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沈没船が教える世界史 [世界史]


沈没船が教える世界史 (メディアファクトリー新書)

沈没船が教える世界史 (メディアファクトリー新書)




 世界の海には数多くの沈没船が残されているという。ローマ時代の船、ヴァイキングの船、大航海時代の船、海賊船、中国の沈没船……。

 まだ誰にも発見されたことのない、眠ったままの船もたくさん存在していると考えられ、沈没船は水中のミステリーとして今なお人々を魅了し続けている。

 本書はそんな沈没船をテーマに、水中考古学の魅力と、沈没船にまつわる歴史をひも解いた一冊。

 遺物から文字通りの金銀財宝が見つかることがあるので、お宝目当てに沈没船を探すトレジャーハンターやサルベージ会社もいる。だが、沈没船の持つ一番の魅力は、歴史を垣間見させてくれるところにあるだろう。歴史を研究するのに、文献から推察していくという方法もあるけれども、文献自体に誤りがないとも限らない。人間の記録したものなので、本当のところはどうだったんだろうという疑問が残ってしまう。

 もし沈没船が発見されれば、それは歴史の一部分を根拠づける有力な物証となりうる。歴史のある時点で海に難破なり座礁なりした船は、ある時代の人々の生活をそっくり包み込んだまま、水中で保存される。それは、いわば過去の出来事を現代にまで残してくれるタイムカプセルのようなもの。

 船に残された遺物から当時の人々がどんな生活をしていたのかがわかったり、沈没している位置によって当時の船の航海ルートが分かる。軍艦であれば、残された武器からどんな戦闘手段を持っていたのかが分かるし、武器の備蓄によって当時の国家勢力まで明らかになる。沈没船を通して過去の出来事を目の当たりにすることで、歴史の流れの中でどのようなことが起こったのかを高い精度で推察することができてしまうのだ。

 筆者も、本書の中で、沈没船から様々な歴史的状況を再現して、沈没船の魅力を最大限に教えてくれる。大航海時代のオランダ、スペインイギリスの勢力図が見えてきたり、新大陸の財宝を運ぶスペイン船とカリブの海賊との攻防が出てきたり、元寇の日本とモンゴル帝国の戦いの様子が再現されたりと、歴史が浮かび上がってくる面白さ。歴史の流れがつながりあって見えてきて、とても興味深かった。

 大航海時代の人々は、胡椒を求めて、アフリカをまわって温暖なアジアにまでやってきたのだそう。胡椒なんて普段ありふれたもののように何気なく使っているけれど、当時の航海士たちは命からがら、危険を冒して運んできたのだ。こういう本を読むと歴史上の人々の苦労まで身近に感じられてきて、胡椒一つつまむにも心して食べなけばという気になってくる。現代にいたるまでに人類はどんな道のりを歩んできたのか、歴史の面白さを感じさせる一冊だった。

11枚のとらんぷ [ミステリ(日本)]





 マジックを題材にしたミステリー。筆者はプロのマジシャンというから、読まずにはいられない。

 話は、奇術クラブ「マジキクラブ」をめぐって展開する。クラブのメンバー水田志摩子が、アパートの一室で殺害されているのが見つかる。なぜか死体の周囲には、マジックの小道具が壊されて並べられていた。それは、同じ奇術クラブのメンバーが書いた「11枚のとらんぷ」という奇術小説に出てくる小道具ばかり。犯人は何のために被害者を殺害し、小道具を並べたのか? マジックの世界を舞台に、クラブのメンバーたちは殺人事件の謎を追いかける。

 マジックを題材にしているだけあって、奇術趣味にあふれていて楽しい作品。序盤でメンバーたちがマジックを披露するところから始まるのだが、まだアマチュア集団なので、数々のイタい失敗をするエピソードが出てくる。あまりのイタさに抱腹絶倒となってしまったが、そのユーモラスな奇術場面があとでミステリーの重要な意味を持っていることが分かるのだから、なかなか侮れない。

 思わぬところに伏線が仕掛けられていたり、何の気なしに読んでいたシーンにトリックが隠されていたり、作者の巧妙な罠には舌を巻く。うまくミスリードされて、最後には思わぬどんでん返しも待っている。まさにマジックのような作りのミステリーで、見事に騙されてしまった。

