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太陽系最後の日 [SF(外国)]





 SF作家アーサー・C・クラークの短編集。

 クラークは、人類の未来像を繰り返し描いてきた作家だが、この短編集は、そんなクラークの世界観を知るのにうってつけの本といえるだろう。

 たとえば、「コマーレのライオン」という短編は、26世紀の未来都市を描いた作品。

 あらゆる肉体労働から生産活動、行政事務にいたるまで、すべてが機械化された社会。運送スケジュールも、生産プログラムも、予算の帳尻あわせも、全部機械任せ。人間は、労働から解放されて、芸術活動や哲学的な学究にいそしんだり、快楽を追い求めたりする日々を送っている。そんななかで、ベイトンという若者が、都市の外にあるというユートピアの存在を知り、その実在を探るために、都市の外へと飛び出していくのだった……。

 こんな未来になるのかという、未来像がこれでもかと満載されていて、その具体的な描写には説得力が感じられる。ベイトンが到達したユートピアの真実も、こんなことがありうるのかという発想が出てきて、なかなか読み応えがある作品だった。

 人類は将来、宇宙にも積極的に進出して、月だけでなく火星や金星、木星にまで有人宇宙旅行を達成するかもしれない。そんな惑星間宇宙飛行について書いているのが「破断の限界」という作品。

 宇宙飛行士2人を乗せて、地球から金星に向かう貨物船。道半ばにして、隕石がロケットに衝突するという事故が起こり、衝突の破損の結果、酸素が漏れ出してしまう。残りの航路を終えるのに必要な酸素が足りず、酸素を保たせるためには、2人のうちどちらかが、死ななくてはならない状況に……。

 宇宙旅行が可能になった未来には、こんな宇宙の事故も起こるのかもしれない。酸素をめぐる2人の苦悩と、お互いの心理を読む駆け引きが恐ろしい。息詰まるようなサスペンスに満ちた話だった。

 人類の文明はもしかしたら、これから何度か崩壊をくり返すのかもしれない。そんな文明崩壊後の世界を描いたのが、「海にいたる道」という作品だ。

 遠い未来、村落で生活する若者ブラントは、村から離れた土地に、過去の文明の存在を示す廃墟が残されていることを知る。ブラントは過去の人類の生活がどのようなものであったのかを知りたく思い、その噂の廃墟のありかを求めて、探検に出かけることになる。そして、とうとう廃墟を見つけることになるのだが……。

 クラークはよほど廃墟とか遺跡が好きだったんだろう。廃墟を探検していくような話を繰り返し書いている。読んでいると、廃墟の中を探検していく感じが、過去の幻影を見るようでぞくぞくしてスリリングだ。

 この作品で描き出された未来像で興味深かったのは、未来世界では、人々は広範囲な地域にちらばって、各地で小さな共同体を作って、お互いに離れ離れに生活するのではないかという部分。

 未来都市というと、生産や運搬の能率性から、集約的に一箇所に集中して、人々は密集して暮らすイメージがあったのだけれど、この作品では、さらに次のステップがあると書かれている。つまり、物質合成機(今でいう3Dプリンター)が浸透するようになれば、輸送が要らなくなったり、生産も各地域でまかなえてしまうので、人々は一箇所でひしめき合って生活する必要はなくなる。テクノロジーの進歩は人々の生活スタイルをも劇的に変えてしまうということが書かれていて面白かった。

 いろいろな未来が書かれている中で、とうとう地球が滅んでしまう時代を描いたのが、表題作の「太陽系最後の日」である。

 太陽が新星(ノヴァ)と化し、地球は灼熱の世界へと変貌する。外の世界から来た宇宙人たちが、地球の最後を見守るとともに、生存者たちを救出しようとする。彼らは、地球に残された人類の文明のあとを探検することになるが、意外な事態が待ち受けていた。

 地球は結局最後はこうなるのかという、なんともいえない空虚さがあると同時に、人類はどのような結末を迎えるのかというところにも注目してしまう作品。宇宙人たちが地球を探検する場面は、謎の遺跡を探っていくようで面白かった。

