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タンタンの冒険 [漫画]


ペーパーバック版 24冊セット (タンタンの冒険)

ペーパーバック版 24冊セット (タンタンの冒険)

  • 作者: エルジェ
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 2012/02/09
  • メディア: 単行本



 少年ルポライターのタンタンの活躍を描いた、ベルギーの人気コミック。

 主人公のタンタンは愛犬のスノーウィとともに、毎回毎回謎めいた事件に巻き込まれて、世界中を飛び回ることに。行く先々で危機一髪の目に遭いながらも、事件を解決していくという冒険活劇もの。

 ソビエトに行く話から始まって、コンゴ、アメリカ、エジプト、中国、チベット、ペルーと、めまぐるしく舞台が移り変わり、世界をまたにかけた冒険が繰り広げられる。そのスケールの大きさが本シリーズの魅力のひとつで、シリーズを追うごとに「次はどんなところに行くんだろう?」とわくわくさせられる。

 ミステリータッチのストーリーで、タンタンが毎回謎の事件に遭遇して、手がかりを追いかけていく。宝探しだったり、国家機密だったり、麻薬密売組織の陰謀だったりと、そのつど追いかける対象は異なっているけれども、いつも何かの謎を解決するというパターンになっていて、ミステリーファンとしては非常に楽しい作品だ。

 ミステリーの組み立て方が巧妙で、毎回最初の発端の謎が、割とささいなところから始まるところがミソ。冒頭でいかにも好奇心をそそられるような奇妙な出来事が起こるのだが、初めのうちはそんなに大きな事件だとは思わない。何が起こっているんだろうという謎があって、タンタンが少しずつ手がかりを追いかけていくうちに、だんだんとその全貌が見えてくる。そして些細な謎に見えたことが、実は国際的なスケールの陰謀に関連していたことが分かるのだ。

 このあたりは、シャーロック・ホームズ物語に似たところがあって、作者のエルジェはホームズが好きだったんじゃないかなあと思った。

 ストーリーの面白さのみならず、出てくるキャラクターも楽しい。酒好きの船長とか発明家の教授とか個性豊かな人物が続々登場して、様々な騒動を巻き起こすところがよくできている。ユーモアにあふれていて、エスプリの効いたシーンなどもいっぱい出てくるので、そういう場面だけ見ていても飽きない。

 世界を旅する楽しさだったり、謎解きのスリルだったり、キャラクターの楽しさだったりと、いろいろな楽しみができるシリーズ。ときどき読み返してしまうのだが、そのつどハラハラさせられて、何度読んでも楽しい作品だ。
タグ:エルジェ

E=mc² [物理]


E=mc2――世界一有名な方程式の「伝記」 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

E=mc2――世界一有名な方程式の「伝記」 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

  • 作者: ディヴィッド・ボダニス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/09/22
  • メディア: 文庫



 アルバート・アインシュタインが発見した方程式、E=mc²。その発見の裏側を描いた科学ノンフィクション。

 エネルギー(E)は質量(m)に光速(c)の二乗を掛けたものと等しい。アインシュタインはどのようにしてこの式を発見するに至ったのか? そもそも「E(エネルギー)」、「=(イコール)」、「m(質量)」、「c(光速)」、「²(二乗)」といった概念は、それぞれどのような意味を持つのか? 本書は、この世界一有名な方程式について解説するとともに、その発見にいたるまでの科学者たちのドラマを紹介している。

 方程式の意味を分かりやすく解説したポピュラーサイエンス本で、自然現象を科学的に解き明かしていく面白さが伝わってくる。科学の発見の裏側に、様々な科学者たちの人間味にあふれたエピソードがあることも分かって興味深い。

 アインシュタインがこの式を発見したり相対性理論を考えた話はもちろんのこと。フランス革命期に質量の研究で偉業を成し遂げたものの、改革派の攻撃対象となり、断頭台で命を落とすことになったラヴォアジェ。光の速度を発見したにもかかわらず、当時の科学界の権威たちから無視されて、不遇の時代を送ったレーマーなど、豊富な人間ドラマが描き出されている。

