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(株)貧困大国アメリカ [国際]


(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)

(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)

  • 作者: 堤 未果
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/06/28
  • メディア: 新書



 「貧困大国アメリカ」シリーズの第3弾。

 このシリーズは、アメリカの格差社会や貧困層について、その実態をえぐる秀逸なルポとして定評がある。今回は食、住、教育、メディアなどあらゆる分野が株式会社化し、そのことによって様々な問題が引き起こされている現状が取り上げられている。

 最初に取り上げられているのは食の問題。効率化がもてはやされるようになった結果、巨大企業が支配力を持つようになったアメリカの食品業界。大規模工場型産業となり、零細農家は消滅。農業従事者は大企業の下請けとして働くことになる。だが、その実情は、大企業の定めたルールどおりに働かなければならなかったり、福利厚生もない低賃金労働だったりと、まさに現代の農奴制と呼べるようなものだ。

 巨大化した食品会社は政治にも影響力を行使するようになる。圧倒的な資金力をもって、議会にロビー活動を展開したり、本来は食の安全を守るためにある国の規制当局に業界の人材を投入したりして、国と企業が癒着。その結果、食の安全基準が緩和されたり、遺伝子組み換え作物の危険性に関するデータがもみ消されたりしてしまう。

 こうした問題は、食の世界にとどまらない。本書では他にも、公共サービスやメディアが売り買いされることによって起こる現実についてもレポートされている。財政破綻して犯罪率、失業率がともに悪化し、人口が流出してゴーストタウンのようになったデトロイトの町の現状や、税金や規制を逃れるために自分たちだけの自治体を丸ごと作ってしまった富裕層たち、わずか5社の多国籍企業によって寡占化状態にあるマスメディアなど、アメリカではこんなことが起こっているのかと驚かされる内容だ。

 あらゆる分野の株式会社化がますます加速し、巨大企業は国に影響力を行使するようになり、国家を超越した帝国のような存在になりつつある。しかし、企業は上がった利益で公共サービスや福祉を満たしてくれるわけでもなく、本来これを行う役割のある国家でさえも企業と癒着しているために企業の利益にかなう政策を行ってしまう。

 結局、犠牲になっているのは人々の日々の生活や安全で、本書では企業の論理から導き出された人々の生活苦、搾取されている現実がこれでもかと描き出されている。経済合理性などというといかにも正しいことのように聞こえるけれども、実は環境や安全性といった数字にはっきり表れないものの犠牲の上に成り立っているんだなあということを考えさせられる。

 取り上げられているのがアメリカの事例なので、日本に住んでいると実感は薄いのだけれども、問題の原因となっている産業の株式会社化は国際的に展開していて、これからTPPなどによって日本にもその影響が波及するかもしれない。これから社会がどのように変化していくのかについて考えるのに、非常に参考になる一冊だった。
タグ:堤未果

ある日どこかで [SF(外国)]


ある日どこかで (創元推理文庫)

ある日どこかで (創元推理文庫)

  • 作者: リチャード マシスン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 文庫



 脳腫瘍のため余命わずかとの診断を受けた、脚本家のリチャード・コリア。あてどない旅に出かけることにした彼は、海辺にある古きよき時代の面影を残したホテルを見つける。ホテルの歴史ホールには、何十年も昔の品々が飾られていて、その中でもとくにある女優のポートレートに惹きつけられる。それは、エリーズ・マッケナという舞台女優の写真。エリーズの魅力にとりつかれた彼は、その生涯について調べ始め、なんとか彼女に会うために、不思議な力で時間旅行をすることに……。

 時空を超えた愛を描いた、タイムトラベル・ファンタジー。

 ラブストーリーもので、「時間」という最大の障壁に隔てられたふたりの運命が描き出されている。

 異なる時代に生まれたにもかかわらず、不思議と惹きつけあうふたり。だが、未来から来たリチャードは、過去の人々の習慣が分からずちぐはぐな行動をとってしまい、周囲からは怪しい人間と思われる。それでも周りの妨害をよそに、愛を貫くひたむきさ。たくさんの壁を乗り越えようとする必死な姿が感動を誘う。