 構成も一風変わっていて面白い。最初に殺人事件が起こるまでの顛末が描かれ、最後に事件の解決が描かれるのは普通のミステリーだが、その中間に、突然「11枚のとらんぷ」という11篇のショートショート集がまるごとサンドイッチのように挿みこまれているのだ。

 カードマジックを題材にした奇術短編集で、これだけ独立して読むこともできるようにになっている。急に殺人事件とは異なるカードマジックのミステリーが出てくるので、最初は驚いたが、読んでいくと実に面白くて、本筋の殺人ミステリー以上にひきつけられてしまったくらい。

 殺人ミステリーとカードマジックのあわせ技。どこまで現実でどこまでトリックなのか分からなくなってしまうような、不思議な感覚のある本。まだまだこの作家のものは読んでいないものが多いので、こういう奇術的な面白いものがあるのなら、もっと読んで見たいなと思った。
タグ:泡坂妻夫

小悪魔アザゼル18の物語 [SF(外国)]


小悪魔アザゼル18の物語 (新潮文庫)

小悪魔アザゼル18の物語 (新潮文庫)




 SFの面白さのひとつに願望の実現がある。

 SF作家たちは、小説という形で、数多くの夢や願望を描き出してきた。現実には難しいようなことでも、空想の世界ではなんでも実現できてしまう。

 時間をさかのぼったり、火星へ旅行したり、未来を予知したり、人間に仕えるロボットを作ったり、特殊な能力を身につけたり。ありとあらゆる類の夢を、SF作家たちは想像し、物語の形で展開していった。夢の世界ではどんなことが起こりうるのか、想像をめぐらすことができるのが、SFの醍醐味。

 アイザック・アシモフが書いた「小悪魔アザゼル18の物語」という作品もまた、願望実現の話である。

 小悪魔アザゼルは、身長2センチの小さな悪魔。身体は小さいけれどもその能力は第一級。どんな願いでもかなえてしまうという、不思議な力を持っている。

 本書は、そんな小悪魔アザゼルが、人々の夢を実現する顛末を描いた短編集だ。作品ごとに登場人物が入れ替わり、18の夢が実現する。美しい容貌を手に入れたいと願う人、空を飛びたいと願う人、芸術的才能をほしがる人、世界を救いたいと願う人……。その願望は実に様々だ。

 アザゼルはそんな人々の多様な願望を、なんでも叶えてしまうのだけれど、それで話がめでたしめでたしと終わる単純な話でもない。人々の願った夢が実現しても、幸福感に浸れるのはほんの一瞬だけ。いつも何か予想をしなかったような落とし穴が待っていて、人々はむしろ夢がかなったことで不幸になってしまう。

 人生の因果律というのは不思議なもので、本当に何が幸せにつながるか予測できないところがある。大成功したなあと思ったことが後で不幸を招いたり、大恥をかいたような出来事が後々役に立ったりする。夢や願望が実現したからと言って、本当に幸せになれるとは限らない。本書は、人生の因果応報の不思議さを描き出していて、語り口はユーモラスながらも、人生の真実に迫っているところがとても面白い。

 人生、塞翁が馬。何が幸いするか分からない。そんな運命の皮肉を、小悪魔アザゼルは教えてくれる。

これが物理学だ! [物理]


これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義

これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義




 マサチューセッツ工科大学で、名物講義になっているといわれているのが、ウォルター・ルーウィン教授の物理学の授業。ユーチューブで無料公開されているその講義は、全米のみならず、世界中の学生たちがこぞって閲覧し、教授の下にはチュニジア、インド、イランなどの遠方の国々からもメッセージが届くほどの人気ぶり。その講義の模様は、日本でもNHKの「MIT白熱教室」という番組で放映された。

 本書は、そんな教授の講義の内容を書籍化したもので、学生たちを虜にする講義のエッセンスが詰まっている。難解なイメージのある物理学も、教授の手にかかると、知的好奇心をくすぐられる刺激的な舞台へと早変わり。読者の脳をわしづかみにする興味深い内容になっている。

