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ロボットの時代 [SF(外国)]





 SFとは何かということについて、様々な言い方がされてきた。SFとは「センス・オブ・ワンダーである」「Ifの発想である」「根源に対する疑問である」など。

 いろいろな言い方ができるけれども、SFを分解してみると、「科学テクノロジーの進歩」×「ドラマ」×「テーマ性」でできているのではないか。

 空想科学というくらいだから、科学の進歩を描くのがSFの役割だろう。しかし、科学の進歩一辺倒で、ドラマ性がなければ単なる科学論文になってしまう。科学の進歩によってどのようなドラマが巻き起こるのかが描かれる必要がある。

 逆に不思議な出来事だけ起こって、科学の進歩が描かれていなければ、科学的根拠のないファンタジーになってしまう。またたとえ科学が描かれていても、それが現実の科学に終始していて空想の飛躍のないものは、リアルフィクションであって、SFとは言えないだろう。

 さらに言えば、科学の進歩によるストーリーを描いていても、それがなんのテーマ性も持たなければ、エンタメとしては面白いかもしれないけれど、気の抜けたものになってしまう。

 ということで、「科学テクノロジーの進歩」×「ドラマ」×「テーマ性」という3要素の掛け合わせが重要だと思うのだ。

 こういう定義をしたうえで、アイザック・アシモフの「ロボットの時代」を読んでみたのだが、まさにこの3要素がぴったりとそろった作品だった。

 「ロボットの時代」というタイトルだから、「科学テクノロジーの進歩=ロボット」なわけだが、ひとくちにロボットといってもいろいろバリエーションがある。人が行くことのできないような過酷な環境(例えば、木星など)で働く産業用ロボット、料理をする家庭用ロボット、体内に爆弾を埋め込まれて敵国に送られる兵器ロボット、大学でテスト採点や校正の事務作業を行う頭脳型ロボットなど。ロボット工学が発展すると、様々な分野に応用が可能なことがわかる。

 また、こうした多様なタイプのロボットが現れるということは、多様な「ドラマ」が生まれるということでもある。本書でも「ロボットが故障してトラブル発生」という定番のドラマもあれば、戦争ものもある。一見するとロボットと結びつきそうにない恋愛ドラマのようなものもあるし、スパイものの話もある。ロボットが人間社会に入り込むことで、思いもよらなかったドラマが生まれるということを描いている。

 現代でも立派に通用するような「テーマ性」も隠れている。人間よりもうまく仕事をこなしてしまうロボットが大量に投入されることで、人間たちは仕事を奪われてしまう。どんな仕事もロボットに置き換えられてしまったら、人間の存在意義はどうなるのだろうという問題が、すでに50年以上も前に書かれているのだ。ロボットが軍需産業に用いられた場合の危険さだったり、家庭用ロボットが人間心理に与える影響などという問題まで提起されている。

 前にも読んだことのある本だったが、改めて3要素を取り出して読んでみたら、すごい本だなとあらためて気づかされた。テクノロジーの進歩が細部に至るまで描かれているし、どんな問題が起こりうるのかという鋭い洞察に満ちている。「われはロボット」のほうが有名かもしれないが、続編のほうもかなり読みごたえがある一冊だった。
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