 時間旅行がテーマでもあり、「過去を変えることができるのか?」「タイムパラドックスが起きるのではないか?」という疑問が提示されて、どうなるんだろうと惹きつけられるし、最初に張られた伏線が後になって回収されるという、タイムトラベルもののSFにおなじみの楽しみも出てくる。

 ラブストーリーものとしてよくできているだけでなく、時間とは何か、因果律とは何かということを考えさせられてしまう作品。ノスタルジックな雰囲気もあって、昔の時代に帰っていくような懐かしい感じもよかった。

 筆者のリチャード・マシスンは、SF作家で、映画「アイ・アム・レジェンド」や「リアル・スティール」の原作者。テレビドラマの「トワイライト・ゾーン」やスピルバーグの若いころの映画脚本にも関わった多彩な人物。つい先日亡くなられたというニュースが報じられた。大好きな作家だっただけに、非常に残念である。ご冥福をお祈りいたします。

華氏451度 [SF(外国)]


華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: レイ ブラッドベリ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/11
  • メディア: 文庫



 本を読むことが禁止された社会。人々はテレビやパーティに熱中し、享楽的な毎日を送っている。焚書官のモンターグは、書物を焼き払う仕事をしていたが、あるとき仕事中に見つけた本をこっそり家に持ち帰ってしまう。人目を忍んで本を読み始めた彼は、やがて禁じられた世界へとのめりこんでゆく。

 本が禁制品となった社会を描いたブラッドベリの代表作。タイトルの華氏451度というのは、本が燃えあがる温度を示している。

 本を読む人間は、ついつい余計なことを考えてしまう。どんなことを考え出すか分からない危険な連中で、社会に害悪をもたらす。本なんかみんな焼き払ってしまい、もっと別の楽しみを与えてやればいい。クラブやパーティ、麻薬、テレビに映画、スポーツ。熱中させるものがあれば、ものを考えることもしなくなるだろう。

 こんな考えから、本を読むことが禁じられていて、本を所持している人間には厳しい刑罰が待っている世界。

 一種のディストピア小説ということができるだろう。ディストピアといってもいろいろあるようで、この作品では自由が根こそぎ奪われているわけではなく、人々は結構楽しそうな日々を送っている。読んでいて、結構よさそうな世界じゃないかと思えてきたりもする。

 だが、本を読むことが禁止されるということは、思索することも許されないということ。考えることを止めてしまった人々は、何か抜け殻のようで、魂のこもっていない人間になってしまう。人々が何も考えずにパーティ三昧を送ったり、平気でお互いを傷つけたりする様子が描かれていて、まるでゾンビの群れを見るようで、なんともいえず不気味なのだ。

 主人公のモンターグ自身はもともとは体制派の人間。それが、隣に住むクラリスという不思議な少女と触れ合ううちに感化されて、禁じられた世界へと足を踏み入れていく。見つからないように本を隠したり、上司の疑惑をかわそうとしたり。タブーに触れてしまった人間を襲う緊迫した心理がサスペンスフルだ。

 本を焼くという鮮烈なイメージも面白いけれども、思索することについて、文明のあり方についてまで考えさせられる深みのある作品。小説の絵空事というものではなくて、現実に起きている様々な出来事を思い起こさせるところもあって、かなり読みごたえのある傑作だった。

Joyland [洋書]


Joyland (Hard Case Crime)

Joyland (Hard Case Crime)

  • 作者: Stephen King
  • 出版社/メーカー: Hard Case Crime
  • 発売日: 2013/06/04
  • メディア: ペーパーバック



 1973年の夏、大学生のデヴィン・ジョーンズはアルバイトの求人広告を見たことがきっかけで、ノースカロライナ州にある遊園地ジョイランドで働くことになる。初めは慣れなかった仕事も次第に上達、周りからも信頼されていくが、やがてデヴィンは、この場所で何年も前に起きた忌まわしい事件のことを知る。それは遊園地に来た若い娘が殺害された事件。過去の謎に惹かれたデヴィンは、その真相を解き明かそうとする。