 講義のテーマは、重力、気圧、音、虹、電磁気、エネルギーに至るまで、多岐にわたっている。どの項目についても、興味深いエピソードが満載されいて、読んでいて思わずのめりこまされてしまう。

 どうにかして学生に興味を持ってもらおうと、できるだけ身近な例から物理学を説明しようとしているところが特徴的で、たとえば、「どうして、体重計の上に乗ってかかとを上げると、針が奇妙な動きをするのか?」など、誰でもすぐに家で実験できるような、イメージのしやすい話題を持ち出している。自分の生活圏内の話が多いので、本当にどうしてなんだろうと、今まで気づかなかったけれども身近な疑問などがたくさん出てきて、その現象のメカニズムがどうなっているのか、読んでいて続きが気になって仕方がなくなってしまった。

 謎を与えられると、どうしても答えが知りたくなるのが人間のもつ本能、好奇心というもの。虹はなぜ七色に見えるのか? オーロラはどうして出てくるのか? 飛行機はどうして飛ぶのか? 雷はどうして生まれるのか? 「なぜ?」という疑問を突き詰めて、そのメカニズムを解明していく面白さ。謎解きをするような、わくわくする感じが味わえる講義だ。

 教授は教室では、いっぷう変わった実験も行っているという。それは、マジックを観るような楽しいパフォーマンス。教室内に虹を作り出したり、女性を空中浮遊させたり、空の青色を浮かび上がらせたり、ライフルでペンキの缶を打ち抜いたり……。物理学を使って魔法のようなイメージを作り上げてしまう。本書にもその内容が紹介されていて、これは実際に教室で見たら楽しいだろうなと思ってしまった。

 目には見えないけれども、物体と物体との間には様々な力が働いている。その不思議なメカニズムを、解き明かしていく教授の講義。ユーモアたっぷりに最後まで飽きさせない興味の尽きない本だった。映像の方はまだ見ていないので、実際どんな講義が繰り広げられているのか、今から見るのが楽しみだ。

原発ホワイトアウト [社会]


原発ホワイトアウト

原発ホワイトアウト




 参院選投開票後の日本。電力会社の影響力を高めるべく、潤沢な資金を用いて政治に働きかける、関東電力の小島。原発を再稼働させるために、着々と巧妙な計画を進めていく、キャリア官僚の日村。脱原発を唱え、電力業界にひそむ問題点を暴き出そうとする、元アナウンサーの玉川。これら3人の人物の行動を主軸にして、原発の周囲では、さまざまな思惑を持った人物たちが入り乱れ、やがて大きなうねりとなって日本のエネルギー政策を動かし始める。

 現役キャリア官僚が、小説の体裁をとりながら、原子力発電を中心とする電力業界の現状について描き出した本。

 ストーリーが面白いというよりも、背景情報の部分に肝があって、社会派のノンフィクションに近い雰囲気がある。どこまで本当かはわからないし、誇張されているようなところもあるけれども、いかにもありそうな迫力の内容。電力業界の舞台裏を垣間見ることができて、とても勉強になった。

 政治と電力会社との癒着、電力会社社員のキャリア構造、電力会社と知事との攻防、原子力発電所の作業員の採用方法、原発デモ参加者に対する警察の捜査、電力自由化と発送電分離を骨抜きにする思惑などなど、原発をめぐる裏話がこれでもかと出てくる。こんなことが行われているのかと、驚くようなこともたくさん書かれていた。

 とくに、電気料金の総括原価方式の話は興味深い。電力料金がどのように決まるのかというときに、日本では、総括原価方式というやり方がとられていて、事業にかかる費用に一定の報酬率を乗じた額を、電力会社が自動的に回収できる仕組みになっているそうだ。電力の安定供給を行うためという理由でこの方式がとられているのだが、経費を浪費するほど報酬が増えるので、電力会社としてはコストを減らそうというインセンティブが働かなくなってしまう。