僕はミドリムシで世界を救うことに決めました [ビジネス]





 およそ5億年前に地球上に生まれた単細胞生物ミドリムシ。植物と動物の間の生き物で、体内に葉緑体を持つ、中学の理科の教科書にも出てくる生物。このミドリムシが、いま世界中から注目を集めている。世界の様々な問題を一挙に解決する力を秘めているのではないかということが言われ始めたのだ。

 本書は、このミドリムシの研究開発を行い、その大量培養に世界で初めて成功したバイオベンチャー企業「ユーグレナ」の創業記。どのような経緯でミドリムシの開発が始まり、ミドリムシにどのような可能性があるのかを、創業者自らが解説している。

 もともと筆者は、学生の頃からバングラデシュの貧困問題に興味を持っていて、飢餓に苦しむ人々に食料を援助することに興味を持っていた人物。当初は、国連で働くことを考えていたが、タンパク質やミネラルなどの栄養素を海外から運ぶこと自体が難しいことが分かり、断念。他にいい解決方法がないかと考えあぐねていた際に、行き当たったのがミドリムシであるという。

 植物と動物の両方の性質を併せ持つミドリムシ。ビタミン・ミネラル・アミノ酸・脂肪酸など、人間が生きるのに必要な栄養素をバランスよく兼ね備えている。これを現地で大量に培養して、食料にできれば、人々の飢餓の問題を解決できるんじゃないか?

 ミドリムシの素晴らしさにすっかり魅せられてしまった筆者。もともと東京大学に入って、その後東京三菱銀行に就職し、エリートコースをまっしぐらに進んでいたが、学生時代からの夢を実現するために辞職を決意。家族の大反対を押し切って、ミドリムシ開発の会社を起業することに……。

 だが、その後、様々な壁が立ちふさがることになる……。

 本書を読むと、バイオベンチャー企業の創業から軌道に乗るまでの紆余曲折が書かれていて、壮大なドラマを見るようで非常に面白い。ベンチャー企業がどんなふうに資金を集めるのかとか、どういう問題が起こるのかとか、ベンチャービジネスの実際について具体的に見ることができる。難題が次々降りかかってきて、血のにじむような努力をしなければならない現実。日本で起業することって、こんなに大変なんだということが臨場感を持って伝わってくる。

 科学上の発見がなされて、実用化が可能な場合であっても、科学的に正しいこととビジネスとして成功するかは別問題。商品として世間に受け入れてもらうように感情に訴えかけなければならないし、様々な企業に働きかけて、商品の素晴らしさをアピールする必要もある。そういうテクノロジーとビジネスの実際についてもシビアに描かれていて、大いに社会勉強になった。

 苦労の甲斐あってか、ユーグレナのミドリムシ開発は世界中から絶賛されるようになる。その潜在的可能性は、食料問題への解決にとどまらない。たとえば、ミドリムシは、葉緑体を持つので、二酸化炭素を吸収し、地球温暖化問題への切り札となることが指摘されている。

 さらには、ミドリムシを大量に培養して、石油の代わりとなるバイオ燃料にしようという計画もある。ミドリムシに含まれる油が、高効率の燃料となりえて、飛行機のジェット燃料にも使えることが分かったのだ。もし、日本でミドリムシを使った燃料を確保できれば、石油を輸入しなくて済むので、経済や安全保障に与えるインパクトは大きいし、世界中のエネルギー問題への解決策にもなりうるだろう。

 どこの池や田んぼにでもいるようなちっちゃな存在ミドリムシ。いまこの生物が世界を変えようとしている。このダイナミズムには非常に驚かされるし、未来を変える力にはわくわくさせられた。読んでいて、サクセスストーリーを見るような楽しさがあるし、なにより筆者のあふれんばかりのパワーには圧倒されてしまう。これから、ミドリムシが世界でどのような活躍を見せるのか、期待しながら見ていきたいと思った。
タグ:出雲充