 スティーヴン・キングの新作は、キングには珍しいミステリー小説。遊園地で起きた殺人事件の真相をめぐる謎解きもの。

 アトラクションの中で、リンダ・グレイという娘がのどをかき切られて殺される。第一容疑者は被害者と遊びに来ていた若い男。遊園地内で2人でいるところを写真にとられていたが、男は帽子とサングラス、ひげを生やしていて、その容貌は不明確だった。ただ、手に鳥の刺青をしていたというのが特徴的で、警察は男の行方を探すが、その居所は結局わからずじまいとなる。そして、これと同じような事件が連続することに……。

 迷宮入りとなった連続殺人事件を、主人公の青年がかぎつけ、調査をするうちに、だんだんとその真相が明らかになっていく。徐々に容疑者の範囲が絞られていくところなどはスリリングで、フーダニットとしてかなりよくできていた。

 ただのミステリーというだけでなく、ヒューマンドラマでもある。主人公の大学生デヴィンが大人になっていく成長物語にもなっている。

 ガールフレンドとつらい別れをして失意の中にあるデヴィン。遊園地でいろいろな人と知り合ったり、たくさんの経験をしたりするうちに、人間として一回りも二回りも大きく成長してゆく。少女を危機から救うエピソードだったり、浜辺で知り合った母子と交流するエピソードだったり、感動したり泣けたりする場面がたくさん出てくる。キングはどうしてこんなに人間の心の動きをうまく描けるのかというくらい、じーんとする話が満載で、キングらしい人間味のある内容だ。

 キングの真骨頂たるホラー風味も隠し味として効いている。全面的にホラーというわけではないが、被害者のリンダが幽霊になって現れたり、占い師のおばさんが出てきたり、心を読む少年が出てきたりと、わずかに幻想小説的なところもある。

 主人公の青年が大人になるまでのイニシエーションを描いた作品。殺人事件の調査や人々との交流といったひとつひとつのエピソードが、主人公を成長させるきっかけとなっている。最近のキング作品の中でもとくに楽しめる話で、翻訳が出たらまた絶対読みたいし、すでに映画化の企画も出ているようなので、そちらのほうも楽しみだ。

未来の働き方を考えよう [ビジネス]


未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

  • 作者: ちきりん
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/06/12
  • メディア: 単行本



 人気ブロガーのちきりんが、これからの人々の働き方について考察した本。

 ちきりんブログは毎回楽しみに読ませていただいており、これまでにも働き方に関するエントリはいくつも書かれていたけれども、今回は一冊の本として、その考えがまとめられている。

 今までは国内の大企業に入って定年まで勤めあげるというのが、働き方の理想モデルのようなところがあったけれども、これからの時代はそのようなこれまでの世間一般の常識は崩れていくんじゃないか。社会構造が激変しつつあり、働き方についても変化を迫られる時代になりつつあるのではないかということが書かれている。

 その原因となっているのが、IT革命、グローバリゼーション、人生の長期化。これらの大規模な社会変化によって、外国で働くことが当たり前になったり、ひとつの同じ仕事を続けるのではなく複数の仕事をするようになったり、徹底的にお金のいらない生活を目指したりと、働き方のスタイルも様変わりしていくだろうということが述べられている。

 実際に、若者たちが時代の変化に合わせて働き方を模索する様子も紹介されていて興味深い。大企業を辞めて新たな道に進む若者、低報酬でも経験を磨くためにあえてアジアで働こうとする若者、シェアハウスや物々交換でミニマムな生活を送る若者など、単なる思索ではなくて実際にこういう生き方もあるんだということが分かって、視野が広がる内容だ。

 「これからは外国に仕事が移ったり、機械化されて仕事が減っていくから、競争を生きぬくために能力を磨いて、バリバリ働こう」といったような本が多い中で、仕事を減らしても生きていくミニマムな生き方が紹介されているのは少し新鮮であった。働き方が変わるといっても、たったひとつの正しいやり方があるのではなくて、いくつもの選択肢があるということに気づかされる。