 本書では、この総括原価方式によって生みだされた豊富な利潤が、電力会社の支配力を強める資金源として、政治献金やマスコミ対応に用いられる様子が詳細に描き出されていて、電力会社がどんどん支配力を強めていく仕組みになっているんだなあと驚かされた。

 ニュースなどに出てくる、原子力に関するもろもろについて、詳細に知ることができる本。これからどういう風に政治が動いていくのかを見るのに、とても参考になる一冊になりそうだ。
タグ:若杉冽

人はなぜ簡単に騙されるのか [手品]


人はなぜ簡単に騙されるのか (新潮新書)

人はなぜ簡単に騙されるのか (新潮新書)




 プロのマジシャンによる「だましの手口」についての解説本。マジックの裏側について紹介するとともに、マジック、超能力、詐欺、推理小説を問わず、なぜ人は騙されるのかというメカニズムを探っている。

 筆者は、トランプやコインなどを使ったクローズアップ・マジックの専門家。いわば人の心理をあやつり、人を騙すことを職業としている。これまで目の前にいる観客に何度もイリュージョンを見せてきた筆者によると、どんなに注意深そうな人でも、演出によっては、案外コロっと騙されてしまうものだそうだ。自分が見たもの以外は信じないなどと頑固にいう人が、かえって騙されやすかったりする。

 人を騙すための原理というのはいくつかのパターンがあって、古い手であっても、人は意外とあっさりと騙されてしまう。それは、マジックに限らず、詐欺などの犯罪の手法にも共通して言えることで、本書には、その騙しのパターンが何個か出てきて、人がどのようなトリックで騙されるのかが見えてくる。マジックの舞台裏を見せてくれるような、貴重な内容だ。

 本書の中にはいくつかマジックも仕掛けられていて、騙されるということがどういうことかを読者が自ら体感できるようにもなっている。そのトリックはとても単純なのに、巧妙にできていて、自分などは筆者の目論見どおりに見事に引っかかってしまった。実際に自分で騙されてみることで、その騙しのメカニズムを自ら考えるきっかけにもなって、思わぬ演出がうれしい。

 人間の脳というのは、たいへんに優れたもので、何かの情報が与えられたときに、情報が不足していても、脳内補完してくれる機能がついている。情報の足りない部分は、脳が勝手に推測してくれて、足りないパーツの部分を補って、全体のイメージを形作ってくれる。

 こういう機能がついていることで、人間は生活を送ることができるわけだが、ときにこの脳が間違いを犯すことがある。実際とは異なるイメージ補完の仕方をしてしまい、現実とは異なる誤ったイメージを生み出してしまうことが。マジシャンや詐欺師のやっていることというのは、こうした脳の特性をうまく操ることだろう。脳に誤ったイメージを植えつけて、実際に起こっていないようなことを、さも起こったことのように見せかけてしまう。脳を誤った方向に誤誘導してしまうのだ。

 本書を読んで、マジックの解説を聞いて、また、実際にマジックを受けてみて分かったのは、人は一度先入観を与えられると、固定観念としてコチコチにイメージが固まってしまうこと。いったん誤った方向に注意がそらされると、なかなか本質が見えなくなってしまう。騙されるというのはこういうことなのかということが、自分の体験として実感できたのがとてもよかった。

 マジックの裏側とはどのようなものかという話から始まって、脳の特性という話にまで話が発展して、マジックが脳科学と大いに関連していることが分かって、思わぬ発見がある本。自分はまだ人を騙したことはないし、これから騙すつもりもないけれど、本書を読んでいろいろと騙しの手口があることが分かって興味深かった。
タグ:ゆうきとも

僕がアップルで学んだこと [ビジネス]





 米国アップル本社で管理職として働いてきた筆者が、アップルの躍進の舞台裏について語るとともに、アップルの強さの秘密について考察した本。

 新しい製品が出るたびに全世界から注目される、世界の最先端を行く企業アップル。筆者は、1992年にこの会社に就職し、16年間にわたって在籍し、会社を内側から支えてきた。そんな筆者が語るのは、アップルの意外な姿だった。アップルと言えば、今をときめくイメージのある会社だが、筆者が就職した当時は経営悪化の真っただ中。社内はダメな雰囲気が蔓延していたのだそうだ。