文系のためのエネルギー入門 [物理]


バークレー白熱教室講義録 文系のためのエネルギー入門

バークレー白熱教室講義録 文系のためのエネルギー入門




 カリフォルニア大学バークレー校の物理学教授による、大学講義の内容を書籍化したもの。エネルギー問題をテーマに、科学的な知見を分かりやすく伝授してくれる。

 エネルギーの単位の話から始まって、クリーンエネルギー、地球温暖化のウソホント、原子力発電、シェールガスなど、エネルギーに関する最新の情報が盛り込まれている。NHKの取材に応じての講義なので、日本の話題が多く出てくるのも見どころだ。

 9・11で飛行機がタワーに衝突したときに、ビルが崩壊したのはどのようなメカニズムによるのか? 再生可能エネルギーの中で有望なものはどれか? 地球が温暖化している証拠はあるのか? シェールガスの採掘に問題はないのか? バイオ燃料とは何か? などなど、興味深いトピックがふんだんに出てくる。

 本書を読んでいて最もよかったのは、エネルギーについて解説する際に、根拠となる数値を示していたこと。

 たとえば、アメリカの総発電量はざっと500ギガワットで、日本は40ギガワットくらい。1ギガワット発電するには、原子力発電所か火力発電所が1基必要。風力発電で1ギガワットの電力を作るのには、風車が100基必要。太陽光を100%有効に使えた場合には、1平方キロメートル当たり1ギガワットを得られるが、実際には天候に左右されてしまうなどなど……。

 エネルギー問題を論じるときに、ついつい漠然とした言葉を使ってしまって、「原子力の発電量は大きい」とか「代替エネルギーには可能性がある」とか、あいまいな表現に終始してしまうことも多いけれども、そういうあいまいな言葉を積み重ねても、説得的ではないし、話がかみあわないで消化不良で終わってしまう。

 もし、数値で根拠を示すことができれば、話の土台ができて、議論を深めることができる。言っていることが正しいのかどうかも、数字自体に誤りがないかを見ていくことで、客観的に検証することができるのではないか。とくに、エネルギー問題などは、数値化に適した分野であるので、数字で語ることの重要性というのは確かにあるなあと考えさせられた。

 もうひとつ面白かったのは、ネガワットという考え方。代替エネルギーとしてどんなものが有望かと考えたときに、教授はもっとも有望なのはネガワットなんじゃないかという。このネガワットというのは、省エネによって削減されたエネルギーのこと。

 エネルギー問題を考えるときに、どんな方法でエネルギーを作り出そうか? 原発を使うか? 火力を使うか? 太陽光か? などと考えるのが普通だろうけれども、省エネ技術が普及すれば、そもそも必要なエネルギー量を減らすことができる。たとえば、アメリカの古い冷蔵庫をすべて最新式の冷蔵庫に替えただけで、40ギガワットの電力を節約することができるという。

 どうやってエネルギーを作るかではなく、どうやったらエネルギーを使わないでもよくなるかを考えることで、世界全体のエネルギー問題を解決していこうじゃないか。これがネガワットの考え方。まさに逆転の発想という感じで面白かった。

 エネルギー問題について、新しい視点を与えてくれる講義で、非常に刺激的。エネルギーの分野はどんどん進歩していて、新しい技術が生まれていることが分かって、思わずわくわくしてしまう。とくに、省エネ技術などは日本の得意分野なので、これから産業活性化が期待できるのではないだろうか? 本書を読んで、未来には今とは全く違う風景が広がっていることが見えてきて、これからどんな世界になっていくのかが楽しみになった。

あの戦争になぜ負けたのか [日本史]


あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)

あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)




 歴史研究の第一人者らが、太平洋戦争をふりかえった座談会。

 日本が戦争に突き進んでいった経緯、陸軍海軍それぞれの考え、昭和天皇の悩み、新聞と国民の熱狂、特攻の実情など、太平洋戦争全般について総ざらいする内容。論客らの鋭い分析によって、当時の事実関係や人々の考えが浮かび上がってくる。