 一番の読みどころは、E=mc²が世界にどのような影響をもたらしたのかという後半部分。アインシュタインがこの発見をした当時、世界では第二次世界大戦の暗雲がたれこめていた。質量がエネルギーと等価ということは、ある条件のもとでは、物体は自らの質量をエネルギーに変換して放出するということでもある。もしこの方程式を応用すれば非常に強力な爆弾が作れるのではないか? ドイツとアメリカは競って原子爆弾の開発に取り組みはじめる。

 やがて、ドイツに先んじてアメリカで原子爆弾が完成し、その後、広島上空で原爆が投下されてしまう。E=mc²という科学上の発見が戦争の道具に使われてしまった顛末が詳細に書かれていた。

 ひとつの方程式が様々なドラマを生み出していることが分かる一冊。同じ方程式が宇宙の解明に役立ちもするし、人殺しの道具にもなったりする。科学の発展がもたらす影響について、いろいろと考えさせられる本だった。

未来国家ブータン [国際]


未来国家ブータン

未来国家ブータン

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/03/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 世界各国を渡り歩いた筆者が書いた、ブータン滞在記。

 数多くの辺境地に足を運んだ筆者は、その経験豊富さを見込まれ、ブータン政府とバイオベンチャーからブータンの辺境調査を依頼される。その目的は、国内の生物多様性を把握すること。

 ブータンの辺境の地域を調べることによって、知られざる植物や菌類などの「生物資源」が見つかれば、医薬品や食品といった研究開発に生かすことができるかもしれない。バイオテクノロジーを基盤としたビジネスの可能性を模索しようという計画だ。

 こころよく申し出を受けた筆者だったが、その旅行には生物資源を調べることのほかに隠れた目的もあった。それは、ブータン各地で目撃されている雪男伝説の真偽を確かめること。ブータンでは、人々が雪男を捕まえた話や、雪男にさらわれた話などが、まことしやかに噂されていたのだ。

 筆者は、未知なる生物資源と雪男の伝説をめぐって、波乱万丈の旅行をはじめることに――。

 ブータンには今でも人がほとんど足を踏み入れず、未開発の自然が残された地域が存在しているという。筆者はこうしたブータンの辺境の地域に足を運び、外国人の立ち入りが厳しく禁止されているような地域にまで入って、その様子をレポートしている。探検記を読むようなスリリングさがあるし、GPSも役に立たないような地域にまで足を踏み入れていて、世界にはこんな地域があるのかという貴重なルポタージュになっている。

 ブータンの人々と楽しく触れ合ったり、楽園のような光景に出会ったりと、うらやましいと感じるところもあるが、高山病にかかって死にそうになったり、住民たちにたらふく酒を飲まされたりと結構ハードな旅にもなっていて、旅の大変さも伝わってくる内容だ。

 習慣やモノの考え方も、日本とは全く違うところがあって、いろいろな世界があるなあと驚かされた。

 旅行記というだけでなく、ブータン国民と仏教、チベットや中国とのかかわり、生物資源をめぐるビジネスの話など、社会的な側面についての言及もあって、読んでいていろいろと勉強になるところも多い。世界一幸福な国などと言われることもあるけれども、実際のところどうなの? ということも書かれてあって、興味深かった。

 ブータンを西から東へまたいだ冒険旅行。知られざる世界がたくさん広がっていて、わくわくさせられるような本だった。
タグ:高野秀行

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 [国際]


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

  • 作者: 米原 万里
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2004/06/25
  • メディア: 文庫



 ロシア語通訳者でエッセイストの米原万里は、子供時代にチェコスロバキアの在プラハ・ソビエト学校で学んだ。その頃同級生だった子供たちは、国際色豊かな面々。ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。彼女たちと数々の思い出を作った筆者は、やがて日本に移ることになり、次第にクラスメートとの交流も疎遠になっていく……。それから30年後、筆者は連絡の途絶えた3人と再開すべく、その居所を探して訪ね歩く。