 ジョン・スカリーがCEOのころのアップルは、まるで「船頭のいない船」状態。社員がてんでバラバラにプロジェクトを進行させていたり、社員同士のコミュニケーションはとれていなかったり。社内のモラルも低下し、社員がペットを自由に連れ込んだり、散らかり放題だったりの職場で、無茶苦茶な環境だったという。

 そんなどん底状態のアップルに復帰したのが、スティーブ・ジョブズ。彼は、あまたあるプロジェクトを整理整頓したり、社内環境を整備したり、新たな方針を作ったりと、ときには恐怖政治とも揶揄されるような激しさで会社を変えていく。ぜい肉をそぎ落とすように、無駄な部門に大鉈をふるっていく。

 どん底の状態からアップルがどのように変貌して、成功を導いていったのか? そのあたりの経緯が会社の裏側から見えてきて、非常に興味深い内容。まさにサクセスストーリーを地で行くような雰囲気で、爽快感のある話だった。アップルがどんな会社なのかよく知らなかったので、こんなにいろいろ紆余曲折があったのかと驚いたし、会社の内部事情も分かったりして面白い。

 とくに、ジョブズが掲げる「シンプル志向」という話は印象的だった。会社の得意分野に特化して、あれこれ余計なことに手を出さない。組織構造も、階層が多すぎると意思決定がスムーズにいかず、機動的な活動ができなくなってしまう。プロジェクトも組織もシンプル志向であることが、アップルの強みになっているのだそうだ。

 アップルのやり方が唯一の正解なのかよくわからないけれども、「どのような組織が理想的な組織の在り方なのか?」「良い製品を生み出すためのプランニングのあり方とは?」「社員から最大限に力を引き出すための職場環境のレイアウトとはどのようなものなのか?」などなど、組織の在り方とはどのようなものなのかということについて考えさせられてしまった。日本の会社とはずいぶん形態が違っていて、いろいろなデザインがありうることが知れて面白い。

 本書を読むと、アップル自体ももともと盤石ではなく、いろいろと苦戦して試行錯誤をしてきたことが分かる。組織というものも、たえず変化する生きものみたいなものなんだなあということが見えてきて、いろいろと勉強になった。
タグ:松井博

緒方貞子 [国際]





 国連難民高等弁務官として10年間活躍した緒方貞子。様々な紛争が起こる中で、どのような考えを持って行動してきたのか? 本人や関係者のインタビューを交えながら、その活動の実際と思想に迫る。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、武力紛争等で難民が生まれた場合に、本国への帰還や、庇護国への定住等の支援を行う、難民を保護するための機関。ニュースなどではよく耳にするけれども、具体的にはどのような活動を行っているのだろう? 

 本書では、緒方貞子が実際に活躍をした、湾岸戦争、旧ユーゴ紛争、ルワンダ内戦の事例等をみながら、UNHCRが行ってきた活動について追いかけていて、その具体的な活躍を垣間見ることができる。

 読んでみると、その活動の現場は、予想以上に壮絶なものだった。人道的な活動とはいっても、舞台は紛争地帯。死と隣り合わせの危険な場所。ときには関係者が紛争に巻き込まれてしまうことも多い。

 だが、緒方貞子は、躊躇することなく現場に足繁く訪ねては、現場で起こっている様々な問題に立ち向かおうとする。何か問題が起きたときに、オフィスにいて報告を読んだり、抽象的に考えたりするだけでは、役に立つ問題の解決ができない。実際に現場に足を運ぶなかで、具体的な解決策が生まれてくる。そんな考えから、どんなに危険な地域であっても、現場に行ってその実態を把握しようとする。

 そんな緒方貞子の姿を見ると、そのバイタリティには驚かされるし、様々な問題に前例のないような解決策を提案するその大胆さにも目を見張るものがある。

 興味深かったのは、人間の安全保障という考え。緒方貞子はこれからは、国家の安全保障よりも人間の安全保障が大事になってくるという。昨今起きている紛争というものは、国内での勢力が対立する内戦が多く、ある勢力が他の勢力から差別されていたり迫害されたりしていくうちに不満がたまり、やがて憎悪となって紛争が生じてしまう。テロリズムというのも、こうした不公正な扱いに由来するところが大いにある。