 なぜ日本が戦争に負けたのかということに関しては、そもそも戦争の目的がはっきりせず、大戦略が欠けていたことが致命的だったのではないかという見方がなされている。

 当時、アメリカが日本に向けての石油輸出を禁止してしまったという事実。これによって追い込まれた日本が、自国を守るためにやむなく資源獲得戦争に乗り出したという見方がありうるけれど、そうであれば、シンガポールの油田地帯を押さえた時点で戦争の目的が達成されているはず。なのに、なぜその後も南方の島々へと侵攻しているのだろう?

 また、自衛のためではなくて、アジアを解放して大東亜新秩序を築き上げるという目的があったのであれば、なぜインドの解放を目指してインド方面での戦争に注力するなどはせずに、広域にわたってのやみくもに見える戦いを繰り広げたのだろう?

 目的もはっきりさせずに戦争に突入してしまって、場当たり的な戦いをすることになってしまったのが敗因ではないかという。

 国際情勢についての甘い見立ても指摘されている。ドイツが勝つことを楽観視している節があったり、ドイツとソ連の関係についても実態とは間違ったイメージを持っていたり。情勢を見誤ったことによって、不利な戦いを余儀なくされていったのではないか。

 本書を読むと、戦略なく開戦したこと自体に無理があったことが見えてくる。日本人はこういう大きな戦略を立てて戦うということが苦手なのかなあと考えさせられた。その戦略という点で見ると、最も冷静に当時の情勢を把握していて、日本の行く末が分かっていたのが昭和天皇だったのではないかというところも、読んでいて興味深かったところだ。

 歴史の流れを詳しく教えてくれる本で非常に参考になるし、日本人の国民性についての勉強にもなる。戦争の悲惨な歴史を将来に生かしていくためのヒントを与えてくれる良書ではないかと思った。
タグ:半藤一利

ウェアラブルは何を変えるのか? [IT]


ウェアラブルは何を変えるのか?

ウェアラブルは何を変えるのか?




 グーグルのグーグル・グラス、アップルのiWatchをはじめ、身体に装着して利用するコンピュータ、「ウェアラブル・コンピュータ」が話題になっている。今後、様々な形態のウェアラブル・デバイスがぞくぞくと登場してくるだろうとも言われている。

 だが、そのメリットについては正直いまいちよく分からないところもあった。単に、眼鏡型デバイス写真が簡単に撮れるとか、進路表示を出してくれるとか、SNSのメッセージが画面に表示されるとか……。その程度の機能だったら、スマホで十分なんじゃあないか?

 ついそのように考えてしまって、ウェアラブル・コンピュータは話題にはなっていても、あまり自分で使いたいとは思わなかったのだけれど、本書を読んで少し考えが変わった。

 本書は、ITジャーナリストの佐々木俊尚が、タイトルにもあるとおり、ウェアラブル・コンピュータが我々の生活をどのように変えていくのかについて書いた本。ウェアラブル・コンピュータは今後どのように利用されるのか? その具体的なビジョンが描き出されている。

 本書を読むと、「こんな使い方もあるし、あんな使い方もある」という例が次々に出てきて、今まで気づかなかったような幅広い利用方法があることが見えてくる。その未来世界の生活のイメージは、SF小説を読むような楽しさがあった。

 ウェアラブル・コンピュータの一番の特徴は、情報収集とフィードバックにあるといえそうだ。たとえば、ウェアラブル・コンピュータで身体の体温・発汗・心拍数・摂取カロリーなどの情報を集め、フィードバックとしてユーザーに健康情報を教えてくれる。眼鏡型のコンピュータを通して、視界に入ってくる情報を集めて、場所がレストランなら勝手に食事のカロリー計算を行ってくれるし、工事現場なら建物の完成予想図を見せてくれるし、外国なら英語の文字を勝手に翻訳して日本語を表示してくれる。