 プラハでの子供時代の思い出を語るとともに、その後の3人のクラスメートの人生をたどったノンフィクション。激動の時代を生き抜いた三者三様の人生の軌跡が描かれている。

 中・東ヨーロッパは、様々な民族や政治・思想、宗教が複雑に入り交じり合った地域。多くの火種を抱えて、様々な歴史的な事件が引き起こされることになる。チェコの民主化政策「プラハの春」とワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻、ルーマニアのチャウシェスク政権の崩壊とその後の政情不安、内戦や紛争が続くユーゴスラビアなど。

 こうした時代の流れに否応なしに巻き込まれていったリッツァ、アーニャ、ヤスミンカ。本書はこの3人の視点から現代史の経緯が語られていて、個人の目線から時代の変遷が切り取られた迫真性のこもった内容になっている。思想や民族といった違いがもたらす衝突や問題が浮き彫りにされて、国際問題の複雑な様相が伝わってくる。

 現代史の経緯を垣間見ることができるだけでなく、読み物としてもスリリングで面白い。筆者が行方知れずの3人を訪ね歩くくだりは、ミステリー小説のような雰囲気もあるのだ。わずかに残った手がかりを追って、一歩一歩その居所に近づいていく。

 子供時代に気になっていたちょっとした出来事が、30年後の今、その真実が明らかになるというのもドラマティックだった。

 30年の時を経た再開。それぞれが別の道に進んでいって、やがてどんな人生を歩んでいったのか? いろいろな人生模様があることを感じさせる一冊だった。
タグ:米原万里

単独飛行 [伝記(外国)]


単独飛行 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

単独飛行 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: ロアルド ダール
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2000/08
  • メディア: 文庫



 作家のロアルド・ダールは、戦時中、アフリカやギリシャでイギリス空軍のパイロットとして飛び回っていた――。ダールが戦地で送った数々の出来事を振り返った自伝。

 石油会社シェルの社員として、アフリカのタンザニアで勤務していたダール。赴任して間もなく、ドイツとイギリスが戦争を始めるという情報が流れてきて、やがて宣戦布告がなされる。

 当時のアフリカではイギリス人が少なかった。人員が不足していたことから、ダールは現地での陸軍将校に突然任命されてしまう。軍事訓練などまるで受けたことがないのに、精鋭部隊の指揮をゆだねられ、現地にいるドイツ人の流出を食い止めるよう命じられたのだ。

 やがて、ダールはイギリス空軍に入り、ギリシャや中東などで飛行士としてドイツ軍と戦うことになる。

 ここでもやはり、十分な訓練も積まないうちに、単独飛行をさせられ、いきなり実戦ということになったそうだ。わずか15機ほどの飛行機で、ドイツ軍の500機の戦闘機と500機の爆撃機を相手にしなければならなくなるなど、かなり無茶苦茶である。

 飛行中にも、6機のユンカース爆撃機に遭遇して撃墜されそうになったり、敵機の追跡をかわすために地面すれすれの超低空飛行を繰り広げたりと、まさに死と隣り合わせ。

 民間人の視点から戦争の始まりを描いていて、戦争というものがこんな風にして始まっていったのかということが見えてくる内容。当たり前だが、戦争が起こると普通の民間人であろうともいきなり戦地にやられて、敵国の人間を攻撃することが強いられたりする。とくに憎んでいるわけでもない相手でも、突然殺さなければならなくなる。そういう戦争の不条理のようなものが伝わってくる。

 空軍というものは、もっと十分に訓練を積んだうえで、実戦に向かうのかと思っていたら、そうではなくて、次々に新人を戦地に投入する様子が描かれている。ギリシャの戦争というのも知らなかったので、いろいろと驚くようなことが書かれていて、興味深かった。戦争に熱狂しているわけでもなくて、かなりクールな視線で戦争が見つめられていて、当時のイギリス人というのはこんなだったのだろうか。

 後年作家として名を馳せることになるダール。「チョコレート工場」とかミステリー小説とか、作家の部分からダールを知ったので、ダールが若いころにずいぶん危険な目にあい、奇跡のような生還を果たしたことが分かって、人生の不思議さを感じさせられる。いろいろな人生があるなあと、思わず感慨にふけってしまった。

働かないアリに意義がある [生物]


働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

  • 作者: 長谷川 英祐
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2010/12/21
  • メディア: 新書