 時代が変化するということは、今までチャンスのなかった人にもチャンスが巡って来たり、新しい経験ができたりもするということ。変化は必ずしも悪いことばかりじゃない。それぞれの人が自分に合った生き方を選べる時代が来た。そういうエールを与えてくれる本でもあり、読んでいて少し元気づけられた。

 時代が変化していることにあらためて気づかされると同時に、人生に向き合うきっかけをくれる一冊。本書を読んで、自分ももう少し人生プランを真面目に考えねばと反省した。
タグ:ちきりん

モンキー・ハウスへようこそ [SF(外国)]


モンキー・ハウスへようこそ〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

モンキー・ハウスへようこそ〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: カート,Jr. ヴォネガット
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1989/03
  • メディア: 文庫



 カート・ヴォネガットという作家の短編集。

 早川書房のSF文庫で出ているので、SF短編集なのかと思ったら、SFものだけでなく、ユーモア、ヒューマンドラマ、ラブストーリーなど、様々なタイプの作品が収められている。

 未来世界を描いた話や万能コンピュータの出てくるSFものは、物語自体も面白いけれども、文明の行く末について考えさせられるような真摯な内容でもある。もしもこんな道具があったら、もしもこんな社会になったらという、「もしもの世界」が描かれていて、SFの醍醐味を味わうことができる。本当にこんな未来が来るかもしれないなと、想像力をかきたてられるような作品ばかり。

 SFでない普通小説のようなものも面白いものが多くて、人間の内面が掘り下げられていたり、繊細な人間関係が描かれたり、人間の持つ狂気の部分に迫ったりと、高水準の文学作品とも言えるものだった。

 なかなか粒ぞろいの短編集。どの作品も強烈な印象があったり、ユーモアが溢れていたりと、この作家のものはほとんど読んだことがなかったので、こんなに面白い本があったのかと驚かされた。

 上下巻を通してとくに好きだったものをいくつか紹介しておこう。

 「ハリスン・バージロン」

 2081年、ついに人々の完全なる平等が達成された。それは機会の平等というにとどまらず、あらゆる意味での平等。人より利口なものも見栄えのする人間もいない。憲法修正条項と、合衆国余剰負担局の創設により、人々の行動は厳しく監視されるようになり、知能の高い人間には思考を妨げる装置が取り付けられ、美しい容貌の人間には醜い仮面がつけられた。だが、そんな平等社会に嫌気がさして、ある男が反乱を起こそうとする……。

 デストピアと呼べるような恐ろしい未来を描いた作品。「時計仕掛けのオレンジ」という作品に少し似ている。平等などというと、いいイメージがあるけれども、あまりに極端な平等社会は、恐怖社会になってしまうということが感じ取れる。

 社会的な制約を受けた人間が立ち上がり、自由を得るために闘う姿が感動的だった。

 「こんどはだれに?」

 はにかみ屋で他人とうまく話もできないが、台本があると見事にその役になりきってしまう俳優の青年ハリーと新人女優との奇妙なラブストーリー。

 しゃれたラブコメディを見ているような感覚のある作品。オー・ヘンリーが書いたといわれても分からないだろう。青年ハリーが、マーロン・ブランドのようなタフガイと弱々しい引っ込み思案の若者というふたつの世界に生きていて、周りはそのギャップに翻弄される。

 「永遠への長い道」

 軍隊づとめの青年ニュートは、軍隊を抜け出して幼馴染のキャサリンのもとに行き、愛を打ち明けるが、キャサリンはすでに結婚を控えている身の上だった……。

 とても甘いムードの話なのだが、ヴォネガット自身がプロポーズした時の実話エピソードだというので、驚いた。

 「王様の馬がみんな……」

 アジアの共産ゲリラの支配する地に不時着したアメリカ人たち。捕虜となった彼らは共産ゲリラの隊長ピー・インから、恐ろしいゲームを強いられることになる。それは、16人のアメリカ人それぞれがチェスの駒となるという実物大のチェスゲーム。取られた駒はその場で銃殺されるという死のゲームだった。