 身に着けているユーザーの行動に合わせて、勝手にデバイスが情報を収集して、ユーザーがほしいような情報を自動的に送ってくれる仕組み、それがウェアラブルの未来なのだ。

 その可能性は無限に広がっていて、この本に書かれていること以外にもいくらでも利用方法はありうるだろうし、想像していた以上に便利なデバイスなのかもしれないなあと思ってしまった。

 スマホでも位置情報や行動履歴を通したおすすめ機能などのフィードバックはあったけれども、ウェアラブル・コンピュータではさらにその機能が拡大していって、ますます正確にユーザーの傾向を把握できるようになって、より最適化された情報を与えてくれるようになるのだろう。

 究極的には、目の前にいる人の顔をグラスが認識して、その人の個人の情報が目の前に表示されるなどという機能も出てくるかもしれない。属性、経歴、能力、健康状態、はてはその人の評判まで表示されてしまう世界。面白いような怖いような、すごい世界が広がっていくなあと、本書を読んで未来の世界についていろいろと考えさせられた。
タグ:佐々木俊尚

アクナーテン [演劇]


アクナーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクナーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


 

 古代エジプトなどというと、いかにもミステリアスな雰囲気が漂っていて、歴史のロマンに魅せられてしまう。ギザのピラミッドやスフィンクス、ファラオのミイラ……。どんな世界が広がっていたのか、大いに想像を掻き立てられる。

 なかでも有名なのが、ツタンカーメン王。その黄金のマスクの輝きには誰しもが魅了され、最近でも、上野の博物館で公開されて、話題となった。

 ツタンカーメンは紀元前14世紀、古代エジプト18王朝のファラオ。まだ年端もいかない少年のうちに王になってしまった人物。なぜ、ツタンカーメンはファラオになることになったのだろう? まだ若いままに亡くなったとされるその死の真相はいかなるものであったのだろう? 

 どんな出来事があったのか、謎に包まれた歴史の背景が知りたくて、思わず次々に疑問がわいてきてしまうけれども、そんな古代エジプトの世界、ツタンカーメンの時代を垣間見せてくれる一冊の本がある。

 ミステリー作家のアガサ・クリスティーが書いた戯曲「アクナーテン」。クリスティーには珍しく、推理物ではない、純粋な歴史劇だ。ちょうどツタンカーメンとその前の王であるアクナーテン(アメンホテプ4世)の時代のエジプトの世界が描かれていて、古代エジプトの世界へとタイムトリップさせてくれる興味深い本なのだ。

 物語は、古代エジプト第18王朝のファラオ、アメンホテプ3世が病気で亡くなるところからはじまる。当時のエジプトは繁栄を極めていて、広大な土地を支配下におさめ、平和を享受していた。ファラオであるアメンホテプ3世は、アメン神をはじめとする様々な神を信仰し、民衆からも慕われていた。

 アメンホテプ3世が亡くなると、その跡を息子のアクナーテンが継ぐことになる。これがこの物語の主人公。アクナーテンは、たいへんな夢想家であり、詩を愛する清純な人物。彼は伝統的なアメン信仰を嫌い、唯一神アテンを崇拝するアテン信仰に目覚める。従来のアメン信仰の広まりによって、神官が強大な権力を握っていることにも不満を持った彼は、宗教改革を断行。都もテーベからアマルナへと移し、新たな統治を開始することに。

 だが、アクナーテンの強引なやり方に神官たちが黙っているはずもなかった。民衆の間にもふつふつと不満がくすぶっているのをみて、一部の者たちが謀反を企て、アクナーテンを亡き者にしようと裏工作を開始する。そして、まだ幼いツタンカーメンを王に据えることを画策するのだった……。

 世界史上初といわれる一神教をはじめたアクナーテンの改革とそれが潰えるまでを描いた歴史ドラマ。古代エジプトの世界が生き生きと表現されていて、ファラオの時代に飛び込んだかのような臨場感。こんな出来事があったのかという歴史好きにはたまらない魅力のある作品だ。