 生物学者が書いた、アリやハチといった社会性昆虫の生態に関する最新研究。

 働きアリなどと呼ばれ、せっせとエサを探して歩き回るアリたち。その働きもののイメージは、イソップ童話などでもおなじみだ。だが、最近の研究で、このアリの集団の中には、ほとんど働かないアリが一部混ざっていることが分かったという。

 筆者らはシワクシケアリという種類のアリを使って研究し、実験コロニーに150匹のアリを入れ、すべてのアリをマーキングして個体識別できるようにした。そして、1ヶ月間のすべての個体の動きを記録したところ、働きアリの2割はずっと働かないという結果が得られたのだそうだ。

 なぜこのような現象が起こるのだろう? 働かないアリがいるということはとても非効率なことのように思えるのに、このようなシステムで動いているのはどういう理由があるのか?

 筆者は、この働かないアリをめぐる謎について、様々な研究の成果をもとに、紐解いていく。一見すると効率が悪いように見えて、実は働かないアリがいることで、コロニー全体の生存が維持されているということが理解できて、自然のシステムの精緻さに驚かされる内容。

 アリやハチは、ロボットみたいに一匹一匹全く同じ動きをしているのかと思っていたら、本書を読むとそうではなくて、それぞれに個性があることが分かる。普段目にしている昆虫たちの生活に、こんな秘密が隠されていたのかということが見えてきて面白い。

 自然社会というのは、予測不可能な事態がたくさん起こる複雑な世界。エサだって、いつどこに現れるかわからないし、コロニーにいつどんな危機がやってくるのかも不明なのだ。単純な効率性だけでは、その予測不可能な事態に対応することは難しくて、かえって滅亡を早めてしまう。

 本書を読むと、アリ社会がこのような複雑系の自然社会で生存するために驚くようなシステムを作り上げていることが分かって、とても興味深い。ファーブル昆虫記を読んだときのような、不思議な感動のある本だった。
タグ:長谷川英祐

明治・父・アメリカ [伝記(日本)]


明治・父・アメリカ (新潮文庫)

明治・父・アメリカ (新潮文庫)

  • 作者: 星 新一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1978/08/27
  • メディア: 文庫



 SF作家・星新一の父、星一は、星製薬という会社を創業した人物。その創業にいたるまでの道のりは、夢や希望、苦難とがないまぜになった、波乱に富んだものだった。本書は、星一がたどった足跡を、息子である星新一が書き記した評伝である。

 福島の田舎出身の星一は、勤勉な性格で、新しい文明を貪欲に吸収しようと、東京へやってくる。商学校で苦学に励み、その後渡米。アメリカでは働きながらコロンビア大学に通い、経済学を学ぶ。そして、伊藤博文や野口英世、新渡戸稲造、後藤新平といった著名人らとも交流をはじめる。

 こんなたくましい人がいたのかと驚くような人物で、東京から大阪まで古本を担いで、野宿しながら売り歩いたり、当時としては珍しいアメリカへの移住を果たしたり、その行動力には舌を巻く。

 とくにアメリカにわたってからのエピソードが面白い。渡米したとたんに日本人に騙されて有り金全部を持って行かれてしまい、無一文同然の身に。やむなくスクール・ボーイと呼ばれる家事手伝いの仕事をはじめるが、最初はアメリカ人の習慣がわからず、数多くの失敗を繰り返してしまう。だが、やがてアメリカでの生活にも慣れてきて、めきめきと頭角を現し、むしろ重宝がられる存在にまでなっていくのだ。

 遠い異国の地で、言葉の壁がありながらも、知恵と努力で困難を乗り切っていく姿には感動を覚えるし、ひとかどの人物になるために勉学を続けたり、アメリカで商売を始めたりするところは、まねようとしてもできないような突き抜けたところがある。

 江戸時代の末期から明治維新、文明開化、日清戦争、日露戦争など、歴史の移り変わりが星一の人生を通じて浮き上がっていくところも面白かった。人々の生活がだんだんと変化していく様子が、市民の目線から伝わってきて、歴史というものが身近に感じられてくるのだ。