 全作品中最も恐怖した作品。生死をかけたチェスゲーム。心理的な駆け引きが描かれていたり、主人公の妻や息子の命が危機にさらされたりというサスペンスフルな内容。チェスの一手が打たれるごとに縮み上がりそうになるコワ~い話。

 「バーンハウス効果に関する報告書」

 アーサー・バーンハウス教授は、精神動力と呼ばれる恐ろしい力を発見した。最初は、サイコロを好きな数に転がすくらいの軽い力だったが、次第にその力はぐんぐん拡大。煉瓦を崩すくらいの力から、小火器レベル、ついには原爆クラスのエネルギーを持つようになった。アメリカ軍はこの力を軍事利用しようともくろむが、教授には別の計画が……。

 もし超能力があったらどんなことが起こり得るだろうということが、極めて現実的にドキュメンタリーのように描かれていて面白い。筆者の戦争や平和に対するスタンスが垣間見えるようでもある。

 「手に負えなかった子供」

 両親のいない少年ジムは、生きる希望も不安もなく、ナイフを持ち歩いたり、学校の研究室をめちゃくちゃに破壊したりという自堕落な日々を送っていた。音楽家のヘルムホルツは、そんなジムを見て、音楽を教えこもうと決意するが……。

 不良少年の成長物語。音楽家と少年との交流が描かれている。虚無的でがらんどうのような心のように思える少年は変化することができるのだろうか? 人生模様を感じさせる、とてもいい話だった。

謎の独立国家ソマリランド [国際]


謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 本の雑誌社
  • 発売日: 2013/02/19
  • メディア: 単行本



 アフリカ東北部ソマリア。武装勢力が陸上を覆い、海では海賊行為が横行する。無秩序状態の危険地域というイメージのある国家。だが、その一角に平和を維持するソマリランドと呼ばれる独立国家が存在するという。それは、独自に内戦を平和的に終結させ、大統領選挙による民主制を営んでいる謎の国……。

 ノンフィクション作家で辺境を旅する冒険家・高野秀行は、この未知なる国家ソマリランドの実態を探るべく、アフリカへ飛ぶ。そして、誰も目にしたことがないような驚くような世界を垣間見ることになる。

 ソマリアというと、内戦が続く悲劇的な地域という漠然としたイメージしかなかったので、本書の旅行記はまさに未知の国を旅するようで非常に興味深かった。まず、ソマリア周辺が大まかにソマリランド、プントランド、南部ソマリアの3つの地域に分けられること自体、本書を読むまで知らなかった。ソマリランドが平和的な地域、プントランドは海賊で有名な場所、南部ソマリアは内戦が続く地域なんだそうだ。

 筆者は、西側のエチオピアからソマリランド入りし、その後、プントランド、南部ソマリアと、ソマリア全体にまで入り込んでいる。危険な場所によく行くなあと思ったが、きちんと取材までこなしていて本当に驚かされる。

 ソマリランドがどのような国で、どうやって和平を実現したのかを、地元の人たちに聞きまわって、詳細に報告している。悲劇的な内戦からどのように和平を実現したのかという経緯を知ることができるし、人々がどのような生活を営んでいるのかを肌で感じられるような内容だ。

 前々からソマリアの海賊には興味があったが、そのビジネスの実態についても、これほど詳しく書かれたものもないだろう。なにしろ、海賊本人と話をしているし、海賊行為を行った場合の収支計算表まで出てくる。人々がどうして海賊行為に走るのか? 実際に海賊行為はどのようにして行われるのか? 海賊ビジネスの中身についてよく実感できるようになっている。

 ソマリランドという国がほとんど知られていないことはもちろんのこと、ソマリア自体が危険地域なので、ほとんど外国人が入ることはなく、情報もごく限られたものになる。その意味で、筆者によるソマリア地域全体をめぐっての、このような詳細な記事は、非常に貴重なルポタージュと言えるだろう。

 ソマリア全体についていろいろな知識を得ることができるとともに、国際情勢の複雑さについて考えさせられる本。世の中にはまだこのような未知の国があったのかという、わくわく感もあって、冒険心をかきたてられるような本でもあった。
タグ:高野秀行