 歴史上謎とされてきた部分、ファラオたちの系譜やツタンカーメンの死の真相などについても、クリスティーは独自の解釈をつむぎあげ、ドラマティックに表現している。とくに、神官たちがアクナーテンを罠にはめようとするところなどは、いかにもクリスティーらしい陰謀劇になっていて面白い。

 最も興味深いのは、主人公のアクナーテンの人物像だろう。彼は平和主義者で人道的な人物として描かれている。属国で紛争が起こっても軍隊を送るのを絶対的に拒む理想主義者。だが、軍人はその理想主義に反発。強引すぎる宗教改革にも民衆は辟易して、とうとう反乱がおこる。アクナーテンの掲げる理想的な世界と現実との激しい戦いが主題になっているのだ。

 歴史の陰に隠れていたドラマティックな物語。宗教の意味や政治の在り方について考えさせられるし、この後エジプトはどうなっていくのだろう? アクナーテンの一神教は世界にどんな影響をもたらすのか? というさらなる歴史の興味がわいてしまう面白い本だった。

日本の景気は賃金が決める [経済]


日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)

日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)




 日本経済の問題点を指摘するとともに、アベノミクスの是非について分析した本。

 安倍政権の経済政策「3本の矢」、金融緩和、公共事業拡大、成長戦略。このうち、金融緩和策は、デフレ脱却を狙ったもの。金融緩和によってお金の量を増やすことで、円安になり物価が上昇、企業の利益が増えて、やがて賃金も上がるということが言われている。

 計画通りにうまくいくかどうかが気になるところではあるが、筆者の見立てでは、成功するかしないかはなんともはっきり言えないのだそうだ。どこで物価上昇が起こるか不明確だったり、企業の賃金上昇につながるかが不明確であるためというのがその理由。

 過去のデータで見ると、金融緩和策によって賃金上昇につながった例もつながらなかった例もあるんだそうだ。

 たとえば、2001年~2006年にかけて金融緩和が行われた際には、日本からアメリカなどへの大規模なお金の流れが生まれ、これが原油などの資源市場に流れ込んで資源の高騰を招いたり、アメリカの住宅市場に流れ込んで住宅バブルを引き起こしたりした。

 このときは、資源の高騰によって輸入物価は上昇したけれども、日本の中小企業は物価上昇分を商品価格に転嫁できずに労働賃金引下げやリストラといった、人件費削減の方向で対処してしまったのだそう。金融緩和が賃金上昇にうまくつながらなかった例である。

 そもそも不況の原因は、消費が不足していたり貯蓄が過剰だったりすることによる。筆者は消費を活性化させるためには、非正規労働者や女性労働者などの所得格差の問題を是正することが重要だと指摘している。

 勤労世帯を所得別にグループ分けした場合に、高所得グループは賃金を消費に回す割合が低く、貯金に回ってしまう比率が高いのに対して、低所得グループは賃金を消費に回す割合が高いのだそうだ。つまり、低所得グループにお金を回したほうが経済全体の消費は活性化するという。筆者はそのための施策として、本書の中で、賃金格差のための具体的な案も紹介している。

 政府の経済政策については正直今までよく理解できてなかったのだが、本書を読むと分かりやすくそのメカニズムが解説されていて、経済オンチの自分にも納得できる内容だった。とくに、金融緩和によって、外国資金が流れていってバブルが生まれるという話は、国際的なダイナミズムが感じられて面白い。

 金融政策のほかにも、公共事業の効果、成長を促すための政策についても丁寧に解説されていて、これからニュースを見る上で非常に参考になるような内容だ。

 とくによかったのは、経済効果について断言せずにフェアな書き方がされていたこと。筆者は闇雲に政府の政策を批判するのでもなく、逆に、必ずうまくいくと断言もしていない。経済は「ああすればこうなる」というように単純に行くものではなくて、そのときどきの状況によって変化する予測困難な複雑系の世界だと思うので、真摯な書き方がされていたのが好印象だった。
タグ:吉本佳生