 だから、テロとの戦いなどといって国家的な安全を守るだけではダメで、紛争を防ぐためには、貧困や社会の不公正さ、人権侵害などを是正していく必要がある。紛争の温床となるような、社会問題を解決していくことが、長い目で見れば安全保障につながるのだという。

 実際に様々な現場を渡り歩き、人々がどのようなことに不満を持って様々な衝突が生まれるのかを見てきているだけに、その考えには非常に説得力がある。こういう風に考えるのかという、今まで考えたこともなかったような新たな視点が得られるようで、とても勉強になった。

 民族のちがい、宗教のちがい、思想のちがい、土地や資源をめぐる争いなど、これからも紛争というのは次々に生まれてくるのだろう。だが、うまくすれば、起きた紛争の被害を軽減することができるかもしれないし、紛争自体を未然に防ぐことができるかもしれない。難民支援という現場から、紛争解決のありようについて思考を重ねた緒方貞子の考えがまとめられていて、問題解決というのはどのように図っていけばいいのか、いろいろと考えさせられる内容だった。
タグ:東野真

死の接吻 [ミステリ(外国)]


死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)

死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)




 ドロシイ・キングシップという女子学生と出会った、ストッダード大学の青年。ふたりは恋人同士となるが、やがてドロシイは妊娠し、彼に結婚を迫りはじめる。だが、結婚できない理由がある彼は、ドロシイが邪魔になり、その存在を消し去ろうとする。それは、毒薬を使って偽装自殺に見せかけるという完全犯罪のもくろみだった。

 青年の恐ろしい犯罪計画を描いたサスペンス小説。

 どうやったら完全犯罪を達成することができるだろう? その死に事件性があっては、警察が動き出してしまい、いずれは交際している自分のところにも警察の捜査の手が及んでしまうにちがいない。だが、事故や自殺に見せかけて殺害すれば、自分の身は安全なはず。そう考えた青年は、薬学部の薬品室からヒ素の粉末を盗み出し、カプセルに仕込んで、ドロシイに飲ませる計画を立てる。自殺に見せかけるために遺書も用意して。

 青年のねじれた心理が克明に描き出されていて、とにかく見事。ドロシイに結婚を迫られた彼がじわじわと追い詰められていって、やがて殺人を行う動機を持つようになるまでの心理の動きの描写が丁寧。こんな風に犯罪は行われていくのかという、ねっとりとした生々しい感触がある。

 犯罪計画を立てて、一歩ずつ実行していく模様も緻密で、見つからないように犯罪を成し遂げようとする青年の緊迫感が伝わってくる。途中で予想外のトラブルがあって、計画が大きく狂い始めたりもして、果たして計画は完成されるのか? それともドロシイは助かるのか? というハラハラドキドキの展開。

 3部構成になっていて、第1部でドロシイ殺害計画が描かれるのだが、次の第2部の展開もすごい。今まで犯人の視点で描かれていたのが、今度は打って変わって、犯人を追いつめる側の視点に変わり、犯人は誰なのかという犯人探しのミステリーになる。被害者の姉エレンという人物が登場し、素人探偵ばりに活躍して、第1部で名前の明かされなかった青年の正体を暴こうとする。何人かの容疑者が現れて、エレンが追い詰めていくのだが、やがて逆にエレンの身にも危険が及びはじめる。

 読者をミスリードする仕掛けまで用意されていて、予想外の犯人像が立ち現われるところなどは、ミステリーとしても非常によくできた内容だ。

 筆者はアイラ・レヴィンという作家。舞台劇なども手がけているくらいの人なので、ひとつひとつのシーンが非常に印象的。どのシーンにも山場があってドラマティックに描かれている。非常に精巧な細工をみるかのような楽しみがあって、何度読み返してもよくできているなあと感じてしまう。

 青年の立てた恐ろしい犯罪計画の顛末。謎ときとスリルの融合した、ミステリーの面白さのエッセンスをつぎ込んだような古典的傑作だった。