 星新一の父親がこんなに紆余曲折の道を歩んできたとは知らなかった。こういう面白い人生があるのかという驚き。同じことはできないけれども、見習うべきところが多々あり、本書を読んで、自分ももっとたくましく生きねばという気分にさせられた。
タグ:星新一

幸運の25セント硬貨 [ホラー]


幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)

幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)

  • 作者: スティーヴン キング
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/05/28
  • メディア: 文庫



 スティーヴン・キングの短編集。ホラーを中心に、不思議な出来事を扱った短編が7つ収められている。

 短編とはいえ、キングらしい濃厚な内容で、読み応え十分な作品ばかり。とくに面白かったのは以下の作品群だ。

 「なにもかもが究極的」

 ディンクという若者のもつ特殊な能力。それは、奇妙な記号や名前を記すだけで、特定の人間を抹殺してしまえる不思議な力。ディンクはその才能を買われて、ある機関から組織と敵対する標的を暗殺するよう頼まれることに。だが、やがて、ディンクはその機関のたくらみに疑問を感じ始め……。

 キングの小説によく出てくる、特殊能力を持った主人公の話。いつもはテレキネシスだったり、テレパシーだったり、予知能力だったりするが、本作に出てくるのは他人を暗殺する恐ろしい力。

 秀でた能力があるというのはうらやむべきことだが、反面、迫害されることもあるし、他人に利用されてしまうこともある。その能力の大きさゆえに、自分の身を滅ぼしてしまうことさえも……。本作では、ディンクが組織に利用され、やがて組織の陰謀と対峙する様子が描かれていて、能力者を囲い込もうとする組織と主人公の対決というドラマティックな構図になっている。

 大きな物語の冒頭部分を読むような雰囲気で、まだまだ先に続いてもおかしくない内容だった。

 「道路ウィルスは北にむかう」

 作家のリチャード・キンネルは、自動車旅行中に、ガレージセールで奇妙な水彩画の絵を見つける。凶暴な男がスポーツカーを運転する光景を描いた絵。キンネルは気になってその作品を購入するが、移動中にある事実に気づく。その絵は、移動するごとにだんだんと変化していたのだ。

 絵画奇譚ともいうべき作品で、絵が徐々に変化して、やがてその絵に書かれた怪物が自分を追いかけてきている事実に気づくというホラー。どうにかして苦境を逃れようとする主人公の恐怖がスピーディに描かれていて、とても面白かった。

 「1408号室」

 作家のマイク・エンズリンは、幽霊屋敷を訪ねては、その報告をまとめて本にすることを生業にしている人物。ニューヨークのドルフィンホテルの1408号室で怪奇現象が起こるという噂をききつけたマイクは、ホテルを訪れることに。支配人はその部屋で過去に起きた恐ろしい出来事の数々を語って聞かせて、必死に止めようとするが、結局マイクは説得を振り切ってその部屋で一夜を明かすことになる。

 古典的とも言える幽霊屋敷もの。いわくつきのホテルに泊まった主人公を怪異現象が襲う。心霊現象そのものよりも、部屋が過去に引き起こした数々の事件の話が恐ろしかった。

 映画化もされた作品。

 「幸運の25セント硬貨」

 ホテルの客室係のダーリーンは、子供の治療費を稼ぐのもやっとの苦しい生活を送っていた。あるとき、ダーリーンは、客室におかれた封筒の中に、25セントのチップが入っていることに気づく。それには、「幸運の25セント硬貨」と書かれたメモが添えられていた。ダーリーンは、何気なくその硬貨をホテル・ロビーのスロットマシーンに入れてみるが……。

 この作品だけはホラーではなく、幸運の出来事を描いたちょっといい話だった。

 キングはこういう人間の悲哀のようなものを描かせると本当にうまい作家だなあと思う。主人公の背負っている苦労が、目の前に浮かぶように描かれていて、思わず感情移入してしまう。主人公の不幸な境遇が丁寧に書かれているので、その後につづく出来事がより際立って奇跡的なものに感じられてくる。

 短い作品なのに、ひねりも効いているし、ストーリーも面白いし、印象深い作品。他の作品のホラーテイストと違って、すがすがしい感動を味わうことのできるヒューマンドラマ。本作品集で、これが一番面白かった。