世界を変えたいなら一度“武器”を捨ててしまおう [人文]


世界を変えたいなら一度

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう




 地政学・戦略学者である筆者が教える戦略学の世界。「戦略」の概念を解説するとともに、人生戦略を練るためのヒントを教えてくれる本。

 「戦略をたてる」とか「作戦を練る」とかいう言葉が日常の生活の中でもよく使われているけれども、当然のことながらもともとは軍事上の概念である。

 1800年頃、ヨーロッパでナポレオン戦争が起こっていた時期、プロシアの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツが独自の戦争論を展開した。彼はひとくちに「戦略」といっても、「戦術」「戦略」「政策」というように、複数の階層があるということを提唱。「戦略」というのは、相手国に「政策」を「戦術」という武力手段で押し通すための概念であると考えた。

 クラウゼヴィッツのこの考え方は、後世の人々によってさらに発展させられ、戦略の階層はさらに細かく分類されるようになった。今では、戦略には7つの階層があるとされ、上から「世界観」→「政策」→「大戦略」→「軍事戦略」→「作戦」→「戦術」→「技術」というピラミッド構造にまとめられている。

 欧米諸国ではこの戦略の階層構造について自覚的で、「世界観」としてキリスト教がバックボーンになっているし、「戦略」を練るのも得意だが、対して、日本は「戦術」や「技術」には長けているけれども、「世界観」があいまいだったり、そもそも「戦略」の階層構造の理解に乏しいという特徴があるという。その結果、日本人は与えられた環境やルールの中で「技術」を磨くことにかけては超一流だけれども、諸外国によって勝手にルールを変えられてしまって、結局いいところを全部もって行かれてしまうという憂き目を見ることも。

 たとえば、ITの分野でアマゾンやアップルが流通のしくみを全部支配して日本が太刀打ちできなかったり、金融分野でBIS規制という国際基準が作られてしまい日本の銀行が崩れていったりしたのも、日本と外国との間の戦略に対する考え方の差なんじゃないかというのが筆者の考え。

 では、こうした戦略階層を人生に当てはめていったらどんなことになるのかというのが本書のテーマである。読者に向けた人生戦略の構築法。ビジネス語学勉強などを例にとりながら、戦略的に生きることの重要性について説いている。

 これまで「作戦」も「戦略」もいっしょくたに考えていて、戦略の構造という考えは全く知らなかったので、本書を読んでなるほどという感じがして面白かった。むやみやたらに「戦略」を練ってもしかたがなくて、まずは「世界観」を構築することが必要なんだなということが見えてくる。そういえば、アップルだったりアマゾンだったりグーグルだったり、いまをときめく大企業というのは「世界観」がはっきりしていて、「こんな未来にしたい」という明確な未来ヴィジョンがあって、そのヴィジョンに向けて「戦略」を練っているイメージがあるので、ヴィジョンを持っていることの強みというのはたしかにあるよなあと思った。

 これからグローバル社会がやってきて、国際的にサバイバルする能力が必要になるなどといわれることが多いけれども、やみくもに語学や資格などの「技術」を磨くだけではダメで、もっと俯瞰的な「作戦」「戦略」を練る必要があるし、自分の中で「世界観」たるヴィジョンをもつ必要があることを考えさせられた。「どんな自分になりたいのか?」「どんな世界に生きたいのか?」「そのためにはどんなことをする必要があるのか?」自分の中で様々な問いかけをしていく必要があるんじゃないか。

 「戦略」とはそもそもどんなもので、どんな階層があるのか、どのように「戦略」を組み立てていけばいいのか、そのヒントを教えてくれる一冊。本書を読んで「戦略」という概念がよくわかったので、ちょうど年初でもあるので、新年の抱負というか、こうありたいという未来の姿をじっくり考えてみたいと思った。
タグ:奥山真司