙船でほんのわずかな時間を過ごすうちに、地球では何十年も経っていたなどということになる。

 トムがまだ20代前なのに、パットは結婚し、子供もでき、孫ができと、どんどんトムとパットの人生がずれていくところが興味深い。同じ生活を送っていたはずの双子の人生が、二股に分かれてゆく。パットに依存していたところもあったトムが、時間がたつにつれ、パットと異なる人生を歩むにつれ、やがて自立してひとりの大人になっていくのだ。

 宇宙での夢と冒険を描いたわくわくさせられる作品であると同時に、少年が困難に立ち向かう青春ものでもある。いかにもハインラインらしい語り口で、読み終えたあとさわやかな気分になる一冊だった。 
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